撤退と再興の農村戦略

撤退と再興の農村戦略 複数の未来を見据えた前向きな縮小
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内容紹介

活性化が難しい集落の、将来を見据えた戦略

活性化が難しい集落は、30年先まで生き残ることができるか。諦めるのではなく今できることを考えたい。本書では、縮小の最先端である無住集落の事例を多数紹介しながら、再興を意識した前向きな縮小、あえて目標を固定しない「動的な集落づくり」の考え方を提示。撤退=終わりではない、集落存続の可能性を多面的に描く。


林 直樹 著   
著者紹介

体裁A5判・220頁
定価本体2400円+税
発行日2024-03-01
装丁ym design 見増勇介・関屋晶子
ISBN9784761528805
GCODE5678
販売状況 在庫◎
ジャンル 地方・田舎・農
目次著者紹介はじめに正誤情報レクチャー動画関連イベント関連ニュース

第1章 撤退して再興する集落づくりを目指して

1・1 「じっくりと待つ」という発想

1 条件が極めて厳しい集落(常住困難集落)が対象
2 時間スケールを延長すれば希望が見えてくる
3 「撤退」「再興」とは
4 「撤退して再興する集落づくり」論に関する障壁
5 「分からない」を議論のテーブルへ:「農村戦略」「動的な集落づくり」
6 「当事者が当事者の価値観」で決めるべき

1・2 山間地域の現状と未来:建設的な議論のために

1 「山間地域の小集落」とは何か
2 高齢者の五大悩み:買い物・病院関連・獣害・草刈り・雪対策
3 農家の家計と農林業の経営:農業所得はわずか
4 無住集落の現状:個々の定義と誇張された危機
5 この先の全体的な潮流:「ゆるやかに厳しく」が基本

1・3 農林業保全や財政再建に関する固定観念を打ち破る

1 日本の標準的な林業とは:「苗木を植えたら終わり」ではない
2 山間地域の農林業をやめると洪水や渇水が多発するようになるのか
3 生産外機能の貨幣評価の多くは過大
4 食料不足の可能性や影響を考えてみる
5 容認すべきは農林業の「限定的な放棄や簡素化」
6 厳しい過疎地を切り捨てても財政的には「焼け石に水」
7 「都市も過疎地も時間をかけて歳出削減」が基本

第2章 無住になっても集落振興の基盤は保持可能か

2・1 集落が無住になるとどうなるのか

1 無住集落を通じて「撤退して再興する集落づくり」の前提を検討
2 集落振興の基盤とは:土木・権利・歴史・技術の四つに注目
3 石川県における無住集落の調査:ほぼすべてを踏査
4 「にぎわい」のある無住集落:金沢市平町
5 最近の無住化の事例から:金沢市国見町
6 古い無住化の事例から:金沢市畠尾町
7 隔絶した場所にある無住集落の事例:小松市花立町
8 未舗装道路の先にある無住集落の事例:輪島市町野町舞谷
9 広々とした田畑が広がる無住集落:白山市柳原町
10 静かな観光スポットのある無住集落:白山市五十谷町
11 牧草地が広がる無住集落:七尾市菅沢町
12 観光農園がある無住集落:鳳珠郡能登町字福光
13 キャンプ場に生まれ変わった無住集落:加賀市山中温泉上新保町
14 深い緑に覆われつつある無住集落:七尾市外林町
15 主要部が太陽光パネルで覆われた無住集落:七尾市の事例
16 通行困難な道路の例:雑草雑木・轍・土砂崩れ・橋の崩落

2・2 土木的な可能性と権利的な可能性

1 土木的な可能性を支える「表土」もおおむね問題なし
2 「最低ライン」でみれば大多数が合格
3 数字でみる「無住集落」:土木的な可能性を検討するために
4 この先無住となっても「土木的な可能性」は保持可能
5 この先無住となっても「権利的な可能性」は保持可能
コラム 世代交代困難集落や無住集落に目を向ける:行政へのお願い I

2・3 歴史的連続性と生活生業技術

1 元住民が考える「歴史的連続性」の源泉
2 京丹後市における2015年度の「無居住化集落」調査
3 元住民の団体や記録簿で守る:京丹後市網野町尾坂
4 「帰村権」と誇りに守られた無住集落:京丹後市久美浜町山内
5 この先無住となっても「歴史的連続性」は保持可能
6 自然との共生に必要な「生活生業技術」とその重要性
7 この先無住となっても「生活生業技術」は保持可能
8 この先無住となっても「集落振興の4種類の基盤」は保持可能

コラム 一定の形としてとらえにくいものにも注意:行政へのお願い Ⅱ

2・4 「撤退して再興する集落づくり」は可能か

1 無住集落であっても常住人口を増やす機会はある
2 「撤退して再興する集落づくり」は可能:必勝法不在のなかで
3 まず始めるべきは知ってもらうこと:イメージの改善

コラム 厳しい状況下での希望ある事例に注目:行政へのお願い Ⅲ

第3章 常住困難集落の可能性を多角的にみる

3・1 議論のための枠組みの構築:全くの自由は意外に「不自由」

1 マルチシナリオ式の集落づくり試論:一種の「シミュレーション」
2 主な登場人物の設定:「高関与住民」「高関与外部住民」「低関与住民」
3 キーワードは「高関与外部住民」:「通い」の距離など
4 縁もゆかりもない大都市の住民の可能性
5 マルチシナリオ式の集落づくり試論に登場する集落類型の作り方
6 集落類型別の説明および追加の設定:個性ある八つの集落像
7 小松市西俣町:拡大型集落(あるいは拡大混住型集落)の好例として

3・2 戦略マップ上での「マルチシナリオ式の集落づくり試論」

1 戦略マップで考えるA集落の可能性
2 遠くの大都市の人材に目を向けた「いわゆる活性化」のシナリオ群
3 時間をかけて基盤保持型の自然回帰型国土まで「撤退」するシナリオ群
4 拡大型集落まで「撤退」するシナリオ群:攻めと守りのバランス型
5 自主再建型移転で一気に無住維持型集落まで「撤退」する
6 諦めるのはまだ早い

3・3 集落づくり試論の活用と外的な支援の可能性

1 実際の集落づくりでの活用:議論の展開・見落としのチェック
2 血の通った議論に向けて:一から作り直す勢いが必要
3 シミュレーションゲームや小説の可能性
4 国民的な支援を受けるために:都市側の視点から考えてみる

コラム マルチシナリオ式の集落づくり試論をサポート:行政へのお願い Ⅳ

第4章 建設的な縮小に向けた個別の具体策

4・1 土地管理の縮小:農業・林業・自然環境の垣根をこえて

1 田や普通畑での放牧:活性化の手段としても効果的
2 広域的な獣害対策:人のエリアと自然のエリアを分ける
3 自然の力をいかした林業:合自然的林業・風致間伐
4 土地管理の「薄く広く」(非集約・粗放)を見直す
5 自然環境保全・林業・農業の垣根をこえる

4・2 居住地の見直し:自主再建型移転と漸進的な集落移転

1 過疎を緩和する「自主再建型移転」という選択肢
2 「移転してよかった」が大多数の自主再建型移転
3 北秋田市(旧)小摩当の「自主再建型移転」:移転の原動力とは
4 米原市太平寺の「自主再建型移転」:移転先で発展
5 自主再建型移転のメリットが小さい場合:特に慎重になるべき状況
6 移転成功のポイントは当事者全員の「納得」
7 実施数の減少要因から考える「次世代型移転」
8 漸進的な集落移転:結果としては自主再建型移転という形

4・3 大きな差を生む「個別の具体策」:土地利用や居住地以外で

1 無住になってからでも間に合う「記念碑の建立」
2 墓石や墓地の移転や簡素化:脱墓石も現実的な選択肢
3 生活生業技術の計画的な保全と記録方法
4 建設的な縮小を視野に入れたワークショップ
5 シミュレーションゲームの開発および活用
6 生活を総合的にサポートする「現代版里山鍼灸師」の確立

終章 撤退と再興の都市農村戦略へ:残された宿題の糸口

1 残された宿題:大きな枠組みで歳出削減を考える
2 空間スケールを大切にする:選択と集中をタブーにしないために
3 時間スケールを大切にする:「どれだけ時間をかけるか」に注意
4 自然と共生した日本へ:人口減少はわるいことばかりではない

林 直樹(はやし なおき)

金沢大学人間社会研究域地域創造学系・准教授。
1972年生まれ。京都大学大学院農学研究科博士後期課程修了、博士(農学)。
人間文化研究機構総合地球環境学研究所研究部・プロジェクト研究員、横浜国立大学大学院環境情報研究院・産学連携研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科特任准教授などを経て現在に至る。
編著:『撤退の農村計画』、分担執筆:『里山・里海―自然の恵みと人々の暮らし』朝倉書店、『地域再生の失敗学』光文社、『秋田・廃村の記録』秋田文化出版ほか

「活性化が難しい集落」のための集落づくりの参考書

現状維持にこだわらない「生き残り策」

時々、明るいニュースを耳にすることもあるが、山間地域の小集落の集落づくりには依然として厳しいものがある。「長い間、特産品づくりや都市農村交流といった活性化に挑戦してきたが、集落の衰退に歯止めがかからない」「一時にぎやかになるだけのイベントに疑問を感じる」「数年先はさておき、数十年先となると、明るい姿を描くことができない」「活性化のためのまとまったマンパワーが残っていない」といった集落も少なくないのではないか。
本書の核心的な起点は、「そのような活性化が難しい場合はどうすればよいのか」という非常にシンプルな問いである。この先は、特にそのような場合が増えるであろう。それにもかかわらず、山間地域の小集落の集落づくりでそのことが論じられることはあまりない。よほど自信があるのか。タブーになっているのか。単なる無責任なのか。
本書は、「従来型の活性化が難しい集落」のための集落づくりの参考書である。無論、「もう諦めましょう」といった主張をするつもりはない。現状維持にはこだわっていないが、本書の狙いは、あくまで「集落の生き残り」について考えることである。なお、「集落づくり」と聞いて、外部の人が地図と数字だけで無機的に考えるような集落づくりを想像した方もいるかもしれないが、本書の「集落づくり」は、当事者が「当事者の価値観」で決定するような集落づくりである。
本書の執筆では、「厳しい過疎地の集落づくりの入門書」となることを目指し、用語の説明にも力を入れた。流行の用語まで網羅したわけではないが、「厳しい過疎地の集落づくり」を考える方々にとっては、「入門的な教科書」といってよいレベルになっている。

本書の最も斬新な点:「撤退して再興する集落づくり」の導入

話題の一つ一つを別々にみた場合、本書に斬新なところはないかもしれない。やや珍しいといえば、無住集落を多数紹介していることであろうが、それについても、佐藤晃之輔氏の『秋田・消えた村の記録』(1997年)、浅原昭生氏の『廃村と過疎の風景』シリーズ(2001年から)など、すでに良書がいくつも出版されている。
本書の最も斬新な点は、「時間軸を強く意識した集落づくりの新しい枠組み」「いったん撤退し、好機が到来したら再興する(≒活性化させる)」という集落づくりを提示していることであろう。拡大や現状維持を基本とする従来型の集落づくりとは大きく異なる。また、新しい枠組みの「作り方」、答えに至るまでの思考上の「道具」について言及していることも、本書の斬新な点としてあげておきたい。

コミュニティの都合だけでよいのか

従来型の集落づくり論では、コミュニティの担い手に注目するあまり、農林業・環境・財政などが「単なる背景」や抽象論になっていることが多かった。本書の場合も、中心的な話題は「担い手」に関するものであるが、農林業・環境・財政などについても、ある程度の紙面を割いて説明している。それもまた本書の特徴の一つといってよいかもしれない。

できるだけ「敵」を作らない集落づくり論

筆者の好みがにじみ出ていることは否定できないが、本書では「集落づくりAを推奨するために、集落づくりBの欠点や問題を一方的に(しかも用語の定義や議論の対象などを確認することなく)たたく」といった「敵を作る論法」は登場しない。集落づくりに関する多種多様なゴール(目標とする集落の形)や手法をいったん肯定し、「組み合わせ」の妙を考えるのが本書の基本的な姿勢となっている。無論、個別の手法を列挙するだけの「集落づくりのカタログ」とも異なる。なお、筆者が「反対」という姿勢を示すとすれば、原則として、それは「思考停止につながるような極端な主張」に対してだけである。

第1章の概要:まずは議論の土台づくり

さて、ここまでだけでもかなり伝わったと思われるが、本書の目的や基本的な思考は、従来型の集落づくり論とは大きく異なっている。それについては、1・1(第1章第1節)で短くまとめられているので、熟読することをお願いしたい。第1章の第2節以降は本論に入る前の準備運動であり、その狙いは、用語の定義や議論の対象となる集落のイメージを共有すること、山間地域に対する誤解を解くことなどである。

第2章の概要:「究極の過疎」ともいうべき無住集落から学ぶ

第2章では、主として無住集落に注目しながら、「撤退して再興する集落づくり」を支える前提について検討している。ここでの最大の問いは、「(常住)人口が減少するなかでも、集落振興の基盤を保持できるのか」であり、集落振興の基盤として、土地の土木的な可能性、土地の権利的な可能性、集落の歴史的連続性、集落における生活生業技術に注目している。
なお、最近、行政の関係者から、「結局何をすればよいか。具体的に示してほしい」という注文を受けることが増えた。第2章および第3章の「行政へのお願い」というコーナーは、それへの答えをまとめたものである。

第3章の概要:マルチシナリオ式の集落づくり試論で理解を深める

第3章の主な目的は、従来型の活性化などを加えた上で、「撤退して再興する集落づくり」の議論にさらなる厚みを加えることであり、そのために、架空の集落を想定した試論を展開している。検討したシナリオは、次の4点、①遠くの大都市の人材に目を向ける(攻め重視)、②集落振興の基盤保持を優先(守り重視)、③集落外の縁者などを戦力化(攻めと守りのバランス型)、④過疎緩和のための自主的な集落移転である。
集落づくりには多くのゴールがあり、同じ状態に向かうとしても複数のルート(段取り)がある。状況がわるいときは状態Aで辛抱し、好転したら一気に状態Bに向かう、といったドラマのような展開もありうる。第3章を読めば、これまでの「活性化か全滅か」という直線的な議論がいかに窮屈であったかが分かるはずである。
そのほか、3・3では、都市の視点を取り入れ、「都市からも強く必要とされ、特別な支援を受ける可能性のある山間地域の小集落とは」という問いを設定し、筆者なりの答えを提示している。なお、そこでのキーワードは「生活生業技術」(昔ながらの自然と共生した生活や生業に必要な技術や知恵、その場所の山野の恵みを持続的に引き出す技術や知恵)である。

第4章の概要:建設的な縮小で役立つ個別の具体策

第4章の狙いは、建設的な縮小で役立つ個別の具体策について概観することである。土地管理の建設的な縮小、過疎緩和のための集落移転(自主再建型移転)、生活生業技術の計画的な保全と記録手法、シミュレーションゲームの開発と活用、 鍼灸師の活躍などについて述べている。

終章の概要:残された宿題の糸口を提示

終章は、ほかとはやや性格の異なる章であり、ここでは、残された宿題、すなわち、財政を考慮した「都市と農村の縮小」に光を当てている。文字どおり、糸口であり、最終的な答えが出ているわけではないが、「縮小の可否は、縮小のスピードにあり」といった重要な視点が提示されている。

『撤退の農村計画』の続編としての側面

今回の「集落移転」は脇役

本書は、2010年に出版された『撤退の農村計画』(以下「前作」)の続編に当たるものである。今振り返れば、荒削りなところも多いが、前作は、「発展・現状維持」だけの集落づくりに、「引いて守る」という新しい概念を導入した画期的なものであったと自負している。ここでは、前作と本書の違いについて少し触れておきたい。なお、前作を読んでいないことは、本書を理解する上での支障にはならないため、そのまま安心して読み進めてほしい。
筆者にとっての前作の主役は、「過疎緩和のための集落移転(例:山奥から山裾にまとまって引っ越す)」であった。その種の移転は、非常にすぐれた手法であるが、生き残り策の全体像を考えるなかでは、「使っても使わなくてもよい部品」の一つにすぎない。本書で登場する「集落移転」は脇役の一つであり、そのための紙面もわずかである。しかし、前作にはなかった論考(例:次世代型移転)が追加されているので、「集落移転だけに興味がある」という方も、本書を閉じることなく、ぜひ、そのまま読み進めることをお願いしたい。

やや影が薄くなった歳出削減

また、前作と比較すると歳出削減への言及も影が薄くなっている。1・3では、関連事項として、厳しい過疎地の行政サービスを思い切って削減したとしても、財政の健全化という点では「焼け石に水」であることに触れている。

「時間スケールの明示」「用語の定義に注力」

少し細かいことになるが、前作に関する教訓に「議論の時間スケールや用語が共有されていないことに伴う誤解が多かった」というものがある。本書では、時間スケールや用語の定義について、一般的な書籍よりも細かく説明している。執筆に当たっては、「地域」といった、いかようにも解釈できる漠然とした用語をできるだけ使用しないことを心がけた。
前作に関連する多くのご縁、ご教示なしに本書を仕上げることは不可能であったと断言できる。単著という形になっているが、本書は関係各位との交流の賜物と考えている。この場を借りて深謝の意を表したい。
なお、本書執筆に関する研究については、JSPS科研費JP17K07998(「将来的な復旧の可能性を残した無居住化集落」の形成手法:新しい選択的過疎対策)の助成を受けて実施された部分があることを付け加えておきたい。

2024年1月吉日
林 直樹

本書に下記の誤りがございました。下記の通り訂正いたしますとともに、読者の皆様にお詫び申し上げます。

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林直樹「複数の未来を見据えた集落試論」

開催が決まり次第、お知らせします。

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