空想地図帳
内容紹介
空想と現実を行き来して読み解く都市と地理
リアルすぎる架空の地図「空想地図」を読み解けば、現実の都市・地域の姿が見えてくる。作者たちの緻密な描き込みに目を奪われるもよし、実際に描いてみるもよし。空想と現実を行き来しながら、地理・歴史・都市計画の専門知識に裏付けられた描画・修正のプロセスを追えば、地図の読み方・都市の見方が奥深く理解できる!
今和泉隆行 著
著者紹介
体裁 | B5変判・128頁(オールカラー) |
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定価 | 本体2500円+税 |
発行日 | 2023-06-20 |
装丁 | 美馬智 |
ISBN | 9784761528560 |
GCODE | 5656 |
販売状況 | 在庫◎ |
関連コンテンツ | レクチャー動画あり |
ジャンル | 都市論・都市案内 |
まえがき
第1部 空想地図を読み解く
1-1 広範囲を見渡す地図帳・道路地図
1.北神公国連邦[作:立雪譚] …地形と交通網で地域の全体像をつかむ
2.城栄国[作:想像地図の人] …鉄道、道路、水域のみが描かれた道路地図から見る国全体の大きな地図
1-2 地形や建物の表現が緻密な地形図
3.楠崎市周辺[作:呼鈴] …都市部と山間部の描写が鮮やかな20万分の1地勢図で地形や都市圏の全体像を視覚的につかむ
4.泉原市[作:まのいち] …いくつもの川から見えてくる平野や段丘の成り立ちを地形図で眺める
5.白戸町[作:sightaw] …山間部の街道の要衝の町で地形図と都市地図の表現を見比べる
6.鷹津市[作:りーべ] …日本に似て非なる六州帝国の首都。小さな港町が、ここ100年で大都市化!?
7.鉾沢市[作:faraway places] …山間部の小都市で交通インフラと工業の発展を読み解く
1-3 都市や交通の情報が詰まる都市地図
8.富井市・石松町[作:しぞ~かおでん] …交通と工業で都市化した、伊豆半島の西部に浮かぶ半架空の島
9.多奈崎市[作:Rano] …日本的な地方都市の中心地と郊外の事情が鮮やかに読み取れる、県庁所在地
10.高見市[作:shintama] …旧街道が集まる都市が、どのように現代の都市化を果たしたかを都市地図から読む
11.成元市[作:275きろぼると] …城下町から工業地帯、新旧さまざまな住宅地まで、幅広い都市の様相を見る
12.芳丸市[作:275きろぼると] …大都市郊外の都市計画や大規模な宅地開発を、都市地図から読み解く
1-4 その他の地図
13.多米市[作:志歌寿ケイト] …土地の区割りを細やかに記録し、街の歴史が読み解ける地図
14.関央市郊外[作:地理人] …農村集落の形をとどめたまま、住宅が増えた地方の都市郊外
15.玄武市郊外[作:地理人・ウラカシ] …1970~80年代に造成された、農地が広がる都市郊外の新興住宅地
16.笹羽市・金坂[作:森下洋平] …民間作成の古地図で江戸時代から明治時代への都市の変化を眺める
<コラム①>空想地図の歴史I ~数百年の歴史がある密室趣味
<コラム②>空想地図の歴史II ~ネットがもたらした空想地図の共有
<コラム③>空想地図の世界的進化 ~海外の空想地図と空想都市の進化形
<コラム④>空想地図作者が考えること ~人はなぜ空想地図を描くのか
第2部 描き替わる中村(なごむる)市の空想地図
2-1 中村市を読み込む
①中心市街地 …地図から賑わいが見えてくる
②周辺の小さな街 …街の空気感の違いを見る
③市街地の変化(1)…城下町から近代都市へ
市街地の変化(2)…戦後から高度成長へ
2-2 中村市はどう描かれたか
■中村市 空想測量会議■
第1回 地形編 ゲスト:羽佐田紘大
第2回 歴史編 ゲスト:重永瞬/小林護
第3回 都市計画編 ゲスト:三文字昌也/上原翔
<コラム>中村市の存在する世界 ~中村市周辺の多くは未確定
第3部 空想地図を描いてみる ~描いて分かる都市と地理~
・空想地図を描き始める
・描く上での縮尺や架空度
・作者の技術向上のための空想地図塾
■空想地図塾■
課題① 町丁目界
課題② 都市の不規則な区画
課題③ 耕地整理と宅地化
課題④ 新旧の街道
課題⑤ 急傾斜と緩傾斜
<コラム>空想地図を描くツール
あとがき
実在しない地域の地図や、それを描く趣味は、これまでほとんど知られていなかったが、近年は書籍やテレビ、SNSを通じて少しずつ認知が広がっている。しかしその作者が多数いることはまだまだ知られていない。本書ではこうした、さまざまな作者の描いた「空想地図」を紹介する(※)。極めて少数派で珍しい趣味ではあるが、世界地図から都市の詳細な地図まで、世界各地でこうした地図は描かれており、その歴史も長い。
空想地図と聞けば少しファンタジックにも聞こえるが、その多くは極めて現実的で、リアルな地域の概況をどう再現できるか、どのようにリアルな地図のグラフィックを再現するか、という技巧を凝らす作者が多い。地図の縮尺もさまざまで、世界地図のような小縮尺のものから、個々の建物が描かれるような、都市の詳細な情景を再現した大縮尺の地図まで描かれており、空想地図を眺めるだけでも現実の多様な地図、地理の理解に役立つと言っても過言ではない。実在する地域については、現地に赴くことができ、行かなくても現地に関する資料や関係者へのヒアリングで分かることも多い。近年ではGoogleストリートビューで大小さまざまな沿道風景も確認することができる。しかし空想地図にはこうした全てのアプローチがなく、地図から存在しない現地を想像する他ない。さまざまな地形や歴史を地図から読み解くだけでなく、その地形や歴史があることで、描かれた地域および都市がどのように変化、発展していくのか、その後の施政がどう影響するのか、といった地域特性の成立要因やまちづくりの傾向をも読み解くことができる。空想地図作者は、現実のさまざまな地域に赴きつつ、空想地図を描くことでこうした地理的な傾向や動きを体得していった人が多い。
たとえば語学学習では言葉を発することが重要で、スポーツや音楽等も鑑賞するだけでなく、やってみてこそ分かることも多い。しかし天地創造から過去の人々や社会の動き、現在の施政まで全てを短時間で「やってみる」ことは不可能だ。ゼロから新しい楽器をいくつか作ってオーケストラを編成するよりも、新しい品種を交配して調味料をゼロから作って新たな料理を作るよりも、難しいことだ。空想地図は、地上世界の形成と人間社会の大局的な流れを一人で再現できる、最も手軽なアウトプットと言えよう。地理で扱うような自然環境や人間社会の変化をアウトプットしながら体得できるのだ。そう言えば、少々趣味の域を越えているかもしれないが、これまで各々の作者が密かに始め、他に同じ趣味者はいないと思いながら進められてきた、奥の深い密室趣味だったのだ。
空想地図が知られるにつれて、作者は増えてきたが、かといって爆発的に作者が増えることもないかもしれない。しかし、空想地図を鑑賞するだけでも、地域の成り立ちや傾向、今後の行く末を読む楽しさは得られるだろう。現地や関係者、関係する情報にアクセスできないため、地図からその地域を読む想像力も習得できる。こう考えると、地図、地理関連の趣味的な鑑賞にとどまらず、地域の歴史や特性、資源を活かした仕事(まちづくりや観光、その他ローカルビジネス)に従事する人には実用的なアプローチともなるだろう。
申し遅れたが私も空想地図作者の一人で、たまたまメディア出演や取材、著述の機会が多かったことで、知られることになってしまった者だ。私が表現できていないリアリティを緻密に描く多様な作者がいて、こうした多様な空想地図がまだ知られていないこと、知られるようになるためにはある程度空想地図に向き合った私が発信する必要があるだろう、というのが本書執筆の発端である。ここまで能書きを大きく説いてしまったが、単に緻密で美しい、カラフルなグラフィック作品が多数収録された作品集として鑑賞するだけでも、十分楽しめるだろう。空想地図作者はここで紹介するだけでなく、まだまだたくさんいるのだが、それぞれの縮尺や表現の中で代表的な作者たちの16の空想地図を、本書第1部で紹介する。第2部では私の描く空想地図「中なごむる村市」を、作者ではない多様な識者の意見でブラッシュアップしていく過程、第3部は多様な空想地図作者が地図描画の技術を上げていく過程を収め、1冊の「空想地図帳」としてまとめた。実用から趣味、または趣味までいかなくとも「何だこれは」という少々の興味を発端に空想地図を眺めていただければ幸いである。
今和泉隆行(地理人)
※ こうした地図のようで地図でない地図は、日本では架空地図と呼ばれることが多かったが、近年では筆者をはじめ、博士論文執筆中の研究者も含めてこれらを「空想地図」と呼ぶ人が増えてきたことから、本書では「空想地図」として紹介する。
本書はさまざまな空想地図作者の作品集、図録の側面もあれば、地図から現実的な地域の様相とその成立要因や歴史を読み解く事例集の側面もあり、芸術鑑賞面と地域理解に役立つ実用面を併せ持った内容になっている。資格取得、課題解決を目的とした技術書、実用書では決してないが、人によってはうっかり見入ってしまう技巧の新鮮な地図を見ることで、自然と地図に描かれた世界への想像が及ぶ人もいるのではないかと思う。実用的な技術書であれば少々ハードルを感じる人でも、地図を見ることで想像力が湧きやすくなったとしたら、筆者としては本望である。こうして、非実用的であるものの極みである空想地図が、読者の未開の扉を開き、それがやがて実用につながる、ということもあるかもしれない。これは読者にとっても、私を含めた空想地図作者にとっても驚くべきことである。
また、以前に比べると空想地図の認知は広がってきており、ネットやメディアで空想地図を知り、描き始めたという声も聞く。本書を手に取ってから新たに空想地図を描き始める人が増えることも密かに期待している。これまで数多くの空想地図を一堂に紹介する機会はほとんどなかったが、空想地図の歴史や実際の描き方について紹介されることは、さらに少なかった。ボリュームの多い内容を少ないページ数の中に凝縮して掲載した節はあるが、空想地図を研究したい人、描きたい人にとっての実用書と捉えていただいても良い。
もちろんそのどれにも分類されない、なんとなくの興味と関心で本書を手に取り、ぱらぱらと眺める人が読者の半数以上ではないかと思うが、コアな同業者だけで理解し合う密室趣味ではなく、こうした多くの人々に届けられるということこそが意外な展開であり、空想地図の可能性を感じるところでもある。さまざまな感じ方、捉え方、受け止め方で空想地図を鑑賞、読解、あるいは描いていただければ、筆者としては幸いである。また、本書にご協力いただいた空想地図作者の方々に感謝を申し上げたい。
2023年5月
今和泉隆行
開催が決まり次第、お知らせします。
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その他、各所でご紹介いただいています
・「南田中図書館だより」(東京都練馬区)2023年10月号(今月のおすすめ)
ほか