世界に学ぶミニ・パブリックス
内容紹介
世界289事例をふまえた実践的ガイドライン
代議制民主主義の限界が露呈するなか、無作為抽出による少人数グループが十分な専門的情報を得て熟議を行い、提言を策定して公共政策の検討過程へ反映させるミニ・パブリックスと呼ばれる取組みが拡大している。世界289事例の分析をふまえ、成功のための原則、既存の制度に熟議を埋め込む方法をまとめた初の活用ガイドライン。
Contents 目次
はじめに
謝辞
読者への手引き
本書の概要
Chapter 1 熟議とガバナンスの新しい形
1.1 なぜ現代の民主主義は危機にあるのか
1.2 本書が熟議とガバナンスの新たな形態を取り上げる理由
1.3 なぜ代表性と熟議なのか
1.4 抽選代表による熟議プロセスをいつ用いるべきか、用いるべきではないのか
Chapter 2 熟議プロセスの様々なモデル
2.1 本章の対象
2.2 12のモデルの概要
2.3 政策課題に対する十分な情報に基づく市民提言
・市民議会(Citizens’ Assembly)
・市民陪審/パネル(Citizens’ Jury/Panel)
・コンセンサス会議(Consensus Conference)
・計画細胞(Planning Cell)
2.4 政策課題に関する市民の意見を把握するためのモデル
・G1000
・市民カウンシル(Citizens’ Council)
・市民ダイアローグ(Citizens’ Dialogues)
・討論型世論調査(Deliberative Poll/Survey)
・世界市民会議(World Wide Views)
2.5 住民投票にかけられる法案の評価モデル
・市民イニシアティブ・レビュー(Citizens’ Initiative Review)
2.6 常設型の抽選代表による熟議機関モデル
・東ベルギーモデル(Ostbelgien Model)
・市民監視委員会(City Observatory)
2.7 抽選代表による熟議のモデルをどう選択するか
2.8異なるモデルの機能を組み合わせる
Chapter 3 熟議プロセスをめぐる世界のトレンド
3.1 世界のトレンドを概観するための7つの視点
3.2 調査結果の概要
3.3 OECD加盟国における熟議プロセスの導入状況
3.4 熟議プロセスの利用に対して繰り返し高まる関心の波を時系列で見る
3.5 政府・自治体のレベルごとに見た熟議プロセスの導入状況
3.6 多様な熟議モデルとその普及状況
3.7 熟議プロセスが導入された政策課題のタイプ
3.8 抽選代表による熟議プロセスの平均的なコスト
3.9 熟議プロセスの実施を委託された組織の種類
Chapter 4 成功する熟議プロセスとは?―エビデンスから考える
4.1 熟議の評価原則
4.2 主な調査結果の概要
4.3 公正な手続きと認められるための条件 101
・検討課題の範囲
・無作為選出の方法
・さまざまな無作為選出の方法
・参加への障壁を克服する
・熟議プロセスの重要性、参加者に求められるコミットメント、および期待される結果についての明確なコミュニケーション
・実施期間
・意思決定者のコミットメント
4.4 適切な熟議と判断を可能にする要素
・情報提供と学習
・専門家とステークホルダーの選択
・ファシリテーション
・熟議プロセスの中での意思決定
4.5 影響力のある提言とアクション
・抽選代表による熟議プロセスのアウトプット
・市民の提言への応答
・市民提言に基いた政策の実行過程
・モニタリングと評価
4.6 広く社会に影響を与える方法
・公衆の学習ツールとしてのパブリックコミュニケーション
・参加型手法と抽選代表による熟議プロセスの組み合わせ
Chapter 5 公共的意思決定のための熟議プロセス成功の原則
5.1 成功原則をまとめるにあたって
5.2 調査方法
5.3 公共的意思決定のための熟議プロセス成功の原則
Chapter 6 民主主義を再構築する―なぜ、どのように熟議を埋め込むか
6.1 熟議プロセスの制度化
6.2 制度化の定義
6.3 主な調査結果の概要
6.4 なぜ制度化するのか?
6.5 制度化に向けたさまざまなアプローチ
・常設または継続的な組織の創設
・熟議プロセスを組織するための要件
・市民が抽選代表による熟議プロセスを要求することを認める規則の制定
6.6 一時的な取り組みから制度化された実践への移行―その要件、障害、戦略
・適切な制度設計
・政治家による支援
・行政職員による支援
・一般市民やメディアからの支持
・法的整備による支援
・政府内外の十分なキャパシティ
・十分な資金
6.7 制度化の限界
Chapter7 その他の注目すべき熟議の実践
7.1 本章の対象
7.2 世界における熟議の動向
・アフリカにおける討論型世論調査
・中南米における熟議のさまざまな実践
・インドの村落における民主主義
・国際的・多国間熟議のプロセス
7.3 その他の創造的な熟議プロセスの活用例
・社会運動への応答としての熟議
・新たな民主主義の姿をデザインするための熟議
・憲法起草プロセスにおける熟議と共創.アイスランドとチリ
・デモクラシーフェスティバル
・21世紀タウンミーティング
Chapter 8 結論
8.1 本書の目的と得られた主な知見
8.2 データの限界
8.3 行動に向けた提案
8.4 今後の検討課題
付属資料A 熟議モデルの諸原則
付属資料B 調査方法
付属資料C 熟議プロセスに関する参考資料
政策決定の複雑さが増し、最も差し迫った政策的な諸課題に対して解決策を見出すことができなくなっている。こうした状況の中、政治家、政策立案者、市民社会組織、そして市民は、21世紀において公共的な意思決定をいかに行うべきかについて、熟考する必要に迫られている。共通の基盤を見つけ、行動を起こすための新しい方法が必要とされているのである。価値観が問題の根底にあり、トレードオフや長期的な解決策が求められる諸問題に関して、このことはとくによく当てはまる。OECDはこれまでも、公共的な意思決定に市民が参加することによって、よりよい政策を実現し、民主主義を強化し、信頼を築くことができることを裏付けるエビデンスやデータを蓄積してきた。本書ではとくに、抽選代表による熟議プロセスに焦点を当てる。これは、意思決定の場への参加をさらに進め、十分な情報を得た市民の意見や集合知に対して開かれたものに生まれ変わろうとする民主主義の諸機関による、幅広い取り組みの一環である。
この文脈において、社会のあらゆる部分から一般の市民を集め、政策上のさまざまな複雑な課題について熟考し、参加者全体で提言をまとめる取り組みは、ますます多くの人々の期待と関心を集めるようになっている。「熟議の波」は、過去数十年にわたって盛り上がりをみせてきた。国や自治体などあらゆるレベルの政府が、市民議会や市民陪審、市民パネルを始めとする抽選代表による熟議プロセスを活用してきた。これらのプロセスにおいては、対象となる社会の縮図をつくる形で無作為に選出された市民が、十分に情報提供を受けた上で政府機関に対して提言を行うため、ファシリテートされた熟議を通じて、多くの時間をかけて学習し、協力して活動する。
ある問題についての判断材料を吟味するための慎重で開かれた議論としての熟議と、抽選代表を選ぶため実施される無作為抽出により実現される代表性、公共的な意思決定への結びつきという意味での影響力という原則の組み合わせは、多くの点で新しいことではない。これらの原則の組み合わせは古代アテネの民主主義に起源があり、歴史を振り返ってみると、200 .300年前までは用いられていたものである。今日、こうしたプロセスが革新的なものとして立ち現れているのは、現在、それらが代議制民主主義の制度を補完するために応用されているからである。
本書は、抽選代表による熟議プロセスの利用が拡大する中、市民による熟議を制度化するための優れた実践方法や選択肢について、政策立案者の指針となるエビデンスを提供する。世界中の公共的意思決定に熟議プロセスがどのように利用されているかを分析した、初めての実証的な比較研究である。OECDでは今回、1986年から2019年10月の289件(うち282件はOECD加盟国のもの)のケーススタディから収集されたデータに基づき、また国際的なアドバイザリーグループと協力して、12の異なる熟議プロセスのモデルを特定し、「成功した」プロセスの条件が何であるかを評価し、良い実践のための指針を作成し、市民の熟議を制度化するための3つの道筋を検討した。本書における研究とアクションに向けた提案は、革新的市民参加に関するOECDの活動の一環であり、2017年の「オープンガバメントに関する理事会勧告」の第8条および第9条の実施に関する指針を各国に与えようとするものである。
公共的な熟議を公共的な意思決定に組み込もうとする努力が盛んになされるようになっているのは、代議制民主主義の構造を状況に適応させるための変革期の始まりを示しているといえるだろう。世界中の民主主義機関は、議題を設定し、市民に影響を及ぼす公共の意思決定を行うにあたって、市民自身に現在よりもさらに直接的な役割を与える形で変革を始めている。本書は、広範なデータと分析に基づいて、これらのトレンドに関して生まれつつある国際的な知識基盤の形成に貢献するとともに、公的機関が良い実践をし、市民による熟議を制度化するための道筋を検討するのに寄与しようとするものである。
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