都市の〈隙間〉からまちをつくろう
ドイツ・ライプツィヒに学ぶ空き家と空き地のつかいかた

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大谷 悠 著

内容紹介

まちを面白くするのはいつも素人の暇人だ!

日本に先駆けて急激な人口減少を経験した都市、ライプツィヒ。空き家と空き地の大量出現に大混乱する行政と市場をしり目に、〈隙間〉で生き生きと活動を始めたのは、資金もスキルもない「素人」たちだった!自分たちの手でまちをつくりつづける6事例の試行錯誤から、不安定な時でもシステムに頼らず生き抜くヒントを探る。

体 裁 四六・240頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2747-1
発行日 2020/11/05
装 丁 星野恵子
本文デザイン 美馬智

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関連イベント読者の声紙面目次著者紹介まえがきあとがき

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【終了】ゲスト:大谷 悠(まちづくり活動家・研究者) 聞き手:江上 賢一郎|『都市の〈隙間〉からまちをつくろう!』出版記念イベント(2020/11/03|福岡)

馬場正尊
さん

これはね、半分小説なんだよね。
大谷さんの10年に渡るドイツ生活を描いた青春小説。
文章もリズミカルで、めちゃくちゃうまい。
だから「日本の家」で起こったドラマティックな葛藤とかトラブルとか、
めちゃくちゃリアルで、その場の情景が浮かぶ。すっと入ってくる。
で、その後に、それがなんで起こったのかっていうことを、
学術的な言葉も用いながらガッチリと分析して論じている。
つまりさ、自分で小説書いて、自分で解説書いてるような本なんだよね。
それが一番の特徴だと思いました。
大谷さんはまさに、実践型研究者。
新しいキャラクターかもしれませんね。

馬場正尊(建築家・Open A代表・東北芸術工科大学教授)

赤松正雄
さん

①青春記(移動としての旅行記でなく、定点観測記として)
②東西ドイツ合体後の30年史
③ポストコロナ禍後のまちづくりのあり方
という三つの観点で読めるユニークな素晴らしい本だ。
2020年の幕開けと共に突然降って沸いたような新型コロナの蔓延は国境を超える旅を困難にし、「移動」に赤信号をともす。そうした時代の到来を先取りしたかの如く、著者は2010年代にー彼にとっての20歳代後半から30歳代半ばまでーライプツィヒに住まい、その地を拠点に「空き家と空き地」の再利用を考え、実践してきた。つまり、あちこち動いた体験ではなく、定点に腰を据えて、そのつかいかたに思いを凝らした。その記録であるこの本は期せずして〝新時代の青春記〟にもなっているし、これからの時代の〝町おこし指南書〟ともなっている。
ライプツィヒは旧東ドイツの都市で人口約60万人ぐらいという。日本では我が故郷・姫路よりちょっと大きめ。東西ドイツの合体から30年間の歳月の中で、その人口流動は減少と膨張など四度も変化してきた。世界史を揺るがせた東ドイツという共産主義国家の衰退。冒頭でそれを背景にした一都市の興亡が描かれているのだが、これがまた読み応えがある。世紀の一大変化を余儀なくされたライプツィヒの1990〜2010は、悪戦苦闘の末に蘇っていく。
そのキーワードは「隙間」。その隙間に芽生えた4つの仕組み。そしてその隙間に起こった5つの実践。これらが克明に語られたのち、著者が仲間とともに2011年から、つまりこの30年史の後半の10年に取り組んできた「日本の家」のプロジェクトの全貌があかされる。その切り出し方が面白いーそもそもなぜ「日本の家」を始めたか。「暇だったから」というのだ。暇に任せての所産がどんなものか。現地に足を運んで見てみたいとの強い思いに誘われる。
著者は昨年その家をドイツ人仲間に任せて帰国し、博士論文を書いた。この本はそれを大幅に加筆修正したもの。随所に写真、イラスト、地図、表などが盛り込まれ、ありとあらゆる工夫が視覚に訴え、読むものの心の隙間に入り込んでくる。著者10年のライプツィヒ放浪の希望と挫折がない混ぜになって。今は尾道のまちづくりに取り組んでいるという。移動がままならぬ「withコロナ」の時代の生き方のヒントが満載された素敵な本。新たな世紀の青春絵巻とも読めるし、東西ドイツ統一後の地域史の変遷とも。ただならぬ本だよと、多くの若者にも薦めたい。

赤松正雄(政治家・元衆議院議員)

大澤寅雄
さん

すっごく興味深かったです。ご自身の博士論文をもとに書き下ろしされたものだけど、豊富なリサーチ資料と分析データは学術的にもすばらしい内容で、そのうえとても読みやすい。とくに、本人の実践を含めた様々な活動事例やそこに登場する人物が、写真と絵と文章でイキイキと活写されていて、まるでその場にいるような感覚を味わえます。
都市の隙間での「素人」の活動が都市を変化させていくという話がおもしろくて、素人(しろうと)って、専門家やプロの逆に位置付けられるものであるけど、素(す)の人間、つまり、社会的な立場をまとっていない人間、という意味でもあるんだよなあ、とか思ったり。
「コミュニティ」と「ネットワーク」の話で、コミュニティは内側と外側を線引きするもので、ネットワークはそれを越えてつながるもので、どちらも私たちには必要だという話があったり。
大谷さんは全国でイベントもたくさんやっているようですので、ぜひ、話を聞いて本を買い求めてください。おもしろいです。都市政策、文化政策、まちづくり、アートプロジェクトに関わる研究者や現場の実践者は、必読です。

大澤寅雄(ニッセイ基礎研究所 芸術文化プロジェクト室/文化生態観察)

林原玉枝
さん

著者は、最近尾道に移住してこられて、千光寺山の中腹にある古民家「迷宮堂」に暮らす大谷悠氏。東京大学大学院の博士論文に加筆したもの、というから、難しいのかな、私に読めるかな?と、読み始めましたら、凄く読みやすい文章で、構成も楽しくあっという間に読めました。めちゃくちゃ面白い〜。
読み終わって、最後のページを閉じた後、文学作品を読了した様な、暖かい感動が胸に迫ります。
ライプツィヒに10年暮らし、その町の変遷に関わってこられた氏は、これまで誰も語らなかった新しい視点を私たちに提示してくれます。「空き地」という、一般的には、価値の定まらない隙間を、彼は、「育ちつつあるもの、固まっていないものを育む空間」「施設化されていない、固まっていない、おぼろげな活動を受け止める、ゆりかご」と、表現します。こういう新しい視点から紡がれる表現は、他にもいくつもあって、私の様な年寄りの目からも、ウロコがバラバラと落ちます。

林原玉枝(児童文学作家)

江上賢一郎
さん

ライプツィヒの人々の民主化運動の経験が、市民主体のまちづくりの基本「自分たちのまちをじぶんたちでつくる」という感覚の土台になっていること。ひまだけど時間がある「素人」たちが、市場や行政の観点にはないユニークで持続的なまちのニーズや公共性をすくいだし、可視化させていること。行政と市民の対立が、新たな協働や問題解決のきっかけとなること。また、場所そのものが時間や社会の変化のなかで影響を受けたり、与えたりしながら姿を変えているという視点から、時間のなかでの変化(プロセス)としてまちづくりを捉えること。
とくに印象的だったのは、コミュニティはその理想だけでなく、多様な関係性がゆえの<なまなましさ>(実際のコンフリクトや問題点)と切り離せないものであり、それらにどう向き合うかこそが重要であるという、これまであまり言語化されてこなかった複数の重要な問題提起が、自身の経験をもとに言葉になっている点です。
「解決すべき問題」としてと捉えられてきた都市の<すきま>空き家、空き地を、人々の自由な活動と想像の可能性を受け入れる「うつわ」として肯定的に捉える視点。そして都市計画や建築家といったプロではない「素人(ひまで時間がたっぷりある人たち)」が、じぶんたちの想像力やエネルギーを<すきま>に投げ入れることで多種多様なまちの<活動>が生み出されていくダイナミズム。これまで10年という時間をかけて実践と研究を両立させ、草の根の素人、市民の想像力と都市のすきまの豊かさについて凝縮させた一冊です。

江上賢一郎(文化研究/アート・アクティビズム)

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序章|都市の〈隙間〉とはなにか

都市の〈隙間〉からまちをつくるということ
空き家・空き地を「問題の解決」で語る限界
アリになって都市の〈隙間〉に潜り込んでみよう

1章|都市の〈隙間〉を巡るライプツィヒの30年史

ライプツィヒにようこそ!
30年間外れつづけた人口予測

前史:革命世代と英雄都市ライプツィヒ

1990年代:縮小都市、ライプツィヒはまだ救えるか?

2000年代前半:都市に穴をあける「穿穴都市」政策

出口の見えない衰退とあらたな都市戦略
戦略①「最悪のシナリオ」を市民と共有する
戦略②「逆転の発想」で都市に穴をあける

2000年代後半:空き家・空き地で盛り上がる住民の活動

「穿穴都市」への批判:取り壊しよりも保全を優先するべき
不動産価値も歴史的価値も無い空き家を救うには?:「家守の家」の誕生
つまらない暫定緑地を整備するくらいならわたしたちが使う!
小さな民主主義の実践:「革命世代」によるまちづくり
「ライプツィヒの自由」:空き家・空き地は資源であるという発見
結局、「穿穴都市」は失敗だったのか?

2010年代:「ドイツで一番住みたいまち」のあらたな課題

謎の人口急増?突如ブームタウンとなったライプツィヒ
急成長による変化①:不動産市場の急騰
急成長による変化②:移民・難民の流入
人口増加が招いた新たな都市課題 : インテグレーションとジェントリフィケーション
不動産市場から引っこ抜かれた空間の重要性
岐路に立つ「ライプツィヒの自由」

4度変化したライプツィヒにおける〈隙間〉の意味

〈隙間〉を無くす- 1990年代
〈隙間〉を利用する- 2000年代前半
〈隙間〉をウリにする- 2000年代後半
〈隙間〉を維持する- 2010年代

[コラム]都市の〈隙間〉に芽生えた4つの仕組み

1. 空き家・空き地の占拠 : スクウォット
2. 空き地の暫定利用: 利用許諾協定による「暫定緑地」
3. 空き家の暫定利用:ハウスハルテン「家守の家」
4. 空き家の非営利な共同利用:「ハウスプロジェクト」

2章|都市の〈隙間〉におこった5つの実践

都市の〈隙間〉は住民の活動に大きな役割を果たした

No.1 本の子ども ― 空き家と失業者がつくるクリエイティブな絵本工房

子どもの創造性を引き出す
アパートの空き部屋で始まった活動
空き家の暫定利用を手がかりに活動が本格化
クリエイティブな「失業者」
拠点の引っ越しと幼稚園経営のスタート
公益的な事業への展開:絵本づくりを通じて地域課題に挑む
活動の安定とチャレンジは両立しない

No.2 ロースマルクト通りの中庭 ― プライベート空間を地域に開く

24時間365日立ち入り「自由」な住宅の中庭
革命世代による暫定緑地の整備
安全と自由を両立させる:地域の子どもたちに開かれた緑地
住民の世代交代:子どもたちの成長と庭のプライベート化

No.3 みんなの庭 ― ゴミだらけの空き地に生まれた都市農園

子どもたちの歓声が響きわたるコミュニティガーデン
親たちの行動力:衰退地域に子どもの遊び場をつくりたい
住民が自ら手がける空き地活用のモデルケースとなる
押し寄せる再開発の波:9割の土地を失うという試練
持ち前のDIY精神で次なる展開へ

No.4 ギーサー16 ― 廃工場を占拠したスクウォッターによる文化施設

怪しげな工場跡地に住み着いたスクウォッターたち
水も電気も通らない廃墟から知る人ぞ知る文化拠点へ
建物を購入したら活動が停滞した
0円ショップと難民危機:地域に開かれる転機
理念先行型で行き当たりばったりな運営の功罪

No.5 クンツシュトッフェとハウスプロジェクトLSW33 ―不動産市場から引っこ抜かれたものづくりのコロニー

捨てずに直そう:地域に根付いたアップサイクリング工房
最も衰退した通りに目を付けたクリエイターたち
暫定利用の限界とハウスプロジェクトの開始
ブランチの会とストリートフェスティバル:地域のまちづくり拠点へ
目的なくフラッと立ち寄れる「適当」さの価値
生活保護を受給してまちづくり活動をする人びと

〈隙間〉に生まれた「素人」たちの活動

大事なのは「空間」:カネやコネやノウハウはあとからついてくる
「自分たちのため」が「地域のため」へと変化した:活動のプロセスで生じた公益性
活動が安定するとダイナミズムは失われる:いいとこ取りはできない

3章 |日本の家:まちを「つくりつづける」素人の暇人たち

言葉や文化の壁をこえて集えるまちのリビング
多様な人が暮らすアイゼンバーン通りの一角で
世界中から集う人びと
場をつくるのは自由な時間をもつ素人の暇人たち
経営的に成り立っているのか?
4期に分けて紐解く「アリの巣」の実態

I. 黎明期:暇だから始めた「家」づくり

ドイツでニートだった日本人の思い付き
「ハウスハルテン」との出会いでライプツィヒへ
「家」づくりの過程で人とつながる
まちづくりワークショップで地域に根付く
パトロンの出現とあらたな拠点への引っ越し
黎明期の活動とネットワーク

II. 転換期:ごはんの会の始まり

ネタ切れ状態に陥った
「ごはんの会」を始めた3人の暇人
地区に若者が流入することで活動が盛り上がる
「ドイツ最悪の通り」という好条件
家賃の値上がりとキオスクへの登録
転換期の活動とネットワーク

III. 発展期:さまざまな人びとがあつまる地域のリビングへ

欧州難民危機という大きなインパクト
誰もが「もてなす側」になれるということ
素人たちが共に手を動かし場をつくりつづける
「フラフラした日本人」がつくるドイツ社会と外国人の接点
予測不能なトラブルの連続:アルコール・ドラッグ・ハラスメント・盗難
空間と活動を巡る運営者間のコンフリクト
やっかいなことが次々おこる日々:それでも場を開きつづける理由
発展期の活動とネットワーク

IV. 再転換期:メンバーの交代とあたらしい体制

日本人の運営者が相次いで運営から離れる
運営チームの国際化とあらたな課題
日本でも活動が知られるようになる
民主的で安定的な運営とその短所
再転換期の活動とネットワーク

「いいとこ取り」できない体験から得られる気づき
まちづくりとは結果ではなくプロセス
「多様性」の生々しさのなかにある豊かさ
葛藤と衝突があるからこそ連帯がある

「スカスカ」と「ギチギチ」を繰り返す空間

終章|〈隙間〉から見えてくる都市の未来

〈隙間〉を読み解く3つのポイント

①制御できないからこそ住民と行政が顔つき合わせる契機となる

〈隙間〉は都市計画的にコントロールできるか?
住民と行政の対立と協働を促す〈隙間〉

②「素人」がまちをつくることを後押しする

「施設化」されていない空間で育まれる活動たち
「素人」がまちをつくる:手足と五感を駆使したクリエイティビティの発揮
まちに必要なのは、だれもが「素人」として〈現れる〉場所

③多様性と偶然性に満ちた生々しい関わり合いの舞台

ユートピアであるはずの〈隙間〉におこるドロドロとした群像劇
人びとを動揺させ対立と連帯を迫る物理的空間の特徴
私たちの〈あいだ〉にある都市の〈隙間〉:関わり合いつづけるために

都市の〈隙間〉でモヤモヤした未来を引き受ける訓練をしよう

 

あとがき| わたしの遊び場:神社裏の空き地からライプツィヒの空き家へ

大谷 悠

大谷 悠(おおたに・ゆう)/まちづくり活動家・研究者。1984年東京生まれ。2010年単身渡独、2011年ライプツィヒの空き家にて仲間とともにNPO「日本の家」を立ち上げ、以来日独で数々のまちづくり・アートプロジェクトに携わる。2019年東京大学新領域創成科学研究科博士後期課程修了、博士(環境学)。同年秋から尾道に在住、「迷宮堂」共同代表として空き家に住みながら改修し、国籍も文化も世代も超えた人々の関わり合いの場にしようと活動中。2020 年4 月より尾道 市立大学非常勤講師。ポスト高度成長とグローバリゼーションの時代に、人々が都市で楽しく豊かに暮らす方法を、欧州と日本で研究・実践している。
主な著書・論文・作品: 『CREATIVE LOCAL-エリアリノベーション海外編』(共著、学芸出版社、2017)「都市の〈間〉論-1990年以降のライプツィヒ東西インナーシティを事例に」(博士論文、東京大学、2019)、映像作品『40㎡のフリースペース-ライプツィヒ「日本の家」2015-2017』(2018)

都市の〈隙間〉とはなにか

都市の〈隙間〉からまちをつくるということ

ドイツ中部、人口約60万人の都市ライプツィヒ(2019年1月時点)。そのメインストリートの一角に、[日本の家]があります。イベントスペースは約40㎡と手狭であるにもかかわらず、週に150人前後、年に総勢7,000人があつまる、ライプツィヒでは名の知れた交流拠点。毎週2回開催されている「ごはんの会(Küche für Alle)」では、近隣に住む子どもからお年寄り、旅人、アーティスト、ミュージシャン、学者、学生、難民と、世界のさまざまなところから来た言語も文化も宗教も年齢も性別も異なる人びとが集い、共に料理をし、食べ、飲み、歌い、語り合い、学び合う。そんな瞬間が積み重ねられています。今でこそ[日本の家]は、「社会的包摂(Social Inclusion)」を実践するコミュニティ・スペースとして国内外のメディアで紹介されるようになっていますが、2011年の立ち上げメンバーはわたしを含む数人の日本人、つまり外国人。しかも、企業や大学や行政とのコネクションや資金力があるわけでも、まちづくりの知識や経験があるわけでもない素人グループでした。カネもコネもノウハウもないわたしたちがなぜ、ライプツィヒを代表するような交流拠点を創り出すことになったのか。その鍵となったのが、この本のキーワードである都市の〈隙間〉なのです。

1990年代に起きた人口の急減で、ライプツィヒの不動産価値は暴落。市内に次々と空き家や空き地が出現しました。人口減少と空き家・空き地問題は近年の日本でもさかんに取り沙汰されていますが、ライプツィヒは一足先にそれを経験します。不動産市場が機能しなくなるなか、ライプツィヒはいかにして空き家や空き地といった「やっかいな空間」を解決したのか、という点に関心が集まり、日本にも「不動産市場を『正常化』させて都市再生に成功した優等生」として紹介されてきました。

しかし、ライプツィヒのまちづくりの現場にいたわたしからすると、「不動産価値のない空き家・空き地は、都市にとって無用なものであり、問題であり、解消すべきである」と一面的に捉えることは、間違いだと考えています。なぜなら、廃れたまちを自らの手で再生しようと立ち上がった住民たちが、都市農園、子どもの遊び場づくり、芸術文化拠点といった多様な活動を展開するうえで、不動産市場にも行政にも見捨てられた空き家・空き地がとても重要な役割を担っていたことを目の当たりにしたからです(2章を参照)。なにより、わたしたちの活動[日本の家]が、衰退商店街の一角で長年放ったらかしにされていた空き家を、家賃無料・現状復帰義務無しで好き放題に使うことができたからこそ始まりました(3章を参照)。

ですから本書は、不動産市場や都市計画の力が及ばない都市空間に着目し、そこで生じたことを丹念に追っていくことから始めます。このような空間を、市場や行政によるコントロールの隙間に落ち込んでいる、という意味合いから、都市の〈隙間〉と名付けることにします。現代を生きるわたしたちは、いつのまにか、都市空間といえばすべからく「市場で取引されるべきもの」あるいは「行政によって整備されるべきもの」だと思い込んでいないでしょうか。しかし考えてみれば、取引されたり整備されたりするずっと前から空間は存在しているわけで、結論をすこし先走って言ってしまえば、〈隙間〉はそうした現代社会に規定された諸々によって見えづらくなっている「空間本来の姿」なのです(終章を参照)。

この本は「空き家・空き地に対してどのような利活用の施策を打ち出すべきか」という都市計画的な解法を示すわけでも、「空き家・空き地の不動産価値をいかに上昇させ、市場にもどすか」といういわゆる不動産リノベーションの解法を示すわけでもありません。そうではなくて、不動産市場からも都市計画からも見放された都市の〈隙間〉こそが、人びとが自らの手であらたなアクティビティをおこし、まちをつくり変えていく舞台となるのだという視点から、〈隙間〉に生じた人びとの蠢きをじっくりと紐解き、これからの都市を考えていくことを目的としています。

空き家・空き地を「問題の解決」で語る限界

都市の〈隙間〉に着目するうえで、まずは現在用いられている空き家・空き地問題の解決方法を把握しておきましょう。ここでは、「不動産活用で“稼ぐ”」、「公益的空間として“整備する”」「歴史的建築物として“保存する”」「“無くす”」の4つに整理します。

方法1. リノベーションして「稼ぐ」(市場的価値に基づく再生)

空き家・空き地を活用されていない不動産=遊休不動産とみなす。改修・用途変更してあらたなコンテンツを入れ込み、不動産的な価値を高めて、再び市場に流通させるという方法。地域の空き家・空き地をあらたに「稼げる空間にする」ことで、地域のエリア価値を上昇させることを目指す。

方法2. 公益施設として「整備する」(公益的価値に基づく再生)

行政や公益財団などが、空き家・空き地を公益的な目的のために再び整備するという方法。使われなくなった学校などの公共施設を高齢者施設、自然体験施設、芸術文化拠点などあらたな地域のニーズに対応した施設として再生したり、民間の空き家を保育施設や福祉施設として整備するなど。近年では特に、公益的な施設の運営に市場性をもったサービスを組み合わせる、方法1.と2.を合わせる「公民連携」というアプローチが注目されている。

方法3. 文化財として「保存する」(歴史的価値に基づく再生)

文化的・歴史的に重要な建築を保存する方法。ただし保全改修のための補助金だけで建物を維持することは難しい。歴史性がもたらす付加価値を活かしてカフェ、レストラン、宿泊施設などへとリノベーションすることで不動産としての市場性を高めたり、博物館や歴史資料館などの公益的施設として「動態保存」しながら活用するなど、方法1. と方法2. のオプションとなっている。

方法4. 無くす
長期間にわたって放置されてしまった空き家を、倒壊の危険性や防犯の観点から「撤去する」というもの。行政が所有者に対して取り壊しのための助成金を拠出する制度が近年整備されている。空き地に関しても再開発せず、自然に返す「間かんれい戻」を行う。

大体の空き家・空き地の再生は上に記した4つの方法を用いているはずです。しかし、再生の手法以前に、そもそもなぜ空き家は空き家となってしまったのか、という原因まで遡って考えてみると、一筋縄ではいかない現実が見えてきます。

ある衰退地域に立地する空き店舗を例にとってみましょう。そのままの状態ではとても家賃収入は見込めませんし、どれだけうまくリノベーションしても借り手がつかず資金が回収できません。それなりに古い建物で、歴史的価値が無いわけではないものの、かといって重要文化財になるようなレベルではない。一方わざわざ(お金をかけて)取り壊すほど傷んでいるわけでもなく、所有者も壊すのは忍びないと思っている。つまり「稼げない、整備できない、保存できない、無くせない」空間として、都市空間に取り残されているのです。これはほかにも、接道が無いために取り残されている斜面地の空き家、上モノを取り壊したあと需要がなく放置されている住宅地の空き地、操業は終わっているもののリノベーションにも取り壊しにも費用がかかるので放置されている工場など、さまざまなケースが考えられます。このような「中途半端」な空き家や空き地が、都市に大量かつランダムに発生していることが空き家・空き地「問題」の本質なのです。次頁の図でいえば、政策的にあるいは不動産的になにかしらの「対策」をとることで解決を図ろうとしても、グレーゾーンを脱することができずフラフラとそこに漂っている多数の空間があるわけです。ですから、空き家・空き地を「問題」と捉えて、解決方法を探すアプローチには、どうしても限界があるのです。

この「稼げない、整備できない、保存できない、無くせない」中途半端な空間こそが、まさに都市の〈隙間〉です。不動産的・政策的に「解決する」することが難しい都市の〈隙間〉。ならば「解決」を拙速に追い求めるのではなく、今実際に存在する〈隙間〉でなにが生じ、あるいは生じうるのかをじっくり観察することから始めてみてはどうでしょう。つまり、下図のグレーゾーンに漂っている不明瞭な空間=〈隙間〉たちを「正常な状態」へと救出する方法を追い求めるのではなく、〈隙間〉そのものに着目し、そこでおこる蠢きを丹念に紐解いていくことで、これからの都市を考える手がかりを見いだそう、という試みです。

 

アリになって都市の〈隙間〉に潜り込んでみよう

では、都市の〈隙間〉に迫っていくには、どうしたらよいでしょうか。タカとアリの2つ視点で例えてみます。タカの視点は、空から全体をまんべんなく見回し、予測と計画を立て、未来に対して最適解を探すときに役立ちます。都市計画などを専門とするみなさんは、タカの視点で都市を見渡すことを求められる場面が多いはずです。しかし人口の急増減や都市住民の多様化など、これまで経験したことの無い急激な変化が都市を襲うなか、未来は不確かで見通しづらいものになっています。山にモヤがかかるように、先行き不透明な状態では自慢の目が使えず、タカの視点だけで最適解を探り当てるのは困難です。

一方、同じ状況をアリの視点から見てみると、そこにはタカの視点からは見えないさまざまなリアリティがあることに気づきます。アリたちはモヤのかかった山の中で、さまざまな変化にさらされつつも、地表を這いずりまわり、岩陰や木の根元に〈隙間〉を見つけてはそこに巣をつくり、知恵を出し合い、頭と手を動かし、ネットワークを広げ、たくましく蠢き、生きています。タカの視点からは絶望的な状況に思えても、アリの視点で見てみると、ワクワクするような発見が潜んでいるのであり、それがこれからの都市を考えるうえで重要な示唆を与えてくれるのです。

ですから山にモヤがかかっているときは、タカの視点だけでなく自分自身が1匹のアリとなって、〈隙間〉に入り込み、ほかのアリと関わり合いながら、触覚を存分に広げて右往左往してみる必要があるのです。この本はそんなアリの視点でこれからの都市を考えていきます。

本書は全5章からなります。1章は、〈隙間〉をめぐり繰り広げられた、ライプツィヒの行政と住民間のダイナミックなやり取りの歴史について。1990 ~ 2020年までの30年は、予測不能な社会変動の連続でした。激しい状況変化に振り回されながらも、なんとか都市が破綻しないように緊張感をもって大胆な政策をうっていった行政と、〈隙間〉に価値を見いだした住民たちの間で繰り広げられた対立と協調を軸に見ていきます。 2章は、5つの住民主体の事例について、活動遍歴と運営の舞台裏に着目します。子育て、環境問題、文化芸術など多様なテーマで活動するこの5つの事例は、すべて都市の〈隙間〉から始まり、いまやライプツィヒを代表するプロジェクトとなっています。 3章は、筆者が仲間と共に立ち上げた、ライプツィヒ[日本の家]の活動を現場の視点から丹念に追っていきます。特に有機的に再編されつづける運営者たちのつながりの変化がポイントです。[日本の家]という、10年弱にわたって繰り広げられた、あるアリの巣における人びとの蠢きを、当事者の視点から探求しています。 1章から3章まで、ライプツィヒの〈隙間〉をアリの視点で這いずり回ることで得られた知見をもとに、都市にまつわる多様な言説を参照しつつ、〈隙間〉の存在が都市の未来になにをもたらすのかを終章で論じていきます。

さ、準備ができました。ここからしばらく、ライプツィヒの都市の〈隙間〉で生活し、活動し、蠢いてきた1匹のアリであるわたしの視点にお付き合いください。どこでもドアでライプツィヒに飛び、スモールライトでアリになって、都市の〈隙間〉をめぐる旅に出発しましょう!

わたしの遊び場:神社裏の空き地からライプツィヒの空き家へ

東京杉並の住宅街で生まれ育ったわたしのお気に入りの遊び場は、近所の神社の奥にある空き地でした。立派な松の木(御神木)の根元をホームベースにして、向かいの家(クラスメートの高具くんの家)に入るとホームランというルールで野球をやったり、松の根っこでボコボコした地面に穴をほってゴルフをしたり、やたらとネバネバする土(関東ローム層)で陶芸をしたり、放置されている木や金属の廃材で基地をつくったり、松のヤニを採取して燃やしてみたりと、悪友たちとやりたい放題遊んでいました。

それがある日、いつものように放課後に来てみると、「ここでボール遊びをしてはいけません」という立派な立て看板が建っているではありませんか。明らかにわたしたちに向けてつくられたものでしたが、お気に入りの遊び場をとられてたまるか!と、看板を蹴り倒してしばらく遊んでいました。すると神主さんが「コラー!看板が読めんのかー!」と、姿を表したのでした。ワーっと逃げ帰った次の日、先生に職員室に呼ばれ、「神主さんから相談をうけた。もうあそこで遊ばないでくれ」と諭されたのでした(今思えば悪いことをしたなと思う半面、看板を立てるまえに神主さんが僕らと直接話をすればよかったんじゃないかなぁ、とも思います)。

こうして神社を追いだされたわたしたちは、しぶしぶ近所の「近隣公園」に遊び場所を移しました。綺麗に整備され、工夫された遊具もあり、管理が行き届いているのですが、これが全くおもしろくなかった。ボール遊びはネットに囲まれた狭っ苦しい鳥かごのような場所でしかできないし、地面がゴムや砂利なので穴を掘ることもできない。廃材も無ければ火遊びもできない。木が鬱蒼としていて、大人の目が届きにくく、木材やら鉄パイプやらのガラクタがたくさん転がっていた、まさに都市の〈隙間〉で遊んでいたときのことは今でも鮮明に覚えていますが、きちんと設計され整備された公園でなにをして遊んでいたのかはなにも覚えていないのです。

大人になって、建築やランドスケープのデザインを学んでは見たのですが、子どものときのこの体験がずっとわたしのなかに根を張っていて、「施設化」されたものを「設計」する、ということに興味がもてませんでした(設計課題は好きでしたが、それは作品と して自分の考えを自由に表現できるからで、建築設計に対する興味ではありませんでした)。そんなこともあって、初めてライプツィヒを訪れたとき、数多くの空き家やら廃工場やら廃線跡をみて、少年時代の感覚が蘇ったのでした。「これは遊べるぞ!」と。それがこの本の原点です。

その後10年弱、ライプツィヒというまちで数えきれないほどの貴重な出会いと体験があり、本当にたくさんのことを学びました。このたび、その10年弱の経験をまとめる機会をいただきました。ですから本当に多くの方々の力によって、この本は成り立っています。快く資料を提供してくださったライプツィヒ市の方々、ワークショップへの協力とインタビューに応じてくださった多くの住民団体の方々。そしてなにより、[日本の家]を通じて出会ったすべての仲間たち。特に立ち上げ直後から運営で多くの苦楽を共にしてきたミンクス典子さん、人のつながりの重要性について気づかせてくれた薄井統裕さん、蔭西健史さん、中村稔さん、言葉にならないものの重要性に気づかせてくれたアーティストの宮内博史さん、ときに大学教授として、ときにパトロンとして、しかし大部分は友人として、外国暮らしのストレスで悶々としていたわたしをいつでも勇気づけてくださったシュテフィ・リヒター(Steffi Richter)さん。日本では、博士課程の指導教官としてわたしをいつも叱咤激励し、ときによりラディカルな方向へとそそのかしつつ、問題意識を共有して、共に考え、たくさんのアドバイスをくださった岡部明子さん。
風来坊の息子をいつも暖かく迎え、寝食を与え、惜しみなくサポートをしてくれた東京の家族。みなさんにいただいたご恩は大きすぎて返せないけれど、次の時代のために活動することで、次の世代の人びとに恩を送りたいと思います。 この本の内容は東京大学新領域創成科学研究科に2019年秋に提出し受理された博士論文『都市の〈間〉論 -1990年以降のライプツィヒ東西インナーシティを事例に』をベースに大幅に修正加筆したものです。執筆の過程で、学芸出版社の岩切江津子さんには長い間お付き合いいただき、たくさんのアドバイスをいただきました。ライプツィヒ在住のデザイナーである星野恵子さんには、出産間近にも関わらず装丁をお引き受けいただきました。カバーと章扉のイラストはライプツィヒと尾道で活動するイラストレーターのリリー・モスバウアー(Lili Mossbauer)さんです。チームライプツィヒでブックデザインができたことをとても嬉しく思います。

長かったライプツィヒ生活を終え、2019年末に尾道に居を移し、はや半年。山手の空き家に国籍や職業に関わらず多様な人があつまる場所をつくろうと立ち上げたプロジェクト「迷宮堂」は、新型コロナウィルスによって一時中断していますが、良き友人と隣人に恵まれ、晴れの日は空き地の開墾と家の改修、雨の日は執筆と、晴耕(工)雨筆生活を送っています。[日本の家]も仲間たちが継続中。次は地理的に日本とドイツのあいだにあるジョージア(旧称グルジア)に拠点をつくろうと動き出しています。コロナ禍でいっそうモヤモヤした未来を、楽しく豊かに生きのびるための活動と研究を、これからも続けていきたいと思っています。ライプツィヒ・ジョージア・尾道。状況がゆるすようになった暁には、ぜひおいでください。それぞれの都市の〈隙間〉で蠢いている、愉快なアリたちが迎えてくれますよ。

2 0 2 0 年7 月

自宅の書斎にて

雨上がりの瀬戸内海を行くフェリーを眺めながら

大谷悠

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