建築・都市のプロジェクトマネジメント

山根 格 著

内容紹介

多様化・複合化・国際化・横断化が進む建築・都市開発において、既存の社会資本を活かし、社会的な課題にも応えるマネジメントが求められている。都市生活の創造性を高めて事業性を上げる建築・都市をいかにつくるか。チームアップから、品質、デザイン、コスト、スケジュール、リスクのマネジメントまで、わかりやすく解説。

体 裁 A5・200頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2592-7
発行日 2015/03/31
装 丁 上野かおる


目次著者紹介はじめにあとがき
はじめに

1章 プロジェクトマネジメントの扉を開く

1.1 6つのキーワード

「プロジェクト」
「プロジェクトの有期性」
「プロジェクトマネジメント」
「プロジェクトマネジャー」
「プロジェクトの段階」
「ステークホルダー」

1.2 9つの領域

1.3 目的を見失わないこと

1.4 プロジェクトの組み立て方

1.5 プロジェクトマネジャーに必要なスキルと資質

1.6 合意形成は、賛成よりも納得を引き出す

全員の賛成でなく、納得を得られる解決を
ステークホルダーは総論賛成・各論反対
見えないステークホルダーこそが大事
ステークホルダーのDNAを知る

1.7 解決の選択ではなく、創造するコミュニケーション

コミュニケーションは異文化交流
言葉と実行による信頼関係の構築
結論からいくか、プロセスから始めるか
解決案は選択ではなく創造

1.8 意外に簡単なお金のしくみ

コストの基本的な構成
事業収支の組み立て方
コストマネジメントでの基本的なバランス
限られたお金の賢い使い方

1.9 遅れを出さないスケジュールの立て方

積み上げでなくゴールから配分する
遠くから見るマスタースケジュール、近くから見る実行スケジュール
スケジュールを遅らせる要因は何か

1.10 リスクは頻度とインパクトで決まる

予想できるリスク、予想できないリスク
リスクは頻度とインパクトのマトリクス
起こってから対応するか、起こる前に対策を練るか

1.11 品質はコストとのバランスで選択する

品質マネジメントを感覚的に捉える
品質とコストはトレードオフ

1.12 デザインマネジメントという10番目の領域

デザインの計り知れない力
デザインマネジメントの考え方

2章 これからの建築・都市開発における価値の創造

2.1 クリエイティブ プロジェクトマネジメント

2.2 社会的価値:社会的課題に応える開発

都市の様々な社会的課題
社会資本の再創造
生活の価値の創造

2.3 経済的価値:事業性・収益性中心からの脱却

2.4 文化的価値:情報発信と交流のハブへ

文化情報の発信・交流の価値とは
渋谷ヒカリエとW TAIPEI

3章 プロジェクトマネジメントのスタートライン

3.1 プロジェクトマネジメントの業務の流れ

企画段階における業務の流れ
実行段階における業務の流れ

3.2 プロジェクトチームを編成する

企画段階のチーム編成
実行段階のチーム補強
国際的なチーム編成
W TAIPEIの国際組織体制

4章 魅力的で骨太なプロジェクトを企画する

4.1 プロジェクトは3本柱から始まる

4.2 基本理念:プロジェクトの太い幹を立てる

プロジェクトの目的と哲学
ザ・キャピトルホテル東急の基本理念
企業特性と基本理念の関係

4.3 用途を複合するメリット

開発を構成する用途機能
開発の目的と用途構成
公共貢献と容積割増
複合することによるメリット
次の時代の複合開発のテーマ

4.4 プロジェクト開発手法の選択

まちづくり制度と特区
官民協同の道筋

4.5 事業企画:組織とコストの基盤を整える

事業企画とは
プロジェクトチームを編成する
企画段階の事業収支の構成
初期コストの構成
運営コストの構成
NOIとIRRの基本的な考え方
マスタースケジュールの策定

4.6 建築企画:新しい価値を生み共感を得る

建築企画とは
建築企画の概念の変遷
戦略的調査と要求条件の整理
建築企画書を作成する

5章 柔軟に創造的にプロジェクトを運営する

5.1 戦略的な課題の解決

課題を戦略的に設定する
解決へのプロセスと打たれ強い解決案
日本科学未来館での課題の解決

5.2 コストマネジメント

コストカットとコストマネジメント
段階ごとのコストマネジメント項目
コストマネジメントの2つのベンチマーク
工事発注という正念場を乗り越える

5.3 スケジュールマネジメント

3種類のスケジュールを使い分ける
デザインコーディネーションスケジュール

5.4 リスクマネジメント

リスクの領域による分類
リスクマネジメントのプロセス

5.5 品質マネジメント

品質は数値化できる
レビューによる予防と実験による検証

5.6 デザインマネジメント

プロジェクトの価値を高めるデザインマネジメント
プロジェクトに優先的に取り入れるべきデザイン
コスト・スケジュールとの戦い
プロフェッショナルなデザイナーの参画

Beyond Boundary /あとがきに代えて

山根格(やまね・ただし)

1956年生まれ。1980年京都大学工学部建築学科卒業、82年京都大学大学院工学研究科建築学専攻修了。82年日建設計入社。97年同社設計室長、2000年同社設計室長兼プロジェクトマネジメント室長、03年同社設計室長。06年日建設計退社、ydd(yamane design directions)設立、同社代表取締役、現在に至る。09年東京都市大学都市生活学部准教授、15年同学部教授、プロジェクトマネジメント研究室主宰。
日建設計では、パシフィコ横浜(ホテル、会議センター)、クイーンズスクエア横浜(ホテル、商業施設)、大分オアシスひろば21、ディズニーアンバサダーホテル、日本科学未来館、新横浜中央ビル、テラス蓼科リゾート&スパなどの設計、企画、プロジェクトマネジメントを担当。その他、東京スカイツリーと渋谷ヒカリエの初動段階の建築企画、複数のホテル改修のプロジェクトマネジメントを担当。
yddでは、ザ・キャピトルホテル東急再開発、グランドプリンスホテル赤坂再開発、N新駅ビル複合開発、沖縄・東京・京都・奈良等における複数のホテル計画などの企画、プロジェクトマネジメント、コンサルティング業務を担当。そのほか海外でも、台湾や中国でホテルやリゾート施設の企画、設計、コンサルティング業務を行い、海外の会社と協同で行う仕事も多い。

この本は、プロジェクトマネジメントとは何かということを広く学びたい人、建築・都市開発の勉強・研究をしたい人、あるいは建築・都市開発の仕事をし始めた人にとっての入門書である。

特に1章は、あらゆる分野の人に広く扉が開かれている。少しとっつきにくいプロジェクトマネジメントに関する基本的な言葉や領域、課題の整理を、できるだけ直感的に頭に入っていくように、身近な例を挙げながらわかりやすく記述している。

2章以降は、建築・都市開発の分野を対象にしている。2章は社会背景や社会課題の認識の話に始まり、建築・都市開発分野におけるプロジェクトマネジメントの概念と目的を総論としてまとめている。3章はプロジェクトマネジメント業務の流れと組織の立ち上げについて述べている。4章と5章はやや専門的な内容になる。4章は企画段階のプロジェクトマネジメントの3つの柱になる考え方、5章は実行段階のプロジェクトマネジメントの実践を中心に論を進めている。建築・都市開発が対象ではあるが、2章と3章はもちろん、4章以降も、様々な分野に応用がきくと考えている。

学生だけでなく、この分野の初心者を読者に想定しているが、その道のプロフェッショナルの方々にも時間があれば手にとって目を通していただきたい。都市・建築開発に関わる人、つまりディベロッパー(開発事業者)、投資家、建築設計者、デザイナー、コンサルタント、工事施工者、建材メーカー、施設経営会社、施設管理運営会社、行政担当者などである。

プロの皆さんは、こんなことは百も承知、あるいは現実はしがらみだらけでこんな単純な話ではないとおっしゃるかもしれない。しかし、皆さん、頭が固くなって過去の成功例のトレースばかりしていませんか。内向きになっていて本質的なことが疎かになっていませんか。数字の奴隷になって最初の理想を簡単に諦めていませんか。マーケティングレポートを鵜呑みにしたり、理念や思想までコンサルタントや広告代理店に丸投げしていませんか。皆さんご自分の胸に手をあてて考えてみてください。

日本の都市の空間や景観をもっと魅力的にするために、国内外の多くの人が楽しみ交流できる場や機会を創造するために、豊かな気持ちで働いたり快適に暮らせる環境を整備するために、そして社会の様々な課題を解決するために、皆さんも一緒にクリエイティブなプロジェクトマネジメントを考えてみませんか。

山根 格

Beyond Boundary /あとがきに代えて

日本では、10年前からのグローバル化の功罪と、安い人件費と巨大なマーケットを求め価格競争力に軸足を置いた国際進出で多くの誤算が生じたにもかかわらず、その検証もほとんどなされないまま、またも産官学で国際化が大合唱されている。まるで、アメリカ東部エスタブリッシュメント並みの論理的思考力、検定で最上位と評価された語学力、TED顔負けのプレゼン力を携えたエリートビジネスマンが世界を相手に仕事をすること、世界の学者がこぞって引用するレベルの論文を量産できる研究者を育成することを、企業活動と教育研究活動の理想に置いたかのようだ。だが実際には、そんなところに若い人を一気に連れていく魔法はない。

僕がまだ20代であった1980年代の中頃から、国内の仕事における海外の会社との調整や外国人デザイナーとの協同が始まり、2000年代に入る少し前から、中国と台湾の都市を舞台に恐る恐る仕事が進み、成果が出だしたのは2000年代中頃からで、現在では、当たり前のように中国語の契約書を作成して現地ディベロッパーと仕事を協同する状況である。いわば、建築・都市開発の領域での国際化の端くれに長く身を置いているのだが、こんな程度のことでも、一日にして成らずである。大小の成功と失敗の経験値の蓄積、人と人との国籍と文化背景を超えた相互理解、冒険を厭わずも地に足をつけた企業の経営方針とチームへの継続的な支援、日本の技術と文化の特徴と強みを国際的な視点で考える教育、そして産官学一体になって若い人が海外へ挑戦する場と機会を創出する支援、それらの地道な積み重ねと相乗効果が何より重要で唯一の道だと考えている。国際化とは、それぞれの人が、それぞれの文化背景を生かしつつ培った腕やセンスに磨きをかけ、広い視野とオープンマインドで、“Beyond Boundary”つまり様々な垣根を超えて信頼関係を構築しながら活動することにほかならない。

建築・都市開発の領域においては、日本は、マーケティング力、商品企画力、語学力を含めたコミュニケーション力、プレゼン力、突破力はまだまだ経験値も教育レベルも上げていく必要があると実感するが、世界で戦える武器はすでに持っているのである。

1つめは言うまでもなく技術力である。日本の、品質に対するエネルギーのかけ方ときめ細かさ、その成果である製品のクオリティの高さ、地震や厳しい環境条件のなかで培ってきた統合的な技術力、大量生産から工芸品のような一品生産までをレベル高くこなす技術の蓄積、どれをとっても世界に誇れるものであろう。2番めにデザイン力である。建築にしてもプロダクトにしても、長い伝統と異文化を組み合わせて日本流に発展させる能力と、デザインを端正な表現に洗練させていく能力はやはり独特のものであろう。3番めは世界でも際だって独特の地位を確立している日本文化である。

異なる文化背景を持つ組織と人が納得でき、信頼関係が構築できるフェアな方法論で、それら培ってきた武器を有効に機能させハイブリッドさせて、日本や世界の様々な場で、多様な課題を解決に導き、魅力的な都市をつくりだしていくことに少しでも貢献する。それが、創造的で柔軟なプロジェクトマネジメント=“クリエイティブ プロジェクトマネジメント”の意義であり目的であり成果であると考えている。
この本を手にとった若い人たちが、少しでもBeyond Boundaryの志を抱いてくれれば幸いである。

2015年2月

山根 格