地域づくりのプラットフォーム
内容紹介
地域づくりをリードする組織と、そのマネジメントの担い手をどう育てるか? 必要なのは、さまざまな人々が集い予期しない活動や価値を生みだす創発型のコミュニケーションの場、プラットフォームである。本書はその有り様を理論と実例から解き明かす。
体 裁 四六・216頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2590-3
発行日 2015/05/01
装 丁 上野 かおる
はじめに
第1章 地域の資源化プロセス
1 資源化プロセスとは
2 資源化の取り組み
3 キーワードはつながり
第2章 地域づくりとプラットフォーム
1 プラットフォームの概念
2 効果的なプラットフォームのモデル事例(鳳雛塾)
3 プラットフォーム設計の基本的要素
第3章 プラットフォーム設計のポイント
1 境界への注目
2 効果的な境界設計の事例
3 資源持ち寄りの事例
4 鳳雛塾における境界設計と資源持ち寄り
第4章 地域・大学連携とプラットフォーム
1 地域と大学との連携の可能性
2 上五島元気プロジェクト──地域の魅力の発信
3 八女市元気プロジェクト──コミュニティFMを活用した地域づくり
4 本山町まちかつプロジェクト──よそ者の視点とまちなか再生
5 尾鷲市元気プロジェクト──地域主導の活動促進
6 地域・大学連携のポイント
第5章 次のステージにむけて
1 地域づくりのポイント
2 地域づくりは人づくり
おわりに
巻末 付属資料(ケース教材)
慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス
みやじ豚──食のブランド戦略とネットワークづくり
・就農までの道のり
・藤沢市の概況
・みやじ豚の特徴
・みやじ豚の販売モデル
・販売価格
・直販を支えたバーベキュー
・直販比率の向上
・日本の農業・養豚経営の概況
・「農家のこせがれネットワーク」の設立
・設問(案)
「命令や強制をしないことです」。
各地で活躍している地域づくりのリーダーたちが集うあるパネルディスカッションでのこと。コーディネータを務める私が、地域づくりの秘訣について問うたところ、壇上のリーダーたちは口々にこうこたえた。そのとき、私は、確か、
「でも、何もしないと、何も起こらないのではないですか」
と返したと思う。それに対して、リーダーたちはこうこたえた。
「確かにそうかもしれませんが、命令したり強制したりすると、参加者が自分たちでやっているんだという気持ちを削ぐことになります。これは、長期的にはマイナスです」。
今になって振り返ってみると、この言葉の真意はよくわかるようになった。地域づくりにおいて千金の重みをもつ至言だ。これは、地域づくりのマネジメントスタイルが、トップダウン型から、インターネットのコンセプトでもある自律・分散・協調型に移行しつつあるのではないか。つまり、今までのように、有能なリーダーが強力に地域を引っ張っていくというやり方だけでなく、地域の多彩な人たちの力を引き出して、交流や対話をしながら地域の課題解決を果たしていくというスタイルが生まれつつあるのではないか。そのような思いを持ちながら、各地の地域づくりの現場に密着して、時には私たちで実践した内容をまとめたものが本書である。
地域づくりとは何だろうか。私は、地域の課題解決を行う具体的な活動だと考えている。産業活性化、観光振興、コミュニティ再生や教育、移住交流促進などの多様な分野があるし、活動主体も、自治体、NPO、企業、地域の人々などさまざま。私は、その目指すべきゴールは、地域の人々がそれぞれの状況に応じて主体的に考えていくべきことだと思う。
ただ、いずれの場合にしても基本となる大切なポイントは、いろいろな人々が相集い、相互作用によって、予期もしないような活動や価値を次々と生みだしていくこと(本書では、これを「社会的創発(social emergence)」とよぶ)ではないだろうか。このような状態をつくりだすコミュニケーション基盤となる道具や仕組みなどのことを本書では「プラットフォーム(platform)」(後に詳述)とよぶ。これから、プラットフォームという概念は、地域づくりを実践する上での重要なキーワードになると信じている。
地域づくりは、効果的プラットフォームをいかに設計するかにかかっているといっても過言ではない。では、具体的にどのようにすればいいのだろうか。これは、なかなか難しいテーマであり、一朝一夕には唯一無二の正解というものを示しにくいのが現状だ。ただ、留意すべきポイントについては、ここ十数年間の実践やフィールドワーク、理論研究で明らかになりつつある。
そこで、本書では、プラットフォームの視点を中核に据えて、地域の多様な人々が参加し、相互作用によって、新しい活動や価値を生み出しているいろいろな取り組みを紹介しながら、プラットフォーム設計のための、実践に役立つヒントをお伝えすることを主眼とする。また、地域づくりは人づくりとよくいわれる。プラットフォームを設計する人(本書では「プラットフォーム・アーキテクト(platform architect)」とよぶ)をいかに育成するかも問われる。まだ試行錯誤の段階ではあるが、このような人をいかに育むかについても検討したい。
まず、第1章では、地域づくりの基本となる視点の一つである、地域の資源化プロセスについて事例をもとに説明する。資源化プロセスとは、資源があるとかないとかだけに拘泥するのではなく、あるものを「資源にしていく」という積極的な姿勢をいう。ここでは、高知県黒潮町のNPO砂浜美術館が主催するTシャツアート展、佐賀市の佐賀インターナショナルバルーンフェスタ、高知県南国市のごめんシャモ研究会の取り組みを取り上げ、資源化プロセスの流れについてわかりやすく説明する。
第2章では、この資源化プロセスをうまく機能させる上で大切な、プラットフォームの概念について整理を行う。資源化プロセスにおいて最も重要な要素は、人や組織とのつながり形成である。プラットフォームは、まさに、その基盤となるものだ。そこで、私が理事長を務めるNPO法人鳳雛塾(以下、鳳雛塾)の事例を紹介しながら、プラットフォームにおけるつながり形成、その結果もたらされる社会的創発のメカニズムについて提示する。
鳳雛塾は、1999年に私が佐賀市で立ち上げた起業家育成スクールである。地元の企業を題材とした事例教材(ケース教材)を独自に開発し、自分が主人公だったらどのような意思決定、行動をとるかということを徹底的に考え、全員で議論する授業形式(ケースメソッド)を取り入れている。もともとは、社会人、大学生を対象とした講座のみを運営していたが、2002年からは小学生対象の事業が立ち上がり、2004年から佐賀市以外でも開講されている。さらに、塾生が中心となって、複数の非営利組織が立ち上がったり、食を通じた地域づくりのプロジェクトなども生まれたりしている。このように、鳳雛塾は、次々と新しい事業が生まれる、つまり社会的創発がもたらされているプラットフォームと見なすことができるだろう。
第3章において、効果的プラットフォームを設計する際の大切なキーワードである、境界(バウンダリ)、資源持ち寄りについて事例をもとに説明する。
境界については、文化人類学や建築の分野に優れた知見がある。これらを参考にしつつ、人や組織における、信頼が形成される強いつながりと新しい情報や知識がもたらされる弱いつながりがうまく結合されるための境界設計のあり方について議論したい。ここでは、次々と新しい活動が生まれている、慶應義塾大学が主催する三田の家・芝の家、北海道岩見沢市のJR岩見沢駅の事例をもとに、主として空間的な観点から分析を行い、なぜプラットフォーム設計において境界に着目すべきかについて説明する。
さらに、長年に渡る実践、徹底的なフィールドワークによって、資源持ち寄りによって設計されているプラットフォームには数々のメリットがあることがわかってきた。上述の鳳雛塾での事例を再度検討しつつ、資源持ち寄り方式で運営されていて成果をあげている、三重県多気町の農家レストラン「せいわの里 まめや」についても運営やその成果を報告し、資源持ち寄りの可能性について議論する。
第4章では、地域と大学が連携して問題解決のための実践を行う「域学連携」について、私たちの取り組みを紹介しつつ、地域づくりにおける大学の役割や可能性について検討する。そして、プラットフォーム設計の観点から、効果的な地域と大学との連携を実現するための方策について洞察する。
第5章では、今までの議論をまとめて、地域づくりにおける大切なポイントについて再度提示し、今後の方向性について議論する。また、プラットフォームを設計する人づくりのポイントについても検討する。特に、試行錯誤の段階ながら、レクチャー、ケースメソッド、ワークショップ、フィールドワーク、プロジェクト実践などを融合する学びの方法を紹介する。
さらに、大学の授業で利用しているケース教材(みやじ豚)も付録として全文を掲載している。授業の一端を理解いただければと願っている。
福澤諭吉は、『学問のすゝめ』で、「学問はただ読書の一科に非ずとのことは、すでに人の知るところなれば今これを論弁するに及ばず。学問の要は活用に在るのみ。活用なき学問は無学に等し」(十二編)と論じている。
本書では、地域の人々とともに実践した問題解決プロジェクトや徹底したフィールドワークを通して、具体的にどうすればよいのかに少しでもこたえられるヒントが得られるように配慮している。取り上げた事例の多くは、民間主導のものであり、経済効果を求めるような取り組みではないものの、全て、自治体との緊密な連携で成果をあげている活動ばかりだ。その意味では、地域における多様な主体の協働のお手本といっていいかもしれない。本書が、地域づくりに日夜奮闘されている方々の何かの活用に資することができれば望外の幸せである。
飯盛義徳
車窓からは、青碧にかすんでいる稜線と田畑がどこまでも広がっているのが見えていた。しばらく読書に夢中になっているうちに、ふと気がつくと風景は一変して、家々が立ち並びだしていた。線路の軋む音が聞こえ、車内ががくんと揺れる。列車はスピードを緩め、ゆるゆるとプラットフォームに滑り込んだ。シューというドアの開く音。たくさんの人たちが大きな荷物を持って通路に列をつくっている。私もトランク一つもって、人の流れについて行った。
狭い改札を抜けると、二人が迎えにきてくださっていた。わざわざありがとうございます、と声を出そうとしたら、
「おかえりなさい」
と日焼けした顔で破顔一笑してくれた。
この地域には三度目の訪問。今まで一緒になって各地区をまわり、汗をかきながら、たくさんの人たちとどうしたら地域が元気になるか、夜を徹して議論してきた。よそ者の私をこのように受け入れてくださって、何ともいえず清々しい気持ちになった。そして、素直な気持ちで、
「ただいま」
といえた。
やはり、地域の最も大切な資源は人だ。地域にはたくさんの哲人とも呼べるほどの素晴らしい人たちがいる。農作物のこと、山林のこと、海のこと、方言のこと、歴史のこと、文化のこと──それぞれに役者がいる。私は、学生たちと一緒に、数え切れないくらい、このような人たちから学び、それが知や身体の一部を構成していることがわかる。
昨今、地域は、産業衰退、急激な人口減少など深刻な課題を抱えているところが多い。しかし、地域の人たちが学び合い、力を合わせて、徹底的に議論を交わし、何か行動を始めたらきっと地域は変えられると私は信じている。もちろん時間はかかるし、困難は随処に立ちはだかっているだろう。でも、多くの人たちが活動に参加するようになり、各々でできることや多彩な資源を持ち寄ることで、課題解決の糸口はつかめると期待している。
本書では、そのためのキーワードとしてプラットフォームという概念を提示した。いろいろな人たちが参集し、活躍するような舞台づくり。これが私たちの目指す地域づくりだ。そのために私たちにできることは何か。いつも自問自答しながら過ごしている。
そもそも、経営学が専門であった私が地域づくりの教育、研究、実践に携わるようになったのは、2005年に慶應SFCに赴任した直後であった。高知県黒潮町(旧・大方町)で地域づくりの講演会が開催され、砂浜美術館のケース教材を開発することになった。ケース教材は学生たちが現地取材して開発してくれた。そこではじめて地域の人たちの魅力、資源の豊かさに魅せられたと同時に、学生たちのよそ者、若者の力、そして行動力を思い知った。それから、毎年、複数の地域で域学連携の研究プロジェクトを推進するようになった。テーマはそれぞれ異なるが、基本となる考え方は、あくまで、地域の人々が主人公であるということ。私たちは、地域の内発的力を引き出す役割に徹している。そして、人の元気が地域に波及するように心がけている。
これからも、学生たちと一緒に各地に赴き、「おかえりなさい」と気持ちよく迎えてくださるふるさとが各地にできるように邁進したい。
もちろん本書には限界もある。取り上げた事例は非営利の活動が多く、事業性については論じていない。また、境界設計と同時にコーディネータの役割も大切であるが、プラットフォーム設計の議論を中核に据えたために今回は割愛している。これらの課題は別の機会に記したい。
なお、上梓にあたっては、まず、学芸出版社の前田裕資氏にはテーマ設定や内容、まとめ方などで貴重なご意見をいただいた。心から感謝したい。また、学生メンバーと一緒にフィールドに赴き、地域の人々と一緒に悩んだり笑ったり、考え抜いて、汗をかきながら実践するのが私の普段のスタイル。そのため、どうしても現場での時間に追われてしまい、執筆が遅れがちになるといろいろなアドバイスもいただいた。何とかここまでたどり着けて安堵している。
本書は、一緒に実践に携わっていただいた地域の皆さま、フィールドを駆けまわった学生メンバー、そしてこのような私をあたたかく見守ってくれた慶應SFCの先生方との協働の賜物でもある。また、留守がちな私に文句一ついわずに応援し、支えてくれた家族の力は大きい。今まで関わってくださった全ての方々に感佩したい。
2014年秋
新雪をいただく富士山を眺めながら
飯盛義徳