CSV観光ビジネス
内容紹介
社会的課題やニーズに対応し、社会を豊かにしながら企業利益を得るCSV(Creating Shared Value)というポーターの考え方が注目されている。地域を豊かにすることもあれば荒廃させることもある観光において、いかに地域とともに共通価値をつくり出すか。13の実践例を軸に研究者と現場からの報告でまとめた初めての入門書。
経団連副会長・観光委員長 大塚陸毅 推薦
体 裁 A5・264頁・定価 本体2800円+税
ISBN 978-4-7615-2578-1
発行日 2014/10/15
装 丁 コシダアート
序章 観光が生み出す価値とCSV(共通価値の創造)
近畿大学経営学部教授 高橋一夫
株式会社JTB総合研究所取締役コンサルティング事業部長 小里貴宏
1部 観光ビジネスと地域の共通価値創出
1章 スイス・サースフェー村の環境保全・共存型観光
──持続を可能にする地域と観光客の「社交ネットワーク」
流通科学大学サービス産業学部教授 柏木千春
2章 会津「麗の食スタイル」による震災復興
──旅館・ホテルによるバリューチェーンの再構築
常葉大学経営学部教授 大久保あかね
3章 東日本大震災での「ボランティアツーリズム」
──被災地と参加者を結ぶ旅行会社のビジネスモデル
神戸港埠頭㈱常務取締役、元神戸市産業振興局観光コンベンション部観光コンベンション課長 中西理香子
4章 熊野古道に外国人個人旅行者を呼び込む着地型旅行会社
──地域観光クラスターの中核となる中間支援組織へ
(一社)田辺市熊野ツーリズムビューロー会長 多田稔子
5章 持続的な市民主体のまち歩き観光「長崎さるく」
──地域人材を活かした隠れた物語と人に感動する仕組みづくり
長崎市経済局文化観光部次長兼観光政策課長 股張一男
2部 地域振興ビジネスと地域の共通価値の創出
6章 なぜ「富士宮やきそば」は集客力が続くのか?
──生産者+消費者=プロシューマー型ビジネスモデル
(一社)愛Bリーグ本部代表理事(富士宮やきそば学会会長) 渡邉英彦
7章 掛川市体育協会によるスポーツを通じた地域振興
──日本型のスポーツコミッションモデル
近畿大学経営学部教授 高橋一夫
8章 瀬戸内国際芸術祭・大地の芸術祭による活性化
──アートによるツーリズムが生み出した価値
近畿大学経営学部教授 高橋一夫
9章 成熟社会とシンクロした東京マラソン
──高齢化と孤立化解決のヒントを提示
東京都労働委員会事務局長(第1回東京マラソン事務局事務次長) 遠藤雅彦
3部 観光の共通価値創出を支援する基盤
10章 地方金融機関が構想するせとうち観光プラットフォーム
──観光を持続可能な産業にする仕組みを構築する
広島銀行法人営業部金融サービス室観光関連担当シニア・マネージャー 井坂 晋
広島銀行法人営業部事業支援室アシスタントマネージャー 石岡基彦
11章 観光の力を支えるJR東日本
──観光業界の力を結集し文化主導型の観光へ
公益社団法人日本観光振興協会理事長 見並陽一
12章 来訪促進を支える国際空港
──ローコストキャリアの誘致による空港経営と顧客、地域のWin-Win
(一社)環境優良車普及機構会長(元関西空港株式会社取締役会長) 岩村 敬
13章 共通価値の創出と観光政策
──シンガポールのカジノを含む統合型リゾート誘致と観光立国推進基本計画
流通経済大学社会学部教授 藤野公孝
神戸夙川学院大学観光文化学部講師 田中祥司
本著の編者である私たちは、それぞれ国の観光行政と民間企業で、長年仕事として「観光」に携わってきました。観光政策の立案や観光ビジネスなど中身に違いはあっても、観光は観光資源を抱える観光地があってこそ観光事業が成立するものであって、地域社会との深い関わりが仕事の根幹だという意識を持っていました。
その後、私たちは前任校である流通科学大学で教鞭をとる機会を得ましたが、在職中の2011年3月11日には東日本大震災が発生しました。その爪あとは大きく、被災地における観光産業は言うまでもなく、直接被害を受けていない周辺観光地も風評被害にあえぐ状況が続くこととなりました。これまで、阪神淡路大震災や中越沖地震、雲仙普賢岳の噴火などで同様のケースがあったにも関わらず、その教訓が生かされているとは言い難い状況でした。
そんな折、学長の石井淳蔵先生から、毎年開催をしている大学創設者の中内功氏を記念するシンポジウムで観光を取り上げるように指示がありました。私たちは「震災復興と観光の力」をテーマとし、衆議院議員で全国旅行業協会会長の二階俊博氏、㈱日本旅行会長で日本旅行業協会会長の金井耿氏、観光庁次長の武藤浩氏をはじめ、地元の観光関係者も招き、観光は震災復興にどのように役に立てるのかを議論しました。被災者の皆さんを慮っての「倹約の連鎖」に歯止めをかけ被災地に経済の活性化をもたらす、風評被害に対しては観光客が現地を見たうえで正しい情報を発信してもらうなど、観光業界挙げて「打って出て、来てもらう」ことで、観光の力で復興に協力をしていくことの重要性が示されました。
私たちは、そこに「観光は地域を、あるいは日本を支えるのだ」という我が国の観光関係者のもつ自信と誇りを感じ、観光は経済的価値と社会的価値をともに創り上げることができる産業なのだという確信を持つようになりました。
こうした思いを取りまとめて本にしたい、と考えているときにマイケル・ポーターの「Creating Shared Value(CSV):共通価値の創造」という論文に出合ったのです。その詳細は序章に譲りますが、社会のニーズや問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的価値が創造されるというアプローチこそが、新たなイノベーションと市場創造につながるという指摘をしていたのです。私たちは「共通価値の創造」をテーマに、観光に関するさまざまな事例を集め、観光事業を営む企業や団体こそが地域社会の経済条件や社会状況を改善しながら、自らも競争力を高めることができるということを示したいと考えました。
実際にそうした事業を展開された人たちが多くの章を執筆していただけることになり、地域社会や消費者とのWin-Winの関係を構築した事例を生き生きと紹介してくれています。あちらを立てればこちらが立たず、ではなくどちらも立てる現場のもつダイナミクスが伝わってきます。石井淳蔵先生は、「相手に共感し、経験をともにする現場でビジネスの知は生まれる」と言っておられましたが、そういう雰囲気が伝わってきます。
観光事業は負の側面も含め、地域社会の出来事に目を背けることのできないビジネスです。一方で事業の収益モデルを構築しなければ、地域社会との共通価値を有する持続可能なビジネスは実現されません。観光の意義や効果を高め、観光事業を通じて社会に新しい価値を生み出し、事業を未来につなげようとする13の事例を読者の皆さんと共有できればと思います。
本著は、こうした地域との関係を持ちながら仕事をしている観光事業者の方々、行政関係者、観光によってまちづくりを進めようとされている方々、将来観光を仕事にしたいと思っている学生の皆さんにお読みいただければ幸いです。
また、この本の企画から2年が経ちましたが、辛抱強く励ましていただいた学芸出版社取締役の前田裕資さんには、いつもいつも感謝しています。編集に携わって頂いた越智和子さんにはしっかりとした編集作業で出版にこぎつけました。有難うございました。末尾になりましたがお礼を申し上げます。
2014年8月
編者:流通経済大学教授 藤野公孝
近畿大学教授 高橋一夫