広域計画と地域の持続可能性
内容紹介
地域主権の時代。広域連携はどうするのか?
地域主権が具体化し基礎自治体を中心とした自治が進むと、国や府県の関与が減る分、環境や農地の保全、産業振興など、広域で取り組むべき問題をどうするかが、重要になる。多数の自治体や民間・市民など多元的な主体を結び、活動を生み出すための指針として広域計画が是非必要だ。内外の事例から立案手法まで幅広く紹介する。
体 裁 A5・256頁・定価 本体2800円+税
ISBN 978-4-7615-2481-4
発行日 2010/03/30
装 丁 前田 俊平
はじめに
I編 広域計画とは何か
1章 広域計画と地域の持続可能性
大西 隆
1-1 日本の国土・地域計画
国土・広域計画の新体制/国土計画と格差是正/国土・地域政策の評価/国土計画の役割低下と新たな地域間格差の拡大
1-2 地方分権と広域計画
広域計画の分権改革/道州制と地域計画/国際的連携と広域地方計画
1-3 地域の持続可能性
持続可能な地域/地域の発展戦略
2章 広域計画の合意形成とプランニング手法
城所 哲夫
2-1 持続可能な地域圏とガバナンス
持続可能な地域圏/広域地域空間ガバナンス構築へと向かう潮流
2-2 合意形成と広域ガバナンス
広域地域空間の圏域構造/長野県中部地域産業クラスターの事例
2-3 シナリオ・プランニング
シナリオ・プランニングの意義/シナリオ・プランニングの方法
3章 地域活性化と広域政策
瀬田 史彦
3-1 地域活性化の前提の変化
3-2 人口増加から機能維持への転換
安定成長期の地域活性化:「人口増加」「発展」「浮揚」/改正まちづくり3法の下での地域活性化/21世紀の活性化=「維持」=「持続可能」
3-3 地域活性化からみた広域計画の論点
守りに入る広域政策/広域圏の分化と多層化/サービス供給圏と経済圏
3-4 生活環境維持のための広域政策に求められること
サービス供給のための圏域の基本的な論点/人口減少で困難になる水平的連携/地方分権下での「上からの」広域調整の必要性
4章 広域的地域産業振興策による地域活性化戦略
松原 宏
4-1 地域の自立・競争力と地域産業政策
4-2 産業立地政策の変化と企業立地動向
産業立地政策の転換/企業立地動向の変遷
4-3 地域産業政策の展開
地域産業政策の定義と類型化/企業誘致の新たな戦略/内発的発展と農商工連携
4-4 地域産業政策の新局面:地域イノベーション
4-5 広域的地域産業振興策の課題
II編 ケーススタディ
5章 広域計画の新たな展開
5-1 大都市圏の計画と課題 大西 隆・片山 健介・福島 茂
東京圏の計画と課題 /近畿圏(関西圏)の計画課題と展望 /中部圏計画と名古屋圏整備
5-2 市町村合併と定住自立圏 大西 隆
市町村合併/広域行政の展開/地方分権と広域行政
5-3 県境を越えた地域の結びつき 戸田 敏行
県境を越えた地域連携の状況/三遠南信地域の地域連携/県境地域を対象とした地域計画の策定/県境を越えた地域形成の展望
5-4 広域計画と地域ツーリズムの振興 福島 茂
観光振興における広域概念の必要性/持続可能な地域づくりと地域ツーリズム/地域ツーリズムと広域計画/近年における広域的な観光地づくりの取り組み/広域的な観光地づくりの事例
6章 諸外国における広域計画の経験
6-1 イギリスの広域計画 片山 健介
イングランドの地方制度と「地域(region)」/イングランドの都市・地域計画制度の変容/イングランドの地域計画/日本の広域地方計画への示唆
6-2 フランスの広域計画 岡井 有佳
フランスの空間計画システムの動向/フランスの行政システム/フランスの空間計画/ストラスブール地域の地域統合計画を事例として
6-3 ドイツの広域計画 瀬田 史彦
ドイツにおける空間計画の潮流/ドイツの空間計画制度/シュトゥットガルトにおける事例
6-4 アメリカの広域計画 西浦 定継
アメリカの計画行政のしくみ/アメリカの都市計画の流れと広域計画/訴えられたレイク・タホの環境保全型広域計画/広域計画と私有財産権
6-5 カナダの広域計画 福島 茂
ブリティッシュコロンビア州における広域ガバナンスと成長管理制度/メトロバンクーバーと広域ガバナンス/住みよい広域圏戦略計画(1996-2009)/次期広域計画:メトロ・バンクーバー2040/メトロバンクーバーによる広域成長管理の経験
6-6 韓国・中国の都市・広域計画 大西 隆
韓国の都市・広域計画/中国の都市・広域計画
III編 立案手法
7章 地域の現状分析
片山 健介・髙見 淳史
7-1 利用可能なデータ
人口関連のデータ/経済・産業関連のデータ/土地関連のデータ/交通関連のデータ/地域住民の意識に関するデータ
7-2 地域の現状分析と問題の把握
地域の社会・経済的・空間的構造と問題を把握する/地域の特性を把握する/都市交通の現状と問題を把握する/地域の将来を予測する
8章 広域計画の立案
髙見 淳史・片山 健介
8-1 地域の計画目標の設定
8-2 代替的な将来シナリオの設定と評価
代替的な将来シナリオの設定/代替的な将来シナリオの評価
8-3 全体戦略の立案と広域調整
地域空間戦略の立案/広域調整
おわりに
索引
いうまでもなく計画は計画者の意思によって支えられる。多くの場合、計画者は政府であるから、その意思は、法や条例によって大なり小なり強制力を持ち、かつ税収を財源とした財政によって後押しされる。したがって、国民や市民の間で合意が形成されて政策方向が明確となり、法や条例あるいは財政を活用しやすい状況が存在する時代には、計画は強い指針性と実行性を合わせて発揮する。わが国でも、例えば、戦後復興期や高度成長期においては、国土計画や経済計画、あるいはその下で地方計画(広域計画)が、分野や地域において開発を重点化し、資源を集約的に投入する先導役を果たしてきた。
しかし、経済が発展し、国際的に活動するような企業が多数出現して、市場を通じて自由に取引を行うようになったり、市民の間にも地域のあり方に関わる自律的な組織が形成されるようになると、開発行政における政府の役割は小さくなり、政府はむしろ安全保障やセーフティネット、あるいは市場が適切に機能するようなルール作り等に役割を移すようになる。つまり、開発をリードするような政府計画の必要性は低下していくのである。世界有数の経済大国に成長した日本においても、まさにこうした現象が起こり、政府計画への依存度は低下してきた。果たして、計画の役割はさらに低下傾向をたどり、やがて不要になるのであろうか? あるいはそうかもしれない。民間の経済活動が活発になるにつれ、特に、国や地方政府が先導する開発計画は、むしろ民間中心の市場経済にとって阻害要因となるのかもしれない。
このように、長期的には計画を必要としない成熟社会が来る予感がしても、現在は未だそうではないようだ。成熟した経済も万能ではなく、最も危機的な現象としては極端な出生率の低下をもたらしたし、大都市、ことに東京と地方の経済格差は再び拡大しつつある。さらに深刻なのは、アジアの時代が訪れつつあるというのに、日本全体が、これまでのアジア唯一の先進国という存在を忘れ得ぬかのように、他のアジア諸国から遊離した存在になっていることである。多少時間がかかるかもしれないが、ここで大きな舵を切って地域の持続可能性を高める広域計画を定め、人口減少に歯止めをかけて、アジアの一員としてアジアの発展をともに喜びあうような協調関係を強固なものとして築き上げていくことが課題となっている。
こうした問題意識にもとづいて本書は、地域主権の観点から、日本の進むべき方向を考察し、多様な活動を創り出していく広域計画の必要性を論じている。
全体は大きく3編に分かれている。Ⅰ編では、広域計画とは何かを4つの切り口で明らかにしようとした。1章はこれまでの日本の広域計画を振り返りつつ、なぜ今新たな広域計画が求められるのか、その理由と、広域計画が持続可能な社会形成という新たな目標の下に再構築されるべきことを述べている。2章は計画作成に不可欠な合意形成に焦点を当て、多元的な価値をもとにしたガバナンス論を展開し、合意形成を導く計画立案方法を論じている。3章は、地方都市を舞台に、地域活性化のための制度と成果をレビューし、地方分権化でのあり方について論じている。4章は、広域計画のいわばエンジン部に当たる産業振興を取り上げ、その沿革を述べつつアジア諸国の経済発展を迎えた今日における地域産業政策のあり方を取り上げている。特に地域産業のイノベーションを不断に促す地域産業政策の必要性を提起した。
Ⅱ編は、ケーススタディである。5章では国内の事例を取り上げ、首都圏・近畿圏・中部圏の大都市圏の計画、市町村をベースとした広域化の動向、浜松市・豊橋市・飯田市を中心とした三遠南信地域の県境を超えた連携、観光をテーマとした地域連携の動向を通じて、広域連携とその指針となる広域計画の新たな可能性を探った。6章では、英国、フランス、ドイツ、米国、カナダ、韓国・中国の広域計画制度と最新動向を紹介している。
Ⅲ編は、具体的な地域計画の立案過程を取り上げたユニークなパートである。7章では、特に土地利用と交通に関わる現状分析のためのデータの収集と分析、さらに将来予測、8章では、これらの分析や予測を計画に結びつけるための、地域の目標設定、シナリオ分析等の手法を取り上げた。
このように、本書は、広域計画に関わるこれまでの内外の経験を体系的に整理したものであると同時に、具体的に持続可能な社会に至る広域計画の立案方法もカバーしている。
この1冊が、広域計画とは何かを理解する助けになれば幸いである。
2010年2月 大西 隆
最近、幕末から明治の日本を振り返るテレビドラマや雑誌の特集が増えたような気がする。国づくりの志に燃えて東京(江戸)へ向かい、さらに海外に留学後、国や故郷のために働く人物達に、欧米列強への遅れに危機感を募らせ、使命感へと転化させる熱い志を見出し、それが今は失われつつあると思い当たるために関心が高まっているようだ。熱き志が何故なくなったのかといえば、既に先進国となり危機感が希薄になったことが大きな理由であろうし、それにつれて、若者の価値観が多様化して、関心がひとつになって燃え上がることが少なくなったことも同じほど高い説明力を持つのであろう。しかし、考えてみれば、先進国になったことも、価値の多様化が生じたことも悪いことではない。それどころか、目標を達成し、それぞれの個性を生かすことができるようになったのであるから、劣等感や閉塞感を抱くより、はるかに良いことに決まっている。それでは、その結果生じた熱き志の喪失も良いことなのだろうか? 簡単に首肯できないから、幕末・明治にみなの関心が向くのである。
学者という仕事柄か、私は国家目標を立て、愛国心を掻き立てることを是としないので、建国時の若者の生き方にはあまり共感を覚えないのであるが、しかし、それぞれの志に燃えることが、若者らしさ、いや若者とは限定せずに人らしさに通ずることには納得する。それぞれの志ということになれば、自分で見出さなければならないから、時代が共有させるそれより見出すのが難しい。
執筆者のみなさんとこの本を作り上げて、広域計画を通じて持続可能な社会を形成していこうという主題も、まさに志を傾けるのに値すると改めて感じた。文明化という点では、先に進んだ欧米にアジアが追いつき歴史が変わる転換期に入りつつある。国内でも、落ち着いて自然と人工の調和を考える条件が生まれている。その中で、できるだけ多くの人が自分の志を見出し、実現していける社会を広げることができるのかが問われているようだ。上昇志向という単方向ではなく、多様性に富み、様々な境遇にある人が互いを尊重しあえる社会を形成するための地域の土地利用や地域間の結びつきはどうあるべきか、本書とともに考える人が増えることを願いたい。
2010年3月 大西 隆