違反建築ゼロ

増渕昌利 編著

内容紹介

大震災や耐震偽装事件を機に建築基準法が見直され、違反建築・既存不適格建築への対応が強められた。その先陣を切った神戸市の成功経験をもとに、法的対応と現状に即した柔軟な対応で完了検査率100%を目前にし、雑居ビルの防火違反是正を前進させた著者の挑戦と成果を活写。全国の建築・住宅行政、建築指導担当者を応援する。

体 裁 四六・240頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2411-1
発行日 2007/09/10
装 丁 河村 岳志(alt.design associates inc.)


目次著者紹介まえがきあとがき
序 阪神・淡路大震災のことを忘れない

1章 違反建築をなくしたい──神戸の挑戦

1 阪神・淡路大震災の教訓
2 いざ、違反建築ゼロへ――「神戸市建築物安全安心実施計画」の到達点
3 違反建築をいかに正すか
4 完了検査100%実施を目前にして

2章 違反は正す、危険な建物は取り除く

1 是正命令を活用する
2 行政代執行への挑戦
3 放置された老朽危険家屋の解消
4 違反対策の手が届かない欠陥住宅問題

3章 雑居ビルの違反も見逃さない

1 新宿歌舞伎町ビル火災事故の教訓
2 消防署との連携でくまなく査察
3 既存不適格でも最低限の安全確保を

4章 すまいの耐震化こそ基本

1 住宅耐震化は個人の問題ではない
2 それでも進まない耐震化の現状
3 耐震化の敷居を低くする
4 市民への広報、地域での仕組みづくり

5章 建築規制は柔軟に運用する

1 震災直後の柔軟な対応
2 地域特性を踏まえた新たな展開

6章 さらなる安全性の向上にむけて

1 広報、地域連携への展開
2 地域住宅産業が違反未然防止の底力になり得る
3 建築構造技術者に期待する
4 工業高等学校の進める“町内丸ごと耐震診断”
5 建築安全官の構想

資料:日本建築行政会議安全安心推進部会検討結果報告
あとがきに代えて――転換期の違反建築物対策

増渕昌利〔ますぶち まさとし〕

昭和20年栃木県生まれ。45年京都大学建築研究科修士課程修了。神戸市役所入庁。開発・住宅・交通・住宅供給公社・営繕を経て、平成14年に違反対策室長。平成18年退職。現在は環境局環境保全指導課でアスベスト公害規制。平成15年から全国建設研修センター講師。著書に『近隣住区論』(共訳、鹿島出版会)、『都市設計のための新しいストラクチャー』(共著、鹿島出版会)、『行政建築家の構想』(共著、学芸出版社)など。

狩野裕行〔かりの ひろゆき〕

昭和27年大阪市生まれ。50年大阪大学建築工学科卒業。昭和55年神戸市役所入庁。交通・開発・住宅供給公社・住宅・区役所など主に住環境整備・まちづくり部署を経て平成18年度より都市計画総局建築指導部主幹として建築基準法による許可、認定、基準法にもとづく条例の制定などを担当。著書に『自治体都市計画の最前線』(共著、学芸出版社)。

高橋一雄〔たかはし かずお〕

昭和28年和歌山県生まれ。京都大学建築研究科修士課程修了。昭和54年神戸市役所入庁。新開発地の事業コンペ・分譲住宅の設計・まちづくり・再開発など一貫して民間との協働事業に従事。平成18年度まで、すまいの耐震化を担当し、耐震化の三原則の発想や地域密着型の取り組み方針を立案。現在、みなと総局技術部主幹。著書に『数寄町家』(共著、鹿島出版会)、『歴史の町並み 近畿編』(共著、日本放送出版協会)。

南出和延〔みなみで かずのぶ〕

昭和23年福井県生まれ。45年近畿大学理工学部建築学科卒業。昭和45年神戸市役所入庁。長年、建築行政部門を経験し、特に阪神・淡路大震災当時の審査課長(建築主事)として、建築確認業務に携わる。平成13年、初代の違反対策室長として、「神戸市建築物安全安心実施計画」を実践し、違反建築追放に携わった。現在、外郭団体で指定確認検査機関業務に携わる。

序  阪神・淡路大震災のことを忘れない

平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災では、多数の住宅が倒壊し、多くの市民が倒壊した住宅や家具の下敷きになり命を失った。平成20年が明けると、13年目の1月17日がやってくる。この間、中間検査を導入した平成10年の建築基準法の大改正や、違反対策の進展により、日本の建築安全は高まったかに見えた。

近畿弁護士会連合会が開いたシンポジウム“阪神・淡路大震災10年後の検証─日本の住宅の安全性は確保されたか”で、藤江論文を引用しながら基調報告をしていた三浦直樹弁護士はこみあげるものに抗えず、言葉を失った。静寂な時間が過ぎていった。「彼は文化住宅の1階で下敷きになって、生きたまま炎に包まれました。精一杯鋸をひき、壁を壊し、梁をどかし、床をはぎ、彼を助け出そうとしました。火が近づいて来るのがわかった時、毛布に包まれた状態で彼は『俺助かるかな』と言いました。私は『絶対助けたる』と言い返しました。指先だけだった彼の身体も上半身が出てもう少しというところでしたが、スキーの板と折れた柱がどうしてもどけられず、私たちは彼を置いていかなければならなくなりました。『ありがとう。ありがとう』と彼は言いました」(「阪神・淡路大震災における住宅被害による死者の発生とその要因分析」神戸大学修士論文、藤江徹)。

現代日本が持っている建築技術をもってすれば、死なせずにすんだ命。建築学の責任は重い。

慶応大学坂本功教授は、「木造住宅耐震補強マニュアル講習会」神戸会場で、次のように口火を切った。「神戸での講習会に臨むときは緊張します。10年前に神戸の建物に十分な耐震性が備わっていたら、6434人もの犠牲者はなかった。阪神・淡路大震災という名前は生まれず、兵庫県南部地震という名称だけ歴史に残り、「大震災」といえば、引き続き、“関東大震災”を示すことになっただろう。」

平成17年1月に神戸で開かれた国連防災世界会議の開催趣旨の一つは「行政指導による減災」だ。その後、小泉元総理が座長をつとめた中央防災会議は「10年で耐震化率90%」という数値目標を国策に定めた。
大震災に見舞われてこそ見えてきたもの・テーマ・課題(例えば違反建築、耐震性、既存ビルの火災対策、まちづくり)、これらは、大震災という災害を機に、たまたま一気に神戸に現れた。言い方を変えれば「一斉に浮かび上がった」だけで、神戸だけの課題ではないことを訴えたい。

全国の自治体の仲間が気付いていたり、悩んだり苦しんだりしていた安全安心の課題、現実には実現が難しいとして「見て見ぬ振り」を決め込んでいた課題を神戸がやってしまった。熱意をもってやってきた。
使命感かミッションか。「あの情熱はなんだったのか?」という思いもある。それは、自問自答するならば、安全安心という課題が背中を押していたからだろう。繰り返すが、安全安心は神戸だけのことではない、これを本書で訴えたい。

平成19年8月8日
執筆者を代表して 増渕昌利

あとがきに代えて──転換期の違反建築物対策

初代の違反対策室長である南出和延氏(現神戸市防災安全公社常務理事)から引き継いだ仕事は、完了検査率75%の実施、既存雑居ビルの違反是正そして老朽危険家屋の解消の三つだった。須磨・西神ニュータウン計画を皮切りに、公共建築の企画、計画、設計、工事監理の分野で育った私は、建築行政は初めての職場だった。「毎日が、はなはだ不安定」と当時の日記に残している。建築行政のプロである南出氏の共感と励ましがなければ本書を世に問うことはなかった。
通達163号「建築物安全安心推進計画について」を読んだ時、建築の安全性の実効性を確保することが違反対策だと感じた。当計画が生まれた契機は、阪神・淡路大震災で倒壊した建築物に違反建築や施工不良が混じっていたことにある。違反が生まれる現場に踏み入って、違反の生まれてしまった原因を解き明かし、違反建築をなくさなければ申し訳が立たない。

軸足を建築安全の実効性確保に置くと、是正指導の方向が安定する。公平性・透明性が高まり、違反建築を是正すべき法的な義務者に対する説得力が高まる。黙秘を貫いてきたが、ひとこと「(特定行政庁の)仰せの通りに(是正)いたします」という義務者に会うこともできたことから確信を深めていった。

「違反建築は建築生産システムの失敗が原因だ。安全の実効性を少しでも高めて市場に戻す。どうにもならない失敗作は市場から駆逐する。市場が失敗しないように違反の予防指導、さらには環境整備に取り組む」という基本スタンスで違反対策を進めてきた。

この考えを基本にして愛知県建築物安全安心推進協議会、(財)全国建設研修センター(平成15年~19年)、国連防災世界会議総合フォーラム、日本計画行政学会第10回計画賞最終選考会、日本建築行政会議全国研修会(京都)、十勝建築災害対策協議会、神戸松蔭女子学院短期大学部特別講義などで講義を続けた。また、神戸市内の深江、二久塚、和田岬、灘中央の自治会等への出前講座を重ね、これまでに3000人余りの方に話をすることができた。「月間ガバナンス」「建築と社会」「西山文庫レター」などを通じ活字によるアピールにも心がけた。本書は講演会で用いたパワーポイントの資料や寄稿した原稿等が元になっている。
わが国には違反建築に関する研究者が見当たらない。新規採用で神戸市開発局に配置された時の上司である垂水英司元神戸市住宅局長(現兵庫県建築士会会長)は、「実務だけではない。そうかといって研究プロパーでもない、『実研』が必要ではないか」と言っていた。研究者がいないなら、「実研」のスタンスで違反対策の仕事を進める傍らで発信しようと考えるに至った。

「建築システムの内部構造を解き明かす立場の研究者は国内にも少ない」と大垣直明北海道工業大学教授は言う。恩師である巽和夫京都大学名誉教授を訪ねた。「建築と社会という観点で考えると、社会的に貧しいところに取り組むことが建築学の立脚点である。建築違反をなくしたい。これを解決できなくて、何が建築学か!」と古希のお祝いの席で挨拶をされていたからだ。先生の指導、助言がなければこの本を世に問うことはできなかった。

平成18年9月に建築学会大会(神奈川大学)研究協議会のパネラーとして招待され「違反是正指導と既存不適格」を発表したところ、複数の方から「増渕さんの話しは面白い。本にしたら良い」と勧められた。
「違反建築物対策」という厳しい実践報告をした私は「面白い」と評価され、面食らった。関西に帰り妻に伝えると、「関西人にとって、『おもしろい』と言われるのは最高の誉め言葉よ。貴方はまだまだ関東人ね」と言われてしまった。

第3章は、岡田祐一氏(現神戸在宅ケア研究所福祉事業係長)が、こうべまちづくりセンター主催のシンポジウム「震災復興から都市再生へ」にて発表した「既存雑居ビルへの防災指導の取り組み」及び「建築と社会」(06・02「法令コーナー」)に投稿した論文に編著者が加筆修正を施した。建築指導部主幹として既存ビル違反是正の基礎を築いた氏の助言と励ましに感謝申し上げる。第4章は高橋一雄氏(神戸市みなと総局技術部主幹)が執筆した。第5章は南出和延氏(神戸市防災安全公社常務理事)が平成19年日本建築学会建築法制部門研究懇談会(金沢大会)で発表したもの、ならびに狩野裕之氏(都市計画総局建築指導部主幹)が『自治体都市計画の最前線』(学芸出版社、07)に寄稿したものに現時点での加筆・補足をほどこしたものである。構造計算書偽装事件やアパマンション事件、さらには平成19年6月20日に施行された建築基準法改正の只中にあって、多忙を極めた神戸市の仲間に心からお礼を申し上げる。

また、そもそもの出版を勧めていただいた日本建築学会建築法制委員会ストック法制度研究小委員会の諸先輩、貴重な情報と知見を頂いた横浜市、京都市、仙台市、堺市、北九州市、熊本県をはじめ全国の違反建築物対策担当の皆様に心からお礼を申し上げます。学芸出版社の前田裕資氏には、繰り返し励ましを頂き短期間で出版に漕ぎ着けることができた。改めてお礼を申し上げる。

増渕昌利

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