実測術
内容紹介
陣内・宮脇ゼミの30年20カ所の総まとめ
人々によって生きられている環境の中に、体ごと飛び込んで行うフィールド調査から得られるものは大きく、深い。日本の伝統的な集落の造形や空間構成に目を開かせた宮脇ゼミの熱く先駆的な活動と、イタリアをはじめ世界各地でのデザインサーベイにこだわり続けた陣内ゼミの実践を紹介し、実測調査の方法と意味を明らかにする
体 裁 A5・224頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2265-0
発行日 2001-06-30
装 丁 南風舎
まえがき フィールド調査への誘い
ケーススタディ 海外編 陣内ゼミ
・実測を通して都市を読む 陣内秀信
レッチェ(イタリア) 南イタリアの調査は夏がいい 中橋 恵
アマルフィ(イタリア) 協力しあい楽しむこと 服部真理・日出間隆
サルデーニャ(イタリア) 地中海文明の古層を体験 柳瀬有志
アルコス(スペイン) 都市をデッサンする作業 富川倫弘
マラケシュ(モロッコ) 対象への好奇心こそ重要 今村文明
ギョイヌック(トルコ) 交易路に生きるピクチャレスク都市 新井勇治
ダマスクス(シリア・アラブ共和国) アラブのオアシス都市を測る 鈴木茂雄
カシュガル(中華人民共和国) 体験することの大切さ 柘 和秀
北京(中華人民共和国) 日中国際共同研究の中で 笠井 健
平遥(中華人民共和国) 調査地の友人になること 田村廣子
蘇州(中華人民共和国) たたずむこと、そして感じること 高村雅彦
厦門(中華人民共和国) 路地裏からの魅力の発見 恩田重直
バンコク(タイ) 微笑みの国から学ぶ 岩城考信
クルンクン(インドネシア・バリ島) すべてが舞台になる街を体験する 楠亀典之
・対談・フィールドワークから学ぶこと、伝えること 陣内秀信・中山繁信
ケーススタディ 国内編 宮脇ゼミ
・デザインサーベイから学んだもの 中山繁信
・宮脇檀とデザインサーベイの軌跡 高尾 宏
倉敷(岡山県) 手探りのデザインサーベイ 山本秀代
馬籠(宿・峠)(長野県) 火の見櫓と写真 中山繁信
五個荘(滋賀県) 見慣れた風景から学ぶこと 仁科和久
琴平(香川県) テーマを発見すること 高尾 宏
稗田(奈良県) 受け継がれた美意識の遺伝子 小島建一
残された野帳 野帳からサーベイを想う 冨田悦子
琴平から室津へ 実測にあけくれた日々 清瀬壯一
・あとがき 宮脇檀さんへ感謝を込めて 中山繁信
・執筆者略歴
大学で長年、建築を教えていて、教室やゼミ室でどんなに頑張るよりも、実際のフィールド調査に学生たちと出掛け、ある期間、建築や都市空間のハードな調査を一緒に行う方がずっと効果があがる、ということを近年ますます感じている。
建築を学ぶには、心と頭と身体のどれもが必要だ。それには、実際の建物に触り、空間を感じ、そこに暮す人たちと交流するという、まさにトータルな経験ができるフィールド調査が威力を発揮するのは当然だろう。建築へのセンスを磨く。建築が真に好きになるきっかけをつかむ。歴史をもった家や環境への関心を膨らませる。人に優しくなれる等々。
人々によって生きられた環境の中に体ごと飛び込んで行う、こうしたフィールド調査から得られるものは、実に大きく、また深い。
私が教鞭をとる法政大学の建築学科には幸い、こうしたフィールド調査に熱っぽく取り組むというよき伝統がある。まずは、一九六〇年代後半から七〇年代初めにかけて、宮脇ゼミのデザインサーベイの活動が繰り広げられた。若くて格好いい建築家、宮脇檀さんが、自ら先頭に立って学生を引っ張り、日本の伝統的な美しい造形や空間構成を見せる集落や町並みを次々に実測し、見事に図面化して、その魅力を解いて見せた。建築雑誌に続々と発表されるその新鮮な調査成果は、建築を志す若い世代に大きな影響を与えたのである。
私といえば、自分の学んだ大学にはそうした動きがなかっただけに、宮脇ゼミの活動に一種の憧憬を抱いていた。その後、イタリアに留学し、建築の分野に「都市を読む」方法とその面白さを持ち込もうと、自分なりの道を歩んできたが、不思議な縁で、帰国後すぐに、この法政大学で教えることになった。すでに宮脇氏は法政を退き、そのゼミが解散して久しい頃であった。そんな中、私は東京というまったく違った対象を選び、異なる発想でフィールド調査を開始した。「法政大学東京のまち研究会」と銘打って。以来、試行錯誤を繰り返し、東京に色々な角度からチャレンジし、そしてまた海外へとフィールド調査の対象を広げてきた。
宮脇ゼミと陣内ゼミ。活動の時期が異なり、それだけ日本の建築や都市が置かれている状況の違いも大きい。従って、熱き思いをもって選ぶ調査の対象も、それを料理する方法も違っている。でも、その根底に流れている思想や情熱には、共通するものが多い。
本書は、図らずも同じ大学を舞台に活動したこの二つのゼミの仕事を紹介しながら、フィールド調査の面白さ、その意味を、建築を学ぶ若い世代にメッセージとして伝えたい、という思いから生まれた。とりわけ、宮脇ゼミの残した膨大な仕事は、個々のサーベイについては当時の雑誌に発表されたものの、その全体像を記録する機会が今までなかっただけに、パイオニアとしてデザインサーベイを担った人たちに、過去を振り返って、宮脇流の迫力あるフィールド調査の実像を再現し、意味づけていただいた。これからフィールド調査を始める人たちにとって、価値ある道標となるに違いない。
一方、遅れてスタートした陣内ゼミでは、より現代的な視点に立って、フィールド調査に取り組んでおり、その背後にある発想、問題意識を世界の様々な具体例を通して読者にお伝えできればと考えた。といっても、本書は、その全体像や研究成果を紹介するものではない。「ケーススタディ①海外編 陣内ゼミ」では、私の研究室で学び、海外のフィールド調査に参加した人たちに、どんな思いで現地に入り込み、何を感じながら、いかに調査したか、そして何を学び取ったかを、個人的な体験を通じて自由に執筆してもらった。
この本と出会った多くの方々が、フィールド調査という豊かな世界に飛び込んでいかれることを、心から期待したい。
陣内秀信
ことは、宮脇さんの「デザインサーベイをやる!」という一声で始まった。それ以来、倉敷を皮切りに、馬籠、五個荘、琴平、稗田など、各地の集落を測り、図面化する作業を続けてきた。その時はまだ、デザインサーベイという調査が学問的に認知されていたわけでもなく、また研究方法が確立されていたわけでもなかった。それなのに、私たちはそのような分野に何のためらいもなく足を踏み入れてしまったわけである。今になって考えれば無謀としか言いようがない。しかし、私たちの心と体を動かしたのは、「そこに美しく、心優しい人々が住む集落があり」それを実測する作業が「おもしろそうだ」という単純な理由であった。皆、ひたむきに集落の中を巻尺を持って走り回り、深夜まで図面の清書に力を注いだ。例えそれに意味がなかろうと、結果が見えなかろうと、われわれには問題ではなかった。なぜなら、私たちが想像した以上に集落も、住民の人たちも、そして測る事も私たちを魅了するに十分なものを秘めていたからである。
デザインサーベイ華やかなりし頃、幾つかの大学が集い、何回かシンポジウムを開いた。その集まりに学生の陣内さんが参加していたという。そして、嬉しいのはそうしたシンポジウムに参加していた陣内さんがその後、こうしたフィールドワークを主とした研究の道に進み、世界各地の集落を調査し活躍されていることである。
そして今回、その現役の陣内ゼミのグループと、かつての宮脇ゼミのグループとが協力してサーベイに関する本をまとめる機会を得たのは光栄の限りである。しかし、まとめるに際して私たち宮脇ゼミのメンバーは三十数年も昔のこと故、記憶を呼び戻すのに大変な労力と時間を要した。メンバーのなかには過去を思い出すために、昔の集落を訪ねていったものもいる。しかし、彼らが見たものは集落の変り様の大きさであった。道は舗装され、家々はこぎれいに修復され、農家は民宿や土産物屋に変わっていた。確かにわれわれが調査した時よりも生活は豊かになっているように見える。そうした新しい姿の集落を目の前にして、改めて共同体はどうあるべきか、伝統とは、修景とは何かという問題を目の前に突きつけられた思いであった。そして、彼らの口から出る言葉は現実にそこを調査した者でしかできない過去と現在を比較した、景観や共同体の在り方に対する地についた確かな視点であった。
最近身に沁みて感じることは、わが国には集落の姿をたったひと昔前までさえ遡ることができない村や町が何と多いことか。いざ現在の町並みの環境を論ずるにも、伝統的な町並みを修景しようにも、その「ものさし」となる資料や図面などほとんど存在していないのである。そんな時思い出すのは、かつて宮脇さんが「われわれの作成した図面は半世紀後に役立つ」と話していた言葉である。さらに今回、この本を書くにあたって私たちが実測調査した集落を訪れて感じたことは、半世紀を待つまでもなく、すでにそうした資料の必要性が目の前にせまっているという思いである。
最近、宮脇さんが残した数十冊のスケッチブックを見る機会があった。スケッチブックの一ページ一ページをめくりながら思うことは、宮脇さんにとって創ることは、「測り描く」「繰り返し描く」という飽くなき手の動きの積み重ねによって成り立っているということである。いわば、創造することはこうした手の動きの軌跡から浮かび上がってくるものであり、サーベイはこうした創造行為を増幅、高揚させるものであったのではないだろうか。一九九六年の十一月初旬、ネパールのカトマンドゥ盆地にある広場を二人で手分けして実測した。それが奇しくも宮脇さんの最後のサーベイになろうとは私自身思いもよらなかった。旅の最後の日は調子が悪いといって、一日中ホテルにいたが、それでも中庭に出てスケッチブックに鉛筆を走らせていた。帰国後病気が見つかり「具合が悪いから、実測した広場の図面の清書を手伝ってくれ」という。ある休日、代官山の書斎を訪ね、一枚の図面を額をつき合わせ、野帳と写真を見比べながら広場の北面と南面の壁面線をそれぞれフリーハンドで描き起こした。病に侵されても鉛筆を離さず、死の直前まで手を動かすことをやめなかった人であった。そして描くことも生きることも永遠にやめてしまったのは一九九八年一〇月二一日〇時五四分のことであった。
今、テクノロジーの進歩は目覚ましい。研究室や設計事務所から製図台が消え、それに代わってキーボードが置かれ、マウスが机の上を走り回っている。このような状況と死の直前まで手を動かしていた宮脇さんとを重ね合わせてみて、フィールドワークの重要性、手を動かすことの意味性、必要性をあらためて思い知らされるのである。
この書は「実測術」という題名通り、フィールドワークの技術的な部分に焦点を当てている。おそらく現在ならば優れた計測機器が手に入るから、昔より簡便に、しかも正確に実測できるだろう。しかし、われわれのやってきた「原始的な測り方」が決して劣っているとは思えない。それは、そうした行為のなかに重要な意味が隠されているからである。
この書は先程述べたように体験を通した実測の紹介が目的で、実測図を紹介するのが主旨ではないため、ここに掲載できた図面は私たちが作成した図面のほんの断片にすぎないことをお断りしておく。そのかわり、われわれが作成した図面や資料を広く人々に有効に使っていただけるように整理し、一冊にまとめて発刊する予定で現在作業を進めているところである。
最後に、われわれをデザインサーベイに導いてくれた宮脇さんに心を込めてこの書を棒げたい。これがわれわれ教え子たちができる精一杯のことであり、これがささやかな恩返しとなれば幸いである。さらに、陣内さん、そして陣内ゼミおよびOBの人たち、そして宮脇ゼミのみなさんには多大な協力をいただいた。この紙面を借りて御礼申し上げたい。
最後になったが、見落とされがちなフィールドワークに焦点を当て、こうした企画編集をしていただいた南風舎の小川格さん、南口千穂さんに感謝する次第である。なにしろ書き手が多いためその調整に並々ならぬ御苦労をかけた点をおわびしなければならない。そして出版を引き受けていただいた学芸出版社の京極迪宏さんには多大な労をおかけした。ここに御礼の気持ちを述べる次第である。
2001年4月
中山 繁信
『建築とまちづくり』(新建築家技術者集団発行) 2001.12
この数年、新建会員の間で「モダニズム建築を如何に超えるか」が議論されている。ポストモダンの騒ぎが過ぎて、モダニズムの限界とそれを超える確かな方法論がないことを改めて実感したからである。本書の編著者である陣内、中山両氏も都市が近代化されていく現実を目の当たりにし、近代の都市論・建築論に疑問を感じたことが近世以前の町並みサーベイを始めた動機だという。新建での議論もモダニズムの萌芽期や前史にまで遡っているが、近世以前から彼らが何を導き出したかは興味あるところである。
本書の構成は1966年に当時法政大学の講師だった宮脇檀氏が始めた活動と、70年代後半から海外の都市をサーベイしている陣内ゼミの活動に分かれている。歴史的な流れは、60年代にデザインサーベイが日本に芽生えた状況を簡素に紹介している中山氏の文章と、二人の編著者の対談から理解できる。それぞれの活動はケーススタディとして国内9例、海外14例が紹介され、いずれも短い文章だが現地でのフィールドワークを担当した人々ならではの生き生きしたものである。写真や図面も豊富で、ユニークな都市案内にもなっている。
これらのサーベイから何が導き出されたのか。事実の記録に力点を置いた宮脇氏は「われわれの作成した図面は半世紀後に役に立つ」と話していたという。失われていく集落の姿を記録し住民に返していくことは保存修復に大きな役割を果たした。さらに陣内氏は、「自然や歴史のストックを魅力的に活かし、眠っている街や地域の個性を引き出し、(中略)環境を形成する時代が到来」しており、サーベイの経験が大きく生かせる、と指摘する。サーベイがまちづくりに具体的に生かされた事例の出現に期待したい。
(K)
『造景』(建築思潮研究所) No.34
デザインサーベイという言葉を懐かしく聞く中年の設計者も多いに違いない。それほど建築設計を志す者に、この試みは大きな影響を及ぼした。設計者が都市や町、集落を自ら調査し、実作に反映させようとする意欲あふれる試みは、研究者ばかりでなく、専門誌などジャーナルをも巻き込み、一時期、多くの建築専門家の心を捉えた。
このデザインサーベイの震源地が、法政大学宮脇ゼミである。その活動に影響を受けた研究者の1人が歴史家の陣内秀信さんだ。陣内研究室は、本誌で紹介したアマルフィ(南イタリア)調査だけでなく、世界各地で集落や都市のフィールドワークに従事している。もちろん、建築家と歴史家では同じフィールドワークでも全く方法論が違う。にもかかわらず、出発点でデザインサーベイに影響を受けたと聞くのは面白い。
その陣内さんが、今は亡き宮脇檀の下でデザインサーベイに取り組んだ中山繁信さんと二人でそれぞれの「実測術」を語り合う。また、実測に参加した担当者による現場のノウハウが盛り込まれていて、読んで楽しい本になっている。
『建設通信新聞』(日刊建設通信新聞社) 2001.10.22
「建築を知るには実際に建築を見ろ」とよく言われる。本書は街や建築を実測し、調査の中から街の構造や生い立ち、風土との折り合いなどを学ぶ法政大の実践教育を、体感リポートとして紹介したものだ。
故宮脇檀が主催した7年間のゼミの全貌を紹介するとともに、世界各国で展開する陣内秀信氏のゼミ現況を報告し、「講義や本からは学べない、生きた都市や建築の魅力」を教えてくれる。
実際に街(環境の中)に飛び込むフィールド調査の面白さ、大切さを「建築を学ぶ学生にメッセージとして伝えたい」と編者の陣内氏は語る。そのため街の全体像や研究成果を報告するというよりも、フィールド調査の参加者がどんな思いで現地に入り込み、何を感じながら調査したかを、個人的な体験を通じて紹介している。
体感リポートは国内外の街二十数点におよぶ。実測術の題名が示すように、技術的なフィールド調査に焦点を当てている点が特徴。街は建築によって構成、その中に人びとの暮らしがある。実測がその都市や建築を知る重要な手がかりであることを実感する1冊だ。
『學鐙』(丸善㈱) 2001.9
本書第1部は、陣内研究室で学び、イタリア・モロッコ・中国など海外の都市のフィールド調査に参加した人々がそれぞれの体験を報告する。第2部は、1960年代後半から70年代の初めにかけて宮脇檀ゼミが展開した、倉敷・馬籠・五個荘などの集落を実測し図面化して記録する「デザインサーベイ」活動の軌跡を紹介。ケーススタディを通して、実測をともなうフィールドワークの意義と面白さを伝える。
『新建築住宅特集』(㈱新建築社) 2001.9
1960年代から1970年代はじめにかけて、法政大学・宮脇(檀)ゼミでは倉敷・馬篭・五個荘・琴平といった日本の集落を対象にデザインサーベイの活動を繰り広げた。一方、現在同大学で教鞭を取る陣内秀信氏のゼミでは、東京、そしてレッチェ、サルデーニャ、マラケシュ、北京といった海外へとフィールドを広げて調査を行っている。本書は、同じ大学を舞台に活動したこのふたつのゼミの仕事を紹介しながら、フィールド調査の面白さ、その意味を明らかにするもの。調査の参加者たちの個人的な体験談が記されている。実際の建物に触り、空間を感じ、そこに暮らす人たちと交流するという、フィールド調査の魅力が存分に盛り込まれた一冊。
本書は、二つのゼミナールにおける「デザインサーベイ」と呼ばれる実測調査を紹介するものである。ひとつは、1960年代後半から70年代半ばにかけて日本国内で調査を行った宮脇檀氏のゼミナール。宮脇ゼミが開始したデザインサーベイはフィールドワークの先駆けであった。そして、もうひとつは現在も海外を中心に活動中の陣内秀信氏のゼミナールである。
活動時期や調査対象とする場所は異なるが、両者には共通するものがあるようだ。彼らの体験から、実測調査というものが単なるデータ収集の作業ではないことが理解できるだろう。
まず、「調査への情熱」である。それが地道な作業の積み重ねへの糧となる。そして、その情熱は建築や都市に対する想いの現れであろう。デザインサーベイの作業は、あたかも彼らが建築や都市へ抱いている熱き想いを確認する作業であるかのように映る。
もう一点は、調査中に遭遇する「住民たちとの触れ合い」である。調査のなかで感じた住民たちの優しさや温かさについては誰もが強調している。彼らの体験は、都市や街の魅力がそのような住民たち、人間によって支えられているということを如実に示している。それは近代の建築や都市に欠けていた視点ではなかろうか。彼らは調査を通して、ごく自然にそのようなことを学び取っている。これこそがフィールドワークの醍醐味なのであろう。
時代背景の全く異なる二つのゼミナールの取り組みを単純に比較することは憚られるが、私が生まれてもいなかった遠い昔の宮脇ゼミの実践に魅力を感じるのは何故だろうか。その調査における密度の濃さや溢れる熱気は時間を超えて伝わってくるものがある。それに対して陣内ゼミの取り組みは未だ模索中の感があるが、それはこのデザインサーベイがまだ方法論的に発展途上の段階にあることを示しているのであろう。今後の陣内ゼミの取り組みに期待する。
生前、宮脇氏は「一に旅、二に旅、三と四がなくて五に建築……」と冗談を言うほど旅が好きだったそうである。旅好きが抱く見知らぬ土地への想いが彼をデザインサーベイへと誘ったのであろうか。そんな宮脇氏の教え子たちが綴った体験記を読んで、無性に旅にでたくなった自分がそこにいた。
(建築学科卒/フリーデザイナー・ミュージシャン モリモトユキ)
担当編集者から
実測調査は都市や建築を学ぶ手段として、各大学で広く採用されています。しかし、その方法は指導者により、対象地域により、目的により、千差万別。
本書は調査に参加したスタッフの生の声を元に、実測調査の実情を明らかにしました。笑いあり、涙あり、読み物として面白いだけでなく、サーベイのガイドブックとして最適ですよ。