近居
内容紹介
親子がスープの冷めない距離に住み合い、子育てを手伝い、調子が悪くなったときに面倒を見るといった、自然な協力関係が見直されている。これからの政策、計画の目標としてコミュニティ形成などと同様に、近居を望む人は容易に実現できる住宅地や住宅のあり方が必要だ。初めて近居を正面から取り上げその可能性を論じた本。
体 裁 A5・184頁・定価 本体1900円+税
ISBN 978-4-7615-1337-5
発行日 2014/03/31
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史
まえがき
序 論 近居の意義 大月敏雄
1 超高齢社会における近居11
2 血縁・地縁と近居の選択的実現
3 モノトーン住宅地の成熟化と近居
4 「住宅に住む」から「地域に住む」 へ
1部 近居の現状と課題
第1章 近居の広がりを捕捉する 大月敏雄
1 近居の量を測る
2 地方都市の戸建ニュータウンでの近居
3 郊外と都心の集合住宅における近居
4 近居の実態から類推できること
第2章 近居の広がりと必要とされる住宅供給のあり方~桜川市を例に 軽部 徹
1 大きい家があるのに、…
2 地域を住み継ぐ
3 集落部における近居の実態
4 集落部にある公営住宅の利用実態
5 持続可能な集落へ
6 住宅供給に向けて
第3章 近居の親子関係と暮らしから見た住宅計画 横江麻実
1 「近居」の再定義
2 二世帯の距離と親子関係
3 調査結果
4 「近居・育孫」生活提案
第4章 近居時代の都市型集居~2.5世帯住宅 松本吉彦
1 二世帯住宅の誕生と発展
2 近居と同居の違い
3 二世帯住宅のバリエーション
4 親世帯の多様化
5世帯同居の実態調査
6世帯住宅の提案
7 多世代集居によるメリットの享受
第5章 近居と住宅政策の課題 平山洋介
1 都市の成熟
2 親子の援助関係
3 住宅政策の課題
2部 自治体の取り組み
近居の政策化にむけて 大月敏雄
第6章 〈神奈川県〉多世代近居のまちづくり 神奈川県住宅計画課
1 神奈川県の高齢化の状況
2 多世代近居のまちづくりを推進するにいたった背景
3 事業の概要とモデル地区における取り組み
4 課題・今後の展望
第7章 〈神戸市〉近居・同居支援の取り組み 神戸市住宅政策課
1 神戸市高齢者居住安定確保計画の策定
2 市民アンケート調査の実施
3 親・子世帯の近居・同居住み替え助成モデル事業
4 申請状況と効果検証
第8章〈四日市市〉子育て世帯の郊外モデル団地への住み替え支援 四日市市都市計画課
1 取り組みの経緯
2 事業の実施状況と今後
3 地域における住宅施策
第9章〈品川区〉親元近居支援事業の取り組み 品川区都市計画課
1 品川区の概要
2 二世代住宅取得等助成事業の見直し
3 親元近居支援事業の創設
4 新事業の実施に当たり見直した点
5 実績
6 効果の検証と課題
7 今後の展望
3部 「住宅に住む」から「地域に住む」時代へ
第10章 近居をめぐる議論をふりかえる在塚礼子
1 核家族化と親子の生活分離
2 生活分離する住み方
3 隣居と近居
4 ネットワーク居住へ
5 地域に住む
第11章 高齢者支援の視点からみたサポート居住と準近居 上和田茂
1 サポート居住および準近居とは
2 離れていても親しい関係
3 自立と支援のバランス
4 サポート居住の現状
5 親世帯への支援の状況
6 サポート居住の今後の展望
第12章 ネットワーク居住から見た多世代・多世帯居住と生活援助 金 貞均
1 現代家族の分散居住化
2 家族意識範囲と分散居住の類型
3 分散居住を超えてネットワーク居住へ
4 居住のネットワーキングがもたらす住居の方向性
第13章 近居的家族のアジア的なあり方から地域に住むことを考える 畑 聰一
1 東南アジアの隣居・近居とその背景
2 ロングハウスの住まい方と共同性
3 済州島のバッコリと対馬のヨマ
4 伊勢湾答志集落が示唆する近居的家族
あとがき
近居という現象を意識したのは、大学四年生の夏休み、汐入研究会の調査に参加したときのことであった。汐入は荒川区南千住にあった江戸時代から続く集落で、明治期に南隣に鐘个淵紡績工場ができて市街化がはじまり、関東大震災後、都心から多くの人びとが移り住み、集落内の畑が一挙に長屋で埋め尽くされたような町であった。幸い、第二次大戦の空襲の被害を受けなかったため、平成のはじめまで、長屋群と魅力的な路地で有名なところとなっていたが、防災拠点づくりのために全面再開発され、現在では、超高層住宅群が林立し、往年の面影は残っていない。
調査では、長屋群がどのように住まわれてきたのかを解明するために、居住者にインタビューや実測調査をお願いして回った。多くの長屋では増築が施され、住戸間の壁を取り去り、もともと二つの住戸だったところを一軒として住んでいるところも多く発見された。家族が増え、面積を増やすためにこうした二戸一化が進んでいた。さらに、受験生のお兄ちゃんのために、近所のアパートの一室を緊急措置として借りているというお宅に出会った。一つの家族なのに、空間的に離れた二つの住宅を用いて、柔軟に面積を調節しながら生活を成り立たせている、ということが新鮮に感じられた。
そして、その年の秋になり、卒業論文として取り組んだのが同潤会住利アパートであった。70年近く集合住宅に住み続けると何が起きるのかが知りたかった。ここでも、隣の住戸を買い増して、増築部分でその二つの住戸をつないでいるお宅を発見することができた。そして、同じアパート内に複数の住戸を使って暮らしている家族を多数発見できた。そしてその「離れ」的な住戸は、「受験生の部屋」「お兄ちゃんの部屋」「息子夫婦の部屋」「おばあちゃんの部屋」「趣味の部屋」「物置」などとして使われていたのである。
一つの家族が近所の別々の住宅に住み、互いに行き来しながら生活を成り立たせている現象、それを近居とするならば、この近居にこそ、集合住宅や市街地に集まって住む意味がいろいろと見つかるのではないだろうか。そうしたことを漠然と考えるようになった。
その後も、たくさんの同潤会アパートや古い市街地、海外のスラムなどの住宅地を調べたが、いずれも「近居」が観察された。もちろん、集合住宅や住宅市街地において、人びとが群れなして住むことを計画するときに、近代的計画概念においては、コミュニティをどう形成するかがいつも主題であり続けている。つまり、田舎から都会に出てきた、互いに見ず知らずの労働者たちの、労働力再生産の場としての居住地を計画的につくるときに大事にされてきた概念が、コミュニティであったのだ。それは、もともと知らない者どうしが、助け合いながら、新規開発居住地のその後の運営をうまく持続させていくこと、を目的として考え始められたことなのだろう。
しかし、近代における住宅地の計画では、一つの家族はつねに一つの住戸に収納され、もしそこからはみ出ることがあっても、それは「独立」という形で、全く新しい個別の家族として取り扱われてきた。つねに「一家族一住宅」が、近代住宅地計画の暗黙の前提だった。しかしながら、ここでいう「家族」は、厳密には「世帯」とも言うべきもののはずである。そもそも「家族」は、日本の法体系に明確に定義づけられていない。代わりに、「親族」と「世帯」は、それぞれ民法と国勢調査令によって定義づけられている。親族は基本的に、一親等や二親等などの血縁関係に根拠づけられた関係を有する人間の集団を規定しており、婚姻や相続のルールに絡む。「世帯」は行政計画の基礎データを把握するために行われる国勢調査において、原則として「同一生計」と「同居」に根拠づけられた人間集団である。一方で、「家族」はさまざまな定義が可能であるが、基本的には自分が家族だと思えば、家族なのだ。
だから、近代計画論が前提する「一家族一住宅」は、日本の文脈では「一世帯一住宅」なのであり、世帯どうしがとり結ぶ家族的関係性は、どの計画論の俎上にも上がってこなかった。こう考えると、近居において、世帯どうしが取り結ぶ家族的関係を無視すれば、地域という空間が持っている本来の意味の多くが見失われることになりはしないだろうか。その端的な例として、少子高齢社会において近居が一定割合実現することにより、地域的家族関係のなかで子どもや高齢者の世話が日常生活の延長として解決される面も出て来ようし、都市近郊ニュータウンにありがちな、いびつな人口構成の是正に資する面があるかもしれない。
私が汐入や同潤会アパートで観察してきたような「近居」は、実際に多数存在しており、説明しさえすれば誰もが思い当たる、ごく一般的な現象である。改めて、その現象に注目することにより、近居が有する地域生活空間の意味の再解釈を試み、なおかつそこから得られた知見を、地域を再生するために、住宅政策、住宅供給、住宅研究の諸分野でどのように活用可能なのかを検討することが、本書の目的とするところである。
本書は3部に分かれており、第1部「近居の現状と課題」では近居、および近居に近い居住現象の実態をさまざまなフィールドと視点から提供する。第2部「自治体の取り組み」では、地方自治体レベルで実験的に始まったばかりの、近居という現象を誘導する仕組み、地域再生を図るための意欲的試みを紹介する。そして第3部「「住宅に住む」から「地域に住む」時代へ」では、第1部、第2部を踏まえ、近居や近居に近い住まい方が、どのように再解釈されうるのかを論じている。そこでは、家族と住居の関係をどのように捉えるべきかという、住宅問題の本質が議論され、近居に着目することが、単に住宅問題ばかりでなく、我々人類の地域居住空間のつくり方という、社会学・人類学・地理学的テーマにおいても重要であることが議論される。
しかし正直に言うと、いまだに近居の定義が曖昧なまま議論が進んでいることも事実である。何メートル離れていれば近居なのか、何分でたどり着ければ近居なのか、そして家族はどこまでが家族なのか。こうした課題はいまだに解けていない。しかし、これをさまざまな角度から解こうとするプロセスのなかに、新たな居住問題を解くヒントが多様に発見できるのではないかと思っているのである。
平成26 年3月1日
大月敏雄
当財団が出版している機関誌『すまいろん』2011冬号に、『近居・隣居のススメ─「住宅に住む」から「地域に住む」』と題した特集記事を掲載しました。編集委員の一人であった大月敏雄准教授の企画提案によるものです。また関連して平成22年11月に開催したシンポジウムでの、大月先生をはじめ、パネリストで登壇いただいた金貞均教授、上和田茂教授のお話が、近居・隣居は、少子高齢化がもたらす課題に住民が主体的に取り組める手立ての一つと思うきっかけとなりました。
さて、当財団では住まいに関する研究活動の成果を一般向けに分かりやすく伝えるために、「住総研住まい読本」シリーズの出版に取り組んでおりますが、今回の第4巻は、『すまいろん』2011冬号に加え、平成25年11月に発行された一般社団法人日本住宅協会の機関誌『住宅』で、同じく大月先生が企画担当された特集「多世代居住」を加筆修正いただいたもので、近居の実態に関する調査研究や自治体の事例紹介などを含めて発行できたましたことは、日本住宅協会のご理解の賜物と改めてお礼申し上げる次第です。
本書の提示している論点の一つ目は、「会いたいときに娘家族に会える」「孫に会える」「何かあれば飛んで来てくれる」親の生きがいや安心感、「経済的な支援が得られる」「子供の面倒を見てもらえる」「二つの住居で生活が可能」などの子の実利面、親子間の近居による付かず離れずの暮らしが、少子高齢化に向けて住まい手が成果を描きやすい対策として期待できる点です。日常的な現実のなかに高齢期の暮らし方や地域のありようを解決するヒントが隠されているようです。
二つ目の論点は「人は住まいに住んでいるとともに、地域に住んでいる」ことを近居の実態から解き明かしている点です。若年層が親元を離れることで進む過疎化や高齢化も、近居による住民間の日常的な移動を「地域に住む」と捉えれば、地域で多様な年代が集まって住み続けているといえるのではないかということです。
三点目は近居の生活実態から捉えた結果の住宅政策への提言です。親と子からなる核家族を標準世帯とした戦後の住宅政策は、高齢者をひと括りにして扱ってきた結果、施設整備や生活支援や介護サービスに実態を超えた税金が投じられ、生産年齢層への過度の負担となっているのではないかという疑問と住宅政策への提言です。
本書では、すでに近居の生活実態を政策に取り込んでいる自治体が紹介されています。住民の生活実態を正確に捉え、政策に反映することは決して簡単なことではありませんが、住まい手の自主的選択の結果が政策に生かされると考えれば住まい手自らが作る政策ともいえます。
本書に描かれた近居の実態を読み解いていただき、明るい兆しを感じられる暮らし方の選択や住宅政策に活かしていただき、さらには当面の課題解決の先に、少子高齢化そのものの解消にヒントを見つけ出していただければと、期待しています。
末筆になりましたが、本書の執筆に関わられた大月先生を初め多くの諸先生、ならびに行政の方々、日本住宅協会の亀本和彦専務理事、谷川浩一業務部長代理、そして学芸出版社の前田裕資さんには心より御礼申し上げます。
一般財団法人住総研 専務理事 岡本 宏