子育てしながら建築を仕事にする
内容紹介
ゼネコン、アトリエ、組織事務所、ハウスメーカー、個人事務所他、異なる立場で子育て中の現役男女各8名の体験談。仕事と子育ての両立は試行錯誤の連続だが、得られる発見や喜びは想像以上に大きい。長時間労働で知られる建築業界に不安を持つ学生、若手実務者とその上司におくる、リアルな将来像を描くためのエッセイ集。
体 裁 四六・252頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2668-9
発行日 2018/02/10
装 丁 minna
はじめに
1 家族とともに生きる毎日
三井祐介
2 ワーママ1年目の日常
萬玉直子
3 もう一つの人生に関わる喜び
杉野勇太
4 迷惑をかけあいながら、ともに生き生きと
アリソン理恵
5 コントロールできない世界の面白さ
豊田啓介
6 1人目、2人目、3人目、おおらかに変化してきた8年間
馬場祥子
7 子どもが生まれて変わった、私の思考回路
勝岡裕貴
8 仕事も子育ても発見の連続
鈴木悠子
9 ある構造設計者の日常 ──自分の判断でどう生きるか=働くかを選択する
木下洋介
10 両立は筋トレのように
永山祐子
11 子どものいる「あたりまえ」
瀬山真樹夫
12 自立するというプレッシャーから解放されて
成瀬友梨
13 仕事も子育てもシームレスに考える
杤尾直也
14 私が選んだゼネコンという職場で
矢野香里
15 三つ子と松島事務所、あるいは松島保育園
松島潤平
16 普通のことを普通に願えるように
吉川史子
おわりに
最初に、なぜ私がこの本を企画するに至ったかについて少し書いておきたい。
私は2010年から2017年まで、東京大学工学部建築学科で助教として学生の指導をしていたが、女子学生から「建築の仕事をしながら、子どもを育てる将来が想像できない」という相談をよく受けた。私を見ていると設計事務所でも大学でも働き、子育てもしているなんて、「大変すぎて絶対に真似できない(したくない)と思う」と言われることもあった。
大変そうに見せてしまったのは私の能力によるところが大きいと思うが、これは、建築界にとっても、社会にとっても良くないなと思った。将来があって、才能もある女性たちが、仕事か子育てか、どちらかを選ばなくてはいけないと思いこまされているなんて。そこで、彼女たちが、実際に建築の仕事をしながら子育てをしている人たちの日常を垣間見ることができたら、少しはイメージが湧いて、背中を押すことができるのでは、と考えた。
ただ、女性ばかりが子育てを頑張る本では、結局、女性の負担が強調されて却ってしんどい。頭を悩ませながら、両立している男性も探し始めたところ、思いのほか多く見つかり、結果、執筆者の半数は男性に登場していただいている。男性も女性も子育てをし、働いていく実例を集められたことは、本をつくるうえで大きな励みになった。
「女の人の幸せっていうのは、結婚や子どもを育てることではないと思うの」。母は、小学生の私によくそんな話をした。娘として母親からそう言われてショックを受けつつも、この言葉は私のその後の人生に大きな影響を与えてきた。母は専業主婦だった。結婚を機に仕事を辞めて家庭に入ったが、家事や育児を全て担当しているにもかかわらず、負い目を感じていたという。男の人に頼らずに、とにかく自立しなくては、そうしなくては幸せにはなれないんだ、という強迫観念にかられて、私は建築家を志すよりもずっと早くから、仕事をして、1人で生きていける人になろうと思い続けてきた。結婚や家族をもつことは憧れどころか、面倒なこととすら思っていたように記憶している。
そんな私が縁あって結婚をし、子どもまで育てているのだから、人生とは本当に予測不能だ。自分の時間がここまで減るのか、とげんなりすることもあるが、日々成長する人と生活をともにする生き生きとした暮らしは、面白い。何事も思い通りにいかないのが人生と割り切って、それぞれに楽しむのが良い、と最近思い至るようになった。
本書は、悩める女子学生だけでなく、これから結婚して子どもをもとうとしている社会人(男女とも)、彼らの上司に向けた本である。働き方も仕事の内容も様々な16名の、様々な工夫や苦労に満ちたサバイバルの日々を共有することで、一歩踏み出す勇気につながったり、職場で困っている部下や同僚への優しい気持ちにつながったり、あるいは直接的に仕事と子育てを両立するヒントが見つかったり、そんな前向きな動きを起こすきっかけになれば幸いだ。
2018年1月
成瀬友梨
正直なところ、執筆者の方たちから充実した生活が垣間見える文章や写真が届くたびに、落ち込んでしまう自分がいたことを白状しよう。皆さんの輝く毎日を垣間見て、凸凹な自分の生活とつい比較してしまったのだ。でもよく読めば、それぞれに想わぬ変化、苦労があり、それに対して様々な工夫をして日々を乗りこなして来たことが伺える。キラキラした部分が目についた読者がいたら、私のように少し気持ちを落ち着けて、読んでみていただきたいと思う。
私の章を読まれた読者には信じてもらえないかもしれないが、こう見えて私は、子育ては母親が頑張らないといけない、という呪縛に囚われていた一人だ。離乳食をせっせと手作りしていたし、食事の用意を完璧にできなければ出張など行ってはいけない、ような気がして、最初はかなり無理をしていた。最近は、完璧にできないことを悟り、出張の際も、帰りが遅くなる時も、夫に食事の用意まで任せて出かけられるようになった。
その意味でも、今回男性に登場していただいたのは、とても良かったと思う。母性ならぬ父性に溢れた父親たちの奮闘ぶりを見て、お母さんじゃないとできないことって、産むことと母乳くらいだな、と改めて思うのだ。それすら今後の科学の進歩でどうなるかわからない。だから世の女性たちに声を大にして伝えたい。子育ては男性に取って代わられちゃうかもしれませんよ、と。
今の日本は、どうやら健康で標準化された大人のための国になってはいないだろうか。保育園の建設に反対運動が起きたり、障害者や高齢者の施設を囲い込んで見えなくしたり。他人に不寛容な社会とも言えるかもしれない。右肩上がりの成長時代は終わり、夫はサラリーマンで妻は専業主婦、郊外のマイホームで子どもがいて…などという、誰にも共通する人生の成功モデルなど存在しない。
子どもがいる人生も、いない人生も、結婚してもしなくても、個人の自由だし、様々な偶然の産物でしかない。健康な時もあればいつ病気になるかもわからない。生まれたばかりの命もあれば、当然みんな歳もとる。そんな自分の力ではどうしようもない人生を、互いに寛容になって、受け入れられる社会になればと思っている。本書が、その一助になれば幸いだ。そして、数年後、こんな本が必要だったんだなぁ、と懐かしく想われる時代がくるといいと思う。
本書は、自身も3人のお子さんの母として、仕事をしながら子育てをされている学芸出版社の井口夏実さんの存在無しには実現しなかった。昨年出版した『シェア空間の設計手法』も担当していただいたが、この3年間、公私ともに様々なサポートや励ましもいただいた。この本はまさに2人3脚の成果だ。
最後に、私の自由な生き方を応援してくれる両親と、深い理解のもと支えてくれる夫、そして仕事に出かける私に、拗ねた顔をして手を振ってくれる息子に、心から感謝している。ありがとう。
2018年1月
成瀬友梨