大都市自治を問う
内容紹介
改革至上主義の限界、地方自治の展望を描く
地方都市は、東京一極集中に対抗する自治の術をいかに持てるのか?「改革」を掲げる橋下市政、その改革至上主義による大都市大阪の変貌を丁寧に追い、顧みられなかった改革の中身、政策の実体と問題点を、教育・医療・福祉・財政・防災等、研究者たちが徹底分析。改革至上主義の限界と地方自治の展望を、総合的に検証した。
体 裁 A5・224頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2610-8
発行日 2015/11/10
装 丁 フジワキデザイン
はじめに
序 大都市自治の「光」と「影」
1 大都市自治に影をもたらした「大衆化」
2 「大衆化」した大都市自治の相貌
3 死に至る「専制都市」(ティラノポリス)に堕した大都市
4 「専制都市・大阪」に見る、日本の大都市自治の危機
第1部 大都市が陥る改革至上主義
第1章 「改革」全体主義の構造
1 大都市における大衆化と改革
2 大都市自治における「改革」全体主義
第2章 大阪市住民投票という「テロル」を検証する
1 子供の遊び場と化した政治
2 「住民投票」の政治決定それ自体が暴挙である
3 議会の決定を覆すという自由民主主義に対するテロル
4 橋下大阪市長の振る舞いは、論理構造上「業務上過失致死傷罪」と同義である
5 自由と理性の破壊者たちの進化にあわせた進化が求められている
第3章 都市居住者と社会的統合 ─地域住民か匿名の大衆か
1 住民投票における賛成票の分析
2 社会学者の視点から
3 2011年大阪市長選挙との比較
4 行政区の特性と投票傾向
5 賛成票の立脚点
6 地域住民としての都市居住者の重要性
第4章 大都市自治における「言論弾圧」
1 「都構想」を巡る七つの「事実」に対する直接的弾圧
2 「学習性無力感」に陥るメディアと学者・言論人
3 京都大学総長、ならびに国会を通した文部科学大臣への圧力
4 TV局に対する直接的な「言論弾圧」
5 大都市自治でのテロルを避けるために
第5章 「大阪都=大阪市廃止分割」構想の実体と論争
1 大阪都(大阪市廃止分割)構想の多面性
2 世界の大都市制度と比べても非常識な都構想
3 「大阪都」の議論と評価 ─大阪を集権化し、不便にし、衰退させる
4 政治過程 ─橋下市政は「大阪市廃止」の説明責任を避けたが、住民投票で否決
5 展望 ─「大阪都」構想への有効な対応
第6章 維新の党 ─右派ポピュリズムはリベラルを超えるか
1 維新の党、橋下氏の政治とは何か
2 政党システムへの大きな影響 ─右傾化への貢献
第2部 橋下市政は大阪をどう変えたか
第7章 教育再建に向けて ─ 7年余の破壊から立ち上がる人々を支えたい
1 ターゲットにされた「教育改革」
2 高校入試に「学力テスト」を利用する問題
3 首長の政治主導による教育委員会統治の危うさ
4 教職員のモチベーションの低下と現実課題の深刻化
第8章 医療・福祉の全般的削減
1 住吉市民病院廃止案で示された公立病院の重要性
2 規制緩和と民営化を進める大阪市の保育施策
3 地域の意向を踏まえず縮小・再編を強行した地域活動・地域福祉
4 維新政治の医療・福祉施策
5 維新の横暴を市民の力で止める
第9章 公務員と労組への攻撃
1 労働基本権無視と労働組合敵視
2 強制アンケートの実施
3 便宜供与打ち切り
4 政治的行為制限条例の制定
第10章 財政 ─市政改革プランと財政効果の実際
1 大阪市財政と『市政改革プラン』
2 予算編成
3 大阪都構想の財政的意味の消失
4 大阪市の財政改革への影響
第11章 産業政策における「改革」の実態
1 橋下市政下での「改革」
2 信用保証協会の廃止・統合
3 経済局の再編
4 「改革」の教訓
第12章 溶解する都市計画
1 都市計画に求められる時間的連続性と空間的連続性
2 無くなった「大阪市のマスタープラン」
3 「大阪市解体」を先取りした都市計画
4 時間的・空間的な連続性が欠落している「グランドデザイン大阪」
5 まちづくりの基本単位「自治会」との連携の劣化
6 広域行政連携の劣化
7 「改革」全体主義が都市計画を破壊する
第13章 防災─南海トラフ地震・津波への備えを急げ
1 災害に脆い大阪平野と隣接丘陵・山地
2 大阪における巨大災害の歴史
3 防災・減災行政上の課題と大阪府政・市政トップの怠慢
第3部 大都市自治の未来
第14章 大都市自治の「改革」全体主義に対抗する三つの処方箋─自由、マネジメント、そしてプロジェクト
1 すぐに忘れる大衆
2 「嘘」で自滅する大衆
3 第一の処方箋:自由な言論活動の展開
4 第二の処方箋:改革から改善(マネジメント)へ
5 第三の処方箋:制度論からプロジェクト論へ
6 全体主義の超克
第15章 大阪市における都市内自治
1 大阪市における住民自治の問題
2 大阪都構想における住民自治の考え方
3 大阪市における総合区をめぐる議論
4 都市内自治の先進事例
5 粘り強い取り組みを
第16章 脱東京の都市政策に向けて─大阪の魅力と展望
1 統計で見る大阪の地位と、地位低下の原因
2 大阪が目指すべき都市のランクは?
3 東京の模倣ではない、質を重視した成長戦略
おわりに
今、日本各地の都市は、長引く経済的停滞と、過剰な選択と集中の果てに年々進行していく東京一極集中の流れの中で、衰弱の度を深めている。
こうした流れの中、藁をもすがる思いで多くの大都市自治体が「改革」をさまざまに進め、現状打破を図らんとしている。その急先鋒が橋下徹氏率いる「維新」(大阪維新の会、維新の党、日本維新の会、等の政治団体、以下、『橋下維新』と略称)が地方自治行政を取り仕切る「大阪」であった。
この大都市大阪における橋下維新が進める「改革」が功を奏するなら、全国で疲弊する大都市には「橋下維新と同様の改革を進めれば、都市は再生できる」という光明が与えられることとなる。だから、全国各都市は「お手並み拝見」とばかりに、橋下維新の改革の動向を見守ってきた。
しかし ── 彼らが進める改革によって大阪は改善するどころか、財政は悪化し、景気の低迷も他都市よりもその激しさの度を年々深めていったのが実情であった。それぞれの現場に目を向ければ、悲鳴にも似た悲壮な声が満ち満ちている様子が明らかとなっていった。
そして、彼らが大阪再生に向けて起死回生の大改革として一貫して主張し続けた「大阪都構想」に関しても、その設計図を「学術的」に精査すれば、その危惧は深まっていく。大阪を豊かにするどころか、さらに疲弊させ、二度と蘇ることが不可能となる構想であることが明らかにされていったのだ。
もしも、こうした大阪についての現状認識が正しいなら、「疲弊した都市を蘇らせるためには改革を」という、多くの大都市自治関係者が漠然と共有している素朴な認識が、完全な事実誤認であるということになる。もしそうであるのなら、今、疲弊している全国の都市の再生を図るには、「改革」の思想とは異なる全く別の思想が必要だということになってくる。
かくして、今、大阪で進められている橋下維新の「大阪都構想」を軸とした改革路線の検証は、日本全国の大都市自治の未来を占う上で、重大な意味を持つものなのである。本書はまさにこうした認識の下、「今後の大都市自治のあるべき方向」を考えるために、研究者はもとより、広く一般公衆や政治家、マスコミの方々を読者として想定している。大阪の橋下市政をさまざまな角度から検証し、その実態を記録にとどめ、全国の大都市自治のあり方を根底から問い直さんとするものである。
本書が大阪はもちろん全国各地の大都市住民による、希望ある明るい大都市自治の展開にあたって参考となることを祈念したい。
ところで本書は、筆者と村上弘立命館大学教授、森裕之立命館大学教授の3名での共同編集である。我々3名がこうした共同研究を始めたきっかけは、いわゆる「大阪都構想」の住民投票(投票日2015年5月17日)が、2014年12月に(公明党の方針転換を受けて)政治的に決定されたことであった。専門を異にする我々3名のそれぞれが、学者として「大阪都構想」が大都市大阪に巨大被害を与えることを危惧していたことから、その事実を公衆に広く伝えんとする研究ならびに言論活動を共同で進めることとなった。2015年5月5日には、「大阪都構想」に危機感を覚える学者108名から供出された「大阪都構想」の危険性についての所見を公衆に広く周知すべく「『大阪都構想』の危険性を明らかにする学者記者会見―インフォームド・コンセントに基づく理性的な住民判断の支援に向けて―」と題した記者会見を共同で行った。その後、住民投票で「都構想」が否決された事を受け、「豊かな大阪を考える」と題したシンポジウムを6月、7月、9月に共同開催した。こうした共同研究の過程で、本書の構想が浮かんできた次第である。
本書は、政治学、行政学、財政学、社会学、政治哲学、社会哲学、都市計画学、防災学、教育学、地域経営論、中小企業論、公共政策論といった多種多様な学術領域の研究者等によるそれぞれの立場からの論考から構成される。したがって、学術領域によって同一概念を示唆していても、使っている用語が異なるケースもある点には留意願いたい。ただし、そのあたりの子細の確認をされたい場合は、それぞれの参考文献を確認願いたい。
いずれにせよ、本書が、虚構にまみれ閉塞した大都市自治をめぐる言論空間を打破し、それを通して大阪を含めた日本の大都市自治の適正化を導き、広く公益に資するものとなることを、心から祈念したい。
2015年9月6日 大阪ヒルトンホテルのロビーにて
京都大学大学院教授 藤井聡
世界でも有数の「メガシティ」である大阪は、経済機能とともに、国際空港、超高層ビル街、庶民的な繁華街、大型の文化施設、堂々たる城跡公園、そして中之島等明治以来のモダン都市の景観を備える、魅力的な街です。
ところが、大阪の状況と自己認識はやや不安定で、「商都」としての歴史もあり、東京に対抗する意識が強いのは良いのですが、現代の東京には構造的に追いつけない。産業構造の転換による地位低下や、いったん巨大化したゆえの社会問題も多い。そこで「大阪都」に制度変更しようという構想がかなりの有権者を引き付けましたが、それで大阪市を廃止すると、かえって大阪の自治や政策力を弱めてしまう面もあることは本書で解説したとおりです。
大阪の発展は、自治体、企業、市民による具体的な各種政策の推進によって、はじめて現実化するものです。それを進める、または妨げる大阪の政治は、知事・市長、議会、住民の意識(反知性主義や同調性を含む)を含めて、進んでいきます。そうした大都市の政策と政治は、時間軸に沿って、あるいは内外の他の大都市との比較においても研究する意味があるでしょう。
この本では特に、大阪の実情と政策課題を考え、そして橋下市政(2011年から)が「進めた政策は成果を生んだか、不正解か」「大阪の課題に対して有効な政策を打ったか」「政治的にはどのような戦術や構造が見られるのか」等を中心に、詳しく記録し検討することに努めました。
維新の会を率いる橋下大阪市長の、簡単明瞭なアピールを、反対意見を制しつつ人々に訴える独特の政治スタイルは、「改革のリーダーシップ」「突破力」だと称賛されたり、あるいはファシズムをもじった「ハシズム」と批判され、「劇場政治」と揶揄されたりしてきました。この手法は実は、海外の少なからぬ国でも起こっている政治現象で、ポピュリズム(大衆扇動・迎合政治)とも呼ばれ研究されています。
市民と大阪にとって気になるのは、そうした政治スタイルが、現代民主主義の必要条件とされる「多元主義」(少数意見の尊重等)、「説明責任」、「熟議」、「法治主義」(憲法・法律の遵守)等を守っているか、そして合理的で良い効果をもたらす意思決定になっているかです。
例えば、大阪都構想をめぐって、橋下氏と維新が、「大阪市の廃止」「大阪市の役割」等の説明責任をあまり果たさず、また構想のメリットしか訴えなかったのに対して、反対派は「大阪市廃止分割構想」という名称を編み出し、メリットが本当か、デメリットはないかを検証して、議論や合理的検討を可能にしました。それは一部の政治家やコメンテーターが言うような既得権益の擁護等ではなく、「思考停止の民主主義」を克服しようとする営みだというのが、反対派の見解だったのです。
この本では、その他のさまざまな政策に関する豊富なケーススタディをもとに、大都市の地方自治と市民のあり方について、また橋下市長に象徴されるような日本の地方自治のパターンについて、考えることができるでしょう(もちろん政治家・橋下氏への正確な評価にも、役立ちます)。
私の恩師が、「事実を明らかにすること自体が、現実への批判になることもある」という意味のことをおっしゃったことがあります(政治批判を研究の自己目的にしてはいけない、というアドバイスも含めてですが)。
事実を客観的に観察・記録し、その因果関係や構造を探る「実証的」研究は、自然科学だけではなく、社会科学でもたいせつです。また20世紀以降の政治が、情報操作やプロパガンダ、ポピュリズム型扇動の技術を開発してきたなかでは、批判的な観点に立って初めて見えてくる事実も、少なくありません。もちろん現実の社会や政治に有用な情報発信をするよりも、研究の「完成度」を上げるべきだと考える学者もいます。逆に現実への批判(または肯定)的な意識が強すぎると、観察・認識が偏ることがありますが、注意して仕事をすれば実証的な研究は可能で、かえって研究のポイントが定まりやすいものです。
巨大都市にはさまざまな側面があり、その全容は、さまざまな情報、調査、理論を組み合わせた、学際的な総合研究によって初めて解明できます。なお、橋下氏の政治等を批判すると、政治家、研究者、マスコミ記者、諸団体等は、激しい個人攻撃(ウェブ上での罵倒、所属機関への抗議書・抗議メール・電話等)を受けるという異例の状況が続いてきました。そうしたなかで、この本を共同企画した藤井先生、森先生、そして多忙ななか調査し、論究し、原稿を提出してくださった多くの執筆者の方々に、心より感謝いたします。
この本の各章では、執筆者によって論調は違いますが、学問的な考察を進めつつ、広く市民、政治家、マスコミ記者の方々に読んでいただけるような分かりやすい書き方を心がけました。もちろん各章では、根拠となる客観的な事実、データ、参考文献を示しています。読者の方々は、それをも手掛かりに、考察や研究を進めることもできます。
この本が、大阪および日本の大都市の現状と将来について、いっそう思考と議論が進展するきっかけ、参考となれば、執筆者および編集者として、まことにありがたいことです。
最後になりましたが、現実世界に鋭く迫ろうとする学術書を引き受けてくださった学芸出版社、および複雑でかつ遅れてはいけない製作の実務を進めてくださった同社の井口夏実様に、深くお礼申し上げます。
─ Vera Lynn の唄“We’ll Meet Again”を聞きながら
編者の1人として 村上弘