欧州のエネルギー自立地域
内容紹介
脱原発を決めたドイツ、イタリア、スイス、原発を持たないオーストリア、デンマーク。農村から大都市まで、原発や化石燃料に依存しない再生可能エネルギーの聖地をジャーナリストが取材。エネルギーを意識して生きる市民、革新的な政策と事業を実現する地域のイニシアチブ。欧州社会の現実を日本の未来へ。坂本龍一氏推薦。
体 裁 A5・240頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2530-9
発行日 2012/03/10
装 丁 吉村 雄大
まえがき (滝川薫)
第1章 欧州におけるエネルギー自立の潮流
1 地域のエネルギー自立とは何か(滝川薫)
2 地域のエネルギー自立のメリット(池田憲昭)
3 エネルギー自立の促進制度(滝川薫)
4 村から町、州、国へ広がるドイツのエネルギー自立(村上敦)
コラム 気候同盟(近江まどか)
第2章 ドイツ
1 ドイツのエネルギー事情(村上敦)
2 マウエンハイム村(430人)~電気・熱を自給するバイオエネルギー村(池田憲昭)
3 フライアムト村(4,300人)~エネルギー事業が農家を支え、村を動かす(池田憲昭)
4 モアバッハ市(1.1万人)~旧米軍用地を再生可能エネルギーパークに(滝川薫)
5 フライブルク市(22万人)~反原発運動から始まったエネルギー自給への道(村上敦)
6 ミュンヘン市(135万人)~多様なステークホルダーを巻き込む(近江まどか)
コラム1 ダルデスハイム市(920人)~東西ドイツのパイオニアの交流(池田憲昭)
コラム2 ヴィルトポルツリート村(2,500人)~2020年より先の未来を占う(村上敦)
コラム3 ニーダーベルクキルヒェン村(1,200人)~ベーシックインカムをソーラーで実現(村上敦)
第3章 オーストリア
1 オーストリアのエネルギー事情(滝川薫)
2 ケッチャハ・マウンテン町(3,500人)~パイオニア企業が再生可能電力の需給を調整(滝川薫)
3 ギュッシング市(4,000人)~脱貧困を脱エネルギー依存で実現(滝川薫)
4 ファーアールベルグ州(37万人)~100人と70のワークショップでエネルギーの未来を決める(滝川薫)
第4章 スイス
1 スイスのエネルギー事情(滝川薫)
2 バーゼル都市州(19.2万人)~広域から再生可能エネルギーを獲得する(滝川薫)
コラム エルストフェルド町(3,800人)~2,000W社会に最も近い町(滝川薫)
第5章 イタリア
1 イタリアのエネルギー事情(田代かおる)
2 ボルツァーノ自治県(50.7万人)~自立こそが地域のアイデンティティ(田代かおる)
第6章 デンマーク
1 デンマークのエネルギー事情(田代かおる)
2 ティステード地方(田代かおる)
第7章 エネルギー自立に必要なこと
1 再生可能エネルギーを推進するインセンティブ(村上敦)
2 地域のエネルギー・コンセプトづくり(滝川薫)
3 市民参加、小さな投資を広げる手法(池田憲昭)
4 エネルギー転換に欠かせない省エネルギー対策(池田憲昭)
5 新時代のインフラストラクチャーの構築(村上敦)
あとがき (池田憲昭)
地域のエネルギー自立から始まる日本再生
再生可能エネルギーによって地域で消費する電力や熱、燃料の大半を自給する自治体がある。スイスに住む私が初めてそんな話を聞いたのは2005年、バーゼルで開催されたバイオマスサミットでのことだ。オーストリア・ギュッシング市のパイオニアであるラインハルド・コッホさんの講演が強烈に印象に残った。ギュッシングはエネルギー自立を柱とする地域発展戦略により、地域の経済と社会を活性化させていた。その頃、ドイツやオーストリアではすでに、そうした成功事例が農村部を中心に現れてきていた。そのいくつかを訪ね歩くうちに、私は地域のエネルギー自立が、大局的には気候・エネルギー問題の、そして足元では地域社会の未来の鍵を握るテーマであると確信するようになった。
こういった地域のエネルギー自立、あるいは100%再生可能エネルギー地域の運動は、ドイツ語圏では過去2年ほどで飛躍的な発展期に入り、自立を目指す地域の数は増え続けている。ドイツでは2009年に第1回「100%再生可能エネルギー地域」会議が開催され、2010年3月にはドキュメンタリー映画「第四の革命~Energy Autonomy(エネルギー自立)」(カール・A・フェヒナー監督“Die 4.Revolution. Energy Autonomy”(原題)日本では2011年12月より上映)が封切りとなり、運動を社会に広く知らしめた。同年秋、私の住むスイス・ベルン州では老朽原発の建替え(新設)を巡って、再生可能エネルギー派と原発推進派の住民や政治家、産業界の間で激しい攻防戦が繰り広げられ、各地でこの映画の上映会が開かれた。その主役を務めたドイツの政治家ヘルマン・シェーア氏が映画の中で語った言葉が心に残った。
「エネルギー供給はデモクラシー化を迎える。どんどん多くのエネルギー供給者が出てくる。より多くの個人レベルでの自立、より多くのローカルな自立、より多くのリージョナルな自立、そしてより多くの国の自立へ。(中略)我々は産業時代の始まり以来、最大の経済構造変革に直面している」
シェーア氏の指す変革の現場が地域と住民であることは言うまでもない。そして変革の空気は欧州に住む我々にとって、肌で感じられるものになっていた。
この運動を日本に伝えなくてはならない、と決意したのが2010年末。意を4同じくするドイツ在住の環境ジャーナリストである村上敦さん、池田憲昭さん、近江まどかさん、そしてイタリア在住のデザインジャーナリストである田代かおるさんとチームを組み、単行本企画を練り上げた。その時、東日本大震災と福島第一原発事故が起きた。欧州に暮らす我々の人生にも激震が走った。以後、学芸出版社の宮本裕美さんの協力を得て、日本の地域の人々に100%再生可能エネルギーが実現できるということを伝えたい、そして役立ててもらえる本を作りたいという一心で、多忙なフリーランスの仕事の合間を縫って各人が原稿を書き下ろした。
本書は、著者たちが読者を現場に案内しながら、その背景事情についてセミナーを行うような構成になっている。第1章では、欧州中部(ドイツ・オーストリア・スイス)におけるエネルギー自立の潮流と定義、地域社会へのメリットや促進プログラム、そして国レベルへのビジョンの広がりを紹介する。第2章以降は、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、デンマークから、地域の持つ資源を総合的に活かして電力や熱のエネルギー自立に取り組んでいる地域の事例を紹介する。農村部から都市部まで異なる規模やタイプの地域を選び、その計画から実現へのプロセス、効果や課題を描き出す。その際、各章の導入部では、各国のエネルギー事情を短くまとめた。そして最終章では、地域のエネルギー自立にとって重要なフレームワークについて、制度・社会・技術といった面から俯瞰的に解説する。
日本では福島第一原発事故の影響もあり、エネルギーというと電力の話に偏りがちである。だが、電力はエネルギー自立の三分野の一つにすぎない。残り二つの熱と交通分野についても同時に取り組むことが不可欠だ。そのため本書では、電力分野だけでなく、熱分野の省エネと再生可能エネルギー供給についても力を入れて解説し、交通分野についても可能な限り触れた。
本書が、読者の皆さんにとって自らの地域のエネルギー自立を具体的に考え、行動するきっかけになってくれることを、著者一同願っている。
2012年1月7日 執筆者を代表して 滝川薫
始まりは、およそ40年前、少数のパイオニアたちがいくつかの地域で水面に投げた小さな石だった。石が水に落ちると小さな波紋が生じた。パイオニアたちは、幾度となく石を投げ続けた。信念をもって粘り強く再生可能エネルギーの未来を訴え、行動し続けた。たくさんの小さな波紋は時間とともにゆっくりと広がり、相乗的に力を増していった。そして技術の進歩と相まって、大きなうねりとなり、政治を動かし、制度を変えた。新しい制度は、波の力と勢いをさらに増幅させ、技術のさらなる発展も促した。1986年のチェルノブイリの原発事故、1992年のリオの国連環境会議、1997年の京都議定書といった世界的な事故や会議も、欧州の再生可能エネルギー利用の波を加速させた。そして2011年3月11日に起こった福島第一原発の事故は、欧州に決定的なインパクトを与えたし、これからもその影響は持続していくだろう。
地域のパイオニアたちは、長い間、まわりから「非現実的な夢想家」「極端な理想主義者」などと非難、中傷されながらも、「ユートピア(理想郷)」を頭に描き続けた。時間とともに実践と経験が積み重ねられ、当初のぼんやりとしていたユートピアは具体性を備えた明瞭なビジョンとなった。そして今では、ユートピアという言葉はほとんど使われていない。夢物語が実現可能なリアルな未来像となったからだ。本書にも紹介しているように、小さな自治体レベルでは、100%再生可能エネルギーによるエネルギー自立を達成しているところもすでにある。ここ数年でエネルギー自立に挑戦する自治体や地域は急速に増え、個々の自立の単位(エリア)は拡大している。
地域分散型を前提とする再生可能エネルギーによるエネルギー生産事業は、地域マネーの投入を促している。地域住民や地域企業、または自治体が投資家になり、経営者になり、利益を受けている。また、エンジニア、プランナー、施工業者など、地域に新たな雇用が生まれている。その数は、ここ数年の間に急速に伸びている。再生可能エネルギー分野の雇用は、ドイツでは、1kWhあたりで比較すると、原子力発電の10倍近くある。総雇用者数はもうすぐ40万に届く勢いで、地域経済の観点からだけでなく国民経済的にも重要な経済分野に急成長した。エネルギー生産が分散することにより、経済活動も富も分散する。地域が豊かになる。
オーストリアの過疎地域の振興に、学者として積極的に従事し、大きな影響を与え、未来学者と呼ばれているハンス・ミレンドルファー教授は、こう述べている。
「あなたたち、地方の人々は、昨日の落ちこぼれではない。明日の優等生だ。工業化社会の未来は農村地域が決める」
都市部へ、水や食料、木材やエネルギーを供給しているのは農村地域である。また美しい自然と文化を持つ農村地域は、都会の人々にとって重要な保養の場所でもある。農村地域は、国の基盤であり命綱で、多くの人々の心の拠り所でもある。欧州の農村地域も、過疎、高齢化、農林業の衰退、生活インフラの質の低下など、日本と類似の問題を抱えているところが多い。これまで、農林業や観光業、地域伝統産業の分野で様々な取り組みが行われてきており、復興に成功している地域、農村も多くあるが、ここにきて、再生可能エネルギーが、地域社会の再生やさらなる発展にとっての重要な「道具」として、大きな意味を持ち始めている。再生可能エネルギーで自立をしようとする地域の主要なモチベーションもここにある。他方、世界の人口の半分以上が集中する都市部でのエネルギー自給の推進も大きな課題であり、エネルギー需要が高い分、それがもたらす効果は大きく、本書でもいくつかの先進的事例を紹介した。
分散型の再生可能エネルギー主体のエネルギー供給システムに移行していくためには、いくつかの大きな課題がある。代表的なものは、分散型生産・供給に合った電力系統の強化と拡張、電力需給のスマート化、蓄電技術の開発と導入であり、本書でも論じた。また、再生可能エネルギーへのシフトは、同時に、一極集中型の産業構造から分散型の構造への移行でもあり、社会構造の大きな変換を必要とする。これらの課題、構造の改変は、数十年の歳月がかかる息の長いプロセスである。
現代の私たちは、政治、行政、経済、学問、とあらゆる分野において、短期的に成果が求められる仕組みの中で生きている。息の長い事業や課題が行われにくい状況がある。短期的に結果を出すために、人々は、まず既存の枠組みの中で何ができるか考える傾向が強い。
一方で、再生可能エネルギー主体のエネルギー供給を州や国レベルで達成していくためには、既存の枠組みを変えていかなければならない。現代社会の仕組みの中ではとてもやりにくい仕事である。にもかかわらず、欧州では、本書に紹介した国や地域を中心に、その困難な事業への取り組みが始まっている。歴史に残る大きな構造変革が起こっている。そうさせている原動力は何か。変革を促している根底には「再生可能エネルギーによって地域が豊かになる。国も豊かになる」という、多くの人々を幸せにできるビジョンがある。そのビジョンを構築し、強力に鮮明にしてきたのは、地域の現場で活動する勇気あるパイオニア、実践家、政治家、企業家、市民たちである。小さな点の活動が線で結ばれ、面的な広がりを持ち、社会的な潮流となって、国やEUの政治を動かし始めている。
本書は、欧州に暮らす5人の日本人ジャーナリストが、「フクシマ」という重く深刻な運命的打撃を受け、それを背負って生きていかなければならない祖国に、新しい夢とビジョンを与えたいという思いで書いた。ここに描かれた夢やビジョンは、社会変革を伴うものであり、達成するのは簡単ではない。しかし一方で、幸せで安心して暮らせる国と地域をつくれる魅力的なビジョンであり、その気になれば十分に実現可能である。真摯に誠実に日本の未来を考え行動をしていく人々に、欧州の地から声援を送り続けたい。
最後に、多数の著者間の複雑なやりとりをまとめて下さった編集者の宮本裕美さん、手に取りたい本づくりに尽力下さったデザイナーの吉村雄大さん、そして各国の取材先の皆様のご協力に心より感謝します。
2012年1月 執筆者を代表して 池田憲昭
欧州では、エネルギー供給が、従来の大規模集中から地域分散型へと大きく転換しつつある。もちろん、エネルギー供給源として考えられているのは、太陽光、風力、バイオマス等の再生可能エネルギーである。エネルギー転換は、同時に、地域の人々がエネルギー需給の中心になることでもある。本書は、欧州の多くの地域で取り組まれている事例を、多数紹介している。
エネルギー政策は、国レベルでの取り組みが注目される場合が多い。確かに、「固定価格買取制」(フィードイン・タリフ)は国家レベルで実施され、非常に効果がある。だが、これだけでは、エネルギー消費を減らし、持続可能な社会を形成するには、十分とはいえない。地域の人々がエネルギー利用のあり方を自ら変えていくことが必要である。
本書の著者たちは欧州に在住し、環境問題を日本人の目で見ている。そのため、欧州の人々が書くものとは異なり、本書は、日本が学びとるべきポイントがわかるようになっている。日本では、再生可能エネルギーに関する誤解が蔓延している。本書が、一般に広く読まれることを望みたい。
(立命館大学国際関係学部教授、『原発のコスト』(岩波新書)著者/大島堅一)
担当編集者より
昨年3月22日、東日本大震災から10日が過ぎた頃、スイス在住のジャーナリスト、滝川薫さんから1本の企画書が届いた。欧州在住のジャーナリスト仲間たちとまとめられたその企画書は、原発に触れることなく(原発があろうとなかろうと関係ないかのように)、地域でエネルギーは自立できることを紹介するものだった。
それから1年、著者たちはドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、デンマークの先進地域を訪ね、首長、行政担当者、町のエネルギー事業者、市民らにインタビューを重ね、パイオニアたちが再生可能エネルギーの普及に取り組んできたプロセスを丁寧に紹介している。
「やる気のある住民が村の資本です」と、本書に登場する村の村長さんが語っている。本書に登場する小さな農村から大都市まで、エネルギーを意識して生きてきた人々が、地域を変え、国を動かす原動力となった。その生き方に、今こそ学びたい。
(MH)