創造都市のための観光振興


宗田好史 著

内容紹介

市民と観光客が共振する創造都市づくりの道

京都やフィレンツェが観光客の心を捉えるのはなぜか。そこには歴史・文化・景観といった資源だけでなく、創造的な市民の力がある。街に暮らす人が誇りを持ち、自らの街を楽しめること、店や人を育てることで街は魅力的になり、観光客との交流がその質を一層豊かにする。地方都市の創造的観光まちづくりの進め方を軽快に語る。

体 裁 四六・208.0頁・定価 本体1700円+税
ISBN 978-4-7615-1267-5
発行日 2009-12-20
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介はじめにおわりに

もくじ

Chapter1─地方都市が観光振興のためにすべきこと

1 観光振興策の根本的間違い
2 まず、日帰り観光客を確実に増やせ
3 観光客の五感を満足させる街を創れ

Chapter2─観光の大きなトレンドを知る

1 京都観光の主流は男性から女性、若者から中高年へ
2 観光の中心は名所旧跡巡りから、お洒落な街へ
3 観光旅行は団体からグループへ、個人へ
4 変化のキーワードは多様化、深化、日常化
5 変化を受け止めるのは街の多様性と文化力

Chapter3─何が観光客を惹きつけるのか

1 観光客が本当に買いたいものは
2 その街のステキな市民が育てた逸品こそ魅力
3 商品・サービスの魅力を生む市民の芸術力
4 文化遺産を産業の付加価値に活かすアーティスト
5 観光都市から創造都市への転換
6 遺産の守り手(住民)と第三の市民(観光客)
7 進む市民と観光客の融合

Chapter4─市民も観光客も楽しむ街──京都・長浜・彦根

1 女性化した観光客は京都をどう変えたのか?
2 女性の好みにあわせて深化する京土産
3 市民も観光客も日常的に楽しめる飲食店
4 地方にも芽生え始めた個性が光る店
5 サービス化、飲食店化が中心市街地を変貌させた彦根市
6 小洒落た商品を小綺麗な店で売る長浜の黒壁
7 地方の歴史都市、町並み保存の先にあるべきもの

Chapter5─地域の雇用を生み出す観光政策へ

1 観光消費が伸びない町に欠けているもの
2 観光消費を伸ばすには飲食・買物が決め手
3 官が観光施設をつくっても消費は伸びない
4 これから観光政策は何をすれば良いのか
5 小さな公共事業で街の魅力を高め新規事業者を育てよ

Chapter6─感動できる町並みを創る景観まちづくりへ

1 景観保全と観光の今日的関係
2 文化財保存から美しい街の創造へ
3 祭りの感動が味わえる町並みを創る
4 美しい街に配慮した事業者が栄える仕組みをつくる

Chapter7─歩いて楽しい街を創る交通政策へ

1 溢れかえる車が街の魅力を台無しにする
2 歩くことの楽しさが復活してきた京都観光
3 観光消費を伸ばすための交通政策を

Chapter8─多様な力で動かす創造都市への道

1 観光まちづくりは個人の小さなビジネスの応援のため
2 観光の創造力を生むアーティストたち
3 グローバル化の2つの活かし方
4 観光地を育てる都市計画と文化・商業政策
5 創造都市に向けた観光まちづくりの進め方

宗田好史(むねた・よしふみ)

1956年浜松市生まれ。法政大学工学部建築学科、同大学院を経て、イタリア・ピサ大学・ローマ大学大学院にて都市・地域計画学を専攻、歴史都市再生政策の研究で工学博士(京都大学)。国際連合地域開発センターを経て、1993年より京都府立大学准教授。国際記念物遺産会議理事、東京文化財研究所客員研究員などを歴任。
著書:
『イタリアの地方自治制度─ローマ市の事例を中心に』東京都議会事務局調査部、1998年
『まちづくりの科学』(共著)、鹿島出版会、1999年
『ビジター産業に進路をとれ─日本・都市再生への提言』(共著)、日刊工業新聞社、2000年
『にぎわいを呼ぶイタリアのまちづくり─歴史的景観の再生と商業政策』学芸出版社、2000年
『都市に自然をとりもどす─市民参加ですすめる環境再生のまちづくり』(共著)、学芸出版社、2000年
『京都観光学のススメ』(共著)、人文書院、2005年
『中心市街地の創造力─暮らしの変化をとらえた再生への道』学芸出版社、2007年
『町家再生の論理─創造的まちづくりへの方途』学芸出版社、2009年、など

全国の地方都市で観光まちづくりへの関心が高まっている。その背景には、人口減少・高齢化、そして衰退への危機感がある。「都市の生き残りを賭けて、地域の資源を磨き、観光を振興し、交流人口を増やしたい」と言う。しかし、それを口にする人たちの多くは、観光振興の意味が大きく変わっていることに気づいていない。

従来の観光振興は集客施設や門前の土産物店、飲食・宿泊業、交通・旅行社など、観光関連産業の振興のことだった。道路や駐車場、ホテルやテーマパークが要るという発想すら残っている。しかし今は違う。観光との関わりは町の商業サービス業全体に広がっている。例えば、観光客の消費が土産物よりも飲食・買物消費に転換している。だから、今や観光振興は町の商業サービス全体の向上なくしてはありえない。これに気づいていない地方都市が多い。

一方、今まで多くの住民は、観光を嫌ってきた。観光は自然環境を脅かし、文化遺産を劣化させ、地域社会を変容させるという。まして、その価値を分かりもしない観光客に媚びてまで、観光を振興するのはイヤだという。だから、住民と観光事業者の昔ながらの対立も一部に残っている。

しかし最近では観光のスタイルが大きく変わった。例えば、先月イタリアを旅行していた東京の女性が、京都の社寺を巡り、町家再生のイタリア・レストランで京野菜ピッツァを喜ぶ。変わらない京都と、新しい京都のバランスの妙に、現代の京都に暮らす市民と事業者のセンスの良さを感じ、また来たい気にさせる。それは、京都の歴史だけでなく、市民の文化と暮らしの中に生きる歴史と景観への憧憬である。

その京都市民の多くは、もちろん観光客以上に街の魅力を堪能している。観光客を魅了する優れた食材や工芸品などの商品とサービスは、事業者が提供し、それを支える文化・生活・景観は市民が育てる。そして、自ら率先して楽しんでもいる。そこでは観光客と市民、観光と日常の境界は溶け出している。市民が求めるまちづくりと観光客が求めるまちづくりの方向は一致し始めている。

現在の日本政府は観光立国を唱え、2009年の政権交代後は「コンクリートから人へ」の転換を進める前原国土交通大臣が、観光庁の予算を大幅に増額した。長年続いた土建国家を廃し、市民と観光客がともに楽しむ魅力ある国土を造ろうとしている。観光政策をハコモノで進めるのでなく、地域の人々の文化力で進める時代が始まりつつある。だから、日本の観光政策は大きな転換点にある。

一方、イタリアなどEUの都市では、1970年頃から観光政策は大きく変わった。観光を創造的産業の牽引力と捉えた。従来の工業開発ではなく、文化発展を通じて地域の産業経済、社会のリノベーションを進めるための原動力として位置づけていた。京都でも現在、同様の視点から「京都創生」策を立て、文化、景観とともに観光を挙げ、京都の再生を進めている。有形無形の多様な文化遺産を再評価し、商工業者とともに観光まちづくりを進めている。

しかし国内には、著名な観光地でも停滞するところが多い。観光客が増えない原因は観光地と観光産業の構造改革が遅れ、市民と観光業界に対立が残っているからである。当然ながら、観光客が来るだけでは地域は再生しない。その街の住民・事業者と行政が連携し、観光を生活の質の向上と経済振興に結びつける取組みが要る。だから、環境と観光の対立、観光客と住民、観光事業者や行政と市民の間の不信感を払拭する政策が必要になる。

この都市政策の遅れが問題である。景観計画などで地域資源のマネジメントができなければ、観光地は衰退する。住民と事業者の参画がなければ、転換した観光市場には対応できない。それができないのは、地元の住民と事業者の望む街の姿と、観光まちづくりの方向を一致させることができない無能な都市計画のせいである。

この点に気づかない時代遅れの観光事業者や都市政策担当者の陰で、新しい提案で店を始めた新世代事業者がいる。バブル崩壊後の不況の中で社会に出た世代で、ロストジェネレーションと呼ばれ、社会経済と消費者の嗜好が急速に変化する中で、市場のニッチを見出した。彼らは店を美しくし、街を美しくしたいと望み、環境を守ることでビジネスを伸ばそうとする。彼らの多くは地元出身であり、その店は新しいタイプの観光客ばかりか、その街の市民にも愛されている。例えば、京都の町家再生店舗などの若い経営者のことである。このような動きは彦根や長浜、全国の地方都市でも増えてきた。彼らには、観光市場が拡大を続け、楽に稼げた高度経済成長期の成功体験はない。観光客と市民を区別せずに顧客とし、その両者を満足させようとしている。彼らは、観光と商業の境界はもともと意識しない。そして、転換後の観光市場を的確に捉えている。

しかし、時代遅れの観光事業者は、一見異質に見える彼ら新世代事業者こそが、新時代の主役になるとも気づかず、仲間に入れようとはしない。逆に、僅かに残る昔ながらの観光客だけを見て、自分たちの既得権を主張し、時代遅れの観光政策を続け、少なからぬ公的資金を無駄に費やしている。つまり、新世代事業者の創造性を理解できず、邪魔ばかりしている。

しかし、これからの観光振興は、彼ら創造的な人材をいかに惹き付けるかの競争である。この本では、京都やフィレンツェなど、観光都市の事例を、様々な統計資料やモニタリングや現地調査から紹介していく。まず、国内の観光市場の大きな変化を踏まえた上で地方都市の観光振興策を語り、さらに具体的に観光の大きなトレンドを京都の観光統計から述べる。より具体的に観光客を惹きつけるものは、文化遺産だけでなく、むしろ街の逸品と個性的な飲食などのサービスにあることを紹介し、市民も観光客もともに楽しむ街に変わった京都・長浜・彦根での過去四半世紀の店舗立地転換のプロセスを説明する。そして、そこで増えた人気の業種を増やす工夫について、その具体的施策、特に町並み景観や交通政策を述べる。最後に、観光まちづくりとは、その街に集まる創造力を秘めた新しい事業者の力であり、これが日本の地方を創造都市に発展させる方途であると提起している。
つまり、観光客を惹きつけるものは、その町が誇る文化遺産ではなく、むしろ文化

財とは縁がないように見える普通の事業者であると思う。それは、彼らを通じてこそ、地域の文化遺産が現在の市民の文化力として発揮されるからである。彼らの創意工夫が観光の発展を担っているからでもある。彼らの成功の要因は、京都やフィレンツェにいたことではなく、そこの文化遺産を活かす上で、優れた創意と工夫を発揮した点にある。だから、彼らを勇気づけ手助けすることは、文化遺産では京都に敵わない地方都市でも直ぐにできる。必要なのは、時代の変化を的確に捉えた発想の転換である。この転換は、今の日本の地方都市に求められている、まちづくりの思想の大きな転換点でもある。

観光を見る視点─小さなビジネスが創造力を発揮する

日本の自治体の産業振興は長い間、もっぱら企業誘致だった。都市政策は急速な都市化に対応した社会資本整備と公害などから生活環境を守ることだった。自然や町並みを守ることを市民は自治体に期待したが、それには限界があった。しかし、今は違う。自然や景観を守り、市民生活の質を向上し、内需を拡大させなければ、地域経済が発展しない時代になった。

今や、自治体の観光政策は、交流人口を増やし、地域の零細なサービス産業のビジネス機会を拡大し、その生産性を上げる持続的な投資を誘導するためにある。小さなビジネスの高度化、付加価値化を図り、創造的に伸ばすための環境整備を、総合的なまちづくり手法で進めなければならない。

その波及効果は農業や零細な製造業にも及ぶ。そのためには、限られた公的財源を観光資源の効果的な保護と、サービス産業の合理的な振興に充てる技術が要る。この技術が、観光政策を支える新しい都市計画である。市民生活と社会経済の転換のエネルギーを、観光まちづくりの力に変える都市計画手法を創造しなければならない。だから、景観政策を市民の生活の質の向上と交流拡大に結びつける知恵が要る。

しかし、それは難しいことではない。住民が誇り、楽しむ街を創ることが、豊かな街を創る地域政策、産業政策なのである。過去30余年に渡る自然や文化を守ろうという努力は、実りつつある。だから、従来の「守る」努力を活かし、「創る」力に転換すべき時代が来たと思う。それは、市民の健全な欲望を、街を創る原動力として捉える、新しい市民参加の形でもあると思っている。

地方の大部分の都市は衰退している。産業構造転換の痛みではあるのだろうが、あまりに深刻である。そして、より深刻なのは、この転換に気付かない都市政策、都市計画担当者があまりに多く、すでに20年近くも効果的な対策を知らず、実態の把握もなく、無駄な補助金をばらまいたことである。

多くの観光本が指摘するように、国際的には観光市場は成長を続ける。アジアでの観光ビッグバンも始まった。地域資源を磨き、様々な分野で活躍する国内外の創造的人材を集め、都市の魅力を高めることで観光振興を図ることは、国策として認識されている。国民の価値観も、物質的な豊かさよりも心の豊かさに重点を置くように変わり、環境や景観への取組みが進み、ストック重視の建築行政も進んでいる。変わらないのは、従来の意識と技術で都市管理を担う行政、従来の経営方針を変えず外部資本に頼る開発と、陳腐化した資源で客を待つだけの経営者たちである。彼らではなく、地元出身の小さなビジネスが創造的に活動してこそ、多くの市民を魅了する観光都市が創造できる。

現代の日本の地方には、市民が魅力を感じ、楽しむ街が要る。この観光のまちづくりにマイナスになるものは、無駄で不用意な駅前整備など土木事業、土地で儲けたい零細地権者、他力本願の昭和の経営者、車社会の道路・駐車場、戦略もなく規制緩和を唱える開発業者、無計画な開発を許す地方政治家、そんな人々が進めた市街地再開発、郊外の大型商業施設である。品のないドライブインは全国で衰退した。官の発想で整備されたリゾート・ホテルもすでにない。反対に、観光まちづくりにプラスになるものは、風致地区、美観地区、景観計画、そして各地で増えつつある新世代ビジネスの個性的で魅力ある商品とサービスなど、まだ少ない。だから多大な困難が伴うだろう。しかし、大きな変化は直ぐそこに見えてきた。

古い意識を持つ人々に説明を続けるためには、それぞれの街で起こっている変化を丁寧に調べ上げ、この変化を説明するしかない。実は、その説明は簡単明瞭、私たち自身の暮らしの変化なのである。だから、普通の市民の普通の感覚が、進むべき都市のあり方を示している。この認識が、市民参加のまちづくりの理念である。せっかくの市民参加を我々専門家や行政が矮小化、歪曲化してはだめ、市民が本当に求めるものを理解する努力が要る。専門家をあざ笑うように、日々街の変化は進み、街も人も美しく、魅力的になっている。市民の新しい観光行動から学ぶべきものは実に多い。

観光都市・京都に暮らし16年間、京都府、京都市の他、数々の自治体で観光行政に参画した。京都商工会議所観光特別委員会の皆さん始め、市内外の企業の皆さんとも親しく接し、東山・嵐山など各地でご商売をされる方々から観光客の変化を学んだ。観光統計分析を語り、一緒にイベントを企画した。

そして、この本の内容は私の研究室の優秀な学生さんの成果でもある。三宅雅美さん、横部弥生さん、藤原真理さんは京都府内の農山村の観光に、近藤さや子さん、惣司めぐみさんは東南アジアとヨーロッパの都市観光に取組んだ。堀由紀子さん、文字尚子さんが京都市観光統計の分析と各地の店舗の変化を研究した。彦根と長浜は大岩麻由子さんの、神戸元町は石井沙希子さんの成果である。振返れば、13年間も彼女たちと観光を調べ、考えてきた。バイト先で店と観光客をよく観察した学生のレポートも役に立った。

最後に、学芸出版社の前田裕資、中木保代さんに今回もお世話になった。前著『町家再生の論理』の出版が滞った折に一気に書上げたこの本は、割愛作業と校正で手間取った。たいへんご迷惑をおかけしたことをお詫びしたい。

2009年11月  錦秋の下鴨にて

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