福祉転用による建築・地域のリノベーション
内容紹介
空き家・空きビル活用の際、法規・制度・経営の壁をいかに乗り越えたか。建築設計の知恵と工夫を示し、設計事務所の仕事を広げる本。企画・設計から運営まで10ステップに整理。実践事例から成功の鍵を読み解く。更に技術・制度、地域との関わりをまとめ、海外での考え方も紹介。「福祉転用を始める人への10のアドバイス」を示す
体 裁 A4・152頁・定価 本体3500円+税
ISBN 978-4-7615-3238-3
発行日 2018/03/20
装 丁 KOTO DESIGN
はじめに 福祉転用のすすめ
1章 福祉転用実現のための10のステップ
1-1 福祉転用のプロセスを知る
1-2 地域に必要な福祉サービスを検討する
1-3 関連する制度を読み解く
1-4 実現に向けた体制をつくる
1-5 適切な空き家・空きビルを探す
1-6 既存建物の空間を調べ、転用後の利用を想定する
1-7 既存建物と立地の価値を活かす
1-8 予算にあった改修手法を選択する
1-9 利用者の特性に配慮した改修を行う
1-10 福祉転用の地域への波及効果を考える
コラム1 「ひらかれる建築」と福祉転用
2章 成功事例で読みとく福祉転用の工夫
子ども
1 鷹巣児童クラブ ◇最小限の改修で民家空間を使いこなす♀
2 ソフィア東生駒こども園分園 ◇駅前の飲食店店舗をもう一つの拠点に♀
3 グローバルキッズ港南保育園 ◇オフィスビルへの保育所の転用挿入
4 グローバルキッズ飯田橋園 ◇オフィスビルの一棟転用
5 こそだてビレッジ ◇駅前立地ビルを活かした「働く」と「育てる」の共存♀
6 ペアレンティングホーム阿佐ヶ谷 ◇大きな住宅で子育ても仕事も楽しく両立するシェアハウス♀
高齢者
7 サテライト松島 ◇町家所有者の要望に丁寧に応えることで実現♀
8 タガヤセ大蔵 ◇木造賃貸アパートでの不動産事業とのコラボレーション
9 ゆいま~る高島平 ◇団地再生手法としての分散型サ高住♀
10 ハーモニーあかさか ◇「公営住宅の福祉転用」住戸を活用した高齢者グループホーム
11 コーシャハイム千歳烏山住棟改善モデル事業 ◇コンパクトな住戸動線を実現した高齢者住宅
障害者
12 まめべや ◇ビルの1室を改装した児童デイサービス
13 音・on ◇工場を転用した障害者施設による地域コミュニティー活性化
14 せきまえハウス ◇既存住宅を活用した障害者グループホーム
15 地域住民活性化ステーション結 ◇寿司屋を寿司屋兼グループホームに改修し事業を複合化
16 千葉子ども発達センター ◇住民の記憶に残る小学校校舎を利用
複合
17 地域生活支援・交流ハウスふらっと ◇事務所兼住宅を転用し共生ケアを実現
18 みんなのおうち太白だんだん ◇事務所兼倉庫を共生型福祉施設に♀
19 北広島団地地域交流ホームふれて ◇スーパー銭湯を住民活動の拠点の場に
20 倶知安複合施設つくしんぼ ◇駅に近い診療所を転用し公益的な場をつくる
コラム2 空間デザインと事業性検討を同時に行い最適解を導く
3章 福祉転用と地域のリノベーション
3-1 福祉転用事業の枠組み ◇地域のリノベーション
3-2 福祉転用の現状とニーズ
〓〓1 空き家の増加と福祉転用の意味〓
〓〓2 自治体と消防署の福祉転用への意識〓
3-3 法律と制度の考え方
〓〓1 福祉転用における法適合義務〓
〓〓2 福祉転用を促進する法的緩和の動き〓
〓〓3 用途地域による福祉関連施設の立地制限〓
〓〓4 公営住宅における目的外使用の緩和〓
〓〓5 福祉転用におけるその他の課題〓
3-4 不動産と福祉の未来 ◇タガヤセ大蔵の実践から見えてきたこと♀
3-5 空き家を活用した多世代交流の場づくり ◇地域参加のプラットフォームの形成過程
3-6 福祉転用がつくるまちの居場所 ◇ケアがおりなす地域共生♀
〓〓1 三草二木西圓寺〓
〓〓2 居場所─誰にとっても必要なもの〓
〓〓3 コミュニティケアという考え方〓
〓〓4 西圓寺から学ぶべき点〓
3-7 福祉転用による歴史的建造物の継承
〓〓1 古民家の福祉転用という道〓
〓〓2 古民家活用の課題と展望〓
3-8 福祉転用による地域の「小さな文化」の再生〓
〓〓1 地域資源の福祉転用と地域文化〓
〓〓2 「ユニバーサルスペース夢喰夢叶」にみる文化的実践〓
コラム3 リファイニング建築から考えるこれからの既存ストックの利活用
4章 海外に学ぶ福祉転用の考え方
4-1 イギリスにおけるリノベーションの計画手法
〓〓1 新築・改修時の計画許可方法の違い〓
〓〓2 住宅のシェアハウスへの柔軟な転用〓
〓〓3 用途変更時の行政との協議〓
〓〓4 ソーシャルミックスの取り組み〓
〓〓5 イギリスから学ぶ点〓
4-2 イギリスの福祉転用を支える組織
〓〓1 福祉転用を支える制度〓
〓〓2 戸建住宅を転用した高齢者住宅の支援組織〓
4-3 オーストラリアにおける福祉転用
〓〓1 オーストラリアの高齢者福祉〓
〓〓2 建物にかかわる規制〓
〓〓3 地域居住のための福祉転用事例〓
〓〓4 入所施設への福祉転用事例〓
〓〓5 オーストラリアから学ぶ点〓
4-4 フィンランドにおける福祉転用と地域居住
〓〓1 フィンランドの建築遺産保護〓
〓〓2 精神障害者の社会生活を支える地域居住〓
〓〓3 精神障害者施設への福祉転用事例〓
〓〓4 フィンランドから学ぶ点〓
4-5 スウェーデンにおける福祉転用
〓〓1 スウェーデンの制度について〓
〓〓2 高齢者住宅への転用事例〓
〓〓3 スウェーデンから学ぶこと〓
コラム4 ヨーロッパにおける不動産の価値向上への一考
概念
〓〓1 新しい価値観を持つ〓
実践手法
〓〓2 「福祉」を再定義する〓
〓〓3 新たな空間をデザインする〓
〓〓4 多様な人を組織する〓
〓〓5 コストと価値をマネジメントする〓
〓〓6 「まち経営」の手段とする〓
生活の風景
〓〓7 ケアを日常にする〓
〓〓8 生活文化を継承する〓
〓〓9 多様な役割をつくる〓
制度
〓〓10 地域の価値を創造する〓
活動記録
索引
おわりに
福祉転用のすすめ
1 幸せなまちとは
われわれは、高齢化と人口減少社会に相応しい新たな発想を求め、計画研究者13名のチームを作り、2014年から2017年の4か年にわたってさまざまな地域を訪ね、そこでの福祉転用の取り組みとそこで活動する人びととの対話を重ねてきた。訪問先は日本にとどまらずスウェーデン・イギリス・オーストラリアなどの異なる歴史や文化を持つエリアも含まれている。そこから見えてきたことは、「幸せなまち」とは、「子どもが生まれ育ち、高齢者や障害者を含む多様な人々が安心して生活し、そこで築かれたライフスタイルや文化が住み継がれるまち」であるという当たり前の事実であった。
本書はその当たり前の事実の再確認を常に念頭に置きながら、国内外の福祉転用事例の実態調査と考察からわかった福祉転用計画の企画・設計・運営のあり方をまとめたものである。
2 福祉転用による建築と地域のリノベーション
戦後から一貫して建設されてきた建物の空き家が急増する一方で、高齢者支援に加え、障害者の地域移行、子育て支援などのための福祉施設の不足が進行している。このような状況の下、新築に比べて低コストで空き家・空きビルを福祉的なサービス・機能に活用する「福祉転用」が注目されている。地域内のデッドスペースを利用者が主体となって利活用することで、地域共生や地域福祉につなげている先進的な事例も生まれている。
そのような成功事例では、多様な世代の交流が生まれ、働きながらの子育てが実現し、障害者や高齢者の仕事や役割ができるなど新たなライフスタイルや文化が生まれている。ここに人口減少社会に向けた新たなビジョンを垣間見ることができる。福祉転用による建築や地域のリノベーションが地域再生の重要な手法の一つであることは間違いない。
3 福祉転用をとりまく齟齬と障害
しかし一方で、われわれの調査(3-2節 福祉転用の現状とニーズで詳述)からも明らかなように、自治体は福祉転用を評価しつつも、その普及に必ずしも積極的ではない。その背景には、建築行政は「一建物一用途」を前提に制度化されたため、転用前と転用後の間にさまざまな法律上のギャップが生じ、地域資源の利活用の障害になっていることがある。その結果、既存不適格や違法建築のまま転用する事例など「劣悪な転用」も多く発生し、社会問題になっている。
これは「一定以上の改修等を行う場合、新築と同等の性能にすることを求めながら、一方でさまざまな適用除外規定を設けている」ため、結果として新築と同等といった過大な性能を求められない「適用除外規定の範囲内の小規模な改修」を誘導しているからに他ならない。それすら難しい場合は「建築ストックの活用」を諦めさせている。まさに新築だけを考えてきた建築行政の放置が地域資源活用の障害となっているのである。
加えて、福祉施設には福祉行政上のさまざまな設置基準がある。この基準も郊外の比較的広い土地に新築していた時代のものだと言わざるを得ない。
その結果、福祉転用にはさまざまな課題がある。たとえば、設置基準に合わせた諸室や寸法の確保が可能か、施設の必要面積と既存建物の増築限度、手摺り設置と既存建物で可能な通路有効幅の齟齬、地域で求められる福祉施設と用途地域制による用途制限の矛盾、複合用途となることによる防火区画、スプリンクラーの設置など、問題は枚挙に暇がない。
また福祉制度と制度外事業、空き家所有者と事業者とのマッチングなど、福祉事業や不動産経営として解かなければならない問題も多岐にわたっている。
4 成功事例に見る「必然的な偶然」
福祉転用の成功には、「必然的な偶然」がある。
われわれの事例調査から、良い福祉転用は、運営者や利用者の強い意志と継続的な取り組みのなかに偶然の出会いが生まれ、それが成功に導いていることがわかった。
2章に20の成功事例の「動機」や「経緯」をまとめており、そこからさまざまな成功ストーリーを読み取ることができる。障害者支援の候補地を探しているときに、児童館に通っている子の祖父から事務所兼倉庫の貸し出しの申し出があったケース、シェアハウス・シェアオフィス会社のあるビルの上階が開いたことで、そこに社員利用も含めたキッズルーム付きシェアオフィスを開設したケースなど、偶然の出会いが福祉転用事業を成立させている。固定化したプランがあったわけでもなく、コスト性能追求だけでもない、「利用者の生活経験にもとづくリアルな要求と生活の場づくり」という利用者の立場に立った協議調整によって事業展開が成立する「必然的な偶然」に注目しなければならない。解決策は一つでなく、地域のさまざまな事情やそれまで利用者の経緯に配慮しながら、相互調整していくプロセスが成功につながる。いわゆる福祉転用の相互調整のプラットフォームが成功の必要条件である。
5 福祉転用の企画・設計・運営
福祉転用は、地域の実情に合わせて一つずつ丁寧にデザインしていくことが求められる。その方法は1章の10のステップで詳しく述べている。すなわち「プロセスを知る」「必要な福祉サービスを検討する」「制度を読み解く」「体制をつくる」「空き家・空きビルを探す」「既存建物の空間利用を想定する」「建物と立地の価値を活かす」「予算と改修手法を選択する」「利用者の特性に配慮する」「地域への波及効果を考える」である。これらは、従来の建築設計者の職能の範疇を大きく超えている。建てる技術だけでない、企画・設計・運営にわたる総合的な調整能力が求められている。
だれもが、自分の住む地域が多様な人びとが安心して生活し、住み継がれる「幸せなまち」となることを望んでいる。その有効な事業の一つである福祉転用は、始まったばかりである。これからの半世紀の人口動向から見ても、この福祉転用事業が展開していくことは明らかで、そのための仕組みづくりはますます重要となる。本書が福祉転用を始めようとする事業者や建築に携わる専門家のみならず、地域の福祉にかかわる方、地域の再生にかかわる方、そして次世代を育成する立場にある方にも有用な手がかりとなれば望外の喜びである。
本書は2012年秋に出版した「空き家・空きビルの福祉転用」の発展形ですが、この5年でめまぐるしいほど社会状況や地域社会が変化しました。少子高齢化や人口減少が進むなか、移住や定住、地域活性化に代表されるように地域への関心が高まっています。また空き家、リノベーション、転用(コンバージョン)といった用語が一般に広く用いられるようにもなりました。それらとともに,地域資源の既存建物を利用する福祉転用の重要性はますます増大したと考えています。誰にとっても「幸せなまち」としての地域で過ごしていくために、福祉転用は有益な手段です。ただその福祉転用は、今までとは異なる新しいタイプの福祉施設への転用である必要性を含んでます。
福祉転用は、始まりは地域のなかの小さな動きであるかもしれませんが、時間の経過とともに地域の中での役割は大きなものになっていくと我々は信じています。本書で紹介する事例には開設後数年の時間を経過している福祉転用の事例もありますが、それらはいまや地域にとって必要不可欠な存在になっています。そういった点で、福祉転用は単に既存建物を福祉施設に転用するだけでなく、地域そのもののリノベーションあるいは転用につながる可能性があり、二重の意味が生じてきました。
本書では、都市部や郊外住宅地、農村部まで多様な地域にある、多種多様な既存建物から福祉転用された事例を取り上げ、動機・経緯・課題・地域への効果・予算を紹介しました。また福祉転用を実現するための10のステップや10のアドバイスを示しました。今後、福祉転用の企画・設計・運営にかかわる建築関係者(設計事務所、工務店など)や福祉事業者だけでなく、地域をなんとかしたいと考えている住民にとっても、本書がその一助になればこの上なく喜ばしいことです。
最後になりましたが、本書に協力していただいた福祉施設や設計事務所等関係者の皆様に心から感謝を申し上げます。なにより皆様がそれぞれの地域の課題に真摯に向き合う姿勢に敬意を表します。皆様が取り組まれている活動から多くの示唆を得たことが出版に結びついています。また出版に際し、前田裕資様(学芸出版社)、村角洋一様(村角洋一デザイン事務所)には多くの時間を割いて丁寧に編集をしていただき感謝を申し上げます。なお出版は、文部科学省科学研究費基盤研究(B)「地域資源の利活用マネジメントにむけた福祉転用計画システムの構築に関する実証的研究」(課題番号26289213)により実施しました。
研究グループ幹事一同
松原茂樹(大阪大学)
加藤悠介(金城学院大学)
山田あすか(東京電機大学)
松田雄二(東京大学)