改訂版 都市防災学
内容紹介
大都市の地震防災対策の歴史や理論、各領域の最新の知識、実践事例を簡潔にまとめ、体系だてて都市防災を学べるようにした初めての教科書。大学での教科書としてはもちろん、行政担当者にも役立ち、独学にも充分対応できるよう配慮している。今回、東日本大震災をふまえて、液状化、情報伝達と避難、企業防災など増補改訂した。
体 裁 A5・280頁・定価 本体3200円+税
ISBN 978-4-7615-3195-9
発行日 2012/04/01
装 丁 上野 かおる
まえがき ── 改訂版の出版にあたって
1 都市災害と都市防災学
1.1 都市災害
1.2 都市災害の特徴と被害の区分
1.3 都市防災学の扱う領域
2 防災都市計画の歴史と法制度
2.1 防災都市計画の歴史
2.1.1 明治以前の防災都市計画
2.1.2 明治から戦前までの防災都市計画
2.1.3 戦後の防災都市計画
2.2 防災のための都市計画法制と事業
2.2.1 都市防災関連法の相互関係
2.2.2 都市計画における防災の位置づけ
2.2.3 住環境整備と防災
2.2.4 木造密集市街地整備の展開
2.2.5 防災都市計画の事業事例
2.2.6 これからの防災都市計画
3 都市防災対策の目標と評価
3.1 被害想定と地域危険度評価
3.1.1 計測内容と利用目的
3.1.2 被害想定と地域危険度の関係
3.1.3 地域危険度による重点地区選択
3.1.4 被害想定と防災対策
3.2 災害リスクマネージメント
3.2.1 地震被害とリスク概念
3.2.2 地震防災の目的関数としてのリスク要件
3.3 社会経済的影響の計測
3.3.1 因果メカニズム
3.3.2 影響の計測
4 地震と都市火災
4.1 地震都市火災の原理
4.1.1 災害の連鎖構造
4.1.2 都市火災の定義
4.1.3 出火と延焼のメカニズム
4.1.4 津波と火災
4.2 都市火災の経験と被害
4.2.1 過去の都市大火
4.2.2 大規模な地震都市火災
4.3 出火と延焼の予測
4.3.1 火災被害想定と予測方法の進展
4.3.2 出火数予測と消火可能性の評価
4.3.3 延焼と延焼遮断の予測
4.3.4 リアルタイム情報処理による地震火災の予測
4.4 地震都市火災対策
4.4.1 都市計画と建築規制による都市火災の防備
4.4.2 地震時の消防運用対策
4.4.3 強風下の都市火災対策
5 群集避難論
5.1 広域避難計画の課題
5.1.1 火災と群集避難
5.1.2 広域避難計画
5.2 群集と避難
5.2.1 避難の定義
5.2.2 群集避難の特徴
5.3 群集避難行動の分析
5.3.1 避難行動分析
5.3.2 速度-密度式
5.3.3 追従理論
5.4 群集避難のモデル化
5.4.1 群集避難モデルの役割
5.4.2 群集避難モデルの分類
5.4.3 規範型モデル
5.4.4 流体型避難モデル
5.4.5 粒子型避難モデル
5.5 エージェントによる避難モデル
5.5.1 エージェントモデルについて
5.5.2 避難エージェントの挙動表現
5.5.3 都市火災を想定した避難実験
5.5.4 津波避難を想定した実験
5.6 地下街避難問題
5.7 避難シミュレーションモデルの発展可能性
6 防災情報システム
6.1 地震防災情報の種類と管理
6.1.1 各災害フェイズにおける必要情報
6.1.2 情報のバックアップ
6.2 情報の収集と伝達
6.2.1 地震情報の観測体制
6.2.2 被害情報の収集
6.2.3 情報の伝達
6.2.4 緊急地震速報
6.2.5 災害情報システムの新技術
6.3 地理情報システム(GIS)の利用
6.3.1 日本におけるGISの普及に向けた取り組み
6.3.2 防災情報システムとしてのGIS利用
6.3.3 新潟県中越地震での実践
6.3.4 中越地震以降の展開
7 地域防災力
7.1 共助と連携
7.1.1 公助から自助へ、そして共助へ
7.1.2 自助・共助・公助の分担
7.1.3 自助・共助の内容
7.1.4 共助とソーシャルキャピタル
7.2 地域防災力の評価
7.2.1 地域防災の担い手
7.2.2 地域防災力の意義と求められる能力
7.2.3 地域防災力の評価体系
7.3 防災まちづくりの実践
7.3.1 防災まちづくりの定義と枠組み
7.3.2 防災まちづくりの実践事例(地域防災力強化)
7.3.3 防災まちづくりの実践事例(空間整備)
7.4 防災教育と訓練プログラム
7.4.1 学校における防災教育と防災訓練
7.4.2 地域社会における防災教育・訓練活動
7.4.3 発災対応型訓練
7.4.4 災害図上訓練(DIG)
7.4.5 震災復興まちづくり模擬訓練
7.5 企業防災
7.5.1 企業防災の進展
7.5.2 企業防災の枠組み
7.5.3 企業の防災能力評価
7.5.4 業務継続計画
7.5.5 社会貢献としての企業防災
8 復旧と復興
8.1 新潟県中越地震における都市施設の復旧・復興
8.1.1 道路の被害と復旧
8.1.2 電気・ガス・上下水道の被害とその復旧
8.2 新潟県中越地震における被災者生活と支援活動
8.2.1 応急対応期の支援
8.2.2 復旧期の支援
8.2.3 生活再建支援
8.2.4 公的復興事業による住宅再建支援
8.3 住居の復旧・復興
8.3.1 避難所の設置と運営
8.3.2 仮住まいの確保
8.3.3 恒久的住宅の取得
8.3.4 住居の復旧・復興における検討課題
8.4 復旧・復興対策に関する考察
8.4.1 復旧・復興の費用負担
8.4.2 地方の復興と大都市の復興
9 国際防災協力
9.1 開発と防災
9.2 国際防災協力のあり方
9.2.1 途上国への協力
9.2.2 先進国への協力
索引
あとがき
梶 秀樹(かじ ひでき)
塚越 功(つかごし いさお)
石橋健一(いしばし けんいち)
澤田雅浩(さわだ まさひろ)
金井淳子(かない あつこ)
藤岡正樹(ふじおか まさき)
佐藤慶一(さとう けいいち)
改訂版の出版にあたって
本書は、初版でも述べたごとく、都市防災の研究を志す者への入門的な教科書であり、また、日々都市の防災に苦闘している実務家の方々への指針の書であるが、同時に、都市防災を「論」から「学」にしたいという、筆者らの多少の挑戦の気持ちを秘めて上梓されたものである。
本書の初版が刊行されて4年後、東日本大震災が発生した。本書は教科書として基本的な事柄を網羅しており、それによって内容の大幅な改訂を必要とするというものではないが、それでも初版では紙数の都合で省いたり、簡単にしか触れなかったことで大きな問題となったことがあったため、最小限の改訂は不可欠と判断され、ここに改訂版を出す次第となった。
都市防災学とは、読んで字のごとく都市で起こる災害、すなわち「都市災害」を防ぐための方策に関する学問体系である。都市災害とは、かつては自然災害と区別するものとして、都市大火や危険物の爆発など、むしろ人工的な誘因により都市内で起こる大災害の総称とされていた。しかし近年は、その誘因が人工的か自然力によるかを問わず、結果としての被害の形態が、都市という居住形態の特殊性のゆえに、通常の災害被害とはまったく異なった様相を呈するとき、これを都市災害と呼ぶようになった。当然ながら、そこには多様な誘因による多様な被害の形が含まれるが、問題はその災害被害が、都市の社会・経済的構造と深くかかわっているため、被害を完全に防ぐことは不可能で、できるだけ少なくする減災努力が対策の主力を占めることになり、通常の工学的防災技術とは異なった、むしろ社会工学的な社会管理技術を中心とした学問体系が必要となることである。
本書を上梓しようとしたそもそもの動機は、共編著者である塚越功君と私が共同して慶應大学で都市防災研究室を運営し、学生の指導に当たってきて、「都市防災」という分野を総合的に解説した適当な教科書がないことを、二人で常々不便に思っていたことに発する。それは都市防災が、まだ「学」としての学問分野として確立していない証左であったと言えるかもしれない。少なくとも過去「都市防災学」と銘打った書籍をわれわれは知らない。もちろんそういう名称の学会もない。似たような名前の図書がないわけではないが、それはわれわれがイメージしているものとはやや趣を異にしている。つまりわれわれは、ここで提案しているような領域についての「学」を確立したいと望んだのである。
「学」の教科書としては、研究の対象とする範囲や言葉の定義が明確に行われていなければならないだろう。そして、この分野の初学者のために、都市防災研究と対策の歴史が展望されるべきである。さらに、研究の方法論が紹介されていなければならない。これだけの内容をわれわれ二人だけで執筆するのはさすがに荷が重いため、すでに新進の防災研究者として活躍している教え子達の協力を仰ぐことにした。その結果、彼らの執筆による最新の理論のお陰で、教科書とはいえ啓蒙的内容となっている。
本書は、9つの章で構成されている。まず断っておかなければならないことは、本書は地震防災に限定していることである。都市災害の起こる頻度から言えば、気象災害が圧倒的に多い。それを扱っていないのは、単にわれわれの専門外だからで、本書を『都市防災学―地震対策の理論と実践』と限定したのはそのためである。続編としての気象災害編が期待されるところである。9つの章のうち、都市災害の定義と都市防災学の領域を示した第1章と、国際協力に関する第9章を除き、他の7つの章はそれぞれ都市防災学の主要な領域に対応しており、おおむね、計画的な予防対策、発災時の応急対応、その後の復旧・復興の順番に並んでいる。各章はほぼ独立しているので、読者は順不同に興味のある章を読んでいただいて構わない。各章の解説は重要なポイントを網羅しているが、細かい点までは尽くされていない。それを補完するため各章末に詳細な参考文献を挙げている。したがって、読者は、本書で大きな枠組みを把握し、詳細については参考文献に当たっていただきたい。
本書がはたして「都市防災学」の教科書と呼び得るものになったかどうかは、大方の評価を待つ以外にない。もとより、本書のみでこの分野をすべて網羅したと自負する気もない。本書が「都市防災学」の確立へ向けての一里塚となることを願うのみである。
2012年3月
東京工業大学都市地震工学センターにて
梶 秀樹
東日本大震災の被害状況とその分析については、まだすべてが明らかになったわけではないが、わかる限りの知見を踏まえて、今回、改訂版を出版することになった。初版のあとがきには、阪神・淡路大震災のあとに著した拙文を引用して、災害に対して感情的にならず理性的に対処することの重要性を述べたつもりである。このことは東日本大震災を経験した現在においても変わるものではないが、今回の災害に際しては、人間の叡智をはるかに凌駕する自然の力を見せつけられたという想いを抱いたのは筆者だけではなかろう。そこで、この際、改めて、強大な自然災害に対峙するわれわれの心構えについて筆者の私見を述べて、この本のあとがきとしたい。
最近の地球物理学の進展により、海洋や大陸を支えるプレートの挙動などの姿が実証的に理解できるようになった。また、実験岩石学の成果と古岩石の分布状況調査などにより、46億年の地球の活動と、その間における地球環境の変化、生命体の進化の状況も大まかな推定ができるようになった。最初の生命体の誕生から40億年の間に地球環境は大規模に変動し、そのたびに生命体は絶滅の危機に襲われることとなるが、生物多様性を確保した生命体は、支配的生物相を変遷させることによって環境変化を克服してきた。最も有名な地球災害は6500万年前に巨大隕石の衝突が恐竜絶滅を招いた事件であるが、2億5000万年前には、大陸プレートの集合で出来た超大陸が再度分裂することにより、巨大な火山活動が二酸化炭素の増加と海洋酸素の欠乏を招き、大部分の古生代型生物が死滅したとされる。しかも、このような地球規模の大規模災害は数千万年から1億年ごとに繰り返され、生命体の大量絶滅を招いているが、かろうじて生き残った生物種が新たに繁栄することになり、現在に至っている。
このような地球史の環境変動に対し、地球上の生命体は、個体が滅びても種を存続させ、種が滅亡しても適応性が高い別の種を繁栄させるという方法で命を継承してきた。確かに地球の活動は、生命体にとって過酷であるが、生命体が存続を図る方法のしぶとさも驚異である。一般に生物は数多くの子孫を作り、その子孫の大部分は成長する前に死滅するが、運の良いものだけが次世代に生命を継承する。すなわち、生き延びるための最大の要因は“幸運であること”というのは、地球生命体に共通の原理といえる。
20世紀型の価値観からすると、上述のような生命存続の原理は、人間以外の生物にだけ適用できると考えがちであるが、今や、人間も地球生命体の一種であり、同じ生命存続の原理の下で生存していると考えるのは筆者だけではあるまい。20世紀の最後の10年間を「国際防災の十年」とした国連総会の宣言文では、科学技術の力により、災害運命論に陥っている発展途上国を救うという趣旨が勇ましく述べられているが、科学技術は万能ではないし、科学技術上の知見があっても、これを有効な防災対策とする経済力には、先進国でさえ限界があることは、最近では多くの人々が理解している。可能な限り安全に配慮し、自らの力の限界を超える部分について天の加護を願うという生き方は、先進国、途上国を問わず当然の姿と考えるべきである。簡潔な表現をすれば、「人事を尽くして天命を待つ」ということであるが、どこまでが人事の領域かを明らかにすることは国民を先導する人々の責務であろう。
東日本大震災の復興はこれからであるが、財政的背景と行政上の仕組みを考慮すると、被災者の支援には限界があり、民間部門の復興は原則的には被災者自身が背負うことになると思われる。復興には次の災害に備えるという要素が含まれるが、防災技術の可能性と財政の現状を見る限り、今回の被害を教訓として次に備える対策は限定的にならざるを得ない。要するに、尽くすべき人事の範囲は限られていて、天命に期待するところが多くなるのであるが、これは、上述のように、災害に対峙する極めて当然な成り行きなのである。地球上の生命体は、人類も含めて、大災害と大災害の狭間で生存しているという事実を認識するべきである。
遠い将来には、人類が完全に地球環境をコントロールするような時代が来ないとも言えないが、少なくとも現状では、大自然の力は強大で人間側の対抗力は極めて脆弱である。台風の進路を変えることもできないし、火山の噴火を制御することも不可能である。小惑星が地球に激突する危険性は皆無ではないが、映画で見るようにこれを事前に爆破して事なきを得るというのは夢物語である。地球が温暖化したり寒冷化したりする環境変動に対しても、人類は地球上を右往左往して生き延びる場所を探す以外の方策を知らない。唯一の救いは、大規模な環境変動が発生する頻度が人間の寿命に比べて低いために運が良ければ災害に遭わずに済むということであり、人類全体も災害と災害の狭間で生存が許されていて、幸運であれば災害を乗り越える可能性があるということである。
このように書くと、「都市防災学」を学習して災害に立ち向かおうとしている読者の方々に水を差すことになると困るので、敢えて付け加えておくが、すべての災害対策は無意味だというつもりはない。実際に実行できることとできないことを明確にして、可能と判断した防災対策は必ず実現しなければならない。過去の大災害においても、すべてに優先して災害対策に取り組む、二度と同じ災害は繰り返さないと声高に叫ぶにもかかわらず、実現できることは極めて少ないのが現実である。それならば、実現できることを明確にして、その範囲内だけは確実に実施し、出来ないことは出来ないとして運を天に任せることの方が納得できる。大きな財政負担を伴わないような防災対策も可能であり、その実現のために知恵を絞ることこそが人事を尽くすことであり、そのために本書が幾分かの助けになれば幸いと考えている。
本書の出版に当たっては多くの方々のご助力を頂いた。都市防災の大御所である伊藤滋先生には熱い励ましのお言葉をいただいた。また、学芸出版社の前田裕資氏には、隅々まで適切な助言をいただき、一般わかりのよい作文の能力に欠けるわれわれにとって強力な援軍となった。本書の成果の中には、われわれの研究室で卒業研究や大学院研究に汗を流し、巣立っていった多くの学生の貢献も含まれているし、教科書という性格から多くの研究者による既往の成果を引用させていただいた部分も少なくない。図版の転載を快諾していただいただけでなく、大いなる励ましのお言葉も頂戴し感激した例も少なくない。紙幅の都合で、すべての方々のお名前を記すことはできないが、本書の編者・著者を代表して、心から感謝の意を表したい。
2012年春
塚越 功