都市から学んだ10のこと

西村幸夫 著

内容紹介

まちづくりに取り組む人が、都市と本質的に向き合い、自らの身近な活動をまち全体の大きな変化に繋げるためには、どのような姿勢で臨めばよいのか。町並み保存・景観まちづくりの第一人者が自らの経験を10の要点にまとめて語る。まちに広がる多様な意匠や何気ない風景の魅力を収めた「写真で見る都市空間の構想力」を併載。

体 裁 A5・216頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2703-7
発行日 2019/04/01
装 丁 上野かおる

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都市から学んだこと

都市について

  • その1 過去からの想いの総量
  • その2 書き継がれる書物
  • その3 都市空間は構想力を持つ
  • その4 すべての都市は異なる

都市に住む人について

  • その5 魅力的な人と都市
  • その6 堂々たる日常

都市を学ぶ人へ

  • その7 最適解に至る道がある
  • その8 変化に備えよ
  • その9 過去からの付託に応える
  • その10想像力と共感力を持て

写真で見る都市空間の構想力

  • 街路風景
  • 水辺の風景
  • 都市の小空間
  • 三叉路
  • 勾配のある風景
  • ひとが集まる風景
  • 参道の風景
  • 川端と池端の風景
  • 飛騨古川の風景の移り変わり
  • アーケードの風景
  • 路地の風景

おわりに

[巻末]著作リスト

西村幸夫

神戸芸術工科大学教授、東京大学名誉教授。
1952年、福岡市生まれ。東京大学工学部都市工学科卒業、同大学院修了。明治大学助手、東京大学助教授を経て、1996年より2018年まで東京大学教授。2018年より現職。専門は、都市計画、都市保全計画、都市景観計画など。
おもな著書に『県都物語』(有斐閣、2018年)、『西村幸夫 文化・観光論ノート』(鹿島出版会、2018年)、『まちを想う』(同) 、『都市保全計画』(東京大学出版会、2004年)、『環境保全と景観創造』(鹿島出版会、1997年)など。おもな編著に『まちを読 み解く』(朝倉書店、2017年)、『都市経営時代のアーバンデザイン』(学芸出版社、2017年)、『証言・まちづくり』(同、2011 年)、『証言・町並み保存』(同、2007年)、『日本の風景計画』(同、2003年)、『都市の風景計画』(同、2000年)などがある 。

このところまちづくりやリノベーションといったテーマに関心を抱く若い人たちが増えてきていることを心強く思います。背景には、低成長時代におけるフローからストックへの関心の変化があります。こうした変化はより大きな文化のかたちが変化していることのひとつのあらわれなのでしょうか。また、世の中の役に立っているという実感を得ることが、自分探しの旅の中で重要な位置を占めてきているということもあるのでしょう。あるいは、たんに歴史の手あかがついたもののほうが若い人たちには新鮮で、意味深いものとして感じられるようになってきたのかもしれません。

しかし、まちを相手にするということは、じっさいは何を相手にすればいいのか、なかなか実感が伴わないことも事実です。ソフトにしてもハードにしても、具体のものづくりでは対象があきらかですし、ボランティアにしても、対象が明確なので、相手の顔も浮かびやすく、やりがいも増すというものです。

ところが、まちづくりにはこうした明確な対象が最初からあるわけではありません。状況によってやるべきことも変化し、あらかじめどのような準備が必要なのかもはっきりしていません。まちの変化にはおわりがないので、どこまでやったらやったことになるのかも分かりにくい原因のひとつです。ボランティアにおわることなく、まちづくりをもとにして収入を得ていくための筋道も、あらかじめ見えているわけではありません。いかにテクノロジーが発達した世の中になったとしても、これだけは検索すればどこかに答えが見つかるという性格のものではないのです。

身近な小空間のリノベーションやスモールアーバンスペースの改善などのプロジェクトのなかに、まちづくりの実感を得る人がおおくなってきているのもうなずけるところです。都市と向き合うというよりも、地区やさらに小規模な場所と向き合うという姿勢です。

わたし自身、そのようなことをやってきたこともあって、その気持ちはよくわかります。

しかし、ながらく地域や地元コミュニティと向き合ってきたなかで、そうした活動自体が、大きな都市のダイナミズムのうちに包み込まれるようにして存在しているのだという気持ちになってきました。都市が置かれた歴史的経緯や地形や気候などが生み出す個性、そこではぐくまれた地域性や地域コミュニティの特色が、ひとつの「構想力」として、都市にさまざまな空間変容をもたらし、おおきな潮流となって、わたしたち自身をも導いているのです。

――これが都市と向き合うということの本質ではないでしょうか。

わたし自身、長年、都市を相手に学び続けてきたわけですが、まちづくりの「王道」や「手引き書」といったものはいまだに見えてきてはいません。おそらく、まちづくりには回答がひとつに定まるような「正解」というものはないのです。そうではなくて、まちづくりにアプローチする姿勢にこそ大切な共通点があるということを感じるようになりました。

この本は、わたしが長い間、都市を対象に仕事をしてきて、都市から学んだことを10の要点にまとめてみたものです。振り返ってみると、これはわたし自身がどのように都市と向き合ってきたかの現時点での決算報告のようなものです。こうした作業が、これからのまちづくりのために参考になればという思いが、書き進める原動力となりました。

この本は、教科書ではありません。ましてや回顧録のようなものではまったくありません。

この本は、わたしが都市から学んできたこと、そしてこれからも学んでいくであろうことを通して、読者のみなさんに、都市と向き合うとはどのようなことなのかということについて、ひとつの先例を示そうとしたものです。そのことを通して、みなさんが、都市に、そしてまちづくりに向き合う時の考え方に関して、何らか参考になればと思います。できればいい例でありたいのですが、対象とする都市も、その置かれた状況もさまざまですし、都市と向かい合うこちら側の立場もそれぞれ異なっているでしょうから、必ずしも参考になるかどうか、自信があるわけではありません。

ただ、こうした想いを持って都市と向き合うということは、場所や時間を超えたある種の共通性を持っていると思います。したがって、その点ではなんらかのお役に立つのではないかと思います。

なお、この本では、「まち」や「地域」とは言わずに、おもに「都市」という言葉を使っています。深い意味があるわけではありませんが、「まち」や「地域」というとコミュニティなどのソフトなことも対象に含める場合が多いので、本書で扱うおもに空間を対象としたテーマと区別するために、あえて「都市」という言葉を用いました。したがって、この本で言う「都市」には小集落や都市の一部である地区なども含まれます。

では、しばらく、都市と向き合う旅にお付き合い願いたいと思います。どのような現場で都市からの学びが得られたのかも実感していただけるかもしれません。個人的な経験という限界がありますので、どこまで具体的な事例が一般化できるのかは確かではありません。その点はお許しください。

読者の皆さんと一緒に、まちづくりの旅に出たいと思います。

もうひとつ、都市から学んだ重要なこととして、都市空間の多様な意匠の魅力ということがあります。まちに対する愛着のきっかけとして、自分のまちにあるちょっとしたまちかどや小広場、坂道などの小空間、あるいは水辺の風景やひとびとが集う情景など、魅力的な都市の風景の再発見というものがありえます。もしくは、この大切な風景がなくなるという危機感や、こんな空間が自分のまちにもほしいと願う気持ちがまちづくりにひとつの明確な目標を与えることになります。

こればかりは言葉では表現しづらいので、写真で紹介することにしたいと思います。都市をどう読み取り、その個性と魅力をどのように将来世代に引き継ぐかということを考える際に、カメラでとらえたこれらの情景が、はっきりとした手がかりを与えてくれるのではないかと思います。いわば、写真でとらえることができた都市空間の手がかり集です。都市の空間を三叉路や水景などいくつかの特徴別に紹介しようと思います。

本文でも触れているように、日本に限らず世界のどこの町並みでも、心に響く風景というものはいずれも多様性と調和という相反する価値を同時に実現しているものなのですが、それを写真で示したいと思います。

写真はすべてわたし自身が撮りためてきたものです。一部に古い写真も含まれていますので、現在の状況とは異なっているかもしれません。空間のしつらえの多様な豊かさを示すのが目的ですので、現況と異なっていたとしても、それで写真の価値が減殺されることはないと考え、掲載することにしました。

掲載にあたって撮影した都市と地区や通り名、そして撮影年を付しています。また、通りの写真はなるべく意図的な構図を避け、街路空間の全体像が分かるように、街路の中央から撮ったものを中心に選びました。各章のタイトルと写真のテーマは緩やかに関連してはいますが、必ずしも一対一に対応しているわけではありません。

写真を見比べることで、都市がいかにイマジネーションに満ちたものなのかを感じ取ってもらえるのではないかと思います。魅力的な都市空間に通底している、道と建物と土地の広がりの中に展開される生活の息吹き、そしてその多様さを感じていただければと思います。

これまでわたしは数多くの本を書いたり、編集してきたりしましたが、「まちづくりの若い仲間たちへ」といった具体的な読者を心に描いてものを書いたのは初めてです。どうしてそのようなことを行うに至ったのか――直接のきっかけは2018年3月の東大での最終講義にあります。その講義において、わたしは自分が都市から学んだことを次の世代に伝えたい、と考えました。自分のことを語るのは苦手なのですが、そう思ったのです。

研究生活をはじめた最初のころ、ほかの多くの研究者の卵と同様、わたしも自分のやっていることに自信がもてませんでした。自分にとって大切だと思えることがじっさい世の中にとってほんとうに大切なことなのかどうか、半信半疑でした。経験が少ない若者の考えですので、自信が持てないのもやむを得なかったと、今では思えます。

それがさまざまな都市に赴き、まちづくりのリーダーたちの話をうかがい、都市空間と格闘していく中で、いつしか疑心は確信に変わっていったのです。振り返ってみると、都市そのものがいろいろなことをわたしに教えてくれたのだと思います。

それらの基本姿勢を次の世代に引き渡すことは、わたしたちの世代の責務だと考えるようになりました。それがこの本を生む原動力となったのです。こんどはわたしがさらに若い世代の仲間に、都市から学んだことを受け渡したいと思います。

本書にも述べたように、わたしの学びがどれだけの普遍性を持つのかはおおいに疑問の残るところです。ただ、個別事例から普遍に至ることができる、というのはわたしが都市から学んだことのひとつですので、そのことを実践してみたいと思います。

この本をわたしは目の前の相手に語るように書きました。したがって表現がやや冗長になっているかもしれません。語り継ぐことを実践したいという想いからこうした表現の形式をとったのものです。これもわたしの新しい試みのひとつです。

さらにもうひとつ、本書で初めて試みたことに、数多くの写真を、それもほぼ全編カラーで掲載するということがあります。「はじめに」でも述べたように、都市空間の魅力は文字では語りつくせないものです。一枚の写真が何よりも雄弁にその魅力を語ってくれるからです。

そこで、学芸出版社の前田裕資さんに無理を言って、写真を文字と同じくらいの分量で、並列するように掲載してもらうことができました。写真はいずれも私自身が撮影したもので、どれも想い出深いものばかりです。現場を歩くということが、なによりもまず重要だということを、これらの写真が物語ってくれています。

このように魅力的な空間を、この国においても都市生活者たちは造り出してきたのです。それは比喩的に表現するならば、都市がみずからの「構想力」によって紡ぎだしてきた都市空間なのだとも言えます。わたしたち自身も、都市に生活する者として、都市の「構想力」によってつき動かされて来たと言えるのかもしれません。日本の都市もまだまだ捨てたものではないと思いませんか。

わたし自身がどのように都市と向き合っていけばいいのか模索している若い研究者だったころから30年以上の時が経過し、わたしを導いてくれた先達たちの多くはすでに鬼籍に入っています。本書でも登場ねがった小樽の峯山冨美さんをはじめとして、函館の田尻聡子さん、角館の高橋雄七さん、喜多方の先代の佐藤弥右衛門さん、足助の田口金八さん、琴平の位野木峯夫さん、柳川の広松伝さん、竹富島の上勢戸芳徳さんなど、いま思い返すだけでも声が聞こえてきそうな人たちです。このほか、朝日新聞の石川忠臣さん、環境文化研究所の宮丸吉衛さん、朝日新聞から千葉大に行かれた木原啓吉先生、京都大学の西山夘三先生、東京大学の稲垣栄三先生、恩師の大谷幸夫先生、そして横浜市から東大に移って同僚だった北澤猛先生、九州芸術工科大学の宮本雅明先生など、十指に余る方々のお名前が浮かびます。

残念なことにこの物故者リストの中に、2018年9月、学芸出版社の京極迪宏さんが加わってしまいました。京極さんにこの本のゲラをお見せすることができないのは、本当に残念です。この小書をこれらの方々に捧げることをお許し願いたいと思います。

本書が、まちづくりを目指す若い仲間たちに受け入れられることを切に望みながら、筆を措きたいと思います。

2019年2月 西村幸夫

多様な空間から読み解く都市の構想力

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