地方で建築を仕事にする
内容紹介
建築というスキルを通じて、それぞれの場所を切り拓く15人のエッセイ。新天地で主婦業からの再スタート、究極のゼロエネルギー住宅の実現、不動産業から建築家への転身、大学を休学してやり遂げた集合住宅プロジェクト、古い町並みを残す戦略的リノベーション。今、東京以外の場所に、新しい課題と可能性が生まれている。
体 裁 四六・256頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2627-6
発行日 2016/09/05
装 丁 フジワキデザイン
丸田 絢子|北海道札幌市・(株)丸田絢子建築設計事務所
─────多方位の経験を積み重ねる
藤野 高志|群馬県高崎市・生物建築舎
─────とりまく世界に目を向けて
岩月 美穂|愛知県岡崎市・studio velocity一級建築士事務所
─────スタディをくりかえす場所
水野 太史|愛知県常滑市・水野太史建築設計事務所
─────建築をつくる、その面白く意義深い行為
蟻塚 学 |青森県弘前市・蟻塚学建築設計事務所
─────濁った作家性、それも気持ち良い
蒲地 史子|沖縄県うるま市・久友設計(株)
─────うちなーの建築を探して
島津 臣志|徳島県佐那河内村・島津臣志建築設計事務所
─────何もない、理想の環境を見つけた
齋田 武亨+本瀬 あゆみ|富山県富山市・東京都文京区/本瀬齋田建築設計事務所
─────2拠点、どちらでも働き、生活する
水谷 元 |福岡県福岡市(能古島)・atelier HUGE
─────離島から世界を広げていく
佐藤 欣裕|秋田県大仙市・もるくす建築社
─────気候のなかに答えがある
岡 昇平 |香川県高松市仏生山町・設計事務所 岡昇平
─────このまちで、にやにやしながら暮らす
芳賀沼 整|福島県南会津町・はりゅうウッドスタジオ
─────限界集落から社会を考える──選択肢のない道を進むこと
片岡 八重子|岡山県岡山市・(株)ココロエ一級建築士事務所
─────不動産×建築 身近な関係性から変えていく
魚谷 繁礼|京都府京都市・魚谷繁礼建築研究所
─────特殊解ではない、社会的な提案を孕む建築
辻 琢磨|静岡県浜松市/403architecture [dajiba]
─────僕が浜松から学んだこと
フランスに5年、千葉に1年、金沢に12年住んだ後、大学で勉強するために上京した。建築を学びはじめてからずっと東京にいて、17年本拠地としたので、東京中心の視点になっていた。しかし、その後、名古屋で3年、仙台で11年教鞭をとり、日本地図の見え方が大きく変わった。東京が相対化され、東京以外の「地方」と呼ばれるエリアが、ただの訪問先ではなく、リアルな場所として視界に入るようになった。名古屋建築会議の立ち上げに関与したり、建築系の学生が自主運営するカフェ・ジーベックをサポートした。また愛知県には美術の豊かな環境があり、そうした縁からあいちトリエンナーレ2013の芸術監督をつとめた。東北大で同僚だった建築家の阿部仁史は、東京を飛ばして海外と直接複数のルートをもち、ロサンゼルスのUCLAの学部長に選出されて、渡米した。こうしたグローカルな感覚は、海外ではたらく若手建築家も共有するだろう。
メディアはほとんど東京一極集中である(本書を刊行している学芸出版社はめずらしく京都に拠点を置いているが)。しかし、自分が毎週のように移動するようになり、その不自然さを感じるようになった。東京は本当に東京以外を見ているのか、と。とくに東北住宅大賞の審査に関わり、改めて東北の広さ、各地の違い、東京の住宅にはない固有のテーマ、そしてどこを訪れても現地で出会うさまざまな建築家の存在を痛感した。3・11の後、東京の建築家の支援プロジェクトはメディアで華々しく紹介されるのに、地元だからこそできる現地の建築家の粘り強く、手厚い行動がほとんどとりあげられない状況にも疑問を抱いた。インターネットが普及した現在、ビジュアルだけなら、各地の情報を簡単に入手できるだろう。だが、建築の空間体験や周辺の環境は、メディア向けの写真だけではすべて伝わらないし、また建築家のはなしを聞いてみないとわからないことが少なくない。
だからこそ、本書では読み物として、東京ではない場所に暮らしている建築家のそれぞれのストーリーを語ってもらった。場所の数だけ物語は存在する。本書では、沖縄から北海道まで、さまざまな地域において15組の建築家が、UターンやIターンなどを経験し、自分が地に足をつけている生活圏のコミュニティと密接な関わりを築きながら活動している。空き家やリノベーションの仕事が目立つのは、現代日本の時代の趨勢がよく反映されているからだろう。これは特殊な事例ではなく、日本各地で共有可能な問題だ。そこに人がいて、暮らす意思があれば、どこでも仕事はできる。とくに建築家は、ほかのクリエイターに比べて、できあがったモノが動かない、土地に根ざしたものになるから、そこにいることの意義は大きい。近年、少子高齢化、財政難、「地方消滅」など、暗い話題が多いが、日本全国津々浦々に、彼らのような建築家が増えたら、未来はそう悪くないかもしれない。
2016年7月 五十嵐太郎
2014年に筆者は二つの展覧会を企画した。ひとつは16の珠玉の作品を紹介する「戦後日本住宅伝説」展である。場所に注目すると、釧路の反住器、愛知の幻庵、大阪の住吉の長屋以外、すべて東京だった。菊竹清訓のスカイハウスや東孝光による塔の家など、改めて、東京中心に住宅建築史が形成されていたことに驚かされた。もちろん、所在地で作品を選んだわけではない。一方、コミュニティデザイナーの山崎亮とともにゲストキュレーターをつとめた「3・11以後の建築」展(学芸出版社から書籍化)は、社会との関係をテーマに掲げたが、建築家を決定した後にエリアを確認すると、ほとんどが地方のプロジェクトだった。約25組の建築家が参加していたが、東京のプロジェクトを紹介しているのは、わずか3組である。そもそも東京でとりあげた事例も、いわゆるアトリエ系の建築「作品」ではない。筆者も関西を拠点とする山崎も、東京中心で動いていないからなのかもしれないが、おそらく偶然ではない。高度経済成長期やバブル期を終えた現在、東京以外の場所に新しい課題と可能性が生まれているのではないか。なお、2016年、ヴェネツィアビエンナーレ国際建築展の日本館は、「3・11以後の建築」展のセレクションとかなりかぶるメンバーだったが、特別表彰を受賞している。
近年、コミュニティデザインが注目されているのも、地方の諸問題に向きあっているからだろう。美術の分野でも、ソーシャリー・エンゲージド・アート、あるいは参加型アートの動向が目立ち、日本では芸術祭の興隆とともに、オブジェの制作よりも人々の関係性を重視する「地域アート」が増えている。筆者はリレーショナル・アートに引っかけて、「3・11以後の建築」展で紹介したような活動をリレーショナル・アーキテクチャーと仮に命名した。むろん、地方だからといってなんでも良いわけではない。旧来の「建築」がそうであったように、互いに切磋琢磨し、知見を蓄積・共有し、向上していくために、批評や評価基準が必要になるだろう。この本がその足がかりになれば、幸いである。
本書の企画は学芸出版社の井口夏実さんの提案を受けて始まり、筆者と議論しながら、内容や執筆者を決めていった。彼女がいなければ、この本は実現しなかった。この場を借りて、御礼を申し上げます。また寄稿を快諾していただいた執筆者にも感謝したい。筆者自身、知人の原稿だとしても、初めて知ることが多く、いずれも示唆に富み、さらなる思考の契機となった。そして学芸出版社の松本優真さんには、編集の実務面でサポートいただいた。ありがとうございます。多くの方の協力によって、本書は単なる地方の建築家のカタログではないものに仕上がった。建築というスキルを通じて、それぞれの場所の力を切り開くと同時に、各自の潜在的な力も引きだす生き方の指南書になったと思う。
2016年7月 五十嵐太郎