ストラスブールのまちづくり
内容紹介
フランスを代表する環境都市、欧州の元気な地方都市としてドイツ・フライブルクと並び称せられ、世界中から視察が絶えないストラスブール。優れたデザインのトラムに代表される総合的な都市交通政策によってまちの活性化を実現した取組の背景にはどのような考え方があったのか?「人が住みたくなるまちづくり」の全貌を紹介。
体 裁 A5・200頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2518-7
発行日 2011/09/15
装 丁 上野 かおる
推薦の言葉 青山吉隆
はじめに
1章 にぎわう環境都市・ストラスブール
1 歩いて楽しいトラムのまち
ストラスブールってどんなまち?/ライン河の向こうはドイツ/ストラスブールの複雑な歴史/欧州機関が集中するストラスブール/歩いてドイツに渡れる橋と素晴らしいライン河岸公園/活気あふれるまちなかの歩行者天国/国際大学都市としてのストラスブール/新しいまちの顔―便利で美しいトラム/自転車利用でもパイオニア
2 ストラスブールも少し前まではクルマ社会だった
衰退する路面電車/「車が多くなりすぎる」と「車を排除してしまう」/フランス人と車
3 トラムへの転換
車中心のまちづくりの見直し/6年ごとにトラムが完成するフランスの地方自治体/今ではフランス22都市でトラムを運行/車と共生する「マルチモーダル」な時代へ/ストラスブールの転換/トラムか無人運転地下鉄か/ストラスブールの先見性/フランス社会におけるまちづくりの課題と交通権
2章 トラムの導入と発展
1 トラム導入が決まるまで―トロットマン元市長インタビュー
マニフェストにトラムを掲げて当選/初代のトラム選択は波乱続き/商店街はトラムに反対
2 総合的な交通政策のもと次々とトラムを導入
5年で最初のA線が開通/A線の成功をふまえてB線工事へ/政権が代わっても工事は続く/トラムを受け入れた市民
3 ストラスブールのトラムの特徴と沿線のまちづくり
まちと調和するバリアフリー車両/トラムの乗り方と料金体系/インターモーダリティとパーク・アンド・ライド/自動車の迂回政策と走行規制/都心の路上駐車スペースを削減/都心の住民と商店への配慮/事故と障害者への配慮/アートを楽しむトラムの駅と沿線の景観整備/トラムと空間設計
4 トラムを運営するしくみと財源
フランスの地方自治のしくみ/トラムの事業主体はストラスブール都市共同体(CUS)/トラムを実際に運営するストラスブール交通公社(CTS)/地方自治体の財源/トラムの財源と交通税/トラムをめぐる法規制/都市交通計画(PDU)とは?/ストラスブールの都市交通計画
5 合意形成の手法「コンセルタシオン」とは?
コンセルタシオンの定義/コンセルタシオンの法的背景/コンセルタシオンのプロセス/ストラスブールのコンセルタシオンの歴史/市民の声
6 行政からみたトラム―マルク元トラム局長インタビュー
トラムにたずさわって20年/トラム局は専門家集団/工事はどのように進むのか/トラムプロジェクトに反対する市民/トラム計画で市民直接投票を決して行わない理由/なぜフランスではトラム経営は赤字でもいいのか/トラム導入をまちづくりの起爆剤にする
Column トラムの導入は大気汚染防止に効果があったか
3章 トラムを軸にしたまちづくり
1 トラムを軸にした大型都市整備プロジェクト
「寒くて暗い」イメージだったアルザス/行政主導の大型プロジェクト/空港へのアクセス整備/中央駅の歴史的大改造/都心部広場の整備/トラムの延伸
2 明るく魅力的なまちへの再生
ケラー前市長インタビュー―トラム工事の差し止めと沿線の社会的不安地区の整備/ストラスブール市の文化予算の割合は24%!―パイヨー市議インタビュー/マルシェ・ド・ノエル(クリスマスマーケット)にみるまちおこし戦略と経済効果
3 トラムの商店街への波及効果
「シャッター通り」が存在しない理由/人口と雇用の増加
4 トラムを補完する交通まちづくり
フランス初のカーシェアリング事業/カーシェアリング事業創始者へのインタビュー―まったくエコでなかった一市民がカーシェアリング活動にたずさわるまで/低炭素社会実現に向けての100台のプラグ・イン・ハイブリッド車社会実験/フランスで一番早かったストラスブールの自転車政策/自転車の利用状況
Column フランスのまちづくりをめぐる法制度―美しいまちは誰がつくるのか
4章 環境都市のトップランナーとして
1 リス現市長インタビュー―これからのストラスブール
まちのデモクラシーを謳う新市長/コンパクトシティとエコシティ構想/欧州都市を目指すストラスブール/トラム導入成功の秘訣―自治体の高度な政治判断と地方分権
2 ローカルデモクラシーの深化
「市民のためのまちづくり」に大切なローカルデモクラシー/実地体験型協議を行った「シャトー広場の用途変更プロジェクト」
3 コンパクトシティへの取り組み
フランスの環境政策の基本をなすグルネル法/エコシテ・エコカルティエ計画―ユンド市議インタビュー
4 これからのストラスブールの交通政策
モビリティと交通局長・メヌトー氏インタビュー/フランスとストラスブールの今後の交通政策の動き
Column フランス社会に根付く「アソシアシオン」
5章 住みたいまちをつくる
1 フランス人の生活観と自然観
フランス人のエコライフ/自然と環境保護に向き合うフランス人の生活態度
2 地方のまちづくりを支えるもの
アルザスに帰ってくる人たちの地元愛/みんなが住みやすいコンパクトシティ/ストラスブールでトラム導入と都心活性化が成功した理由/日本のこれから
おわりに
謝辞
参考文献
参考年表
ストラスブールは、まちづくりの聖地のような都市である。このまちは、トラムによって「ドミノ効果」を引き起こし、都市のイメージを連鎖的に向上させ、まち全体の状況を劇的に変化させることに成功した。「この町はトロットマン市長時代に黒から白のイメージに変わった」と言う市民もいる。本書は、1990年代までは寒くて暗いイメージのあるアルザスの大気汚染と交通渋滞に悩まされていた地方都市が、環境先進都市の知的な明るいまちのブランドイメージを獲得していくまでの現実の物語である。
このまちの素晴らしい成功事例を確かめるために、世界中から、そして日本から研究者、公務員、政治家、企業、学生、市民などさまざまな職業の人々が、立場は違っても、明瞭な問題意識と憧れを持って、人口26万人のフランスの小地方都市にはるばるやってくる。彼らの疑問はたとえば、なぜストラスブールはこのような美しい都市を実現できたのか、なぜ利害が複雑に絡み合うプロジェクトの合意形成が短時間で可能になったのか、財政問題をどうやって解決したのか、なぜフランスのみならずヨーロッパ各地に同じような都市が誕生しつつあるのか、などである。すでに彼らによって多くの専門的な調査結果が報告されているが、日本でのまちづくりの現状をみると、まだ答えは見つかっていないか、実行までには至っていないようだ。
まちづくりは言うまでもなく、長い歳月を必要とする総合的作業である。まちの歴史、市民意識、財政、政治、文化、技術、経済など、考慮しなくてはならない要素は多く、しかも状況は年々変化していく。したがって、短期間の視察や調査だけで答えが見つかるはずも無く、まして条件が違いすぎる日本の都市に適用できそうな答えを見つけるのは、たとえ専門家でも簡単ではない。
藤井さんは通訳として、こうしたストラスブールを訪れる専門家たちの調査、視察、資料収集、官庁・企業訪問、会議、インタビューなどの場に数多く立ち会われてきた。私もまた環境省の地球環境研究総合推進費プロジェクトでお世話になった一人である。私の経験では、彼女は通訳の場で、互いの発言の行間にある意味合いを含めて通訳されるので、話の内容がたとえ技術論であっても、その社会的背景までが付加されて相手に伝えられ、結果として異言語間の情報交換は深く広くなる。ヨーロッパ滞在30年間の彼女にしかできない貴重な情報の変換作業である。そして、多数の日仏専門家間の討論やインタビューの内容は、自然な成り行きとして、個々の専門家以上に中間媒体としての彼女の中に蓄積され、やがて体系化されていったことは想像に難くない。したがってそれぞれの専門分野を越えて、ストラスブールのまちづくりを総合的に語るには、藤井さん以上の適任者は見つからないし、彼女が書くべきなのだ。
ストラスブールのまちづくりやトラムに関するこれまでの専門的な研究と比べ、本書が際立っているのは一言でいえば「まちづくりの物語性」にある。たとえばアルザスの歴史や文化、コンセルタシオンの詳細な記述、社会階層の融和性、フランス人の生活感などについては、単なるまちづくりの専門家には書けそうにない。本書を書くにあたって、彼女はトラムの立役者であるトロットマン女史をはじめ、歴代の市長や行政マンに直接インタビューして、まちづくり過程の本音を聞き出している。この当事者のリアルな実体験や彼女の綿密な調査が、長いヨーロッパ生活と有能な通訳としての経験によって活かされて、ストラスブールのまちづくりの臨場感あふれる物語ができた。ストラスブールの元トラム局長であるマルク氏は、「まちはどんどん変化していく生き物です。トラムはそのまちの活性化を助ける一つのエレメントなのです」と語っている。生き物としてのまちを、30年かけてまちづくりの聖地にまで育てた秘訣は、一つや二つの政策にあるのではない。トロットマン女史やケラー女史のような強いリーダーシップを備えた政治家の下で、国内交通基本法などの法律、地方自治制度、交通税などの財源制度に支えられて、有能な専門家集団が機能し、市民意識が徐々に進化していく長い物語全体が答えなのだろう。
本書は綿密なフィールドワークに裏付けられたクロニクル付きのまちづくり専門書であると同時に、読者にストラスブールに行ってみたいと思わせるにちがいない優れたノンフィクションでもある。
京都大学名誉教授 青山 吉隆
フランスの東部、人口約26万人の地方都市ストラスブール。美しく歴史ある教会や町並みを多くの人が訪れる観光都市、また欧州連合の主要機関が集中する「欧州の中心」として有名だが、もう一つ、「フランスを代表する環境都市」「都市公共交通政策のパイオニア」という重要な顔を持っている。デザイン性の高い「トラム」(新型路面電車)に象徴されるこのまちの先進的な都市政策に学ぼうと、日本を含む世界中から多くの人々が訪れる。
かつてこのまちも、現在の日本の都市と同じように、自動車に公共スペースを奪われ、大気汚染と都心の渋滞に悩まされていた。しかし、今では、駐車場と化していた広場が市民の憩いの場として再生し、日本の地方都市では想像もできないくらいさまざまな年代の人々が集まり、活気がある。市街地をトラムと自転車が軽快に走り、人々は楽しそうにまちなかの散策を楽しんでいる。このストラスブールの「変身」がなぜ可能だったのかを考えるのが本書のねらいだ。
わたしの欧州での30年間に及ぶ滞在の最後の10年間をストラスブール市で過ごし、この地方都市での生活がとても快適なことに驚いた。自然に恵まれ、文化が豊富で食事がおいしいまち。交通の移動が簡単なので自由時間が多くとれる環境。そしてちょうど私がストラスブールに来た時期が、トラムの導入期と重なった。
通訳という仕事上、日本から視察に来られる方々をご案内し、この地の交通政策関係の専門家たちのお話を何年にもわたって聞く機会に恵まれた。そして、日本からみえる多くの方々は、その立場を問わず、同じことを尋ねられることに気付いた。「トラムが導入されて、汚染は緩和されたか?」「地価は上昇したか?」 実はこれらの質問には正確な解答はない。なぜなら今更「トラムがもしなかったらとしたら」という調査も数字も出ないから。それよりも、今やフランスの22の地方都市でトラムが「まちの顔」として市民生活の中心を占めるようになり、その先駆けであるストラスブール市が「歩いて楽しいまち」になっている現実の姿を見てほしい。
決して環境やエコを意識してトラムを導入したわけではないが、できるだけ多くの人が住みやすいまちづくりを追求した結果、環境にやさしい都市が出来上がった。都市交通政策を、市長が交代しても変わらない都市政策の基軸に据えることで、ストラスブールは中心市街地の活性化にも大成功した。
本書では、どのようなプロセスで「中心市街地からの車の排除が可能だったのか?」「市民の賛同を得ることができたのか?」などのまちづくりの歩みを丁寧に説明した。1989年から2010年までの約30年間のストラスブールのまちづくりの過程を、歴代の市長に直接お尋ねし、その生の声で語ってもらった。また政策決定者だけでなく、それを実行する行政マンの本音に迫り、また市民のまちづくりへの参加のあり方、反応の実態などもできるだけ詳しく紹介した。都心活性化と環境保全の側面からだけではなく、文化・社会・交通などあらゆる面からまちづくりに取り組んできたストラスブールの全貌に迫ったつもりだ。地方の中小都市が「住みやすさ」を追求しながら、「交通権」を保障し、「格差社会化」に対応しようと努力してきた結果、「環境にやさしいコンパクトシティ」の姿に近づいてきたゆきさつを、年代を追って書いてみた。
また、長年にわたるフランスでの仕事、家庭生活を通し、住民の目から見た、ストラスブールのまちづくりを紹介した。まちを作るのも、そこに住むのも人間である。その息遣いをお伝えするために、最終章ではフランスの地方都市における市民の生活にも触れてみた。
本書が、今後の日本における「地方の元気なまちづくり」「人が帰ってきたいと思えるまちづくり」「歩いて楽しいまちづくり」に少しでも参考になれば嬉しい。
ヴァンソン 藤井 由実
ドイツのフライブルグやカールスルーエを訪問したあとに、国境を越えてフランスのストラスブールを訪れる日本人が多くなった頃に、ちょうど私はストラスブール市に住むことになった。結局10年余りを過ごし、日々変貌してゆくダイナミックなまちづくりのプロセスを市民としてもみつめてきた。
余りにも日本人からストラスブール市役所でのヒアリングのリクエストが多くなり、通訳の私に「代わりにレクチャーができないか」と問われたのが、私がトラムに真剣に関わるようになったきっかけだった。日本の環境省の地球環境研究総合推進費「環境負荷低減に向けた公共交通を主体としたパッケージ型交通施策に関する提言」プロジェクトのフランスでのコーディネーターとして、交通問題のご専門の先生方と3年間ご一緒させていただく機会にも恵まれ、私の中で初めて「トラム」が単なる交通手段から、「まちづくり」のツールとしての姿を取り始めた。青山吉隆・京都大学名誉教授、伊藤雅・広島工業大学准教授、柄谷友香・名城大学大学院都市情報学研究科准教授、酒井弘・株式会社まち創生研究所代表取締役、鈴木義康・日建設計総合研究所主任研究員、松中亮治 ・京都大学大学院准教授はじめ、さまざまなお教えをいただいたプロジェクトチームの皆様に心から感謝申し上げたい。先生方とお会いする幸運がなければ、この本を準備する材料そのものを私自身が探すこともできなかっただろう。いつも楽しく一緒にお仕事させていただいた日々の経験からこの本は生まれた。
そして、30年の欧州滞在を経て日本に戻り、日本の地方中小都市の過疎化を目の前にして、フランスの「元気で個性のある、住んで楽しいまち」にはトラムがあることを伝えてみたいと思った。
ちょうど学芸出版社編集部の岩崎健一郎氏にお会いしたのもその頃だった。この本の趣旨を理解してくださり、目次構成から丁寧にご指導いただき、心から感謝を申し上げたい。岩崎氏が、この本を単なる報告書ではなくストーリー性に富んだ、流れがある読み物にしてくださった。時にはIT技術の情報までご支援いただき、とても楽しい本作りを経験させていただいた。またアルザス在住の吉崎佳代子さんからは取材にあたって貴重なサポートをいただき、中でも4章2項の「ローカルデモクラシー」に関する興味深い材料の提供と、バイパス建設反対運動を行っている自然保護団体アルザス・ナチュールのインタビューもお願いした。ドイツや日本の事情などを丁寧に教えてくださった日本経済研究所の傍士銑太氏からは、幾度かにわたって貴重なご示唆をいただき、その素晴らしいお言葉は氏のご了解を得て本書の記述でも大いに参考にさせていただいている。この場をお借りして皆様方に御礼を申し上げたい。
特に環境を意識せずとも、誰もが簡単に移動できる権利を弱者にも認める政策を追求すると、トラムを中心とした環境にやさしいまちづくりになっていた。そういうストラスブール市の全貌に迫ったつもりだが、少しでも皆さんの好奇心と疑問にお答えできる形になっているだろうか? 是非読者からのお便りをお待ちしている。
また、できる限りの情報提供を意図して、本書には多くのフランス語での原典や数値(本書が準備された2010年から2011年当時のもの)の紹介を行ったが、お役に立てば嬉しい。
そして、この本を執筆するにあたり、ストラスブール市役所はじめ地元の方々からは信じられないようなご協力を得た。市役所の中を自由に何日間も動き回る自由を享受し、情報の開示、政策事情の説明、写真提供をしていただき、また歴代市長3名を始め、申し込んだすべての人がインタビューを快諾してくださった。
最後に、私の仕事を理解し、常に支援してくれた夫パトリック・ヴァンソン(Patrick Vincent)と3人の子供達、エリナ(Elina)・トーマ(Thomas)・フローラ(Flora)が、この本のフランス語版をいつか読める日が訪れることを願いつつ。
ヴァンソン 藤井 由実