がくげい連載「都市はどうなっていくのか会議」第4回 “都市のイメージとはなにか”

主催 学芸出版社
※詳細は主催団体等にお問い合わせください。

10/9に千鳥文化さんで開催された「がくげいラボvol.8」。がくげいラボは、学芸出版社・編集部の「今これが気になる!」に答えてくれる方々をお呼びし、参加者の皆さんを交えてざっくばらんに議論したい!という企画です。

今回、がくげいラボvol.8から派生して、全7回の連載「都市はどうなっていくのか会議」がスタート!

\当日の登壇者 都市の自由研究会※)と参加者の皆さんによる、今直面している都市の問題や課題についての議論を、レポート形式で連載します。/

第4回「都市のイメージとはなにか」

さて後半戦からは、「パネル枠」としてご参加くださったお三方が思う都市的課題を、写真をもとにお話ししていただきます。

―リンチ理論の現代版アップデート

まず最初は、ロンドンのUCLバートレットスクールで都市解析学の勉強をしていた鈴木さん。都市の使用されていない空間に興味を持ち、ケビン・リンチのイマジナビリティーセオリーを、PCを使ってリプロデュース(再現)できるのか研究していたそうです。リンチの「イマジナビリティーセオリー」とは、都市のどの場所が、都市全体のイメージに貢献しているのか考えるためのコンセプトです。

鈴木さん:このコンセプトを元に、本来のヒアリングとは違った汎用性の高い手法で都市の姿を可視化できないか考えました。

そこでまず、都市を道と交差点からなるネットワークとみなし、ネットワーク理論に基づいて、それぞれの交差点の都市全体との関係性をモデル化しました。次に、各交差点における都市景観をグーグルストリートビューに提供されているパノラマ写真によって取得し、その景観の視覚的特徴量を画像解析技術を用いて数値化しました。そして、それぞれの交差点の位置における人の感覚的知覚を収集した大規模データセットを訓練データ及び検証データとして使用し、コンピューターモデルを構築することによって、この写真のように、ロンドンの中で最もイマジナブルじゃない、つまり人々に「一番覚えられていない」であろう場所を割り出すことに成功したそうです。

―都市のイマジナビリティと土地利用

この場所はブラックヒースと呼ばれ、近くの再開発地区から電車で20分ほどで、近隣にはグリニッジの時計台もあるような、決してアクセスは悪くない場所だとか。
しかし鈴木さんが訪れてみると、全く人がおらず、コンピューターモデルで求められたように人々の興味の対象からは外れているように感じられました。

鈴木さん:この場所は、イマジナブルを超えた問題をはらんでいるのはないかと思っています。人が覚えていないということは、使われていないということを意味しますし、これは大きな社会問題、例えば日本では馴染みの深い東京への一極集中化、地方の過疎化へと繋がっていきます。都市の全ての場所をインスタ映えするような人気スポットにする必要はありませんが、週末に家族が集まって遊べるような場所にできるよう、もう少し工夫を凝らす必要があるように感じられました。


そして会場は登壇者のみなさんとのディスカッションへ。

―周辺環境との関係性

ブラックヒース(イギリス ロンドン) photo by Suzuki

竹岡さん:イメージの希薄さの要因ははっきりしていますか?土地は誰の所有ですか?

鈴木さん:要因自体ははっきりしていません。1つ考えられる理由は、周りにグリニッジやカナリー・ワーフなどのメジャーな施設があることです。それらの反面、注目が集まらないのかもしれません。所有者はわかりませんが、広場のような場所です。

竹岡さん:周りの建物や環境とセットで認識されている印象を受けました。私はもともと、人は空間を幅を持ったものとして認知する、という研究をしていました。この写真のようにスポット的に写されているとイメージしにくいですが、周りとセットになっていたら、その途端認知されるかもしれません。つまり、それはそれで1つの可能性ではないかと思います。インスタ映えはしないけれど、人々のイメージに全く残っていないわけでもない。そういう場所は、計画上のブラックホールだと思います。

―イマジナビリティの活用方法

榊原さん:写真からだけではまさかケビン・リンチの研究とつながるとは思いもよりませんでした。都市活用とイマジナビリティの連関についてですね。研究では、イマジナビリティのあげ方まで考えていますか?具体的なアプローチがあるのでしょうか?

鈴木さん:本来の趣旨は土地活用についてで、そのアプローチとしてイマジナビリティの研究をやっています。例えば、三重県の祖母の家に久しぶりに行くと近隣はどんどん駐車場になっています。地権者である祖母に事情を聞くと、業者の人が駐車場にしたら良いと教えてくれたそうです。インセンティブが豊富なことで、駐車場になってしまいます。僕の友人には地方でカフェをやりたい人もいますが、彼らはこの土地を知りません。個人が未利用の場所や土地にアプローチできるプラットフォームの必要性を感じています。

―人がいないからこそ可能なこと

議論の様子 photo by Gakugei

園田さん:そもそもこの土地のイマジナビリティの低さは問題なのでしょうか。確かに、自分が地権者だったり、コンサルティングの仕事なら必死に考えます。しかし仮に日本の場合でも、今後は絶対にこのような場所は増えていきます。どこでも人が賑わい、路地に入っても人が溢れ、その先の広場も混雑していたらどうでしょうか。逆に人がいないからこそ、乗馬をしたりBBQをしたり、自由に過ごせるかもしれません。イマジナビリティをあげないからこそできることもあると思います。
最近は、街に賑わいを生む方法が多く議論されています。しかし、そもそもそこでそれをやる価値があるのか、と立ち戻って考えるべきだと思います。日本の狭い道路でカフェをやっても排気ガスのにおいがするだけかもしれません。都市の今後を議論するときには、なにをどうやるかというより、なぜやるか、ということを話したいと思っています。

―都市の世界観は存在するのか

近藤さん:写真では牧場だったかのような雰囲気ですが、切り離されて全くのブラックホールになっています。例えばここに、昔の町名が書いてあっても、その当時の姿はあまり想像できません。そういった歴史や背景に囚われすぎず、自由に描いていくしかない場所なのかもしれません。しかしもう一方で、都市はそもそもイマジナブルなのか、都市の世界観は存在するのか、という疑問もあります。歴史的な都市と、新しい都市の文脈は少し違います。例えば京都は、千年二千年もかけて京都的な空間が醸成されました。そういう世界観を10年や20年で醸し出せるのでしょうか。この土地の利用者が「ここはこういう感覚だ」と思えるかどうかが重要です。

i会場の千鳥文化さん photo by Gakugei


第4回目には、参加者の「都市的課題を象徴する1枚」に対して、議論が繰り広げられました。
ケビン・リンチ理論をもとに、現代都市におけるイマジナビリティを解析する研究が紹介され、それに対する研究会のみなさんのリアクションもさまざま。イマジナビリティはその場所単体で成立するものなのか、実務に応用できるのか、そもそもイマジナビリティが低いことは問題なのか、さらに都市の世界観は明言できるものなのか、など積極的な意見が飛び交いました。

さて後半戦の第5回目も、引き続きパネル枠として参加してくださった参加者のプレゼンと、会場全体の議論をレポートします。お楽しみに!
(次回は11月22日公開予定です!)


担当:中井希衣子

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