分析 建築コンペ・プロポーザル

内容紹介
10事例の募集要項と49点の提案書を徹底分析
2011年以降の建築コンペ・プロポーザルから10事例を厳選し、募集要項を読み解くと同時に、選定者・ファイナリストの提案書49点を分析。質の高い建築をプロデュースする募集要項とは?要項に応え、最優秀案に選ばれる提案とは?質の高い公共建築が、発注者と設計者のコミュニケーションから生まれるメカニズムを明らかにする。
坂牛卓 ・榊原充大・平瀬有人・山崎泰寛 編著
著者紹介
体裁 | A4判・160頁(オールカラー) |
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定価 | 本体3600円+税 |
発行日 | 2025-04-25 |
装丁 | 加藤賢策(LABORATORIES) |
ISBN | 9784761533106 |
GCODE | 2356 |
販売状況 | 予約受付中 (店頭発売:2025年4月23日頃) |
ジャンル | 建築一般 |
要項読解のポイント
頼み方のデザイン──コミュニケーション・メディアとしてのコンペ要項/山崎泰寛
設計提案の読解のポイント
そのプレゼンボードが評価される理由/坂牛卓
市民との関係づくり読解ポイント
「リレーションズ(関係づくり」をデザイン対象にするために/榊原充大
グラフィックデザイン読解ポイント
プレゼンテーション・グラフィックの基本事項─戦略的に表現を考える/平瀬有人
(1)延岡駅周辺整備デザイン監修者プロポーザル(2011)駅
選定された提案者│乾久美子
●コラム:私が挑戦を続ける理由──もう1つの前書き/平瀬有人
(2)(仮称)大阪新美術館公募型設計競技(2016)美術館
選定された提案者│遠藤克彦建築研究所
●コラム:提案書のタイトルに関する一考察──アイデアが言語化されたプレゼンボードの魅力/山崎泰寛
(3)八戸市新美術館建設工事設計者選定プロポーザル(2016)美術館
選定された提案者│西澤徹夫建築事務所・タカバンスタジオ設計共同体
(4)京都市立芸術大学及び京都市立銅駝美術工芸高等学校移転整備工事設計業務委託に係る公募型プロポーザル(2017)大学・高校
選定された提案者│乾・RING・フジワラボ・o+h・吉村設計共同体
(5)北上市保健・子育て支援複合施設基本設計業務委託公募型プロポーザル(2018)複合施設
選定された提案者│畝森・teco設計共同体
(6)松本平広域公園陸上競技場整備事業基本設計プロポーザル(2020)競技場
選定された提案者│青木淳・昭和設計共同体
(7)くまもとアートポリスプロジェクト 立田山憩の森・お祭り広場公衆トイレ公開設計競技2020(2020)公衆トイレ
選定された提案者│曽根拓也+坂本達典+内村梓+前原竹二(山下設計)
(8)御嶽山ビジターセンター(仮称)整備事業設計プロポーザル(2020)観光施設
選定された提案者│yHa architects
●インタビュー|審査のプロセスはいかにデザイン可能か
──塩入一臣さん/長野県建築部建築技監兼建築住宅課長(*当時)
(9)まきのさんの道の駅・佐川基本設計業務プロポーザル(2020)道の駅
選定された提案者│若竹まちづくり研究所・STUDIO YY・ワークステーション設計共同体
●インタビュー|公開性が高いプロポーザルは良い設計を後押しする
──古谷誠章/建築家・NASCA代表・早稲田大学創造理工学部教授(*当時)
(10)旧小千谷総合病院跡地整備事業図書館等複合施設設計業務公募型プロポーザル(2020) 図書館
選定された提案者│平田晃久建築設計事務所
本書は、2011年から2020年に実施された公共建築の建築コンペ・プロポーザル(以下、建築コンペ)の中から10のプロジェクトを対象に、選定者とファイナリストそれぞれの提案書、合計49点を分析するものである。提案書はプレゼンボードを主とし、場合によって関連する書類に言及した。本書はそれらの建築に対する依頼(募集要項)がどのようなものか、そしてどのような提案が選ばれたのかという2つの軸により、建築コンペを捉えている。
この本をつくりたいと考え始めたきっかけは16年前に遡る。編集者として「ゼロ年代の建築コンペ事情」(建築ジャーナル、2009年8月号)という特集記事を担当した私は、群馬県邑楽町による庁舎建築のコンペ結果の破棄を巡る裁判を手がかりに、官民問わず各地の建築コンペのあり方に興味を持った。
記事の中で忘れられない言葉がある。当時隈研吾さんの事務所員だった藤原徹平さん(フジワラボ)が、「コンペでは、与件の先のイメージの問題が自由に与えられています。だから各事務所が蓄積してきた表現や哲学の問題を育てる最大のチャンスになる」と話してくれたのだ。今振り返ってみると、藤原さんはイメージという言葉を用いて、建築家がビジョンを掲げることの可能性について語っていたのだと思う。発注者が示した課題に対して、建築が担う本当のミッションを見つけようとする。建築家は提案書というフォーマットを通じてその答えを明らかにするのである。プレゼンボードは、建築家にとってアイデアを展開する敷地のようなものだったのだ。
一方、建築コンペの参加と実施をめぐる可能性は建築家側にだけ開かれているわけではない。自治体側も、自らの課題を客観的に整理して仕様に落とし込み、時間をかけて、すぐれた建築的提案を引き出す要項をデザインしている。「プレ・デザイン」(小野田泰明)という言葉が示すように、発注者側も真剣勝負だ。では、そんな自治体(発注者)からの働きかけと、実際に選ばれた提案はどのような関係にあるのだろうか? プレゼンボードを介して依頼と提案をひと続きのプロジェクトとして考える、本書の発端にはそのような素朴な疑問がある。
開かれた場における提案と評価の意義
そもそも、公共建築の発注は伝統的に価格競争、すなわち入札によって占められてきた。国土交通省の調査によれば、今も都道府県・政令市の新築工事件数の59%が、市町村に至っては78%が入札方式によって設計者を選んでいる。また、工事面積が小さいほど入札が選択される傾向にある(注1)。何事にも丁寧な説明が求められる現代においては数値化された価格こそ正義なのだろう。しかし、設計業務にかける時間を削ってコストを捻出するのだとすれば、建築の質は間違いなく低下し続けるはずである(注2)。
さらに大きな問題は、おびただしい数の公共建築が、プレゼンテーション、すなわち創造的な提案による競争と評価を経ることなく選ばれているという事実である。工事価格を下げる合理的な工夫も提案の一側面ではあるが、公共建築はもっと、開かれた場における提案によって、そして未来の利用者たる市民から付託された審査員の評価を仰ぎ、選ばれるべきではないだろうか?
もちろん、入札でなければ何でもいいわけではない。1990年代前半から導入されたプロポーザル方式は(注3)「案ではなく人を選ぶ」と言われるように、設計に至るプロセスや設計者の考え方も評価の対象としている。長期にわたってプロジェクトに伴走するパートナーを見つけるための仕組でもある。しかし、実績が過度に重視されかねず参入障壁が高いことや、建築の姿が具体的に示されないことなどが指摘されてきた(参加者や審査員への報酬が不十分である点は、設計競技(コンペ方式)と共通して残り続けているもう1つの問題だ)(注4)。だがその上で本書では、提案行為をベースとするプロポーザル方式とコンペ方式を「提案による選抜」と捉え、その可能性について考えてみたい。
近年の建築コンペが映し出すもの
結論を先取りすると、本書に収録した10の建築コンペにはある共通項が存在した。それは提案を介して発注側の望みを引き出し、より良い建築で応えようとするコミュニケーションの意志である。優れた提案書は、いわば使い手側とつくり手側の願いを媒介するメディアとしてデザインされていた。さらに踏み込んで言うと、本書に掲載した提案は、かつて見られた独創的な建築の形態の発明とは異なるねらいを持っていないだろうか。近年の建築コンペは、設計に社会的提案を求め、建築家もそれに応じてきた。私には、この応答の積み重ねが、建築家の職能を知らず知らずのうちに拓いてきたように思われる。過去の設計競技で争われた設計と、本書で扱った建築コンペに対する提案は、どこか異なる職能に基づく仕事なのかもしれない。
10の事例を選ぶのはとても難しい作業だった。まず、規模の大小を偏らせず、ビルディングタイプにバラエティを持たせることで、提案書の表現や視点の多様さを示したいと考えた。また、自治体のウェブサイト等での公開性を鑑み、プロセスがオープンで、透明性の高いプロジェクトであることも必須とした。最優秀案以外のファイナリスト案の掲載も目指した。審査当日のプレゼンと質疑応答による評価の変動は承知しているが、それゆえに無記名で平等な資料であるプレゼンボードにこだわった。
このような背景を持つ掲載案は、著者の1人である平瀬有人が所蔵する膨大な資料をベースに著者間で何度も話し合って選んだものだ。どのプロジェクトも読み込めば読み込むほど、良い公共建築が良い建築コンペから生まれていることが分かり、私たちはそこに行政、審査員、提案者らがかけた膨大なエネルギーをひしひしと感じることになった。資料を前に著者間で交わした議論は白熱し、収録件数をもっと増やしたかったのが本音である。
その意味で、数多くのファイナリストの案まで掲載できたことは本当にありがたかった。残念ながら全ての枚数は掲載できなかったが、本気で考え抜かれた提案のレベルの高さに、著者たちがそうであったように、読者も驚かれるのではないだろうか。最優秀案と優秀案を比較し最優秀案の特徴を捉えることが本書の試みではあるが、1つの公共建築が実現する背後に、これほど多様な構想があったという事実に感動する。提案の数だけビジョンがあり、希望がある。アイデアの一つひとつが、未来に建っていてほしい建築として思い描かれたものなのだ。
結果的に掲載したプロジェクトは東日本大震災からコロナ禍をまたぐ10年をカバーすることとなった。49の提案書からは、この10年の日本社会が公共建築に求めた願いの軌跡が見えてくるかもしれない。本書の趣旨をご理解いただき、掲載にご協力くださった設計事務所や自治体の皆さんに、著者一同より、心からの感謝と敬意を表します。ありがとうございました。
本書の構成
最後に、著者と本書の構成について述べておきたい。本書は主に「要項」「提案」「関係づくり(リレーションズ)」「グラフィック」の4つの観点で建築コンペを分析した。まず、各プロジェクトの募集要項のポイントを山崎が執筆した。建築メディアに関心を寄せる者として、利用者と建築をつなぐ開かれたメディアとして読み解くことを試みたつもりだ。
次に、審査結果に基づいた建築的な評価を坂牛卓が分析した。坂牛は審査経験も豊富で、審査員と設計者の両方の視点を持つ建築家である。続けて、近年の建築コンペで言及されるようになった市民参加型のまちづくり、いわゆるコミュニティデザインに関わる提案にも触れている。ここでは市民や関係者と数多く協働した経験を持つ、リサーチャーの榊原充大が執筆にあたった。提案書のレイアウトを読み解いたのは平瀬だ。坂牛と平瀬はすでに建築プレゼンテーションのグラフィックを理論的に分析しているが注5、本書では課題と提案の応答関係を表現するプレゼンボードの構成に焦点を当てている。加えて、最優秀案の設計者、コンペの実施に携わった行政の担当者、審査員経験者等、当事者へのインタビューも収録している。
各プロジェクトの冒頭には概要とともに、私たち自身の分析として要項と提案の要点を挙げた。続けて最優秀案のプレゼンボードの全枚数を、ファイナリスト案は紙幅の都合により限られた枚数ではあるが、できるだけ掲載した。一部どうしても文字が判読しづらい箇所もあるが、ぜひ目を凝らして読んでいただきたい。
私たちが取り上げられなかった建築コンペの中にも、魅力的なプロジェクトはあった。読者にはぜひ、本書をきっかけとして日本の、いや世界中の建築コンペを見てみてほしい。依頼と提案は不可分の関係にあり、社会を映す鏡である。公共建築は、税金を原資とし長期間にわたって利用される、市民社会の暮らしの基盤となる大切な建築だ。
建築をめぐる両者のコミュニケーションの結果として、新築にせよ、リノベーションにせよ、より多くのプロジェクトで建築家の想像力が発揮されることを願っている。
山崎泰寛
注1 『官公庁施設の設計業務に関する実態調査の結果』全国営繕主管課長会議、2021
注2 国土交通省「質の高い建築設計の実現を目指して」2006
注3 藤野高志・小野田泰明・佃悠「ある行政担当者の関与から見た地方自治体の設計者選定とその展開」『日本建築学会技術報告集』Vol.27、No.67、日本建築学
会、2021
注4 「不確実な時代のプレ・デザイン前編・後編」『建築雑誌』日本建築学会、2021年7月・8月、山本想太郎・倉方俊輔『みんなの建築コンペ論 新国立競技場問題をこ
えて』NTT出版、2020
注5 坂牛卓・平瀬有人・中野豪雄『図解 建築プレゼンのグラフィックデザイン』鹿島出版会、2015
日本の公共建築の設計者選定の方法としてプロポーザル方式が少しずつ増加している。しかしいまだに入札方式の方が多い。その理由は、「前例がない、土木が入札を原則としている、手間がかかる、時間がかかる」などと言われている。しかしより質が高く価値のある建築をつくるためには入札における金額の多寡のみを選定の基準とする方法が不十分であることは言うまでもない。とはいえ、プロポーザル方式が万能であるかと言えばそんなこともない。価値の高い案が見つけられなければ労力をかける意味はない。入札方式で最低限の価値(安い)を判断する方が効率はいい。
そこで、どういうプロポーザルの要項が質の高い提案を誘発し、それに対して設計者がどのようなスタンスで案をつくり、それをどのようなプレゼンテーションをすることで相手の理解を獲得でき、結果的に優れた案が選出されるのか。その全体のメカニズムを鮮明にして、今後プロポーザルをする設計者のみならず、そのプロポーザルを行う行政の側にも参考になる本をつくろうと考えたのが編著者の1人山崎泰寛さんだった。
その意図を学芸出版社の井口さんから聞かされたのは2021年の初春だった。面白そうだなとは思ったのだが、こういう本を書くとしたらコンペ常勝の方こそがその任に当たるべきだろうと感じた。少なくとも私の役ではないと。しかし少し間を置いて考えが変わった。コンペ常勝の人がその手の内を教えるだろうか。それは彼らの企業秘密だろうし、コンペに浸かっている彼らはコンペを客観的に見るのは難しく、むしろ少し遠巻きに見ているコンペ周辺の我々くらいの方がもしかするとこうした本を書くのには相応しいのかもしれないと思うに至った。
そこで山崎さんに誘われた私はコンペグラフィックに詳しい平瀬有人さんを誘い、山崎さんはコンペのパブリックリレーションを自ら行う榊原充大さんを誘い4人で最初のズームをしたのは2021年の桜も散る頃だった。コロナ禍真っ只中で私たちの作業はすべてズームで進められた。編集者と山崎さん、榊原さんは京都にいた。平瀬さんは九州と東京と本書にも収録された長野の御嶽山ビジターセンターの現場を往来し、私は東京にいた。ズームは仕事の仕方を決定的に変えたとつくづく思う。本書が店頭に並ぶまで、そしてその後もこの5人が一堂に会することはないかもしれない。しかし既知の共著者、編集者となったのである。
4人の著者はそれぞれの得意技がありそれら4つの視点からプロポーザル分析をしたのはまえがきで述べたとおりである。10のプロポーザルを選ぶのには時間がかかった。しかし平瀬さんがここ数十年のプロポーザルの結果をアーカイブしていたので作業は順調に進んだ。我々の記憶に残るプロポーザルを挙げそれらを平瀬さんのアーカイブで確認した。本書は最優秀案と最終ヒアリングに残った優秀案を比較して最優秀案の特徴を浮き彫りにしたかったので、それら全部を確認した。加えてそれらすべての公開可能性を建築家ならびに役所双方に確認をとった。そうした調査の末に選ばれた10のプロポーザルの最優秀、優秀案のほぼすべてを比較する試みはおそらく過去類例がないであろう。この作業には結局4年かかったがそれだけ時間をかけたから分かるコンペに勝つ理由が明瞭になったと作業の結果に満足している。
最後にしかし最小ではなく、本書をつくるのに協力いただいた多くの関係者の方々に感謝の意を表したい。掲載を承諾していただいた建築家の皆様。行政機関の方々。またインタビューに答えてくれた最優秀の作者及び行政の塩入一臣さん、建築家の古谷誠章さんには忙しい中ご協力いただき深く感謝したい。また本書の装丁は今回もラボラトリーズの加藤賢策さんにお願いした。的を射たデザインにはいつも嬉しく思っている。そしてそれら多くの関係者と4人の編著者をリードして本書の刊行へ導いてくれた井口夏実さんには言葉もない。この場を借りてその気持ちをお伝えしたい。
2025年3月
坂牛卓
開催が決まり次第、お知らせします。
メディア掲載情報
公開され次第、お伝えします。