地域創造の国際戦略
内容紹介
国際的な地域力を高め、地方を豊かにする
感染症拡大など不測の事態の中でも、地方が海外とのつながりを絶やさないことが持続可能な地域創造の実現に結びつく。本書ではその効果的な政策実施手法や地域のアクターの役割、プラットフォームのあり方等について、産業政策や農産物輸出、文化経済学、観光学、異文化コミュニケーションといった観点から多角的に論じる。
体 裁 A5・252頁・定価 本体3000円+税
ISBN 978-4-7615-3271-0
発行日 2021/02/28
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史
はじめに──国際戦略によるレジリエントな社会の構築
第1部 自治体国際戦略の展開
第1章 自治体国際戦略による地域イノベーション
1-1 グローバル化と知識社会化のもとでの地域の競争力
1-2 自治体国際戦略とその現状
1-3 国際戦略による地域イノベーションのプロセス
1-4 国際戦略による地域イノベーションシステムの実装化に向けて
第2章 大学を活用した国際化による地域イノベーション
──オーストラリア・メルボルンと大分県別府市
2-1 地域が海外と接続することについての理論的整理
2-2 海外との接続による多様性構築の地域事例
2-3 多様性と付加価値を生み出す構造
2-4 留学生による多様性を地域産業振興に結びつけるには
第3章 地方からの国際産業クラスター展開 ──佐賀県唐津市
3-1 唐津市の化粧品クラスター戦略
3-2 唐津化粧品クラスターの構造
3-3 地方都市の国際産業戦略としての唐津モデル
3-4 唐津モデルの可能性
第2部 農産物の輸出におけるリスク対策と需要への対応
第4章 制度の変化とリスク対策
4-1 日本産農産物の輸出を取り巻く環境
4-2 台湾への桃の輸出状況
4-3 特定病害虫検出問題および原発事故問題の発生
4-4 日本国内産地での輸出継続に向けた対応
4-5 制度的対応の重要性
第5章 産地構造の変動と輸出振興策
5-1 生産財の輸出
5-2 梨花芽穂木が輸出される背景
5-3 原発事故発生後の輸出産地
5-4 日本産梨花芽穂木の輸出の意義と産地間競争
5-5 輸出継続に向けて
第3部 文化芸術を起点にした地域創造と国際戦略
第6章 都市化と文化芸術従事者の移動
6-1 これまでの日本の文化芸術政策
6-2 全国的な人の移動傾向
6-3 芸術家人口の移動
6-4 海外の芸術家の入国数
6-5 芸術家の地方への受け入れ
第7章 越境する芸術と地域創造
7-1 地域における文化政策
7-2 地方での芸術享受
7-3 海外と関わる芸術活動と地域創造
7-4 芸術家とのネットワーク構築
第4部 内発的地域振興と観光
第8章 地域資源の観光資源化による活用 ──大井川鐵道
8-1 地域外と接点を持つ方策としての観光
8-2 内発的地域振興の視座
8-3 観光資源の活用と地域イノベーション
8-4 地域資源の観光資源化
8-5 国際戦略も包含した内発的地域振興
第9章 観光まちづくりと国際戦略 ──福祉観光都市・岐阜県高山市
9-1 観光弱者に目を向けたまちづくり
9-2 観光まちづくりと福祉
9-3 福祉観光都市・高山の取り組み
9-4 福祉観光都市の展開を活かした情報発信
9-5 観光障壁を緩和する政策と自律的取り組み
第10章 コンテンツのファンである観光客と「聖地巡礼」
──静岡県沼津市を舞台とした『ラブライブ!サンシャイン!!』
10-1 地域と人々を結ぶコンテンツ
10-2 「聖地巡礼」と観光による地域振興
10-3 沼津市における「聖地巡礼」と地域振興
10-4 ファンと地域との関わり
10-5 「聖地巡礼」による国際的な地域のファンづくり
第5部 異文化コミュニケーションと観光人材育成
第11章 巡礼地の国際地域ネットワーク
──スペイン・サンティアゴと熊野の「共通巡礼」
11-1 2つの巡礼道の取り組み
11-2 田辺市の「共通巡礼」の取り組み
11-3 共通巡礼の課題と今後の展開
第12章 人口減少・高齢化が進む観光地の海外発信と人材育成 ──和歌山県田辺市
12-1 世界遺産等を活かした魅力あるまちづくりを目指す田辺市
12-2 世界発信をする田辺市
12-3 人口減少・高齢化に対応する人材育成
12-4 地域活性化に向けた海外発信と受け入れ態勢の強化
第13章 外国人と共生する環境整備とブランディング ──北海道・ニセコ
13-1 国際リゾート地・ニセコ
13-2 ニセコ町の取り組み
13-3 倶知安町の取り組み
13-4 外国人観光客への聞き取りから見た課題
13-5 持続可能な国際リゾート地の環境整備
おわりに──ボーングローバルな地域戦略
はじめに──国際戦略によるレジリエントな社会の構築
地域創造と国際戦略は古くて新しいテーマである。現代に生きる人々は、豊かな生活のイメージとして、緑が多くて新鮮な空気、そよぐ風を感じながら、創造的な仕事に取り組みたいという思いがあるのではないか。しかし、ビジネス上の競争に打ち勝ち、感性を刺激する多様で新しい情報を求めるため、やむをえず東京など都市部に住まい、長い通勤時間や密集した狭い家にも耐えながら、効率のよいライフスタイルを追求してきたように思われる。
2020年の初めから拡大してきた新型コロナウイルスの流行は、人類共通の体験として生活スタイルを根本的に変えている。筆者の大学でも授業はオンラインになり、学生との意見交換もZOOMなどのWEB会議システムを使って行うようになった。これまで会議の日程と場所の調整をしていたところが、夜9時から30分間オンラインで会議するというように、これまで活用しにくかった時間を利用できるようになった。また、海外の学会などからもWebinarと呼ばれるオンラインのセミナー案内が頻繁に来るようになり、望めば毎週のようにロンドンやシンガポールで開催される学術的ミーティングに参加できる。一方、特にこのウイルスは都市部に多い「三密」空間において感染拡大のリスクが高いと認識されるように、これまでの10年で我が国が経験してきた地震や津波、大雨といった自然災害を含めて、東京一極集中の国土がリスクに脆弱であることが改めて浮き彫りになっている。
このような中、欧州連合の地域政策部会やOECDは、すべての国が達成すべき社会的目標としてSDGsとともに「包摂的な成長:Inclusive Growth」という概念を提示している。1人も取り残さない発展という理想は非現実的であるかもしれないが、少しでも今後の世界が都市と地方との格差を解消し、包摂的にあらゆる地域において持続可能な発展を目指すことが望ましい。
また、ツイッター、フェイスブックといったソーシャルメディアの発展により、大手メディアの不在による地方から海外に向けた情報発信の不利さは減少している。さらにテレワークやワーケーションが注目され、働き方改革の進展とともに、地方に本拠をかまえて生活の質を享受しつつ、世界をターゲットとしてビジネスを展開することも社会的に受け入れられやすくなっている。
そこで本書は、「地域が直接海外とつながる(国際戦略)」をキーワードに、地域創造を実現するシステムをどのように構築し、地域イノベーションを実現するかという問題意識のもと様々な地域の事例を取り上げ、学際的な観点から、持続可能な社会づくりに向けた地方の活性化について考察する。
本書は5部構成からなり、それぞれ担当執筆者の学問的バックグラウンドをもとにテーマについて論じる。
第1部の「自治体国際戦略の展開」では、地域産業政策研究および経済地理学の観点から、それぞれの地域の資源や技術、風土にふさわしい産業や企業を生み出す政策のあり方、グローバルな関係を持つと同時にある程度自立的な地域経済を創造するための手法、地域外の企業や機関との地域産業の発展のための連携に注目する。
第2部の「農産物の輸出におけるリスク対策と需要への対応」では、農業市場論の観点から、各個別主体の制度的対応と組織間連携に焦点を当て、地域の農産物の安定的な輸出継続に向けた日本国内産地の取り組みから、官民が果たすべき役割と外需獲得策の方向性について検討する。
第3部の「文化芸術を起点にした地域創造と国際戦略」では、文化経済学の観点から、海外から日本に渡航・滞在する芸術従事者の推移とともに文化芸術を起点にした地域創造の事例を集め、旅行者誘致による地域の発展や、文化芸術を創造し発信するための組織体制などについて論じる。
第4部の「内発的地域振興と観光」では、観光学の観点から、内発的地域振興政策としての観光がどのような役割を果たすのかを論じ、地域社会における受け入れ態勢などの議論を踏まえた観光客の質的な拡大についての展望を示す。
第5部の「異文化コミュニケーションと観光人材育成」では、異文化コミュニケーションと人材育成の観点から、その地域の文化や風土、人々を土地の魅力として海外発信する観光戦略と、インバウンド対策としての人材育成に焦点を当て、人口減少・高齢化が進む歴史的観光地と、観光ブランド化によって人口増加を続ける町の事例を紹介する。
このように、地方が直接海外とつながることで経済・社会面に多様性を生み出し、強靭で回復力のある地域を創造するために、自治体をはじめ地域の様々なアクターが協働して果たすことができる役割と、その効果的な政策実施手法、産官学が連携するプラットフォームのあり方について課題と展望を論じていく。
さて、本書執筆時点において新型コロナウイルスの感染拡大は止まらず、ほとんど海外渡航はできない状態にある。しかし、この状況が今後永続的に続くわけではなく、国際化の流れが逆行することはないだろう。歴史的に2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、2009年のリーマンショック時もいったん減少した国際観光客数はその後継続して増加し、世界の貿易量も2009年には大きく減少したが、この20年程度の期間で見ると増加傾向にある。
今後数年といった単位で見れば、国境を超えた取引が引き続き拡大する可能性は高い。コロナ後の社会においてそれぞれの地域がいっそう輝けるようにヘッドスタートできるかどうかは、今の時期の取り組み次第ではないだろうか。本書が新型コロナウイルスをはじめ様々な危機に対するレジリエントな社会を構築しようとする人々の、なにか助けになれば幸いである。
なお、本書に至る研究および出版にあたっては追手門学院大学プロジェクト型共同研究奨励費制度・課題名「地域イノベーションによる海外需要の創出と取り込みに関する学際的研究」および追手門学院大学研究成果刊行助成制度による助成を受けた。特に2020年度当初、新型コロナウイルス対策として前例のない大学運営が行われる中で対応していただいた追手門学院大学学長室(研究・社会連携グループ)・研究費チームをはじめ関係者の皆様には深く感謝申し上げる。
2021年1月
藤原直樹
おわりに──ボーングローバルな地域戦略
本書では、地方が海外とつながることによる地域活性化について、地域産業政策、農業市場、文化経済、観光、異文化コミュニケーションの観点からそれぞれの最新事例を中心に検討してきた。
本書の内容を第1章で示した自治体規模別の国際戦略の取り組み図解(図1・3)にあてはめるならば、第1に観光分野の取り組みとして「観光まちづくり・ロケ誘致」にあたるものが8・9・10章の鉄道やアニメ聖地巡礼、第11章の田辺市とスペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラの共通巡礼であり、これらはそれぞれが有するコンテンツの価値をより一層高める取り組みである。
第2に産業分野の取り組みとして、「地域産品の海外販路開拓」や「中小企業の海外展開支援」にあたる、第2章のメルボルンの国際教育産業クラスター支援、第3章の唐津化粧品クラスター支援や第4・5章の桃・梨花芽穂木の輸出支援事例は、国際競争力のある地元産品・サービスの創出と地域のアクターの能力開発を促進し、自治体を中心にそれぞれの商品や企業に「信用」を付加することで、ビジネス取引を活発化させようとするものである。
第3に人材育成分野の取り組みとしては、第2章の地域資源としての留学生の位置付けや、第6・7章の地方における外国人芸術家の存在と芸術活動、第12・13章の地域活性化をもたらすキーパーソンなど、外国人が地方に住み多様性を高め、アントレプレナーシップを示して地元の魅力を引き出す多様な活動を行い、地域に変革をもたらしている事例を確認した。
国際戦略の推進は、海外の視点を地域に呼び込んで、地域の新たな発見をもたらすシステムづくりでもある。地域の強みを意識して、地域資源をどのようにして開発し、世界に対してどのように発信していくか、外国人たちをどのようにして受け入れていくのかといったことを、世界を意識しながら地域のまちづくりとして考えることである。さらに、まず国内の人を対象にし、次には海外にとステップを踏むのではなく、地域創造のプロセスすべての点において最初から世界を意識して取り組む「ボーングローバル」の心意気がある。
地域の国際戦略には多様な形態がある。自治体などが単独で行うものもあれば、共通した特徴を有する、あるいはその機能を補完し合う地域が国境を超え協働して取り組む国際戦略もある。そして、東京や大阪また福岡といった大都市のみならず、人口数千人から10万人程度の自治体であっても、その特徴を活かして海外との連携を行える可能性が倶知安町やニセコ町、そして田辺市の事例よりわかる。
今後も引き続き大都市は発展するだろう。大都市は政治的にも商業的にも魅力的な情報発信地であることは変わりない。一方で、地方においてグローバルに訴求できる商品やまちづくりといったものが生まれてくるのであれば、それは外貨獲得や外国人観光客の誘致、中小企業の海外販路開拓といった経済効果以上に、国内の人々をも楽しませる存在となるだろう。そのことによって、地域の人々がより一層幸福になるような、そんな国際戦略が地方から生まれることが求められている。
今、都市部においてコロナ禍での新たな生活様式をきっかけに仕事のやり方を見つめ直した人々が、そのスキルを地方において活かしていく。そこにはその地域に魅了された外国人もいる。地方に住みながらしばしば国際会議に参加したり国際見本市に出展し、海外からの情報や技術を導入して、地域資源と合わせて新しいもの、風景や商品を生み出していく。そのような仕事は極めてクリエイティブであり、私たち現代人のやりがいとなるところである。
こうして地方が直接海外と接することで、多様性が生み出され、そもそもの魅力とともに、上質な仕事内容と働き方によって日本の地域創造が進展することを願って止まない。
藤原直樹
本書(第1版第1刷)に以下の誤りがございました。読者の皆様にお詫び申し上げますとともに、以下に訂正いたします。(2021.8.3)