日本の建築意匠
内容紹介
中世の民家や社寺建築から、近現代の建築作品、またはそれらが織り成す農村・都市景観まで、地域性・時代性を超えて見出される「日本的なもの」の再解釈。近代建築家の伝統理解と表現手法/空間フレームとフォルム/構成要素とマテリアルの3部を選り抜きの図版と見開き読切りで構成。若手の建築・都市景観デザイン設計者必携。
体 裁 B5変・192頁・定価 本体3500円+税
ISBN 978-4-7615-3224-6
発行日 2016/12/15
装 丁 木村 幸央
第1部 近代日本の建築における「日本的なもの」と建築家の伝統表現
第1章 日本建築意匠論序説: 日本近代の伝統表現
1.1 明治の建築における伝統表現
──西洋古典主義の構成原理と折衷主義
1.2 大正の建築における伝統表現
──様式論争と鉄筋コンクリート造による伝統表現の試み
1.3 昭和戦前期の建築における伝統表現
──折衷主義的伝統様式の完成とモダニズム建築の伝統表現
1.4 1950年代の建築における伝統表現
──「弥生的なもの」と「縄文的なもの」
1.5 1960年代以降の建築における伝統表現
──メタボリズムの更新可能性とポスト・モダニズムの大衆性
Column 1 万国博覧会の日本館
Column 2 「縄文的なるもの」が語るもの ─白井晟一の創作哲学─
第2章 近代的テクノロジーという前提:「空間」の伝統表現から「象徴」の伝統表現へ
2.1 柱と梁と庇の、明るい空間
──丹下健三の「弥生的なもの」にみる軸組の表現
2.2 コンクリートの壁的表現
──丹下健三の「縄文的なもの」にみる“日本建築”の象徴化
2.3 内・外を流動する空間の造形
──前川國男による「行為」の空間と「日本的」な佇まい
2.4 柱と梁の「自抑的な意匠」
──吉田鉄郎、および「郵政スタイル」の軸組・各階庇の伝統表現
2.5 細部(ディテール)よりも比例(プロポーション)で
──吉田五十八の鉄筋コンクリート造による平安王朝美の再現
2.6 建築に“上絵付け”をする
──谷口吉郎の「意匠心」と鉄筋コンクリート造の日本建築様式
2.7 柱の「間(ま)」が併存させる“近代”と“伝統”
──大江宏の「混在併存」による伝統表現
2.8 壁を「屋根」とする
──浦辺鎮太郎の「ウラチン庇」にみる“日本建築”の生物学的進化
2.9 「床」を宙に浮かす
──菊竹清訓によるコンクリートの組立建築と架構の象徴表現
2.10 まちづくりの手がかりとしての「民家」
──大高正人のプレファブリケーション工法と傾斜屋根の造形
2.11 「日本的なもの」を解体し、再構築する
──磯崎新による日本建築からの引用手法と「闇(やみ)」の空間
Column 3 折衷の日本の構築 ─伊東忠太の「法隆寺建築論」と進化主義─
Column 4 山田守の伝統表現 ─和風意匠の抽象化による個人的なイメージの共有─
第3章 伝統技術の継承と変容:“数寄の美学”から“民家の造形”へ
3.1 数寄屋を「明朗化」する
──吉田五十八の“新興数寄屋”にみる「大壁真壁」と「明朗な平面」
3.2 数寄屋の古典を再生(リバイバル)する
──堀口捨己による「本歌取り」の手法
3.3 関西風の薄味で自在なデザイン
──村野藤吾の“数寄の美学”の創作精神
3.4 緩勾配・切妻の屋根と象徴的な柱
──白井晟一が秋田の風土から導いたもの
3.5 「箱の解体」により流動する空間
──F. L. ライトと弟子たちのプレーリー・スタイルと“日本建築”
3.6 丸太架構のモダニズム
──A. レーモンドとその弟子たちによる“民家的”空間の抽象化
3.7 ワン・ルームのなかの「鋪設(しつらい)」
──清家清の「新日本調」の小住宅と本棟造り風棟持柱の家
3.8 民家の「象徴空間」を創造する
──篠原一男の「第一の様式」、〈白の家〉と〈地の家〉への道程
Column 5 現代建築にみられる「日本的なもの」
第2部 日本の空間フレームとフォルムを学ぶ
第4章 中世の社寺建築における「日本的なもの」
4.1 神秘的な「奥行き」空間
──中世和様建築(仏堂)の空間構成の成立過程
4.2 穏やかで軽快な佇まい
──中世和様建築(仏堂)の立面意匠の成立過程
4.3 野物と化粧:おおらかさから整備感へ
──中世和様建築の成立の技術的背景
4.4 流造りの中世的展開
──奥行き空間の創出と連棟式社殿
第5章 民家プランと構造の基礎知識
5.1 近世民家の成立
──広間型と四間取り・並列型のプラン
5.2 ベーシック・ストラクチャー
──上屋と下屋・四方蓋・四方下屋・四本柱の四つ建
5.3 日本民家の源流
──分棟型民家と多彩な屋根フォルム
5.4 空間は均質ではない
──オモテとウラ/平入と妻入
5.5 土間と床・座敷
──座の多様性と「高さを操作する」
第6章 日本の都市・集落デザイン
6.1 京都:1200年間続く都のかたち
──都城の完成形の土着化・城下町化・近代化
6.2 城下町の歴史的展開
──5類型と縦町型から横町型への変化
6.3 町家のかたち
──都市に密集して住まう仕掛け
6.4 農村のかたち
──集村から散村への歴史的展開
6.5 水辺空間と生活の風景
──水と暮らしの関わりが生み出す風景
第7章 日本の空間特性
7.1 道
──到達する道、シークエンス、活動の場、盛り場の街路
7.2 間接光が織り成す日本建築の光
──反射光と透過光
7.3 空間の仮設性・可変性
──祭礼、小屋掛け、空間をつくるおおい・床・仕切
7.4 ダイナミックバランス
──反りの美学、アシンメトリー、天地人、間と余白
第8章 日本的空間の構造と配置形式
8.1 軸によって繋がれる空間と時間
──水平性と垂直性が重なり合う直線的構造
8.2 浮遊する平面
──無限に重層化される透明空間
8.3 「奥」を生み出す空間の結合形式
──雁行による奥行がもたらす運動性と時間性
8.4 空虚な余白を包み隠す空間
──「奥」を生み出す引力
8.5 世界の縮図としての空間構成
──家と庭とが織りなす日本的コスモロジー
Column 6 かいわい(界隈) ─活動が規定するにぎわいの場─
第3部 構成要素(モチーフ)とマテリアル
第9章 部位のかたちと構成
9.1 屋根の多様性
──フォルムと素材、妻面と軒裏・組み合わせによるヴァリエーション
9.2 木割:和のオーダー
──部材のプロポーションと配置の規範
9.3 窓と格子
──三つの窓のかたち、茶室の景、格子のヴァリエーション
9.4 戸・障子と襖
──古式開き戸、障子と襖のヴァリエーション、機能的な仕掛け
第10章 民家のシンボリズム
10.1 家格の表現としての屋根
──妻面と瓦葺・家紋と防火祈願
10.2 門と式台玄関~座敷
──誘いのかたち・接客空間の独立
10.3 柱:神と福徳・家長のシンボル
──大黒柱・カマド神(荒神)・恵比寿柱
10.4 梁組・小屋組による演出
──牛梁・中引梁・投掛梁・枠の内・梁算段・貫束和小屋
10.5 塗籠から寝間へ
──高八方造・雪国の生活と閉鎖性・方位のもつ意味
第11章 実用から生まれたアノニマスな機能美
11.1 生産手段としての建築
──農作業と養蚕民家のかたち
11.2 宗教行事と炉端の日常接客
──視線による空間秩序・仏壇と部屋飾り
11.3 風雨と向き合う
──外壁の保護・屋敷林・防風と耐風・曲家
11.4 雪に備える
──構造強化・中門造・セガイ・軒下空間
11.5 火災からまもる
──土倉・土蔵の系譜、卯立の成立過程、立地の工夫
第12章 素材に隠された意味と役割
12.1 素材原論
──自然素材と場所性・連想性・テクスチャー
12.2 素地と着色
──素木と黒木・色付という革新・自然との対比
12.3 漆喰と紙
──白い意匠とプロポーション
12.4 竹の野趣
──自然への連繋・数寄屋と民家の竹使い
12.5 外部空間のマテリアルデザイン
──地域性、真行草、記号的意味、ヒエラルキーとサスティナビリティ
「伝統」に意識的かつ 継承的 なデザイン表現について、戦後日本の建築界を概観すると、1950サクセッシブ年代に「伝統論争」で華々しい議論が展開され、多くの意欲作が生み出された一方で、その後の経済成長期以降、(一部の作家を除くと)同様の試みは影を潜めたように感じられます。他方、国際化が急激に進行した近年では、一部に伝統回帰の傾向が認められ、一般社会のみならず建築界でも「日本的なもの≒日本的・遺伝的アイデンティティと想定されるもの」を再考する状況が醸成されつつあるように思われます。
本書はそうした現代的状況に鑑みて、一般的な日本建築史の教科書とは異なり、現在の建築設計や都市景観デザインに直結しうる、日本の建築的伝統に関する今日的な視点を提供することを目的として編まれました。日本建築の通史書に叙述された様式的細部の変遷をただ闇雲に記憶したとしても、現実的な設計課題に益する機会は少ないのが実情であり、日本の伝統的建築の意匠を、現代の建築に、表層的にではなく本質的に取り入れるためには、むしろ日本の建築史を包括的に理解することに加え、現代的な視点に立って、さまざまな歴史的事象をデザイナー自身が再解釈する必要があるのではないか。こうした問題意識に立っています。
そこで本書では近代の建築家による伝統理解と表現手法、フレームとフォルム、構成要素とモチーフマテリアルの3部構成に基づき、建築・都市・空間感覚などを様々な切り口で再解釈し、学生諸氏・現在活躍している若い設計者に向けてわかりやすく解説することを試みました。一方、「日本の建築意匠」とは何か、そして現在それはどうあるべきかという問題に対する見解を安易に示すことは控えています。むしろそれは、創作・表現活動に関わる事象である以上、個々の設計者たちが取り組むべき重要課題の一つと考えるからです。 深く鋭い建築史的洞察を基盤に日本の建築的伝統に対する本質的見解を世に問うた先達の著作として、伊藤ていじ『日本デザイン論』(1966)、磯崎新『見立ての手法』(1990)、神代雄一郎『間(ま)・日本建築の意匠』(1999)などがありますので、本書とともに活用し、これからの有効な現代的提案に繋げていただきたいと思います。 紙面構成については、設計資料としても使っていただきたいという企図から図版を多く掲載し、読みやすさ重視という観点から、見開きで各項目の内容を完結させる体裁としました。そのため分量面での制約が大きく、盛り込むべき事柄を一気に凝縮した結果、内容的には濃密なものになった反面、叙述不足からわかりづらい箇所もあるかもしれません。本書を通読してさらに理解を深めたいとなれば、本文末尾の註に掲げた資料などによって補完していただければと思います。加えて 各項目 は、各部の編者の統括のもと、複数の執筆者の分担によって執筆さトピックれています。いうまでもなく叙述の方針や文体はできるかぎり統一を図りましたが、具体的内容や細部については執筆者の個性によるところも少なくありません。本書を通読されて不統一の謗りを免れないとすれば、ひとえに編者の力量不足の故であり、ご容赦いただきたいと存じます。
日本の建築文化に興味はあるものの、日々取り組んでいる設計活動にそれをどのように応用すればいいのかわからない、という設計者は意外と多いのではないでしょうか。本書がそういった方々に手がかりを提供することができたとしたら、そしてそのことがひいては現代日本の建築文化の向上に繋がるとしたら、それに勝る喜びはありません。
2016年12月 編者一同