地域生態学からのまちづくり


上甫木昭春 著

内容紹介

健康な地域・緑地環境をいかに守り育てるか

海浜、里山、都市公園、鎮守の森等、地域を支える緑地環境をいかに守り育てるか。地域生態学は、自然と歴史・人文生態に着目して地域の特性を読み解き、健康な地域環境形成への方法を探るものである。地域の緑の保全・再生に繋がる処方箋を書き、管理運営する仕組みを構築する「環境の医者」の役割を果たすための知見を明示。

体 裁 B5変・152頁・定価 本体3000円+税
ISBN 978-4-7615-3180-5
発行日 2009-09-10
装 丁 KOTO DESIGN Inc.


目次著者紹介はじめにおわりに正誤情報

序章 なぜ、地域生態から探るのか

第1部 地域の自然との共生を探る

―生物相に配慮した環境形成を目指して―

第1章 地域植生の変容と保全のあり方

1.1 生活環境における樹林の保全・活用
1.2 都市沿岸域における海浜植物の現状と保全
実践メモ1 調査の組み立て方
実践メモ2 植物の調査法

第2章 地域環境の変容に伴う生物の変化

2.1 農業地域におけるハリヨの減少
2.2 海岸部の埋め立てに伴う陸ガニの減少
実践メモ3 アンケートによる生物モニタリング
実践メモ4 メッシュアナリシスによる空間評価

第3章 都市域における生物の行動特性

3.1 都市域でのナミアゲハの行動特性
3.2 都市公園内ため池のカルガモの行動特性
実践メモ5 意識調査の解析法
実践メモ6 動物の行動特性の調査法

第4章 生物との触れ合いの変化

4.1 3世代の自然遊びの変容
4.2 水辺空間における遊びの変容
実践メモ7 ヒアリングによる人間行動の調査法

第5章 生物と触れ合う場づくり

5.1 学校ビオトープの空間特性の評価
5.2 学校ビオトープの活用実態の評価
実践メモ8 指標種による生物生息状況の調査法

第6章 生物との共生の可能性

6.1 生き物の好き嫌いと共生意識
6.2 野生動物との共生意識
6.3 自然との共生に向けて

第2部 地域の歴史との共生を探る

―歴史性の創出と継承を目指して―

第7章 歴史的緑の保全と継承

7.1 神社の緑の変容と保全
7.2 川沿いのクロマツがつくる固有な風景
7.3 路傍樹の継承
実践メモ9 昔の環境情報の収集法

第8章 地域資源を継承するオープンスペース

8.1 都市公園における地域資源の存在状況
8.2 公的オープンスペースの種類と立地別にみた地域資源の存在状況
8.3 地域資源の活用実態
実践メモ10 地域環境の診断法

第9章 生活文化が生み出す地域資源

9.1 年中行事の継承と再生
9.2 庭空間の公的な役割
9.3 道空間へ滲み出す緑
9.4 住空間の景観とコミュニティの創出
9.5 歴史との共生に向けて

第3部 共生環境のマネジメント手法を探る

-環境活動を担う人と仕組みづくりを目指して-

第10章 共生環境のための意識啓発

10.1 場との係わり合いによる愛着の醸成
10.2 レクリエーション施設における環境教育の現状と課題
10.3 子どもの風景観に対する環境教育の効果
10.4 環境活動のリーダー養成
実践メモ11 意見の整理法

第11章 市民活動の成長プロセス

11.1 緑化活動における自立化プロセス
11.2 水環境保全活動における連携プロセス
11.3 市民活動への行政支援
実践メモ12 市民活動における情報収集

第12章 環境マネジメントのあり方

12.1 伝統的な環境マネジメントの仕組みと変遷
12.2 緑地環境に係わる活動の試論的分類
12.3 統合的マネジメントのためのツール
12.4 環境マネジメントの方向性
実践メモ13 環境管理に関する行政の取り組み

上甫木昭春(かみほぎ あきはる)

大阪府立大学大学院教授(生命環境科学研究科)。学術博士。
1954年鹿児島県生まれ。1979年大阪府立大学大学院農学研究科農業工学専攻修士課程修了後、株式会社景観設計研究所、兵庫県立人と自然の博物館などを経て現職。
専門分野は、緑地計画および地域生態学。
主な著書として、『検証・学校ビオトープ』(大阪公立大学共同出版会、2009)、『大阪湾の自然と再生』(大阪公立大学共同出版会、2008)、『生態学からみた里やまの自然と保護』(講談社、2005)、『農学から地域を考える』(大阪公立大学共同出版会、2003)、『身近な森の歩き方』(文英堂、2003)などを分担執筆。日本造園学会、日本都市計画学会などへの投稿論文多数。
大阪府、兵庫県、神戸市、豊中市、吹田市、大阪狭山市などにおいて、土地利用審査会、河川審議会、都市計画審議会、環境審議会、文化財審議会などの委員を務めるとともに、「大阪湾見守りネット」や「阪神・都市ビオトープフォーラム」などの社会的活動にも参画。

21世紀は環境の時代といわれる。温暖化などの地球規模の環境問題も身近な問題として一般にも認識されつつある。さらに、経済のグローバリゼーション、インターネット社会といったように地球規模での社会・経済システムの形成が確実に進行している。しかし、2008年に起こった100年に一度といわれる世界同時不況は、単一の経済環境体となった経済のグローバル化の脆弱性を露呈したともいえるのではないか。このような経済至上主義は、日本の地域産業にも影響を及ぼし、その結果、様々な地域の自然環境の実態にも多大な影響を与えてきている。

たとえば、近年の林業の推移に目を向けると、戦後の復興のため木材需要が急増し、「拡大造林」政策が進められ、それは主燃料が薪や炭から電気・ガス・石油などに切り替わった「燃料革命」により加速化された。これにともない、昭和30年頃には木材の自給率は9割以上となったが、昭和30年代に木材の自由化が段階的に開始され、昭和39年には木材輸入が全面自由化となったことで、安い外材が供給された結果、国産材の価格は落ち続け、林業経営も苦しくなり、現在では木材の自給率は2割まで落ち込んでしまっている。さらには、人々の林業離れも深刻化しており、枝打ちや間伐といった森林管理はもとより、台風による風倒被害の手入れもされず、収穫期を迎えた人工林も放置されているケースも目立っている。このように経済のグローバル化の波を受けた林業地域では、地域の山が荒れ、後継者も育たず、高齢化が進み共同体の維持が限界に達する「限界集落」と呼ばれる問題まで起こっている。

また畜産業においても、牛肉の輸入自由化に伴い放牧頭数が減少し、放牧景観に変化が生じているケースもある。たとえば、明治37年に開設した長野県の湯ノ丸牧場では、開設当時は300頭もの牛馬が放牧されていた。通常、低木の新芽や草は家畜の飼料となり草原となるが、牛馬の忌避植物であったレンゲツツジは食べられずに残ったため群落が形成され、このレンゲツツジ群落は昭和31年に国指定の天然記念物となった。しかし、昭和50年頃から牛肉の輸入自由化の影響を受け放牧頭数が減少し、現在では30頭に満たない状況にある。その結果、放牧地にカラマツなどの大木の成長が目立つようになったことで、陽光を好むレンゲツツジにとっては生育しにくい状況になってしまった。現在、その保護増殖に向けボランティア活動が展開されている。

さらに、経済の進展に伴い我々のライフスタイルも変化してきた。高度経済成長期の大量生産・大量消費の時代から、環境と共生する時代に入り、それぞれの地域で多様なライフスタイルが展開される時代を迎えているといえる。

このような状況において、地域レベルで多様な社会・経済システムおよびそれを支える環境システムを構築する必要がある。それぞれの地域で、環境の固有性、生活スタイルの固有性、生業システムの固有性の創出が志向され、その結果として多様なタイプの地域が形成されることになり、より健全な全体システムが構築されると思われる。本書は、このような多様な地域の自立・安定・循環に、「緑地」を手がかりとしてどのように貢献できるかを探ったものである。すなわち、地域の緑地環境を健全にマネジメントするための知見を地域の固有な生態から探り、これからのまちづくりにおいて地域特性と共生する視点を大切にすべきであるという考え方に立脚していることより、本のタイトルを「地域生態学からのまちづくり─共生環境のマネジメント」とした。

ところで、筆者が現在の大学に赴任して約11年が経過しようとしているが、現在筆者が担っている「地域生態学研究グループ」では、この間一環して「共生環境のマネジメント」のあり方に取り組んできたといえる。したがって、本書では、筆者が考える「地域生態学」とは何か?、何を目指して研究を進めているのか?、その成果と今後の課題は何か?、などを整理したものであり、このような研究領域を志す学生および各地域で緑地に係わる環境活動の実践や行政計画に係わっている方々に向けて、そのお役に立つことを願って作成したものである。

筆者が所属している大学では、幸いにも研究グループが細分化され過ぎず、ランドスケープの本質ともいえる総合的な研究テーマの設定が可能である。しかし、そのような中にあっても個々の研究グループで性格づけが異なっており、それぞれの固有性を有しながら研究・教育を展開していかなければならない。地域生態学における研究・教育の視点は、序章にも述べているとおり極めて明解であり、ランドスケープを構成している「自然」と「歴史」に着目して地域の固有性をひもとき、緑地環境のマネジメントのあり方を探ろうというものである。その場の特性を発見し、その場の保全・再生に繋がる処方箋を書き、その場を管理運営する仕組みを構築することが、この研究グループに課された使命と考えている。まさしく「環境の医者」という役割を果たすための処方箋の手がかりとなる知見を明らかにしようとしているのである。したがって、地域生態学は、純粋生態学ではないということを、まず断っておきたい。地域生態学では、地域環境の保全・再生のための計画・整備・管理に繋がる知見を得ることが主眼となる。さらにいうと動植物そのものの生理・生態を細かく追っていくのではなく、常に動植物が生活する空間の評価およびそれに伴う保全・創成を探ることを目的としているのである。すなわち、健全なランドスケープをどのように獲得できるかを、自然生態、人文生態といった側面から解明しようとしていると理解していただきたい。

また本書では、地域生態学から探った知見を、実際の計画・整備・管理へ展開・応用することにも配慮している。そのために、地域特性を読み解いたり、その地域環境の保全・創成のあり方を探る際に、その前に立ちはだかる様々な課題への対処法の要点を「実践メモ」としてまとめた。各章で述べた知見とともに「実践メモ」を活用していただくことにより、各地域で環境活動に携わっている方々や研究活動に励んでいる学生諸君などの取り組みがさらに深化していくことを願っている。

この本は、これまで筆者が携わった研究環境の中で、兵庫県立人と自然の博物館~大阪府立大学における研究成果をまとめたものである。そして、現在の職場における延べ約60名の大学院生・学部生との共同研究が、この本のすべてといっても過言ではない。筆者が係わった地域生態学研究グループの卒業論文、修士論文、博士論文の一覧は後のページに示すとおりであるが、残念ながらすべての論文がこの本に反映されていない。しかし、すべての論文は、ここで紹介した考え方のもとに作成されたものであり、それらをご覧いただくことにより、さらに地域生態学の対象領域の拡がりが理解されると思う。これからの研究・教育の展開については、第1~3部の最後でそれぞれの方向性と課題を述べたが、やはり緑地を手がかりに環境マネジメントのあり方を探りつつも、その中で異分野との交流・連携といったより総合的な施策の展開が求められていると思われる。さらに、近年環境問題への対応は最も重大な課題のひとつであり、持続可能な開発のための環境教育の必要性、およびそのような教育を積んだ人々の活躍の場の創出、さらにはそれらを支える制度や仕組みのあり方について、多面的に検討していくことが重要であると考えられる。そして、そのような取り組みを実践する基礎的な単位である地域環境を健全にマネジメントしていくために、地域生態学が果たす役割は大きいといえる。

この領域の研究に踏み込んでみると、なかなか奥深いものを感じる。この本で設定した視点からみても、個々の視点に係わる要素はまだまだ解明されていないことを再確認するとともに、計画・整備・管理への展開・応用といったことが、研究レベルでもっと強く意識される必要性を感じる次第である。そのような視点からの研究課題はまだ数多く残されているといえる。このような状況の中で、私が携わったこの領域での研究期間はまだまだ短く、これまでの研究をまとめるにはいささか時期尚早の感もあるが、勇気をもってこれまでの研究の途中経過をまとめたものである。また、これまでの研究成果が少しでも社会に貢献しうる内容を含んでいるかもしれないという、かすかな期待も込めて、皆様のご叱責を頂戴したいと思う次第である。

この本で紹介した事例は、これまでの仕事の中で培った様々な経験が活かされた結果だといえる。特に、研究活動にご指導やご助力をいただいた、前職場である兵庫県立人と自然の博物館の中瀬勲教授、服部保教授、田原直樹教授、澤木昌典教授(現大阪大学)、並びに現職場である大阪府立大学の増田昇教授、下村泰彦准教授、加我宏之准教授に感謝したいと思う。さらに、筆者がこの領域に入るきっかけをいただいた故久保貞教授とコンサル時代に様々な人生訓をご教示いただいた藤田好茂所長に改めて感謝したいと思う。その他、これまで係わりをもっていただいたすべての方々に、この場を借りてお礼を申し上げたい。そして、この本の出版に際しては、初期段階から論構成や文章のチェックをしてくれた押田佳子さん、清水美砂さん、上田萌子さん、そして図表の整理も手伝ってくれた大平和弘君などの献身的なサポートにお礼を申し上げたい。さらに、この本が出版されるに至ったのは、最初の企画の相談から終始ご助言をいただき、きめ細かな編集をご担当いただいた前田裕資氏と越智和子氏のお陰である。ここで改めてお礼申し上げる次第である。最後に、これまでの仕事を支えてくれた妻と子ども達、そして他界している親達に心より感謝したいと思う。

2009年7月 上甫木 昭春