テキスト建築意匠
内容紹介
設計理論、かたちの操作、構造表現、空間、光、都市などのテーマで、設計を巡る思考の助けとなるような基礎的知識、あるいは最低限知っておくべき理論的フレームを、意匠(design)という言葉で広く捉えつつ、わかりやすく解説。巻末には、一問一答スタイルの問題集を掲載し、講義の進捗状況が把握できるように工夫した。
体 裁 B5変・224頁・定価 本体3200円+税
ISBN 978-4-7615-3146-1
発行日 2006/12/10
装 丁 KOTO DESIGN Inc.
はじめに
凡例
第1章 近代の建築
1 近代への変容
社会の変容/ビルディング・タイプの変化と新しい材料と技術/原型の模索と様式の相対化
2 世紀末転換期の建築
中世モデルと生産・デザインの調和:アーツ・アンド・クラフツ/様式からの離脱過程:アール・ヌーヴォー/表層の自立と装飾の排除:ヴァーグナーとロース/均質空間への道程:シカゴ派と高層建築/アーツ・アンド・クラフツから近代への接続:ドイツ工作連盟
3 前衛運動と近代建築の模索
速度の美:未来派/革命と建築:ロシア構成主義/抽象への意思:デ・ステイル/国際建築へ:バウハウス/近代と個人の表現:表現主義
4 近代建築の3巨匠
フローイング・スペースと有機的建築:フランク・ロイド・ライト/近代建築の5原則と彫塑性への転換:ル・コルビュジエ/ユニバーサル・スペースへの還元的展開:ミース・ファン・デル・ローエ
5 近代建築の成熟とその展開
近代建築の思考形態と意匠/普遍性と地域性との呼応:カリフォルニア・モダン/近代の古典主義への近接:イタリア合理主義建築/経験主義と近代:北欧経験主義
第2章 現代の建築
1 現代建築の視座
2 歴史主義
ロバート・ヴェンチューリと建築の意味性/歴史主義の様々な試行/ネオ・コルビュジアン:近代建築の歴史
3 合理主義
合理としてのタイプ/アルド・ロッシと記憶の中の都市/合理主義の展開
4 構造主義
西洋の外への視点/ヘルツベルハーと都市・建築空間の領域化/構造主義の建築
5 場所
空間から場:現代建築の意識の転換/批判的地域主義/批判的地域主義の諸相/テクトニック:カーンの構造とスカルパの細部
6 構造
技術・構造表現主義の建築/ハイテック:機械から環境へ
7 「建築」の解体から脱構築
建築の解体/構造主義とポスト構造主義/脱構築の建築/チュミとコールハース
第3章 戦後日本の建築
1 戦後近代建築と日本
テクニカル・アプローチ/伝統論争
2 都市への進出
メタボリズムと未来都市
3 近代建築批判
テクノロジー批判・近代建築理念の解体/都市からの撤退・周縁なるものへの視座
4 1980年代
表層と記号・大文字の建築/機能から様相へ
5 1990年代以降
ランドスケープと公共性/ライト・コンストラクション/建築とプログラム
第4章 建築表記の射程
1 建築表記から見えるもの
2 意図の伝達
Situation/Area/Occasion/Division
3 思考の外在化
Sketch/Collage/Description/Rhetoric
4 アンビルトの表記
アンビルト/都市とアンビルト/アーキグラムとセドリック・プライス/強化された物質的存在/リアリティーの表記/物語としての建築/SFにおける建築/社会へのアイロニー
第5章 建築の原点
1 自然の変化と人間による構築
原点への志向/原始の人々にとっての洞窟/天体の動きと巨石による構築/巨石遺構の象徴性
2 聖なる場所の理念と生成
聖なる場所と原初的体験/聖なる場所の構築─中心性と軸性─/神話と創造/「都市」(キヴィタス)と「都会」(ウルブス)/「まち」のイデアと概念モデル/古代ローマの創建儀礼と概念モデル
3 建築理念と「原始の小屋」
祖形としての原始の小屋/ウィトルウィウスの原始の小屋/理性の原理としての原始の小屋/ロージエとデュラン=自然と人為/建築による自然の模倣・再現/自然の模倣としての原始の小屋/自然の規範性としての原始の小屋
4 ルイス・カーンによる元初への問い
建築の「元初」/「オーダー」と「デザイン」/「サーヴァント・スペース」と「サーヴド・スペース」/「オーダー」から「フォーム」へ/「フォーム」と「リアライゼーション」/「フォーム」ドローイングの空間的特徴/元初の場所としての「ルーム」
5 実存的空間とゲニウス ・ロキ
実存的空間の概念/実存的空間の諸要素と諸段階/ゲニウス・ロキの概念/ゲニウス・ロキの両義的本性/人間と場所の双方性
第6章 建築の要素
1 西洋の内と外
建築は内と外の出会うところに作られる/西洋建築史における内部空間の形成/ル・コルビュジエの4つの内外規定
2 日本の内と外,曖昧な境界
日本の木造建築の作られ方/内外の連続と中間領域/結界の特性
3 床
建築空間の構成要素/床の起源/高床(板敷)と土間/場を規定するものとしての基壇・台座/階級や序列を固定化する床の意匠/生命や食物を守る床,機能を分化する床/大地との関わり,人工の床
4 屋根
屋根のはじめ/領域を示し,構築をまとめる/階級や序列を表す/技術進歩と屋根表現
5 壁
西洋建築のメイン・モチーフ/防衛の壁/分割する壁/壁の視認性と秩序化,表現の場/日本の壁
6 柱
基本構造のシンボルとしての柱/柱の意味/中心を示す柱と世界軸/方向性と領域性/柱のかたちのもつ効果
7 門と窓(開口部)
開きつつ閉じる門/閾/都市に開かれた建築の門/視線を通す窓/光と風を通す窓
第7章 建築のかたち
1 かたちの基本
かたちの基本要素/理想的な幾何学と比例
2 単体としてのかたち
中心性を持ったかたち/方向性を持ったかたち/求心性と遠心性
3 かたちの基本操作
引き算的と足し算的/重合と分割
4 かたちの組織化
規則性を持った群/不規則性とダイナミズム/不規則性の組織化
第8章 部分と全体
1 全体と部分の概念
建築における部分と全体/全体からの発想と部分からの発想/知覚の立場では「部分」が先立つ
2 調和とプロポーション
調和と秩序/神殿のシュムメトリア/ルネサンスの円柱学/アルベルティの数的「均整Concinnitas」/立体的なプロポーション/木割と匠明
3 身体と人間尺度
オーダーと身体/寸法単位のベースとしての身体/身体のまわりにある距離帯
4 ミクロコスモスの思想
ミクロとマクロ/部分が全体を表す/一元論と多元論/現代の自己相似性
5 部分の集まり方
統合(Unitas):有機的統一と論理的統一/ルネサンスとバロックの対比/単一中心と多中心/単一中心の建築の例/多中心の建築の例/プレグナンツの法則
6 分節化
分節(Articulation)/建築における6つの分節サンプル
第9章 光について
1 建築と光
ショーペンハウアーの言葉/光の量ではなく「光の質」が重要
2 影をつくる光
光の下の造形/ギリシア神殿の柱/光の鋳物師/光と色彩
3 差し込む光
内部空間に差し込む光/ドームと天窓/光をうける面/トロネの厚い壁と強い光/バロックとキアロスキュロ
4 日本の光
陰翳礼賛とバウンス・ライト/光を受ける日本の意匠/日本建築のプランと光
5 光の壁
モザイクのきらめき/神の宮居と光の形而上学/中世ゴシック教会の光
6 満たす光
クラシシズムと理性の光/明るい都市空間/鏡面とライト・ウェル/衛生と透視性
7 20Cの多様な光
水晶のメタファー/ガラスブロックと光を通す壁/影のない拡散光/アトリウム建築/動く光=モバイル・ライト/影の復権
第10章 空間について
1 空間の位置づけ
空間芸術としての建築/空間の不可捉性/老子の「無」
2 宇宙Spaceのイメージ
宇宙と空間/プラトンのコーラ/ケプラーの宇宙のコップ/アリストテレスのトポス/有限で求心的な空間像・場所の現在
3 有限から無限へ
有限宇宙論の矛盾/縮減された無限宇宙/ブルーノの無限・世界の多数性/デカルトの延長・解析幾何学/カルテシアン・グリッドと世界地図/ニュートンの絶対空間・相対空間
4 無限空間の波紋
空間の恐怖/芸術への影響/均質空間(Universalspace)/観念としての空間─ロック─/頭の中の先験的空間─カント─
5 幾何学的空間
遠近法と無限遠点/無限概念による新しい幾何学的造形/バロック的都市デザインとヴィスタ/視覚の遊び
6 建築の本質=空間
感性の学問/カントとヘーゲルの美学/ゼンパーの様式論/シュマルゾーの空間と身体/空間体験は言葉にできない
7 空虚と非連続な空間概念
ギリシアとカラームの原子論/ライプニッツのモナド
8 20Cの空間概念
空間は物体の位置関係である/時空間の概念/リーマンによる幾何学空間の相対化/ポアンカレの幾何学的空間と表象的空間/メルロ・ポンティの身体からの空間/ピアジェの心理的空間の発達説/心理的空間と物理的空間
第11章 近・現代の都市
1 没場所性とグローバリズム
「都市とは何か」という問い/没場所性/グローバリズム
2 産業革命と近代の都市化
大都市化と都市計画の誕生/19C後半のパリ大改造と道路開設/超過収用と地割の大規模化/オスマン型道路の空間的特徴とその源流
3 近代都市計画とユートピア
田園都市の構想/田園都市構想の実践的側面/工業都市構想とその影響/「300万人の現代都市」の構成原理/「ヴォワザン計画」への展開/「ヴォワザン計画」の意義/「輝く都市」の理念/都市デザインにおける計画概念の4段階
4 都市イメージ論
視覚的経験と「わかりやすさ」(legibility)/パブリック・イメージとイメージアビリティ(imageability)/都市イメージの5つのエレメント/環境経験とシークエンス/シークエンスによる都市イメージ分析
5 都市のコンテクスト
都市組織とコンテクスト/都市組織と建築類型/建築ティポロジア/「図と地」,コラージュ・シティ/セミラチスとしての都市/パターン・ランゲージ
第12章 力の流れと表現
1 積む
積み木の原理/組積造の開口/まぐさ式構造と持ち送りアーチ/アーチ/ヴォールト/ドーム/土の建築/校倉造
2 組む
木の架構/木造のバランス構造/和小屋と洋小屋/トラス/鉄の架構/鉄の種類/建築部材の規格化/橋梁の表現/キャンティレバー/サスペンションの架構/サスペンションの展開/張弦梁構造/テンセグリティ/コンクリートの架構/コンクリートスラブ
3 曲げる
コンクリート構造の展開/シェル構造/シェル構造の展開/折板構造/膜の架構
第13章 持続可能性と建築デザイン
1 持続可能性への視座
環境問題の背景とパラダイム・シフト/持続可能な開発と建築デザインの領域
2 文化財の保存と活用
文化的多様性の継承/文化財建造物の保存と活用/近代化遺産の保存と活用/町並みの保存と活用
3 リサイクルとリユース
材料のリサイクルとリユース/建築のリユース(コンバージョン)
4 省エネルギーとデザイン
通風・換気とデザイン/断熱・暖房とデザイン/日射・採光とデザイン/エネルギーへのまなざしとデザイン
5 防災から減災のデザインへ
地震とデザイン/火災とデザイン/風水害とデザイン
問題集
索引
図版出典
一般に「意匠」(design)という言葉には,「工夫すること,趣向を凝らすこと=idea,device」という意味と,「美術・工芸・工業製品などの形・色・模様・配置などについての独自の工夫,デザイン=design」という意味の2つがあります.
近代建築以前,19C頃の「建築意匠」は,「構造」と対比され,構造的解決を主とする建物本体に「意匠を施す=外観の表現を与えること」,つまり美的・装飾的な操作を指すものと捉えられていました.ローマ期の建築家・ウィトルウィウスは建築の立脚点を「用・強・美」の3つに整理しましたが,このうち「美」を扱う学問としての建築美学は18C後半の哲学者バウムガルテンの創始以来「建築美の本質を追究する学問」として現在まで継続されてきています.こうした背景から,現代においても建築意匠=建築美学の図式で捉える立場が存在するほか,わが国では建築の形態やその構成理論に関する研究が「建築意匠学」の名のもとに定義されています.
本書は,建築家を志す学生や若手設計者を対象とし,日々交わす議論や設計を巡る思考の助けとなるような基礎的知識,あるいは最低限知っておくべき理論的フレームを「意匠design」という言葉の上に(上記とは別の立場から)広く捉えつつ,これらの知見をわかりやすく解説した入門書としてまとめられたものです.と同時に,大学学部レベルの「建築デザイン」「建築設計論」「建築空間論」,大学院レベルの「建築設計特論」等といった意匠系・設計系の教材・講義テキストとして使えるよう,広範なテーマについてできるだけ平易に知見の紹介が試みられています.
本書は,(1)近代建築以降の諸理論,(2)建築の「表記」方法と設計者の意図,(3)形態(かたちや構成,全体と部分の論理),(4)建築構成要素の役割,(5)建築の原点に関する論考,(6)空間と光のイメージの変遷,(7)近・現代の都市の諸理論,(8)力の流れ,(9)デザイン領域の拡大という9つのテーマについて,13の章から構成されています.巻末には各章15題ずつ総計約200問の一問一答を例示しました.本の使い方として,本文13章と問題集+テストを併せ,15回に分けて,講義をすることが可能です.大学の講義では,最終的な到達目標を,「巻末の問題集を解くことができるようになること」と設定することもできますし,「解答を作成するために本文を読んでいく」という手順をとることもできるでしょう.また,各問題文が各章のエッセンス,つまり要約版となっているので,この文章だけを再読することで,本文の中身を概読できるようになっています.
テーマの構成と紙幅の都合上,従来の意匠系の本に比して,美学者・美術史家・建築家などの美論,シンメトリー(対称・均整)やコントラスト(対比)などといった「美の形式原理」,あるいは「色彩」や「装飾」については詳細に解説するにはいたりませんでした.こうした内容については,井上充夫『建築美論の歩み』(鹿島出版会,1991)や上松祐二『建築空間論 その美学的考察』(早稲田大学出版部,1997)そして小林盛太『建築美を科学する』(彰国社,1991)などの優れた入門書・解説書が存在しますので参考にして頂きたいと思います.
本書は,40歳前後の建築意匠関係者があつまり,全体構成から各章の内容にいたるまで議論を重ねつくりあげたものです.この議論は,建築意匠のテキストという広範な主題を扱わねばならない作業であったため,筆者たちの勉強会といった様相も呈していました.思わぬ錯誤などがありましたらご教授いただければ幸いです.
本書を手にした方々が,建築意匠への興味を持っていただける,建築意匠に関する知識をえていただける,そしてこれから生み出される建築や都市の空間がよりよいものになる,そうした一助になればと思っています.