数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション
内容紹介
競争や流行に囚われないための“ファクト”
競争や流行にとらわれず、まちに本当に必要な“移住者”と出会うためには何が重要だろうか?本書では「フェアで持続可能な移住促進」という視点を軸に据え、移住をめぐる研究結果や統計調査など様々なファクトを豊富に紹介。33のトピックに分け、行政・事業者・地域が直面する課題や葛藤を乗り越えるアイディアを提示する
PART 1 移住促進の「当たり前」を問いなおす
01-01 「いま、地方移住がブーム」ではなく、「ずっと、地方移住への関心は高い」
01-02 具体的に移住を検討・計画している人は意外と少ない!?
01-03 実は50年変わらない、移住希望割合と「仕事」というネック
01-04 見落とされがちな”移住をやめる”背景
01-05 コロナ禍が地方移住に与えた3つの影響
01-06 そもそも国はなぜ移住を促進するのか
01-07 他国の移住促進事情から学べる「多様性」の視点
01-08 移住へのキッカケとしてやっぱり重要な観光経験
01-09 金銭的な移住支援の効果は一過性にすぎない
01-10 「移住者=Iターン」という構図で失っている層
PART 2 キーワードからみる地方移住と移住促進の最前線
02-01 移住起業:地域との関係性と相談できる体制づくりが鍵
02-02 教育移住:オリジナリティある教育環境が移住者を惹きつける
02-03 移住婚:問われるニーズと個人の選択への踏み込み
02-04 ダウンシフター:「稼ぎが減ってでも移住した人は多い」説のウラ・オモテ
02-05 介護移住:高齢化社会ならではの地方移住の在り方
02-06 関係人口:関係しない人口という新たな視点
02-07 聖地移住:迎えられる側から迎える側になる
02-08 ライフスタイル移住:経済的成功から生活の質を重視する移住へ
02-09 ルーラル・ジェントリフィケーション:移住者の増えすぎがもたらす問題
02-10 転職なき移住:できる人・できない人の間にある格差
02-11 移住マッチング:技術革新で登場した新たなプロモーション手法
02-12 地方移住の商品化:移住の消費は何をもたらすか?
PART 3 公正で持続可能な移住促進に向けたアプローチ
03-01 過度な自治体間競争から脱却しよう
03-02 「役立つ、優れた移住者」という発想を脱ぎ捨てる
03-03 量と質の二項対立を乗り越えよう
03-04 人口重視のKPIから、主観の変化を問うKPIへ
03-05 移住ランキングと適度な距離感で付き合う
03-06 高まる広域連携の重要性:高知県の〝二段階移住〟政策から探るポイント
03-07 移住をめぐる実態把握のための調査ノウハウ
03-08 担当者の個人的経験を活かす
03-09 移住者と地元住民のトラブルを防ぎ、乗り越える11のアイディア
03-10 格差拡大を防ぐために必要な「正義」の視点
03-11 「移住したい人を増やす」ではなく「移住した人の背中を押す」政策へ
コラム もっと移住促進を考えたい人のための10冊
はじめに
限界集落、東日本大震災、地方創生、新型コロナ禍――過去約20年の間に地域と関連して注目を集めたトピックの傍には、いつも「地方移住」「移住者」の存在がありました。特に、2010年代半ばの地方創生以降は、国と自治体が一体となって大都市圏、特に東京圏からそれ以外の地域への移住を政策的に増やそうと試みる移住促進施策が加速拡大しました。
しかし現在、移住促進をめぐっては様々な課題やトラブルも顕在化しつつあります。例えば、2023年は地方移住に関するいくつかのニュースが世間の関心を集めました。福井県池田町が広報誌に載せた「池田暮らしの七ヵ条」における表現に対する批判、地域おこし協力隊として活動した男性の移住失敗に関するYouTube動画が数百万回再生され話題を呼んだ事例、高知県土佐市で元地域おこし協力隊の男性が経営するカフェが地元住民と対立し内情をSNSに投稿した結果、インターネット上で炎上した事例など、記憶にある方も多いのではないでしょうか。
これらのニュースやできごとを、個人の責任や地域固有の問題として片付けることは簡単です。しかし、それらに多くの媒体を通じて関心が集まった背景には、国や自治体による政策的な移住促進の加速拡大があると考えられます。
現在、大都市圏を除き大半の自治体が何らかの形で移住促進に取り組んでいます。地域おこし協力隊も、受入可能自治体1千461団体の約80%にあたる1千164自治体で、約7千2百人の隊員が活動するまでになっています。日本は自治体の移住促進施策が一般化し、世界で最も地方移住を促している国であると言って間違いありません。
人口の東京一極集中や地方における人口減少、少子高齢化、それに伴う人手不足などのさまざまな課題を解決する象徴的な存在として、国や自治体が移住者に大きな期待をしています。そして地域によっては、その期待どおりに成果も現れています。
一方で、過度な期待や理想の高まりは、ときに目の前の状況を〝正しく〟認識する妨げになります。多くの地域が移住者に期待し、移住者を増やそうと躍起になる中で、見落とされていることがあるかもしれないのです。
そこで本書では、『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』と題し、移住促進に何らかの形で関わったり、地方移住に関心を有したりする方々に向け、地方移住と移住促進施策を見つめ直し、より良い取り組みを実現するヒントを提示しようと試みました。
本書のアプローチは少し変わっています。移住促進を扱った書籍や新聞雑誌の記事などでは、取り組みの成功事例や失敗事例を取り上げることが一般的です。それに対し本書では、事例紹介よりも、地方移住を取り巻くさまざまなデータやキーワードを軸に据え、地方移住と移住促進という現象について、多面的に再検討しました。その中では、それらの現象をめぐる〝当たり前〟の認識を数多く問い直しています。皆さんに代わって、地方移住と移住促進施策に関するさまざまな前提や常識を一度立ち止まって振り返り、時代と状況に合った移住促進施策を実現するための考え方を整理した一冊になっています。
本書は大きく3つのパートから構成されています。
PART 1「移住政策の「当たり前」を問いなおす」では、地方移住と移住促進施策をめぐる常識を捉え直します。例えば、IターンとUターンはどちらが多いでしょうか。金銭的な移住支援は本当に広く有効なのでしょうか。今は本当に〝地方移住ブーム〟なのでしょうか、「関係人口から移住へ」という流れは推し進めるべきなのでしょうか。これらの〝常識〟を疑うことで、当たり前のように捉えられがちな通説の良い側面と注意すべき側面を知り、適正な距離で付き合えるようになるはずです。これは、政府や他地域の動向に間違った影響を受けたり、地域として目指すべき方向性を見失ったりしないためにも大切なことです。
PART 2「キーワードからみる移住促進の最前線」では、近年よく聞くようになった移住関連語句や、学術的な議論で登場する用語を糸口に、移住促進の現状と課題を明らかにします。新しい語句の登場は、特定の移住パターンに注目を集め、集中的な移住促進を促す役割を果たします。これまでは支援・促進の対象ではなかった人が対象になることで、移住支援の幅が広がる可能性もあります。一方で、新しい語句とそれに関連する施策への関心の高まりは、ときに移住をめぐる機会の格差を拡大したり、政策としての正当性や効果が疑わしい取り組みを流布したりすることにもつながります。このパートは事典のように読めるので、気になる項目から読んでみてください。
PART 3「持続可能な移住促進に向けたアプローチ」では、行政にとっても移住者にとっても、そして地域にとってもフェアで持続可能な移住促進を実現していくための考え方や方法を示しています。どうすれば過度な自治体間の移住者獲得競争から抜け出せるのか。移住促進では量と質のどちらに着目すべきか。KPIに振り回されない移住促進はどのように実現できるか。移住者と地域住民のトラブルを防ぎ乗り越えるためにはどうすればよいか。こうした、実践的でありながら根本的な論点を扱っています。すでに行っている取り組みと照らし合わせながら読んでみてください。
最後に、本書の副題には、あえて「フェア」という言葉を入れています。フェアは、日本語で「公正」や「正義」などと訳されます。一見、大げさで堅苦しいと思われるかもしれません。しかし今日、地方移住をめぐる政策・施策においては、格差や不平等性の高まりが散見されます。端的に言えば、地域にとって「移住してほしい」移住者や、政府が「移住させやすい」移住者への支援が厚くなる一方で、「移住したいのに移住できない」、「自分は移住者だと思っているのに支援の対象にならない」「なぜ、特定の人だけ支援の対象になるのか」といった声として課題が現れているのです。2024年8月に、政府が結婚をきっかけに地方移住する女性への支援金制度を新設する計画に対して、批判が相次ぎ事実上撤回する方針に至った事例などは象徴的でしょう。
移住政策は、政策の歴史の中では比較的新しいものです。何をもって「移住」なのか、移住政策とは何なのか、政策的に移住を促進する・支援することの正当性はどこにあるのか、といった根本的な議論が未だ十分になされていません。本書は、「フェア(公正)」という言葉に加え、地域にとっても政策に関わる人々にとっても、移住希望者や移住者、そして将来世代にとってもWin-winな取り組みを目指すという意味で「持続可能」という言葉を入れました。せっかく取り組むのであれば、過度な競争によって疲弊したり、政策によって新たな課題やトラブルが生じたりしないものを実現すべきです。「フェア(公正)」という言葉には、こうした筆者の思いを込めています。この思いが、具体的な論点と方法を伴って読者の皆さんに伝わることを願っています。
2024年9月
伊藤将人
準備中