失敗に学ぶ 自治体まちづくりの仕事
内容紹介
教科書に書かれない現場の悩みに答える一冊
まちづくりの現場は一つ一つ異なり、教科書にある手順や成功例をなぞれば良いといったものではない。そこで著者が実践してきたまちづくりにおける失敗やハプニング、試行錯誤とそれらを乗り越える工夫や心構え、熱意について述べた。ふだん語られることがないこれらこそ、読者の抱える悩み、課題の解決に役立つに違いない
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はじめに
第1章 参加・協働の現場で立ちすくむみ)
1―1 プロジェクターの電球が切れてしまった
1―2 無茶なことを言う住民もいる
1―3 協働のテーマを間違えた
1-4 まちづくりの現場はハプニングだらけ
1―5 住民に助けられた
第2章 日常の落とし穴
2―1 まちづくりニュースの配布を業者に任せるのはもったいない
2―2 関係者との意思疎通を忘れない
2―3 使ってはいけない言葉
第3章 庁内のタテ・ヨコの悩みを乗り越える
3―1 3課長の緊急連携でサポート
3―2 「タコツボ型」が「コラボ」を阻害する
3―3 失敗しないことばかり考える上司もいる
3―4 自治体のトップとの好ましい関係とは
第4章 「外の人びと」と力を合わせるには
4―1 多様な専門家との協働を進めよう
4―2 コンサルタントに丸投げでは失敗する
4―3 現場から他の自治体と連携する
4―4 公民連携はWin-Winの関係で
第5章 議会・議員・審議会へしっかり対応する
5―1 議会・議員の動向に敏感になろう
5―2 厳しく批判されることも、励まされることもある
5―3 都市計画審議会は形式的でも演説会でも困る
5―4 いっそう信頼される建築審査会を
第6章 メディアとどう付き合うか
7―1 メディアを毛嫌いしない
7―2 報道は面白おかしければいいのか
第7章 新しい課題に向きあう
8―1 新たな事業を都市マスに盛り込む
8―2 都市マスを絵に描いた餅にしない
8―3 被災地の復旧・復興を支援しよう
8―4 公共施設の再編にどう対応するか
寄稿 まちづくり職員の専門性と人材育成
1 まちづくり職員のキャリア形成と人材育成――有田智一(筑波大学教授)
2 技術系公務員の専門性を考える――柳沢 厚(C-まち計画室)
あとがき
基礎的自治体のまちづくり職員が経験から掴んだ勘所
著者は、大都市東京の23区のなかで、住宅区と呼ばれる杉並区に長年勤めてきました。その間を中心に住民に最も身近な行政体=基礎的自治体で、多くの人びとの暮らしの場であるまち・地域をより安全・安心で魅力のあるものとするための施策、すなわちまちづくり──を実践してきました。そのプロセスのほとんどは、まち・地域に関わる多様な主体(ステークホルダー)の参加・協働をいかに進めるかでした。それまで経験したことがない参加・協働を進めるにあたって自治体の側に整然としたマニュアルがあるわけではなく、課題を解くにはたくさんの試行錯誤があり、ハプニングがあるのも当たり前でした。
そんな基礎的自治体でまちづくりに携わる職員(まちづくり職員)ならではのリアルな経験をもとに、これからまちづくりに取り組もうとする自治体職員や住民、事業者、専門家などにぜひ伝えたいポイントをまとめたのが本書です。
なぜ失敗やハプニング、試行錯誤を語るのか
基礎的自治体のまちづくりのむずかしさ、一方での魅力は、まちづくりが「現場における総合的な解決」を求めるからです。つまり、①まち・地域に関わる多様な主体の意思を調整し、まとめる、②まちづくりの現場の特性に合わせ、さまざまな制度・事業や資源をヨコつなぎし、活用する、③国・都道府県をはじめ、自治体組織内外の幅広い連携、協力を得る、など多種多様なスキル、ツールの総合化がまちづくりに求められるのです。
それゆえ、まちづくりの現場は一つ一つ異なり、教科書にある手順や成功例をなぞれば良いといったものではありません。そこで本書では著者が実践してきたまちづくりにおける失敗やハプニング、試行錯誤とそれらを乗り越える工夫や心構え、熱意などについて述べました。それぞれの実践は最後には目的を達成したものが多いのですが、ふだんは語られることがない失敗や試行錯誤こそが、読者の皆さんの抱える悩み、課題の解決に役立つと考えたからです。
自治体職員の視点から住民、議会・議員などとの関係について述べる
現場での実践の経験から、まちづくりを進めるうえで欠かせない住民、議会・議員との適切な対応、専門家、NPO、企業、関連の行政機関、メディアの役割などについて、より好ましいあり方を示しています。とりわけ、自治の主人公である住民や議会・議員などとの関係については、従来の出版物にない(自治体のまちづくり職員としての)視点から述べ、まちづくりに携わる、あるいは、携わろうとしている人びとに具体的な手掛かりとなることをめざしています。
積み重ねてきた実践でまちづくりの理念を示す
著者は、まちづくりの実践での悩み、苦労や失敗などにもかかわらず取り組みを諦めませんでしたが、それには個々の実践を支える「まちづくりの理念」があったからです。
本書は、まちづくりの具体的な実践を主な内容としていますが、けっしてハウツーだけを述べるのではありません。まちづくりの理念についても読者の皆さんは著者の考え、思いを積み重ねてきた実践から感じていただけるはずです。また、最後の寄稿では著者が本書を著すにあたり、アドバイザーとしてお願いした有田智一、柳沢厚両先生に自治体のまちづくり職員の役割、鍛えるべき力や心構えなどについて寄稿していただきました。
全国のまちづくり職員に
わが国には大都市地域以外に圧倒的多数の基礎的自治体があります。また、まち・地域のありようは千差万別です。大都市東京の話など関係がない、と思われるまちづくり職員の方も少なくないでしょう。しかし、まちづくりの現場はそれぞれに異なり、工夫、試行錯誤が必要だからこそ、地域の違いを超えて通底することが少なくないと思います。
まちづくりの現場は刻々と変化しています。コロナ禍もその一つです。また、まちづくりの担い手も多様なNPOや企業など、従来に増して広がりつつあります。さらに言えば、まちづくりのツールは、情報通信技術の飛躍的な進歩をはじめ、急激に変化・進化しています。そうした新たな状況に適応しながらも、住民にいちばん身近な自治体のまちづくり職員が、まち・地域の現場で人びとと誠意をもってじっくりと話し合うことは、まさにまちづくりの核心です。
本書を通じて基礎的自治体のまちづくり職員の役割がたいへん重要であること、それだけに創意工夫によって成果を上げられるやりがいのある愉しい仕事でもあることを感じ取っていただければと思います。
また、まちづくり職員の立場から住民や事業者、議員や専門家の方々への期待も随所で書かせていただきました。本書がまちづくり職員と関係者の協働の深化の一助となれば幸いです。
2024年6月
鳥山千尋
自治体が住民をはじめ、多くの人びととの「参加と協働によるまちづくり」に取り組むと言うとき、異論を唱える人はまずいないでしょう。
しかし、ひとくちに参加と協働のまちづくりと言っても、それは、あらかじめきれいに整えられた階段を上っていけば、予定どおりの成果が得られる、といったものではないのではないか──失敗、ハプニング、試行錯誤などはつきもので、それゆえ、まちづくり職員にはクリエイティブで熱意ある取り組みが必要ではないか──私は、そんな視点から、かねて「自治体まちづくり職員論」とも言うべきものをいつか著し、広く伝えたいと考えていました。
そうした思いは、私が折にふれ交流を続けてきた原昭夫さん(東京都、名護市、世田谷区の3自治体でまちづくりに携わった)も同じでした。とくに、東日本大震災のすぐ後から原さんが体調を崩すまでの4年余りの間、高田馬場駅近くのNPO復興まちづくり研究所の小さな事務所で、ほとんど毎日のように顔を合わせ、語り合うことがしばしばでした。
原さんは、参加・協働のまちづくりに向け、いざ現場へとなると、自治の主人公たる住民の思わぬ反対や場違いの言動など(そして、みずからの非力も含め)、予想外の事態に「立ちすくむ」ことがよくある。それを乗り越えないと好ましい成果は得られないのではないか、というのが持論でした。私もまったく同感でした。
原さんが2018年暮れに病魔に倒れ、共著は不可能となってしまいました。その後、新型コロナの感染が爆発的に広がり、私自身が罹患するなど、いくつかの曲折を経てまとめたのが本書です。
本書をまとめるにあたってたくさんの方々にお世話になりました。職場の先輩、仲間、友人をはじめ、住民、事業者、研究者などの皆さん──そして、当然のように夜遅く帰宅するのを辛抱強くサポートしてくれた家族にも心からお礼を申し上げます。ことに本書を書き進めるに際し、杉並区そして狭山市のいろいろな部門の職員が快く資料を提供してくれました。また、阿佐谷パールセンターの小川勝久さん、丸山俊一さんからは商店会の30年前の苦労話を伺いました。
筑波大学の有田智一先生には、自治体のまちづくりに欠かせない現場での総合的な解決など、まちづくりの基本となる幅広いテーマについて改めて多くを学びました。C-まち計画室の柳沢厚先生には、まちづくり職員の情熱、プランニングマインドの大切さなど、貴重なアドバイスを頂戴しました。両先生のご寄稿は、本書の価値をいちだんと高めています。言いようもないくらいありがたいことです。
発刊に際して、学芸出版社の前田裕資氏には本書の内容への厳しい指摘をいただくと同時に、何度も励まされました。深く感謝の意を表します。
2024年6月
鳥山千尋