地域自治のしくみづくり 実践ハンドブック
内容紹介
「地域自治のしくみづくりQ&A」も収録
自治会など地縁型の組織とNPOなどテーマ型の組織が補完しあう「地域自治」のしくみが広がっている。民主性と開放性のある新しい地域社会はどうすれば実現できるのか?この動きをリードしてきた著者らが、理論的背景と行政・地域におけるしくみづくりの方法、各地の事例を紹介。「地域自治のしくみづくりQ&A」も収録。
体 裁 A5・208頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2823-2
発行日 2022-08-01
装 丁 テンテツキ 金子英夫
まえがき
第Ⅰ部 地域自治のしくみはなぜ必要なのか
第1章 地域自治の現状と課題
1 住民自治協議会設立の契機と目的
2 自助・互助/ 共助・公助のバランスの変化
3 検討や調整が足りない課題
4 コロナ禍下の活動と新たな可能性
第2章 地域自治システムのめざすもの
1 地域コミュニティ政策はなぜ重要か
2 自己責任論を超えて
3 地域自治システムの新たなステップへ
第3章 地域自治の法理論
1 新たな法人制度の提唱
2 地域自治のユートピア
3 法人化への動因とそれに適合的な法人類型
4 新たな法人類型の創出が求められる理由
5 法人化の意義と限界
第Ⅱ部 地域自治のしくみをどう設計するか
第4章 自治体に合ったしくみをどうつくるか
1 自治体に合った地域自治システムとは
2 制度設計の予備的段階
3 制度の基幹
4 組織・活動
5 財源
6 地域カルテと地域まちづくり計画
第5章 合意形成と住民自治協議会設置過程のデザイン
1 住民自治協議会設置とコミュニティ政策
2 住民自治協議会設置の過程
3 設置過程における合意形成と論点
4 設置後の運営
5 住民自治協議会の展望
第6章 行政・中間支援組織の支援と役割
1 行政や中間支援組織による支援の意義と方策
2 行政支援の事例
3 中間支援組織による支援
第Ⅲ部 実践に学ぶ
第7章 地域自治のさまざまなかたち
事例1 学校統廃合とコミュニティ活動―宝塚市中山台コミュニティ
事例2 住民の能力を引き出し、地域の課題に事業でこたえる―鳥取県南部町東西町地域振興協議会
事例3 一人ひとりの主体性を育む地域自治―朝来市与布土地域自治協議会
事例4 小規模多機能自治の広がりと法人化
事例5 地域人材の育成とつながりづくり―とよなか地域創生塾の取組み
事例6 多文化共生の拠点づくり―大阪市生野区小学校跡地の活用
課題・展望 事例から見えてくる課題と展望
第8章 地域自治のしくみづくりQ&A
あとがき
私たちが、前著『コミュニティ再生のための 地域自治のしくみと実践』を上梓したのは、2011年夏である。当時は、その年の3月11日に発生した東日本大震災の記憶が生々しく残り、東北の過疎地域での災害対応や復旧・復興のあり方が議論になっていた。その議論は、阪神・淡路大震災(1995年)の教訓を踏まえたもので、とくに災害の初動期や災害関連死の防止、復興まちづくりの計画づくりにおいて、地域コミュニティをベースとした対応が極めて重要であることが、2つの震災を通じて痛切に認識された。
前著で私たちはこれらの危機意識をふまえ、人口減少が本格化する前に、地縁型(地域コミュニティ)組織とボランティアなどのテーマ型(アソシエーション)組織が補完しあうコミュニティ政策として、地域自治のしくみづくりを急がねばならないことを指摘した。
それから10年余、このしくみに基づく組織は、「小さな拠点・地域運営組織」(内閣府)や「小規模多機能自治」「まちづくり協議会」「住民自治協議会」など、名称や構成に差異はあるものの、日本全国で急速に広がりつつある。政府のまち・人・しごと創生総合戦略2015年改訂版で、中山間地域等での集落生活圏の維持策として「『小さな拠点』の形成」が盛り込まれて以降、毎年、内閣府による実態調査も行われている。
それによると、2020(令和2)年5月末時点、560市町村2017ヶ所で「小さな拠点」が形成され、うち市町村版総合戦略に位置付けられている組織は、351市町村に1267ヶ所あるという。これは、全市町村数の約2割が、地域自治や地域運営組織に関する制度を、何らかの形で取り入れていることになる。
これらの組織は自治会・町内会等の地縁組織と、行政の施策目的別に作られてきた地域団体とを統合し、さらに個人有志やNPOなどのアソシエーション的な団体、事業者ら新たな人材も加わることで、自治力を高め、地域の「持続可能性」を高めるのに有効な手立てでもある。しかし、担い手の世代交代や協力者の広がりが見込めない限りは、時間の経過に伴って、役員の高齢化が進み、活動の停滞や組織の衰退が避けられない。つまり、他の多くの制度や施策と同様に、住民自治協議会等のしくみにも有効期限や限界がある、ということだ。
平成の大合併時あるいはそれ以前から制度があった先進地域では、徐々にこの段階に入りつつある。そこでは、目指すべき地域の姿や活動の方向性として、地域の「活性化」だけではなく、さらに人口減少が進むことを見越して「緩やかな撤退」や「〇年後に村おさめ」することも視野に入れ、体制や活動の見直しを考えなくてはならない段階が迫ってきている。もちろん、これは「活動の放棄」ではない。それは、今そこにいる人たちがそこで生ききることができるよう、生活環境の急激な劣化を防ぐために精いっぱいの手を尽くすことを大前提とした、持続可能な地域社会づくりの取組みなのである。
本書は、地域自治システムが全国展開してきた今だからこそ、見えてきた課題を整理し、近未来を展望すべく編集された。地域自治システムの理念や重要性が広く知られるようになったとはいえ、その制度設計や運営の実態は玉石混交であり、地域リーダー層の考え方や行政担当者の熱意といった属人的要素に左右される部分が少なくない。ではあるが、幾つかその「王道」というか、「ここを押さえるとうまくいきやすい」という事柄も見えてきたし、反対に「これを疎かにするとうまくいかない」という事柄も見えてきた。
第I部では、「地域自治のしくみはなぜ必要なのか」と題して、これまで各地で実践されてきた経過を全体的に振り返る中で、改めて明確となってきた課題を整理し、今後向かうべき方向を提示する。
第II部では、いわゆる「住民自治協議会」と行政による地域コミュニティ政策を、参画・協働関係によってつなぐ「地域自治システム」を構築するに当たって、その制度設計の要点を明らかにする。次に「住民自治協議会」をどのようにつくり、運営するのか、また、行政や中間支援組織の支援のあり方と役割を明確にする。
第Ⅲ部では、各地の実践事例からその特徴や成果を学ぶとともに、なお残る諸課題や今後の展望を探る。併せて、各地の現場から寄せられるさまざまな疑問に対する回答やアドバイスを、Q & A 方式で記述した。
本書が、地域社会の現場で世話役、リーダーとして尽力されている方々や、地域コミュニティ政策を担当する自治体職員の方々のお役に立てることを、心から願ってやまない。
中川幾郎
筆者は、前著『コミュニティ再生のための 地域自治のしくみと実践』(2011年)の最終章で、団体自治と住民自治の双方に向けて、地域自治システムや自治協がうまく作動するための「地域自治の十箇条」を提起した。約10年が経過した今、その意味と現状を再確認してみたい。
①自治体条例で、住民自治協議会(以下「自治協」という)の位置づけ、権限権能を明確に担保すること。
②自治体の基本構想・総合計画に自治協を位置付けること(将来的には、下記⑧の自治協単位の地域別計画と全市分野別計画との二層構造にすること)。
③自治協のエリアは、最大で小学校区程度までとすること。
④自治協の構成や代表性は、地域別(□)、課題別(〇)、性別・世代別(△)を担保すること。
⑤地域予算(地域交付金)制度を確立すること。
⑥支所・支援センター機能を活用し、行政との連携・調整能力を強化すること。
⑦地域担当職員との連携・調整を密にすること。
⑧情報を共有し、誰にでも分かりやすい地域ビジョン、地域別計画を策定すること。
⑨コミュニティ・ビジネスなどにより自主財源を獲得し、広報誌が発行できる常設事務局機能を確立すること。
⑩以上を通じて、何よりも「面識社会」を作っていくこと。
①の自治体条例による位置づけの明確化は、かなり浸透してきた。
②の総合計画等への位置づけは、残念ながらあまりなされていない。住民自治のしくみづくりは、縦割りの部門別政策の1つではなく、全体を横断的に貫く課題であることから、総合計画本体の政策分野ごとに、住民や自治協の役割が明確に記述されなければならない。
③のエリアは、「小学校区が基本」と誤解されているきらいがあるが、本来は「面識社会」が成立するのは、おおむね明治時代の旧村、字単位の人口・面積程度までであるとした趣旨であった。自治協のエリアは「小学校区単位」ではなく「小学校区以内の小さなエリア」が望ましい。
④の構成に関する留意事項は、執行部の構成や総会など合意形成の場における少数者への配慮であると同時に、多様性を確保する手法でもある。
自治会・町内会等の代表は□の地域別代表である。○の課題別は、福祉、保健、文化、環境、安全、防災、防犯などの課題別団体からメンバーが自治協に参画し、地域の課題に包括的に対応できる体制が望ましいということだ。△は人口ピラミッドのイメージで、女性の参画や年代別バランスへの配慮だが、これが現実的には難しいようだ。就学前の子どもを抱える家庭や小・中学生の立場を代弁する者、高校生・大学生、その他の若い世代や障がいのある人の参画も求めたい。8章のQ&Aにあるように、働いている人や移住者、在住外国人にも参加してもらう工夫が欠かせない。
⑤の地域予算制度は、地域交付金として制度化している自治体が多い。交付金の積算根拠や予算総枠設定のルールなど、自治体同士で情報交換しながら、より地域が使いやすい制度にしていってもらいたい。
⑥の行政による支所・支援センターについては、活用どころか集約化や機能縮小、廃止の傾向にあるが、本庁から遠い場所にある自治協への支援がおろそかにならない工夫が必要だ。
⑦の地域担当職員制度のあり方は「総力戦型」と「専門職型」とに分岐しつつある。初動期は職員の意識改革の効果が高い「総力戦型」が適しているが、その後、専門職型に移行するかどうかの判断は、当該自治体の「参画・協働」システムの浸透度と深く関係している。
⑧の自治協による「地域ビジョン、地域別計画」や「地域まちづくり計画」の策定は、今日ではほぼ一般的になったが、計画の進行管理や評価も行っている組織はまだまだ少ない。
⑨は、事務局体制の強化については必要性が認識されたが、自主財源確保の取り組みはあまり進んでいない。行政からの交付金や補助金頼みでは、活動が安定せず、思い切った自主事業ができない恐れがある。地域交通や空き家管理など有償事業の可能性の検討も含めて、自立の道を探ってもらいたい。
⑩では「面識社会」づくりの重要性を強調したが、今はコロナ禍で対面行事の開催が難しくなっている。ICTを使って新しい交流形態を編み出し、面識社会を保つ工夫が求められている。
この十箇条は、今なお「地域自治システム」の構築に向けた道しるべであり、多くの自治体でまだ道半ばではないか、と私たちは考える。
1章でも述べたが、地域や社会の状況は変化し続けている。「名望家型リーダー」が枯渇し、自治会・町内会等も組織率や活動が低迷して、互助どころか地域社会の共同性を意識しない住民層が増え続けている。
その意味で、第7章で述べた現代型の「市民教育」いわゆるシチズンシップ教育が重要である。これは、ともすれば中高年世代の教養や娯楽に陥りがちな“余暇社会型生涯学習”から、住民自治の担い手である市民が登場し活躍しうるための教育・学習へと転換を図ることである。
このシチズンシップ教育では、個人及び集団における自己決定能力の向上支援が主題となる。前者は、個人の人生や生活の各場面における自立につながる力であり、後者は集団がコミュニティやアソシエーションにおいて議論し、折り合いながら合意を形成する力である。創造都市論で知られるリチャード・フロリダによると「創造都市」が備えるべき必須資源は、人材(Talent)、人材同士の合意形成スキル・技術(Technology)の開発、多様な人材を受け入れる寛容性(Tolerance)の三つのTである。日本の地域コミュニティ政策においても、この3Tが欠かせない。
実際、10年前と比べて、地域コミュニティをめぐる状況は厳しくなり、コロナ禍がそれを加速している。そこでは交流や親睦だけでなく、地域経営的な視点が必要とされてくる。例えばJR西日本は、コロナ禍で急激に膨らんだ赤字路線の実態を初公開し、関係機関に対して具体的な議論と協力を求めた。今後、いかにして住民の足を確保するかは、住民自治にとっても避けて通れない課題である。これは西日本だけの話ではないだろう。
その他にも、今後全国的に本格化してくる課題として、拠点施設の老朽化や助成金・交付金の先細り、空き家や空き店舗の増加、生活必需品購入拠点の消失などが考えられる。自治協の活動ですべての課題を補完・解決できる訳ではないが、自治協がなければ面識社会が保てず、皆で立ち向かおうという気概が生まれないことは確かである。
地方自治の存亡は、住民自治の充実つまり自治協活動の将来にかかっている。
最後に、いささかの説明と謝意を申し述べたい。
本書は、中川幾郎と直田春夫、田中逸郎、相川康子の四人の討論と共同作業によって全体を企画し、それぞれがⅠ、Ⅱ、Ⅲ各部の調整を担当した。しかしながらその全体的な責任は編者である中川にあることを明確にしておきたい。
この企画に賛同して各章の執筆にご協力をいただいた皆様全員に、紙面をお借りして御礼を申し上げる。また、取材や資料提供でご協力いただいた地域自治の現場の方々や自治体職員の皆様にも感謝を申し上げたい。さらに、前著に続き、地域自治のしくみに関する出版を温かく支援してくださった、学芸出版社の岩﨑健一郎氏と学芸出版社に、心からの感謝を申し上げる。
執筆者を代表して 中川幾郎
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