日本建築史講義


海野 聡 著

内容紹介

歴史の面白さを初学者に伝える渾身の一冊!

東大の講義を再構成。木造建築の成立ちが歴史資料をベースに政治・経済・宗教など社会背景と共に語られる。なぜその時代に、その材料が、技術が変化したのか?ストーリーとして学ぶ建築史の面白さを一人でも多くの初学者に伝えたい渾身の一冊。収録中の日本住宅建築史は21年度東大工学部ベスト・ティーチング・アワード受賞

体 裁 四六・448頁・定価 本体3000円+税
ISBN 978-4-7615-2816-4
発行日 2022-05-01
装 丁 見増勇介(ym design)


著者・海野聡先生によるガイダンス動画



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1章 木造建築の理解への第一歩
2章 木造建築の細部と建立年代の関係 
3章 現存しない木造建築を探る──発掘資料から読み解く原始~古墳時代の建物
4章 仏教の伝来──飛鳥の寺院建築と法隆寺
5章 混在する技術──7世紀の寺院と飛鳥の宮殿
6章 律令国家の形成と都城
7章 古代宮殿の私的空間と公的空間──大極殿・内裏・朝堂院
8章 律令制の展開と寺院建築
9章 仏教の繁栄を支えた寺院建築と大工道
10章 支配層の住まい1──貴族住宅・寝殿造・武家住宅
11章 密教寺院の展開と浄土思想──平安時代の寺院
12章 神社建築の黎明──伊勢神宮・出雲大社・住吉大社
13章 神社建築の諸形式と神仏習合──流造・春日造・八幡造・日吉造
14章 南都の焼き討ちと建築における中世の始まり──大仏様・禅宗様・和様
15章 興福寺の復興と密教本堂の発展──和様の展開と変容
16章 鎌倉新仏教の建築と神社建築の新展開
17章 支配層の住まい──禅宗の住房と書院造の形成
18章 接客空間から遊興空間の追究へ──茶室と数寄屋
19章 都市と庶民の住まい──町並みの類型と町家の形成
20章 農村部の住まい──農村型民家の構造と地方性

海野 聡

1983年生まれ。2009年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程中退、博士(工学)。2009~ 18年(独)国立文化財機構奈良文化財研究所を経て2018年より東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授。専門は日本建築史・文化財保存。著書に『奈良時代建築の造営体制と維持管理』(2015)、『古建築を復元する: 過去と現在の架け橋』(2017)、『建物が語る日本の歴史』(2018)(いずれも吉川弘文館)、『奈良で学ぶ 寺院建築入門』(2022、集英社)、『森と木と建築の日本史』(2022、岩波書店)

法隆寺をはじめとする日本の古建築。ほとんどの人が一度は目にしたことはあるでしょう。国宝や重要文化財に指定されているものも多いですが、この本で取り上げる建物の大半は観光ガイドやカルチャーセンターでは出てこないものばかりです。古建築に向き合うときには、第一印象、すなわち感性が大事ですが、一般向けの概説書や部材名・様式などの知識を詰め込んだだけでは、古建築の真の理解にはつながりません。それぞれ未熟な技術であった時代から技術変革を経て発展していく様子、個々の建築の構成・細部に向き合い、歴史の「流れ」を意識することで、自身の感性と知識が有機的につながっていきます。その意味では、日本建築の鑑賞眼を養うのにも役立つでしょう。

さて、この本は2019年度から2020年度にかけて、東京大学で行った「都市建築史概論」計7回、「日本建築史」計13回、「日本住宅建築史」計7回の講義のうち、20回分をまとめたものです。一部、内容を圧縮・削除した部分もありますが、ライブ感も伝えるべく、なるべく講義の内容そのままの構成としています。それでも1コマ105分で20回分、講義時間にして20時間分の内容にたじろいでしまうかもしれません。さらに、日本建築史というと、工学部建築学科の理系の講義で、とっつきにくいイメージを持たれる方もいるでしょう。確かに聴講する学生は建築学科や工学部の学生が大半ですが、日本史、美術史、インド哲学など、様々な分野の学生が参加してくれています。数式は出てきませんし、むしろ日本史の成果による社会的背景、発掘調査で得られる考古学的な知見、美術史の観点など、建築に限らない幅広い話題が多く出てきます。
というのも私が20代のころ、美術史の研究仲間から「建築史は入れ物ばかり見ている」と言われたことがあったからです。少しムッともしたのですが、実は核心を突いた言葉です。仏堂であれば、仏像が主役、この視点は欠かせません。また儀式など建物の使い方も設計に深くつながっています。そのため講義でも建築ばかりではなく、仏像・生活・道具・社会など、幅広く触れることを心掛けているのです。その意味では、ほかの日本建築史の教科書とは毛色が異なるかもしれません。

さりとて、建築が中心ですから、まず最低限の木造建築の基本構造を知ることは重要です。これを理解したうえで、古建築に向き合った方がわかりやすいため、1回・2回目の講義でお話ししています。そして原始住居から古代、そして中世、近世とおおむね時間軸に沿って講義を進めています。ひとつひとつの建物の知識・用語・設計やデザインの理念をバラバラに習得していくのではなく、それぞれを織りなすことで、日本建築の知のネットワークを紡いでいくことを目指しています。なかには何度も登場する建築もありますので、巻末の索引を使って、本の中を横断してみてください。

またこの本で、寺社建築については古代・中世に重きが置かれていますが、これにも理由があります。もちろん近世の寺社建築にも良いもの、重要なものはたくさんありますが、古代・中世の建築の延長で理解することができます。むしろ古代・中世の建築を理解することが、近世の建築、ひいては日本建築史の本質をつかむことにつながるのです。

この本を読むにあたっては、通史を記した拙著『建物が語る日本の歴史』(吉川弘文館、2018年)との関係を述べておきたいと思います。前著が建築の社会的意義、すなわちコトを中心に述べたのに対し、この本は建築の技術や細部といったモノに重きを置いています。そのため、二冊を合わせて読むことで、多彩な世界観に触れ、日本建築史の理解の促進という相乗効果を狙っています。この本が日本建築史の理解を深めるとともに、日本建築の鑑賞の一助になることを願っています。

海野 聡

私自身、建築史の研究をしようと思って、建築学科に進学したのですが、進学時には全くの素人であったといっても過言ではありません。ただ、中高校生のころに、奈良や京都を訪れ、寺院や民家などの古建築の力強さ、そして次世代への継承という時間の積み重ねに面白さを感じていましたから、こうした現地での体験を通じて、その魅力を感じていたのでしょう。まさに自身の「感性」のおもむくままに、この世界に足を踏み入れたのです。

ようやく建築学科で日本建築史に関する講義を受けたのですが、思えば、指導教員であった藤井恵介先生の講義も一般的な通史とはかけ離れており、想像の斜め上をいくものでした。当時は1コマ90分の講義でしたが、法隆寺の再建論争や両界曼荼羅で1コマが終わるなど、一部のテーマを深掘りした講義で、モノだけではなく、観念的なコトにも重きが置かれていました。先生の専門性が強く表れていた講義であったと、後年になってわかりましたが、曼荼羅からモヤモヤと仏が出てくる、そういった話は、建築史ではモノを扱う、という先入観のあった私にとって刺激的でした。教え手が10人いれば、10通り以上の日本建築史の講義がありうる、とも気づかせてくれました。その意味で、私の講義は自身の文化財の現場で培った経験を反映しているため、考古学や美術史など、学際的な視点が多く、本書もゴリゴリとモノの見かたを積み上げた性格が強いといえるでしょう。

いろいろと書き連ねましたが、建築史に限らず、建築では座学だけではなく、実物と向き合うことが一番です。本書で得た知識や見方とともに、実際の古建築に向き合うと、読んでいてわかりにくかったことも理解できることも多いでしょう。それ以上に古建築の持つ力強さや美しさにじかに触れてもらいたいと思います。各地の寺社や城郭などの訪問がより豊かな体験になり、そこに建つ建物についても、これまでとは違って見えてくることでしょう。

学芸出版社の井口夏実さんから講義録の企画をお声がけいただきましたが、講義の内容での多岐にわたる図面や絵図等は驚かれたかと思いますし、編集でもお手を煩わせました。ここに記して感謝したいと思います。そのかいもあって、尖った講義の一端を示せたと自負しています。

ともあれ、この本で示したような多彩な講義のあり方を通して、もう研究されつくされたとも思われがちな日本建築史に未知の世界が広がっていること、無限の可能性を秘めていることを少しでも伝えられたならば本懐です。

さらに日本建築史を学びたい人は次にあげる参考図書をめくっていけば、より深い研究に触れることができるでしょう。本書が皆さんを日本建築史の世界にいざなう扉になれば幸いです。

2022年2月 自宅書斎にて
海野 聡

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