構造設計を仕事にする
内容紹介
安全とデザインを両立させ、理論を土台に建築を創造する仕事。その思考と技術、修業時代から独立、働き方まで、構造家の素顔を活躍中の16人に見る。難しい計算の仕事だけではない、建築家と協働し美しい架構を見出した時のワクワク感、安全への使命感、チームワークの醍醐味と達成感が味わえる。構造設計の世界へようこそ。
体 裁 四六・272頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2717-4
発行日 2019/09/20
装 丁 助川誠
序 構造設計の世界へようこそ──職能の歴史をひもとく | 小澤雄樹
1 合理性だけでは成り立たない、構造の世界 | 坂田涼太郎
2 木構造の追求──歴史・地域・思想・技術をつなぐ | 山田憲明
3 手計算とコンピューターで、「形」に骨を通す | 三原悠子
interview 構造家との仕事の魅力 | 青木淳
4 形を決める仕事、形が変わる働き方・家族 | 大野博史
5 故郷で構造設計を仕事にする──地元の仕事から海外プロジェクト、そしてこれからの被災地復興|黒岩裕樹
6 海外に日本の構造設計を輸出する | 礒﨑あゆみ
7 成長する構造設計事務所──年齢も事情も異なる人たちが高度な仕事を続ける場所 | 桝田洋子
column 構造事務所の働き方改革 | 武居由紀子
8 意匠から構造設計へ──より自分らしい建築との関わり方 | 村田龍馬
9 アトリエ構造設計事務所のすすめ──技術を軸に自立した人生を選択する | 木下洋介
10 新しい構造設計事務所のかたちをつくる | 萩生田秀之
column 構造家とのコラボレーション | 山梨知彦
11 構造設計を学び続ける楽しさ | 松尾智恵
12 すごろく的巡り──偶発的機会でつながるよこ道・わき道からの構造 | 名和研二
13 構造デザインの実践と教育の両立 | 多田脩二
column 構造教育における人材育成 | 斎藤公男
14 ローカルエンジニアリングと構造デザインの挑戦 | 山脇克彦
15 世界共通言語としての構造設計を武器に | 金田泰裕
16 良い建築は綺麗な骨組みでできている | 鈴木啓
column 構造設計者の生き方 | 金箱温春
編著者
坂田涼太郎/坂田涼太郎構造設計事務所
山田憲明/山田憲明構造設計事務所
大野博史/オーノJAPAN
村田龍馬/村田龍馬設計所
木下洋介/木下洋介構造計画
名和研二/なわけんジム
多田脩二/多田脩二構造設計事務所
鈴木啓/ASA
著者
小澤雄樹/芝浦工業大学
三原悠子/三原悠子構造設計事務所
黒岩裕樹/黒岩構造設計事ム所
礒﨑あゆみ/Schnetzer Puskas Ingenieure
桝田洋子/桃李舎
萩生田秀之/KAP
松尾智恵/川口衞構造設計事務所
山脇克彦/山脇克彦建築構造設計
金田泰裕/yasuhirokaneda STRUCTURE
この本を出すきっかけは2015年のセミナー「アトリエ構造設計事務所*(1)の仕事」に遡ります。このセミナーは今回の編集メンバーである、世代の近い構造設計者8人が、建築を学ぶ学生や若い実務者の方々に、一般的にあまり知られていないアトリエ構造設計事務所の実務とその実際を知ってもらい、この世界に興味を持ってくれる人が一人でも増えれば、という思いから企画したものでした。
構造設計は主に建築家と協働する専門職間の仕事であるため、その具体的な仕事の内容が一般に分かりにくく、あってもその接点は建築作品に限られます。そこで、セミナーでは構造設計の「仕事」そのものを知ってもらおうと思いました。東京で開催したこのセミナーは、当初の予想を大幅に上回る200人以上の学生や若い社会人の方々に足を運んでもらうことができました。多くの方に構造設計の仕事を紹介できたことも収穫でしたが、我々自身にとっても仕事を捉え直す機会になりました。このセミナーは4年目となった今も、毎年回を重ねて開催を続けています。
そして、編集メンバー同士でこのセミナー開催のためにお互いの事務所を行き来し、事務所や仕事の様子を垣間見ながら打ち合わせをして、お酒を酌み交わしながら自分たちの今まで・今・これからのことを語り合ううちに、ひょっとしたらそこで話している構造設計の仕事にまつわる四方山(よもやま)をかたちにして知ってもらうほうが、より構造設計の魅力を知ってもらえるのではないかと考えるようになりました。そんなとき、この本の出版の企画をいただいたのです。
本書は東京近辺で活動する編集メンバーを含め女性や、地方・海外を拠点としているなど多彩な16人のアトリエ構造設計者と、構造設計に関わる6人の識者に筆をとっていただき、構造設計という仕事の四方山を書き下ろしたものです。修行時代、独立のタイミング、事務所の立ち上げ、その後の運営、日々の設計、どのような思いで構造設計に取り組んでいるか。私たち構造設計者の日常は、建物の構造(フレーム)を建築家とともに構想し、手でスケッチや計算をしながら考え、建設現場に足を運んで設計が形になるのを確認します。そして、現場で協働する多くのプロフェッショナルからヒントをもらって次に作るものに思いを巡らせます。
陶芸家の河井寛次郎の言葉に次のようなものがあります。
手考足思*(2)
手で考え、足で思う、構造設計者の日常がそこにあります。そして、その日常は仕事としての構造設計を行いながら、個人としての暮らしや生き方に連続していきます。建築という広大な文明・文化のフィールドで、数千年に渡って築き上げられた工学という巨人の知恵を拝借して仕事をした先に、自分は何ものになれるのか。
新しい自分が見たいのだ ─ 仕事する*(3)
─河井寛次郎─
構造設計者の仕事をのぞいてみませんか。
2019年8月
木下洋介
- (1)構造設計を専業とした事務所のなかでも、特に一人(もしくは一人に近い人数)の構造設計者を中心として建築作品のための固有の構造を設計することを主たる業務とする事務所
- (2)河井寛次郎『六十年前の今』日本民芸館、1968
- (3)河井寛次郎『いのちの窓』 東方出版、2007
「氷山の一角」という言葉は、通常あまり良い意味には用いられませんが、捉えようによっては、建築のあり方を良く表しています。できあがった建築物が海の上に現れている氷山の一角だとすれば、海面下にはそれを支えているずっと大きな部分が沈んでいます。そこには、設計過程で検討されながら採用に至らなかった試案の数々や、そこで積み重ねられた意匠・構造・設備設計者の思考や対話、さらには建設当時の時代背景や、連綿と続く建築・技術の歴史までが含まれています。
本書は、16人の構造設計者の仕事という切り口から、建築という氷山の全体像に近づくことを試みたものです。海上に見える作品紹介にとどまらず、構造設計を志した経緯や、建築家との協働の苦労や面白さ、事務所内での働き方等の内情まで取り上げることで、普段、人目に触れることのない海面下の部分にまで光をあてることを目指しました。本書を通して、読者の皆様が構造設計という仕事に興味を持ち、理解する手助けとなれば嬉しく思います。
この本の編集作業が進められていた最中の2019年5月29日、私たちの偉大な先達の一人であり、独創的なアイデアで空間構造の世界をリードされてきた川口衞先生が他界されました。川口先生は、構造設計という仕事の基本的なあり方について、「単なる知識や技術の機械的な適用ではなく、五体、五官を総動員して行う、全人格的な作業である」(『構造と感性─構造デザインの原理と手法』鹿島出版会、2015、まえがき)と述べています。私は、編集メンバーの一人として執筆者の原稿を読みながら、構造設計者の人格がどのように形づくられ、それぞれの作品に結実していったのか、その過程を目の当たりにする思いがしました。
最後になりますが、ご多忙のなか貴重な時間を割いて記事・コラムの執筆にご協力頂いた皆様、ならびに、企画当初から一貫して構造設計者に対する共感と熱意をもって私たちを励まし続けて下さった編集者の井口夏実さんに、感謝の意を表したいと思います。
2019年盛夏
村田龍馬