文化政策の展開
アーツ・マネジメントと創造都市

野田邦弘 著

内容紹介

戦後、文化政策は大きく変化してきた。国による法整備に始まり、行政の文化化を目指した70年代。ハコモノを量産した80年代。そして多様な主体の参画や文化による地域再生戦略に至った現在までを、日本の現場に即して大きく俯瞰。ダイナミックに進化してきた文化政策を、歴史と領域の広がりを軸に整理した本格的な概論書。

体 裁 A5・224頁・定価 本体2400円+税
ISBN 978-4-7615-2570-5
発行日 2014/04/15
装 丁 上野 かおる


新着情報目次著者紹介まえがきあとがき
2019年12月12日  著者・野田邦弘さんに寄稿いただきました。

特別寄稿|文化政策と地方自治 ― あいちトリエンナーレ事件から学ぶ


まえがき

第1部 文化政策の誕生と発展

1| 国の文化政策

1 戦前、戦後(1980年代まで)の国の文化政策
2 文化財保護政策
3 文化政策に関わる国の組織と予算
4 文化庁の政策

2| 自治体文化行政の誕生と行政の文化化

1 革新自治体運動
2 自治体文化行政の誕生と行政の文化化
3 自治体文化行政の変容

3| 公立文化施設

1 博物館、美術館、図書館
2 劇場、コンサートホール

4| 文化経済学

1 文化の経済規模
2 文化への公的資金投入の理由づけ
3 文化資本とこれからの経済
4 知識社会と知的財産権

第2部 アーツ・マネジメントへの飛躍

5| 文化政策飛躍の時代 ――1990年代以降

1 専門芸術施設の建設と芸術監督制の導入
2 国の文化政策の飛躍
3 文化芸術振興基本法、劇場法の制定
4 企業の文化支援

6|アーツ・マネジメント

1 アーツ・マネジメントの登場
2 アーツ・マネジメントの現場
3 アーツ・マネジメント教育
4 自治体とアーツ・マネジメント

7| 多様化する事業主体

1 文化振興財団
2 アートNPO
3 文化の民営化と指定管理者制度

8|多様化する芸術表現

1 現代アートの潮流、脱美術館の系譜
2 パブリックアート
3 脱美術館そして脱制度、脱芸術へ
4 芸術終焉論

9| アートフェスティバル

1 音楽祭、演劇祭、映画祭
2 世界のビエンナーレ、トリエンナーレ
3 日本のビエンナーレ、トリエンナーレ
4 欧州文化首都

10|場の記憶にこだわるアート

1 ゲニウスロキ
2 アートを生み出す廃墟
3 廃墟の活用事例(廃工場など)
4 廃墟の活用事例(廃校)
5 ジェントリフィケーション

第3部 創造都市政策と文化による地域再生

11|文化による地域再生の時代(1)――1990年代まで

1 グラスゴー、エムシャーパーク
2 ビルバオ、バルセロナ
3 ナント、サンタフェ
4 たざわこ芸術村、利賀村、瀬戸内海の島々

12|文化による地域再生の時代(2)――2000年代以降

1 金沢、横浜
2 ソウル、上海、シンガポール
3 ダブリン、トロント、カナダ創造都市ネットワーク
4 創造農村(神山町、鳥の劇場)

13|創造経済、創造産業

1 創造経済と創造産業
2 日本のコンテンツ産業
3 フロリダの創造階級論
4 創造性とは何か

14|世界に広がる創造都市政策

1 人材クラスター論
2 創造都市論
3 文化のグローバリズムと文化多様性
4 日本政府の取り組み

15|創造都市形成へ向けた政策

1 創造都市政策の着手に向けて
2 アートセンター成功の鍵
3 なぜアートなのか
4 行政のイノベーション

参考文献

索引

あとがき

野田邦弘 Kunihiro Noda

鳥取大学地域学部地域文化学科教授(文化政策、創造都市論)。早稲田大学政治経済学部卒業。2004年までは横浜市職員としてコンテンポラリーダンスフェスティバル「ヨコハマアートウェーブ’89」の企画制作や「横浜みなとみらいホール」の開設準備など文化行政に携わる。2003年には「クリエイティブシティ・ヨコハマ」の策定に関わり、新設の文化芸術都市創造事業本部創造都市推進課初代担当課長に就任、第2回横浜トリエンナーレ等を担当した。文化経済学会理事(元理事長)、日本文化政策学会理事、NPO法人都市文化創造機構理事、鳥取県文化芸術振興審議会長、鳥取県地方自治研究センター理事長、あいちトリエンナーレ実行委員などを兼任。

〈主な著書〉

『創造農村』(共著、学芸出版社、2014年)、『地域学入門』(共著、ミネルヴァ書房、2011年)、『創造都市横浜の戦略』(学芸出版社、2008年)『入門文化政策』(共著、ミネルヴァ書房、2008年)『創造都市への展望』(共著、学芸出版社、2007年)など。

2020年東京オリンピック開催が決まった。わが国では、オリンピックはスポーツの祭典として理解されており、そこに文化プログラムが含まれていることはあまり知られていない。

オリンピック憲章(2013年9月改訂版)は、「オリンピック精神とは、肉体(body)と意志(will)と知性(mind)の資質を高めること、それらを融合させながらそれらの間のバランスのとれた人間形成を目指すものである」とうたっている(オリンピック精神の基本原則1)。そのうえで、「オリンピック組織委員会は、選手村が開設されている間は文化プログラムを実施しなくてはならない(39章)」としている。実際、2012年のロンドンオリンピックでは、「ロンドン2012フェスティバル」として音楽、演劇、ダンス、美術、映画など約600の文化事業がオリンピック開催期間を含む12週間にわたり実施された。

わが国で、オリンピックが単なるスポーツの祭典として考えられている背景には、芸術や文化の社会における優先順位が低いという現実がある。芸術や文化は時間や経済にゆとりのある人のものと考えられ、劇場や美術館に通うことは、なにか特別な行動として受け取られがちである。

本書は、このようなわが国の芸術や文化をとりまく環境を対象化しつつ、戦後の変遷について、おもに地方自治体の取り組みを中心に述べる。

戦後、地方自治体の文化への取り組みは、各種教室や市民講座の開催など社会教育の一部としてスタートした。その後、全国に公立文化施設の整備が進み、ハード面では文化環境が整っていく。しかし、これらの施設では、管理優先で硬直的なうえ専門性を欠いた運営が多くみられ、ユーザーから批判を受けることとなる。

このような批判にこたえるかたちで、1990年代には芸術監督制の導入やアーツ・マネジメント教育が始まる。この時期になると日本芸術文化振興会や地域創造の設置、現代芸術に対する重点的支援「アーツプラン21」の開始など、国の文化政策が飛躍的に発展し、2001年には文化芸術振興基本法が成立する。民間においても企業メセナ協議会の設立や文化経済学会〈日本〉の発足など、社会全体として文化への関心が高まることとなる。
しかし、バブル経済の崩壊後は、中央政府および地方自治体の財政状況が悪化したため、特に地方自治体で文化への財政支出が抑制されることとなる。

このようななか、NPO法の制定(1998年)や指定管理者制度の導入(2003年)は文化の民営化を推し進め、行政とNPOの協働方式によるアートセンターの活動が各地で始まる。これらのなかには、横浜のBankARTや鳥取の鳥の劇場のように地域を大きく変える力を発揮するものが現れてくる。

2000年代に入ると、このようなアートが持つ地域再生力を研究する創造都市論が、わが国でも大きな注目を浴びるようになる。創造都市とは、芸術や文化活動にともなって生じる人びとの創造力を最大限に引き出し、それを社会や地域のあらゆる場面に適用することで、社会のイノベーションや地域再生といった中長期にわたる好ましい変化をもたらすメカニズムを指す概念で、1990年代頃から世界中で使用されるようになった新しい用語である。

文化庁は、2007年度から「文化芸術創造都市」の取り組みを開始し、次第に事業規模を大きくしている。欧州文化首都(後述)にならい、日中韓3国で「東アジア文化都市」を2014年にスタートさせた。
本書では、戦後文化政策の歴史をたどりながら、芸術文化の持つ力やその政策化に向けた理論、今後の展望などについて述べていく。その際、地域に大きな変化を与えてきた大地の芸術祭(2000年~)、横浜トリエンナーレ(2001年~)、瀬戸内国際芸術祭(2010年~)、あいちトリエンナーレ(2010年~)など現代アートに焦点を合わせた内容構成とした。

本書は、地方自治体や文化施設で文化を担当する職員、文化政策や都市計画に関わるシンクタンクや研究者、文化政策やアーツ・マネジメントを学ぶ学生、アートNPOスタッフ、全国でアートプロジェクトに関わる人、地域に関心を持つアーティスト、などの方に読んでいただきたい。多くの方にお読みいただき、積極的なご批判、ご意見を賜れば幸いである。

筆者は横浜市職員時代に、国の重要文化財である横浜市開港記念会館を貸し切って行ったパフォーマンスアートフェスティバル「メイガーデン」(1987年)、旧三菱倉庫を会場として実施した「ヨコハマフラッシュ」(1988年)、コンテンポラリーダンスフェスティバル「ヨコハマアートウェーブ」(1989年)、「横浜みなとみらいホール」の開館(1998年)、などを担当した。どの事業も前例のない実験的なものや実現には困難を極めるものばかりであった。これらの事業を行政の立場から進めることの難しさを痛感し、文化政策研究に着手した。そして、この時の体験を『イベント創造の時代』(丸善、2001年、絶版)としてまとめた。

その後、横浜市の新しい都市政策「クリエイティブシティ・ヨコハマ」の策定(2004年)、ディレクターの降板や1年遅れといった状況で開催された「第2回横浜トリエンナーレ」(2005年)を担当した。特に、クリエイティブシティ・ヨコハマをリードしたBankARTの成功は、関内地区にアーティストやクリエイターの集積を実現するなど、着実に周辺地域を変えていった。また、かつての売春地区、黄金町のまちの再生という大きな社会実験も始まった。これらは、クリエイティブシティ・ヨコハマの政策づくりを担当した筆者の予想を超えた現象であった(『創造都市横浜の戦略』学芸出版社、2009年)。

2005年には、新生の鳥取大学地域学部地域文化学科に移籍し、文化政策と創造都市政策の教育研究に専念することとなった。一方で、文化庁とともに「創造都市ネットワーク日本」の設立(2013年)に関わるなど、学外の活動も継続している。

筆者は、現在鳥取市中心市街地にある歴史的建築物を活用したアートプロジェクト「ホスピテイル」に取り組んでいる。衰退する地方都市において、アートにより本当に地域が変わるかどうかこれから正念場をむかえることになる。これは鳥取大学地域学部の基幹プロジェクトのひとつに位置づけられている。

地域学とは、これまで国家中心に組み立てられてきた人文社会系の学問体系を「近代的産物」ととらえて、「地域」という視座から新たな学問体系を再構築しようとする「超近代」の営みということもできる。これからの地域づくりの主体は地域の住民と自治体、NPO、地場企業などの地域組織であり、その取り組みは地域の資源を活用した内発型のものとなる。この思想は創造都市の理念そのものである。

本書は、このような筆者の経歴のなかで培われてきた問題意識にもとづき執筆したもので、理論化を目指しながらも可能な限り現場を重視した具体論として書いたつもりである。それは、筆者自身、現場体験を通して問題意識を深めてきたという自己形成過程があるからである。

本書は、文化政策の概論書として執筆したため、広範なテーマを取り上げることになった。文化政策という、優れて学際的、学融的分野に正面から取り組みたいと考えたからである。しかし、筆者の浅学非才のため、それぞれの専門分野における知識不足や論考の浅さ、誤りもあると思われる。その点では読者からの批判を待ちたい。

本書は、その構想段階から学芸出版社の前田裕資氏と岩切江津子氏の適切なアドバイスのもと書き進めたものであり、両氏には大変感謝している。編者への謝辞をもって、あとがきにかえたい。

野田邦弘

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