サステイナブル・スイス
内容紹介
環境も社会も経済も長持ちする未来をつくる
豊かな自然を育む生活文化を背景に、国・自治体の力強いリーダーシップと先進的政策、専門家、企業、市民の熱心な活動が一体となって社会の持続可能性を高めてきたスイス。持続可能なエネルギー利用、快適で美しいエコ建築、クリーンで便利な交通を実現する、小さな環境先進国のポテンシャルを豊富な図版とともに紹介する。
体 裁 A5・224頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2462-3
発行日 2009-05-30
装 丁 内藤 敏昭
刊行に寄せて
はじめに
CHAPTER 1 持続可能なエネルギー利用
1 国のエネルギー政策
1 二つの10ヶ年計画
2 エネルギー政策停滞期の国民投票
3 炭素税と気候セントの導入
4 再び加速するエネルギー政策
Topics 電力不足説と気候温暖化を口実とした原発押売り
2 州のエネルギー政策
1 州が先導するエネルギー行政
2 バーゼル・シュタット州のエネルギー政策
3 自治体のエネルギー政策
1 エネルギー都市制度
2 シャフハウゼン市の取り組み
4 再生可能エネルギーの普及
1 スイスの再生可能エネルギー事情
2 再生可能な電力の増産と販売
3 先進するバイオマス利用
Topics 「今100」~再生可能エネルギー普及の新モデル
CHAPTER 2 快適で美しく経済的なエコ建築
1 エコ建築が育まれる土壌
1 サステイナブル建築とは?
2 100年建築の伝統、快適性を追求する建築文化
3 1985年のエコ建築、一戸建てマーグ邸
4 2000年のエコ建築、集合住宅サニーウッド
5 サステイナブル建築普及のための人材育成戦略
2 省エネ建築を普及させる
1 法規で定められた断熱設計
2 人気の高い省エネ基準「ミネルギー」
3 省エネルギー住宅の熱源、設備
4 2000W社会の建築を目指して
3 健康と環境を守る建物づくり
1 総合的な視点から判断されるエコ建材
2 建材会社ガッサー社のエコオフィス
3 国・州・市の先導する環境性能評価「エコ・バウ」
Topics ハイテクと伝統が生む木造建築の新構法
4 次の50年を見据えた省エネ改修
1 省エネ改修で不動産の価値を上げる
2 国・州の省エネ改修の促進対策
3 1960~70年代の団地改修
4 省エネ改修を増やすための今後のビジョン
CHAPTER 3 クリーンで便利な交通
1 自動車交通のエネルギー消費量
1 サステイナブルな交通への険しい道
2 自動車の省エネ政策
3 市民にとっての省エネ車
4 未来の車は?
2 公共交通とカーシェアリング
1 公共交通天国スイス
2 カーシェアリングのメッカ
Topics 気候に負担をかけずに飛行機に乗ろう
3 歩行者と自転車に優しい交通
1 自治体の交通移動コンセプト
2 交通需要を減らすモビリティ・マネジメント
3 車を締め出す観光戦略
4 スロー交通を観光資源に
Topics 世界初、ソーラーボートで大西洋横断
4 貨物交通のモーダルシフト
1 先進的なモーダルシフト政策の誕生
2 モーダルシフトを促進するツール
3 モーダルシフトの実効力を高めるために
スイスの経験から
あとがき
主要参考文献・ウェブサイト
サステイナブルなスイス、環境も社会も経済も長持ちするようなスイスづくりをテーマとした本書を貫く一つの筋は、エネルギーである。スイスでも、日本でも、エネルギーの扱い方をサステイナブルなものにしてゆくことが、社会や経済のあり方をもサステイナブルな方向へと導いていくからだ。そのため本書では、はじめにスイスのエネルギー政策について、次いでエネルギー消費の大半を占めている建築と交通の分野での取り組みについて、市民や産業、行政といったさまざまな側面から紹介していく。その際に、スイスの革新的な面も問題のある面も含めた、現実に近い全体像を描き出そうと試みた。
スイスを含む中央ヨーロッパでは、建物でも自動車でも、普通の消費者の手に届く価格で、エネルギー消費量を少なくとも半減させたり、日常生活に必要なエネルギーを再生可能エネルギー源で供給する技術やノウハウは出揃っている。それらを普及させる取り組みは、地域経済を促進し、健康で快適な暮らしづくりや活気あるまちづくりにもつながっている。そして、そうした取り組みの先には2000W社会というスイスのオフィシャルなビジョンがある。それはエネルギー消費量を現在の3分の1に減らし、その75%以上を再生可能エネルギーでまかなう豊かな社会。CO2排出量は、現在の6分の1の社会である。
筆者が原稿をまとめ始めた2007年は、温暖化問題がスイス市民の関心事ナンバーワンに躍り出た。そして原稿を書き終えた2009年頭には、世界的な金融危機がスイスでも将来に不安の影を落としている。その間に、スイスのエネルギー・環境分野での施策は急スピードで進展してきた。そして現在、従来型の経済のあり方が危機にあるからこそ、この危機をチャンスと捉えて、エコノミーもエコロジーも同時に射落とすような政治への気運が高まっている。限りある資金を産油国に注ぎ込み続けるのではなく、省エネルギーや再生可能エネルギー対策により国内の経済に流通させる方が賢い選択であることが、誰の目にも実感を帯びてきた。また社会と経済が持続可能であるためには、国や行政の強いリーダーシップが不可欠であることを、それを足蹴にしてきた勢力も渋々見直さないわけにはいかない時代になった。
これまでに景気対策として、スイスは総計10億フラン(約1000億円)を2009年度の予算に追加した。その用途の大きな柱はエネルギー対策である。これまで長年行ってきた建物の省エネ総合改修、太陽光発電設備、再生可能エネルギー源を用いた地域暖房網への補助を強化する。その他にも以前から計画されていた鉄道網更新プロジェクトや景観・自然保全も追加予算で強化されている。また先進的な市や州は、国を力強くリードしている。たとえば2008年11月末には、チューリッヒ市が76%の可決票で脱原発と2000W社会を政策目標とすることを市の憲法に定めた。さらに16の州では2009年から建設基準法を改訂した。新築の建物の省エネルギー性能は1990年の規制値と比べると2倍以上に向上し、再生可能エネルギーによる給湯も義務づけられている。また電力浪費源として問題となってきた暖房用電気ボイラーの禁止も全国的に実現しそうだ。暖房を中心とする熱エネルギー分野では90年比でのCO2排出量が11.2%減っているが、京都議定書の期限に向けてさらなるラストスパートがかかりそうである。
スイスがこうした道を選択した背景には、自らの文化や経済の構造、そして直接民主制や全政党政府、26州の連邦制といった独自の政治システムがある。そして日本には日本が選ぶべき道がある。だが、人口750万人の小国スイスのチャレンジ、成功、失敗といった経験の中に、日本の未来づくりに役立つエッセンスも少なからずあると確信している。それが読者の皆さんの日々の活動への刺激と勇気につながれば幸いである。