住まいと街の仕掛人
内容紹介
環境に溶けこみ、街をつくりだす建築の作法
地域性に依拠した個性的な住まいづくりをテーマに集住空間を生み出してきた現代計画研究所は、集合住宅や住宅地の設計を中心にコーポラティブ、団地再生や、民家型構法(木造住宅の建築システム)の開発にも取り組んできた。30年にわたる数々のプロジェクトから、環境に馴染み、街づくりへと繋がっていく住まいを探求する。
体 裁 A5変・240頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2328-2
発行日 2003-12-20
装 丁 CRATER Design Works
はじめに
第1章 木造の再発見〈民家型構法〉
1・1 骨太な木の住まいをつくる―東京都・下石神井の家
1・2 街なか別荘という形―新庄市・新庄の家
1・3 新・遠野「住宅」物語―遠野市・遠野市営鶯崎住宅
1・4 大きなスギの木の下で―つくば市・つくば市立東小学校
1・5 街なかの木の教室―八王子市・八王子市立みなみ野小学校
第2章 自然とともに暮らす
2・1 木立の中のゲストハウス―箱根町・時空庵
2・2 北下がり急斜面で豊かに暮らす方法―奈良市・奈良青山自然住宅地
2・3 空中緑間住宅―篠山市・今田町の家
2・4 市民が運営する公園の中の公共施設―舞鶴市・舞鶴市陶芸館
第3章 地域に根ざす集合住宅
3・1 地域型の公営集合住宅の出現―水戸市・茨城県営六番池団地
3・2 雪国の四季に馴染む集合住宅―秋田市・秋田県営御野場団地ほか
3・3 島に還るための家なみ―大島町・大島町営広屋団地
3・4 棚田につくる新・集落―諫早市・諫早市営本野けやき団地
3・5 地形の力を生かす魅力―可児市・可児市営広眺ヶ丘住宅
3・6 風景の中に深く根を下ろす集合住宅―広島市・日本住宅公団鈴ヶ峰団地
3・7 地域共生の土地利用検討会―京都市・アーバネックス三条
第4章 集合住宅で個性的に住む
4・1 参加型の集合住宅づくり―八王子市・ヴェルデ秋葉台
4・2 木のマンションが欲しい―八王子市・南大沢学園五番街ほか
第5章 新しい住環境を創り出す一戸建て住宅の街づくり
5・1 歩いて楽しい居住環境街区―三田市・すずかけ台街びらきゾーン
5・2 理想郷と名づけられた住宅地―三田市・アルカディア21住宅街区
5・3 スペックによる街づくり―関西学研都市・光台住宅地
第6章 街に暮らす
6・1 通りを彩る街のパティオ―東京都・ヨックモック本社
6・2 街に開かれた内部空間のあるアーバンユニット―芦屋市・緑のタイルの家
6・3 交流を育む街の診療所―大竹市・大竹の診療所
6・4 駅から始まる―牛久市・ひたち野うしく駅
第7章 暮らしと街の再生
7・1 市街地化をもくろむ団地の再生―金沢市・石川県営平和町団地
7・2 生活と風景のリノベーション―御坊市・御坊市営島団地の再生
7・3 人間サイズの街の再生―芦屋市・若宮地区震災復興のまちづくり
あとがき
私たちの研究所は、今からちょうど三〇年前、一九七三年に設立され、以後、東京、大阪、広島を拠点に、空間デザインの立場から、望ましい生活環境・建築づくりの実現を目指し、提案をしつづけてきた。
本書は、そのいくつかの代表的なプロジェクトの紹介を通して、私たちの研究所が生活環境・建築づくりにどのような思いを託し、そこからどのような空間デザインの手法を見いだしてきたのかを、とりまとめたものである。専門家のみならず、街づくりや建築に関心を持つ市民の人たち、専門家を志す大学生、行政に携わる方など幅広い方々に読んでいただき、これからの生活環境づくり、建築づくりがどのような課題に取り組み、どのような空間像を共有すべきなのかを考えていただく一助になれば幸いである。
ここではまず、私たちがこれまで、どのような領域のプロジェクト群に出会い、その時の社会的背景や課題に対し、どのようなテーマを掲げて取り組んできたかを、三つのステージに分けて簡単に紹介しよう。
第一ステージ―集まって住む環境づくり
研究所開設の一九七三年は、オイルショックの年であった。戦後、一貫して成長を続けてきたわが国が、成長路線の見直しを迫られた最初の時期でもあった。建築や街づくりにおいても、それまでの量の充足や効率を重視する手法は、短期間に一定の整備水準を達成したものの、一方では単調で画一的な外部空間を生みだし、その結果、人々に疎外感を与え、街なみを貧しくしてしまい、そういった環境の質が問題となっていった。私たちは「地域性に依拠した個性的な環境づくり」をテーマに掲げ、水戸・六番池団地をはじめとする公的な集合住宅団地の設計を、続いて戸建住宅地の計画、三田・ウッディタウンや奈良青山自然住宅地などの設計を手掛けることになる。この集まって住む環境づくりへの取り組みは、その後、青山・ヨックモック本社ビルやひたち野うしく駅といった街の建築を考える、都市デザインへの取り組みに発展していく。
第二ステージ―物づくり・仕組みづくり
八〇年代に入ると、住宅の質の向上、長寿命の社会資本整備が課題とされた。わが国の住宅供給の中で大きな割合を占める木造住宅も、早く安くの風潮の中で、短寿命、構造的不合理、産廃問題、資源の浪費など様々な問題を抱える状況に陥っていたが、私たちは改めて「長寿命化、省資源・省エネ、日本の風土に合った合理性」をテーマに、物づくりとしての木造住宅づくりに取り組んだ。国内森林資源の循環を視野に入れた現代日本の木造住宅〈民家型構法〉を提案し、多くの住宅や地域の公営住宅を手掛け、保育園や小学校などのプロジェクトへ発展した。
第三ステージ―生活を育む空間づくり
住宅規模の拡大、設備の充実が進む一方で、生活者のニーズ、思いを正確に把握しない、作り手売り手市場とも言える生活空間づくりのあり方には疑問が感じられる。特に、都市住宅の主流であるマンションの多くは、お仕着せを脱せず、室内空間も画一的で、集落のような集住体でありながら共有空間も貧しいため、愛着をいだきにくく、街としての環境も貧しいものにならざるを得ない。これに対し、私たちは「参加型住宅づくり手法の開発」をテーマに、ヴェルデ秋葉台や御坊市営島団地建て替えなどのコーポラティブ・プロジェクトや、スケルトン・インフィル手法のプロジェクトなどに取り組んだ。団地の建て替えや都市型住宅の開発など、新たな生活づくりへの提案でもある。
本書では、こうした一連の取り組みを、生活者の視線を念頭に置きつつ捉え直し、身近な七つのテーマに沿って再構成し、紹介している。私たちの基本的な土俵は空間デザインである。ここでいう空間とは生活空間であるが、良い質の空間づくりは、良い質の生活づくりがベースにあってはじめて実現可能である。本書ではその生活の質の視点、つまり価値ある生活について、私たちがどのように捉え、それをどう空間として表現しようと努めてきたかを明らかにしたいと考えた。うまく読者諸氏の議論のきっかけとなれば幸いである。
私たちに問われている新たな課題とは
私たち研究所の三〇年にわたる活動の軌跡を振り返ってきたが、二十一世紀という新たな世紀を迎えることになった私たちは、これからどのような途を歩めばよいのだろうか。
本書で紹介したように、建築を環境の一部と捉えるスタンスや良質なコミュニティづくりを目指すこれまでの私たちの実践活動の方向は、少なくとも間違っていなかったと自負している。それは、近年盛んに紹介されているここ一〇年あまりの欧米諸国の動きと重ねてみても、いっそう確信を深められるものである。
しかし、私たちの実践活動の軌跡はまた、正直に言って、一進一退の苦戦の連続でもあった。ほとんどが、限られた理解者の支えと、たまたまという偶然に恵まれての活動だったのではないかという思いが強い。しかも、わが国の現状を考えれば、〈住まい・街づくり〉を取り巻く環境は、ますます悪くなっていると言わざるを得ない。一つひとつの良い成果も、なかなか社会化され広まっていかない。全体像としては、あいかわらず、街は美しくならず、暮らしやすくならない。この現状を根本的に改革するためには、その前提として、私たち建築家は無論のこと、多くの専門家、行政関係者、とりわけ主体であるべき市民が乗り越えなければならない大きな二つのハードルがあるように思う。本書の終わりに、その二つの宿題を書き記しておきたい。
〈住まい・街づくり〉を支える〈都市計画理念〉の貧困をどう克服するか
欧米諸国の都市計画制度に注目する時、その制度の背景に、都市開発や都市居住において、〈公共性の原則〉すなわち、「個人の短期的な資産運営よりも、社会的な福利を優先させる」ことに関して、社会全体がしっかりと合意していることを見逃してはならない。〈文化〉としか言いようのない〈都市計画理念〉を市民全体が共有しているのである。
それにひきかえ、わが国の場合はどうであろうか。残念ながら、先進諸国の中で、わが国ほど〈建築自由〉の国はないと言われている。無論、わが国でも、個別的な法的規制は用意されている。しかし、こうした規制を個々の建築が遵守したからといって、それらの建築群によって良好な街なみが形成されるという保証はどこにもない。やはり、欧米のように、〈公共性の原則〉に立って建築の形態を規制する意思を都市計画が持たない限り、良質な〈住まい・街づくり〉は望むべくもないのである。
しかし、今日の事態は逆行している。今回の都市計画法の大改正が、大幅な規制緩和を目標に進められたという事実や、一方で、そうした動きに連動して進められている昨今の突出した都市再生プロジェクトの進め方に目を向けるならば、未だ、経済至上主義の呪縛から逃れられないわが国の〈都市計画理念〉の貧しさを痛感せざるを得ない。この〈貧しさ〉をどう乗り越えるか。市民の総意として、私たちが総力を挙げて克服すべき最重要課題の一つとして考えたい。
市民全体が共有すべき〈都市空間像〉の欠如をどう克服するか
欧米の都市計画制度で次に注目したいのは、先の〈公共性の原則〉の具体的目標を、持続可能な〈住まい・街づくり〉の実現に置き、その具体化の手法(コンパクトシティ)を積極的に展開していることである。彼らは「都市空間形態は都市の持続可能性に大きな影響を与える基本的要素である」という立場に立ち、その最適な空間形態こそ、〈コンパクトシティ〉なのだと主張している。
この欧米の動きから読みとるべき重要な論点は、彼らが〈都市空間〉に着目した〈都市計画〉のあり様を問題にしていることである。何故なら、〈都市空間論〉の不在こそ、わが国の都市計画制度の、見逃すことのできない欠点だと指摘されているからである。
その原因を一言で言えば、わが国に相応しい健全で個性的な〈都市空間像〉というものを、市民社会全体が未だに共有し得ていないからである。
過剰とも言える数々の経済至上主義的な支援制度を容認しているわが国の都市計画制度の現状は、明らかに世界の潮流に逆行している。さらに言えば、こうした事態の背景には、〈都市空間〉に対する市民社会全体の無知、無理解が存在していると言わざるを得ない。私たち市民、行政、専門家は、今こそ、このわが国の〈現実〉を強く自覚すべきであろう。克服しなければならないもう一つの最重要課題と考えたい。
最後になったが、われわれに、数多くの様々な提案や設計の機会を与え、支援してくださった方々に、心から感謝を申し上げたい。そして、これからも、誠心誠意、住まいと街づくりのために、精進し続けることをお約束する。同様に、研究所の仕事を支えてくれた多くのスタッフにも、感謝を表したい。あわせて、本書の出版を快く引き受けていただいた学芸出版社の京極迪宏社長と、献身的な編集作業を行っていただいた、前田裕資、中木保代の両氏をはじめとする編集スタッフの諸兄に、深く感謝します。
二〇〇三年一一月 藤本昌也
『新建築』((株)新建築社)2004. 3
現代計画研究所といえば、集合住宅や住宅地の設計を思い浮かべるが、コーポラティブハウス、団地再生、民家型構法など、その守備範囲は広い。そこに共通するのは、経済性を追い求めるだけでなく、常に地域性を考えたものづくりの姿勢があることだろう。また、長寿命化や省エネルギー建築などはすでに80年代から取り組んでいるように、彼らの掲げるテーマは時代を先取りしたものになっている。そこで生活する人のためのデザインとはどうあるべきかを考えさせてくれる。
(S)