自分を生きる働き方

荒川 龍 著

内容紹介

時代の変化の中で、働き方への価値観も変わりつつある。ここに登場するのは、会社や組織で利益・効率優先の仕事に違和感を感じ、自分らしいライフスタイルと働き方へと転換した人たちだ。小さいながらも身の回りの人たちを幸せにできる仕事によって、満ち足りた人生を取り戻した彼らの軌跡が伝える、希望あるワークシフト。

体 裁 四六・248頁・定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-7615-1317-7
発行日 2012/12/01
装 丁 TAU GRAPHIC(宝諸陽子)


目次著者紹介まえがきあとがきイベント
プロローグ─「幸福な縮小(ハッピーシュリンク)」という働き方

第1章 「稼ぎすぎない」自由を楽しむ

週休3日のオーガニック居酒屋と、お米と大豆の自給を組み合わせる
髙坂 勝(東京都豊島区)

八年間黒字続きだが儲からない店
「稼ぎすぎない自由」を楽しむ
真面目と不真面目のゴッタ煮が客を呼ぶ
人とつながり、人をつなげる居酒屋
大卒同期一二〇人中三番の出世頭
雑貨売場でクーラーを売ることが評価される職場
お金がないと、人は本当に幸せにはなれないのか
物欲が減り、精神が充実していく実感
得た知識を誰にも伝えないと、ただの自己満足でしかない
「やりたいこと」と「やりたくないこと」を見極める
最低限必要な売上高で店舗経営のハードルを下げる
お店の価値を収支計算だけで考えない
スモールだからこそ持続可能という考え方
お金の使い方を変えると自分が変わる
小さい生業の復興ネットワーク
小さいからこそ世の中を変えられる

第2章 みんなで情熱リノベーション

お客さんを巻き込み、家を手作りする過程をこそ楽しむ
中田裕一(神奈川県川崎市)

自分の住む家をプロと一緒に手作りする歓び
手間をかけるから愛着も思い出も増す家づくり
「情熱リノベーション」──発注者と施工業者の交換日誌
築四四年の公団住宅の風合いを活かす
モノがあふれ返る時代に生まれ育った感性
リノベーションの楽しさに目覚める
そこに関わる人が創っていくシェアライブラリー
儲かるキレイへの違和感
見捨てられた家が生まれ変わっていくエネルギー
個人が埋没していくから会社にはしたくない
自分たちが作ったと社員が語れるショールーム計画

第3章 37歳からの豆腐修行

人に喜ばれる地元密着型の店づくりで、やりがいと健康を取り戻す
周浦宏幸(千葉県神埼町)

突然の発病
体調を回復させた玄米菜食
理想と現実のギャップ
国産大豆を使って豆腐を作る
直感を大事にして自分に必要なものを引き寄せる
大幅な減収につながる“無謀”な転身
一丁の豆腐に込めた覚悟
生産者と小売店の理想的な関係
小さい町に一軒だからオンリーワンになれる
地産地消のスモールメリット型ビジネス
人から喜ばれる仕事で自分の健康を取り戻す
不特定多数の幸せから、自分なりの幸せをつかむ
丁寧な仕事の積み重ねが引き出す大豆の甘み
几帳面な豆腐が映し出す生き方

第4章 新たな「働き方・生き方」の種をまく

家族分の食料とエネルギーの5割は自力で作ってみる
渡邉 尚(宮崎県串間市)

小さないのちに導かれて宮崎へ転居
食料もエネルギーも五〇%の自給がちょうどいい
都市生活者を巻き込む「大豆レボリューション」
都市生活の毒を抜き、生きる活力をもらう
一粒の大豆から教わった「生かされている自分」
身近な穀物なのに自給率はわずか六%
東京の下町の変容と湯治場との出会い
エネルギーを自分たちで手作りするワークショップ
多様な生き方と暮らし方の種まき
発酵する生き方を目指して

第5章 地域と人とつながる有機農業

キャリア官僚時代には得られなかった自分の役立ちを実感する
関 元弘・奈央子(福島県二本松市)

ライフとワークがつながれば趣味はいらない
ライフワークに定年はない
朝四時に夫婦でインゲンを収穫する幸せ
官僚の仕事が本当に農家の役に立つのか、という疑問
尊敬できる農家のいる場所に引っ越す
住居費と食費を抑えて、働き直すハードルを下げる
東京では持てなかった、お互いに助け合う文化
就農と田舎暮らしの葛藤を乗り越えて
世間体のいい肩書きより、目に見える役立ち感を優先する
「3・11」後の耕作延期要請
農家の原点に立ち返るきっかけ
農村の自給文化を取り戻す「復興麦酒」
多様性を手作りする働き方と暮らし方

第6章 お金よりも大事なもの

身近な人たちが幸せになれる社会をめざして働き、学び、生きる
丹羽順子(タイ北部)

本当に必要なモノだけに削ぎ落す「引き算」生活
被災地緊急支援プロジェクト
被災地と放射能をめぐる葛藤
バックパッカーみたいな裸足のパーソナリティ
古着と持ち主の「想い」を世の中に循環させる x Change
誰でも気軽にできる「ソーシャルイベント」
エピソードタグは「愛着」や「思い出」の価値
家族という小さな絆への人一倍の愛着
出産をきっかけに生活をスローダウンする
福島「おいでプロジェクト」
お金のいらない世界へのこだわり
タイでの「自然と共生する暮らし」の実践
エピローグ─小さいからこそ素晴しい

荒川 龍(あらかわ りゅう)

1963年大阪生まれ。信州大学人文学部卒業。
在学中に、韓国・延世大学韓国語学堂に1年間留学。
その後、週刊誌記者をへてフリーに。
著書に『「引きこもり」から「社会へ」』(学陽書房)、『レンタルお姉さん』(東洋経済新報社、2007年放送のNHKドラマ「スロースタート」〈水野美紀主演〉の原作になる)

プロローグ──「幸福な縮小(ハッピーシュリンク)」という働き方

働くことが色あせて見える現実

「自分を生きる働き方?」
本の表題を見て、小首をかしげた人が多いかもしれない。より正確に書けば、「自分(らしい人生)を生きる(ための)働き方」のこと。仕事と人生を別々のものと分けず、自分がやりたいことを軸にひとつにつなげる。それが「自分を生きる働き方」。だが、こう書くと、「大学を出ても正社員になることさえ難しいのに、自分らしい働き方なんて絵空事だ」と冷笑する人たちがきっといるはずだ。

しかし、それは違う。

五年後さえ見通しづらい世の中で、「自分は正社員だから大丈夫」と断言できる人は今、いったい、どれほどいるだろうか。また、好きでもない仕事を、心身を病まずに三○年以上続けられるほど、近頃の営業ノルマや成果主義は甘くない。そう感じているからこそ、大学生たちは「できれば働きたくないけど、そうも言っていられないし……」と、顔をゆがめながら言う。学生だけでなく、多くの正社員たちも得体のしれない閉塞感に苦しんでいる。マスコミも、働き方には「勝ち組の正社員と、負け組の非正規社員」の二つの選択肢しかないように喧伝し、さらに不安や劣等感をあおり立てる。働くことが今ほど色あせて見えることはなかったかもしれない。

だからこそ、仕事と人生をひとつにつなげている、普通の人たち六人の「自分を生きる働き方」への試行錯誤をこの本では紹介したい。社会的な地位や名声を得た人たちの、しかも上から目線の「働き方」論なんてもうウンザリだ。人は自分が好きなことなら頑張れる。飛び抜けた才能がなくても、働きながら感じた疑問や違和感と向き合い、自問自答をくり返し、勇気と「何とかなるさ」を手に、自分のやりたいことに一歩踏み出す人たちは確実に増えている。

「稼ぎすぎない自由」を楽しむ

第一章で取り上げる髙坂勝は、かつては同期入社約一二○人中三番目の成績をあげる優秀な百貨店員だった。しかし彼自身は、「新聞も読まず、ご飯さえ一度も炊いたことがないし会社員以外には何もできない」という劣等感をずっと抱えていた。

彼は今、オーガニック居酒屋の店主として都内で楽しく働いている。
四年前からは無農薬のお米と大豆作りを千葉で始めた。自分の家族が一年間で食べる量のお米を作れるようになり、食費も減らすことができた。それで週休二日を今春から三日に増やしたが、会社員時代と同じ額の貯金はできているという。

転職を考えるとき、多くの人はまず「生活レベルを落としたくない」と考える。多くの人にとって「生活レベル」とは「自由に使えるお金」のことだが、髙坂が最優先したのは「自由に使える時間」だった。彼の「働き方」の優先順位は、まず、お客さんとの交流を楽しむこと。その次が店を続けるのに最低限必要な売上の確保。販売ノルマ最優先だった前職の頃と、その順位を逆転させた。個人事業だから一定の売上げさえあれば、それ以上儲ける必要はない。店の原価計算より、平日の昼寝や読書のほうを優先できる。それも彼が言う「稼ぎすぎない自由」を楽しむことのひとつで、髙坂流の「自分を生きる働き方」だ。

ライフワークがあれば趣味はいらない

元農林水産省キャリア官僚の関元弘が有機農家に転身した最大の理由は、自分の仕事が農家の役に立っていると実感できなかったこと。役人とは農家の役に立つ人ではなく、組織の中で自分に与えられた役回りをうまくこなせる人のことだとしか思えなかった。

「自分は、本当はどうしたいのか」──世間体のいい肩書きと、毎日忙しい割には自分の権限と責任では何も決められない仕事とのギャップに、自問自答を何度もくり返した。そして環境にやさしい農業と暮らしを続けながら、自分が尊敬できる先輩農家のいる福島県二本松市と、そこで暮らす人たちの役に立つ働き方を夫婦二人で選んだ。元弘と同期入省だった、妻の奈央子は晴れやかな表情で話す。

「私が育てた有機栽培のミックストマトが人気で、入荷を心待ちにしている人がいると聞くとうれしくなります。一袋数百円の商品でも、誰かの暮らしに役立っているって実感できるからです」

英国ケンブリッジ大学大学院に留学経験がある彼女は、地元の小学生たちに英語を教えることにも小さな役立ちを感じている。人が羨むキャリアより、生きている手応えを感じられるからだ。

「官僚を辞めて、有機農業をライフワークにするんだと生きる目標が定まったから、趣味はもう必要ないんです。あとは借金せずに、将来の蓄えがちょっとあれば、それでじゅうぶんですから」

夫の元弘はそう語る。近頃流行の「ワーク・ライフ・バランス」さえ飛びこえ、仕事と生き方をじかにつなげる「ライフワーク」にしてしまえば、趣味さえいらなくなるという。関夫妻の場合、収入は激減したが今の住居費は格安で、自家製の農産物などで食費も基本タダ。逆に言えば、生活費さえ抑えられれば、「ワークシフト(働き方を変える)」のハードルは一気に下げられる。

「幸福な縮小」の可能性

人は二種類に分かれる、という考え方がある。

お金のためと割り切って好きでもない仕事を淡々と続けられる人と、自分の情熱を注ぎ込めることを仕事にしたいと考える人。それはどちらがいい、悪いという話ではなく、あくまでも価値観の違いにすぎない。
ただし、この本の読者は、自分の情熱を注げる仕事を持つことで、自分らしい人生を手作りしたいと思っている後者の人たちだ。また、先にも触れたが、世の中で働くには「正社員か、非正規社員か」の二つの選択肢しかないと思い込んでいる二○、三○代にも読んでもらいたい。
今後さらに経済が縮小しても、この本で紹介する六人は環境に配慮し、無駄な支出を抑えた「足るを知る」生活と、小さな幸せを手作りする働き方を淡々と続けていくにちがいない。そんな意味合いを込めて、彼ら彼女らの働き方を「幸福な縮小(ハッピーシュリンク)」と呼びたい。幸せの基準さえ変えれば、それは会社を辞めなくても誰にでも真似できる。

エピローグ──小さいからこそ素晴らしい

「変化は上からは起こりません。果実はいつも土から、そして茎から実る。上からはやってこないのです。上の人に社会を変えてほしいと思うのを止めて、まず、あなた自身が変わりなさい。あなたが変われば、世界が変わるからです」

二○一二年二月に都内で行われた講演会で、インド生まれでイギリス在住の思想家、サティシュ・クマールは、マハトマ・ガンジーの言葉「Be the change(自分が変われば、世界が変わる)」を引用してそう語った。

彫りが深く、頬骨が張った顔つきの彼が、二重瞼(ふたえまぶた)の大きな目をさらに見開いて静かに語りかけてくる言葉は、通訳を通してもなお、心の奥にじかに響いてくるようだった。ちなみに彼は、この本で紹介した髙坂や丹羽とも面識や交流がある。

サティシュの学問上の師は、ドイツ人経済学者のエルンストン・フリードリッヒ・シューマッハー(一九一一~一九七七年)。すでに一九七三年の時点で、シューマッハーは石油を乱費し、「より大きく、より早く、より安く」へと前のめりになる経済から、地球環境に配慮し、人間の身の丈に合った経済や科学技術への転換を、『スモール・イズ・ビューティフル(小さいからこそ素晴らしい)』(講談社学術文庫)で説いている。サティシュは彼の考え方を受け継ぎ、環境や持続可能社会について学ぶ「シューマッハーカレッジ」を運営している。

「怒りは推進力にして、悪いシステムを取り換えるときのために取っておけばいいのです」

当日集まった人たちの不安や苛立ちを受け止めながら、サティシュは「3・11」後を生きる日本人にあくまでも穏やかにそう語った。

先の「変化は上からは起こりません。果実はいつも土から、そして茎から実る。上からはやってこないのです」という彼の言葉は、単なる比喩ではない。サティシュはイギリス南西部に三○年以上前から住んでいて、○・八ヘクタールの土地では一五本のリンゴの木をはじめ、多くの果実を栽培し、家で食べる野菜の大半を畑から収穫している。いわば、土に根ざした言葉。

今回紹介した六人も、それぞれが「小さいからこそ素晴らしい」価値を知っている。

目の前のお客さんが喜ぶ表情や、人と人が少しずつつながっていくことの手応え。あるいは、一粒の大豆や麦の種から見えてくることや家族とともに学びしている実感だったりする。それらはブランド品や海外旅行の写真のように他人には見せびらかしにくいのだけれど……。

筆者も、第一章で紹介した髙坂に誘われて、三年前から彼の田んぼの近くで、無農薬のお米と大豆づくりを仲間と始めた。自分が食べるものを自分で作ることを通して得たものは多い。

初対面の人たちと泥んこになりながら働くことで、学生時代の友人みたいな関係になれることがわかった。田んぼ作業で身体が疲れる分、普段よりもぐっすり眠れる。田んぼをきれいだと思う感受性と、スーパーで米袋を見れば、そこに至る時間と労力を想像できる力を手に入れた。

昨夏からは自宅でゴーヤやキュウリでグリーンカーテンを、ぬか床ではぬか漬けを作るようになった。この夏は梅ジュースやジャムや味噌を、そして失敗して固くなったが、梅干し作りにも挑戦した。日常の小さな「働く」を増やし、その技術と知恵を少しずつ身につけていくことに、ささやかながら「自分が変われば、世界が変わる」を実感している。つい「稼ぐ」に偏ってしまいがちな「働く」を、すこやかな方向に引き戻してもくれた。一連の小さな「働く」は、量と規模ばかりを追い求めてきた経済成長型の「働く」が見失い、軽視してきたものでもある。

最後になりましたが、この本に登場していただいた六人の方々と、関連取材に協力していただいたすべての皆さん、そして本書の編集を担当していただいた学芸出版社の中木保代さんに、あらためて御礼を申し上げます。

また、中木さんに初めてお会いしたのは、くしくも昨年三月に他界した母、荒川登美惠の京都での四十九日法要の当日でした。この本が世に出ることになったのは、母の尽力にちがいありません。そして、いつもそばで支えてくれている妻ロサマリアの二人に、心から感謝します。どうも、ありがとう。

二○一二年一○月 吉日

荒川 龍

*終了しました

脱経済成長の、いろいろな幸せの働き方

高坂勝・中田裕一・坂田裕貴・荒川龍/2013.3.27@代官山蔦屋書店

経済縮小時代の「ハッピーシュリンク(幸せな縮小)」にむけて

丹羽順子・荒川龍/2012.12.7@紀伊國屋新宿南店

「2013年の幸せな働き方」

渡邉尚・神澤則生・高坂勝・丹羽順子・中田裕一・荒川龍/2012.12.17@東京