「地域遺産」
みんなと奮戦記
プライド・オブ・ジャパンを求めて


米山淳一 著

内容紹介

日本に残したい生活文化遺産を甦らせる物語

茅葺き民家、宿場町、蒸気機関車、鳴き砂の浜など、日本人の記憶から失われようとしている生活文化遺産に光を当て、甦らせて30年。所有者との交渉、資金集め、行政・専門家との協力、市民へのアピール、成功・失敗の舞台裏。地域の復権を願い、人々の思いを形にしてきた、元日本ナショナルトラスト事務局長の悪戦苦闘の物語。

体 裁 四六・224頁・定価 本体1800円+税
ISBN 978-4-7615-1227-9
発行日 2007-05-30
装 丁 上野 かおる


目次著者紹介まえがき読者レビュー追記2

はじめに

1章 歴史的町並みが僕の目を覚まさせた

2章 地域の生活文化遺産との出会い

明治の息吹を伝える近代日本美術の聖地の再生
人の縁で結ばれた名勝庭園の復元
辛苦を舐めた大平宿の市民運動との連携
琴引浜の鳴き砂を環境汚染から守る

3章 英国で学んだまちづくりの思想

英国への道のり
英国ナショナルトラスト、聞くと見るとは大違い
シビックトラストに学ぶプライド・オブ・プレイス

4章 地域の魅力を再発見するお手伝い

葛城の道、日本版ヘリテイジセンターの建設
若狭街道熊川宿、歴史ある町に住まう重みと対峙する
飛騨古川、匠の技を結集して町を盛り上げる

5章 茅葺き民家、蒸気機関車にみんなで息を吹き込む

白川郷、結の力で再生した合掌造り民家
鉄道文化財を夢の動態保存へ
涙を呑んだ馬場屋敷

6章 由緒ある邸宅を地域の宝として伝え残す

市民活動と力を合わせて保存した旧安田楠雄邸庭園
みんなの想いが一杯詰まった駒井邸
絶体絶命の旧モーガン邸を救え

おわりに

米山淳一〔よねやま じゅんいち〕

1951年生まれ。獨協大学外国学部英語学科卒業。岸信介事務所を経て、75年(財)観光資源保護財団(現在の(財)日本ナショナルトラスト)入所。事業課長、事務局長を経て、06年退職。エコツーリズム検討委員会(運輸省)、観光まちづくり推進委員会(運輸省)、農林水産業にかかわる文化的景観保存活用検討委員会(文化庁)、芸術文化振興基金専門委員会などの委員を歴任。現在、母校の獨協大学等で講義を行うほか、地域遺産プロデューサーとして全国を巡る。
著書に、写真集『特急とき』(共著、自費出版)、写真集『上越線─四季を駆ける仲間たち』(河出書房新社)、『まちづくりとシビック・トラスト』(共著、ぎょうせい)、『町並み細見』(共著、日本交通公社出版事業局)、『星さんの鉄道昔ばなし』(共著、JTB)。

僕が「財団法人日本ナショナルトラスト」(以降、トラスト)で働くようになったのは、大学卒業後、縁あって入所した代議士事務所の先生が、トラストの会長をしていたからである。当時は「財団法人観光資源保護財団」という名称で、毎月送られてくる会報や広報誌が斬新かつ魅力的で、「僕のやりたいことはきっとこの仕事だ!」と勝手に決め込んで、1975(昭和50)年、運良く入所することができた。

トラストは、わが国の美しい自然や文化遺産を観光資源として保護し、活用しながら、後世に伝え残すことを目的に、英国ナショナルトラストを手本に、当時の運輸省所轄の公益法人として、1968(昭和43)年に設立された。調査、保護、普及の三本の事業を柱とし、市民、行政、専門家と力を合わせて事業を推進していた。観光資源の保護対象を全国から募集し、調査をして保護対象に選定されると、資金的、技術的な手当てをしていた。僕は学生時代にNHKの「スタジオ102」という番組で、トラスト創設者の堀木鎌三氏がこの制度を紹介していたのを偶然見て感激したことがあった。そういうわけで、トラストへの入所はなにか因縁めいたものを感じた。

僕がトラストに入って一番喜んでくれたのが祖母だった。「たくさん出張する仕事がいい」と僕に言っていた人だったからだ。まさに、観光資源の調査や保護事業の仕事は日本全国広範囲にわたるから、出張ばかりである。地域の人々と顔を合わせて話をし、現場を知り、初めて事業は始まる。地域との信頼関係を築くことが何よりも大切だからである。

初めての出張は、緊張の連続だった。先輩のピンチヒッターで、藤島亥治郎先生(東京大学名誉教授)と今井金吾先生(街道研究家)のお二人の中山道の調査にお供することになった。中山道の起点である東京・日本橋から坂本宿(群馬県)まで街道沿いに残る歴史的遺産の現状を調査することが先生たちの仕事だ。街道をつぶさに歩くのかと思いきや、ハイヤーで一泊二日。

「二人の先生はとても怖い人だから」と、先輩から注意を受けていたから、コチコチになっていたが、先生たちは調査の打ち合せをしながら、道路地図を広げてワイワイやっている。

お二人とも沿線の景色と地図を代わる代わるにらんでは、「そこを曲がれ!」「ここだ!」と、街道に残る古い建物や道標などを見つけだしては、車を飛び降りる。

明治天皇が宿泊された桶川宿(埼玉県)の本陣には感激した。当時のままの部屋や器を大切に保存していた。また熊谷宿(埼玉県)近くには遊郭が残っていて、遊女の逃亡を防ぐために周囲にめぐらされた堀も残存していた。

駆け出しの僕には、社会科見学のように見るものすべてが新鮮で、一里塚、縁切り檜、桝形、本陣、脇本陣など、この出張で勉強することができた。なにしろ二人の大先生付きなのだから。古い街道の町並みや土地の人々の生活風景との出会いは、ほんわかとした空気感に包まれ、実に心地よかった。なんて楽しい仕事だろうと単純に思ってしまったのも無理はなかった。

しかし、実際の仕事には厳しい事柄がいつも付いて回った。「もうやめてしまえ」と思うこともしばしばであったが、「紆余曲折をどんどんしてから方向を定めなさい」という井手久登先生(東京大学名誉教授)の的確なアドバイス、「誰もやっていない仕事だから頑張りなさい」という大河直躬先生(千葉大学名誉教授)の心温まる励ましをいつも心にしまって、僕は一歩一歩駒を進めてきた。「夢は実現するもの。勝負は勝つもの」とご教示いただいた宮脇昭先生(横浜国立大学名誉教授)にあやかり、夢を失わずに歩み続けてきた。

トラストの仕事には専門的な知識と実践も付いて回る。僕が地域の人々やその道の達人と仕事を積み上げてこれたのは、井手先生、大河先生、宮脇先生のほか、藤島亥治郎先生、西山卯三先生(京都大学名誉教授)、吉川需先生(元文化庁鑑査官)をはじめとする、わが国の歴史的環境保全の権威である諸先輩方のご指導があったればこそなのである。すでにお亡くなりになられた方もいらっしゃるが、感謝を一生忘れることはない。

英国に比べるべくもないが、日本の風土に合ったトラスト活動を目指し、市民、行政、専門家など多くの皆さんと力を合わせて推進してきたプロジェクトは、まさに地域固有のかけがえのない文化の復権をお手伝いすることだった。先祖から連綿と受け継がれてきた歴史や生活・文化遺産は、かけがえのない宝物なのだ。地域の文化を愛し、育て、それを実感しながら豊かに住まい続けることが、地域の誇り「プライド・オブ・プレイス」を育み、それぞれの地域の力が「プライド・オブ・ジャパン」を生み出すのである。

米山さんに会うのは、賑わいを忘れた町であり、過疎で寂れた村であり、捨て去られた古民家である。そこで米山さんは、なくしてはならない大切なものを見つけると、ひたすら褒める。これは凄い、素晴らしいと訴えるのである。しかし、歴史や文化財ではメシが食えないという風潮が根強いなかで、その戦いは決して楽ではない。物好き、人様のものに口を出すお節介、と一蹴されることも珍しくない。それでも怯まない米山さんの声は、大きく、曇りがなく、少しずつ地域住民の心に届き、遠く離れた都市住民の魂に響くのである。このような地道な仕事を、役人でも学者でも建築士でもなく、いわば市民の代弁者としてやり続けてきたのであり、そこに米山さんの仕事の先見性と値打ちがあると私は思う。

この本は、そんな米山さんの地域遺産を守り、生かすための悪戦苦闘の記録であり、それを生き甲斐とした時に初めて出会えた人とのつながりを綴ったものである。いま日本人の記憶から失われようとしている、町並みや民家や鉄道を掘り起こす米山さんの目は確かで、行動は迅速だ。それにもまして素晴らしいのは、老若男女、立場の違う人、みんなを巻き込む力、これが米山流の真骨頂だ。ひとりでは続かない、みんなで汗を流すと楽しくできる。それによって開かれた道をできるだけ多くの人と歩みたい。この本を読むと、そんな米山さんの後ろ姿が目に浮かぶ。

(筑波大学教授/安藤邦廣)

担当編集者より

長年、光の当たらなかった地域の生活文化に根ざした文化財。近年ようやく「地域遺産」「産業遺産」などとして脚光を浴びるようになった。本書の著者の米山さんは、30年も前からその価値を見抜き、日本各地でその復活に賭けてきた先駆者の一人である。本書を読めば、地域に残された民家一軒を皆の力で保存することがいかに大変かがよくわかる。そしてそんな苦労の尽きない大変な仕事でも、いつしかとても魅力的な仕事に思えてくる。人々の絆を深め、まちに誇りを取り戻す、そんなかけがえのない仕事の醍醐味を是非感じとっていただきたい。

(MY)

『環境緑化新聞』 2007.7.1
日本ナショナルトラストの元事務局長を務め、現在は地域遺産プロデューサーを名乗る著者の奮闘記である。  日本ナショナルトラストは英国を手本に、日本の美しい自然や文化遺産を観光資源として保護し、活用しながら後世に残すことを目的に設立された。
歴史的建造物が数多く存在し、現在でも生活の中に息づいている英国と、「十年一昔」という言葉に国民性がよくあらわれているわが国では、その取り組みも当然違ったものになる。
各地にのこる茅葺き民家、宿場町、蒸気機関車、鳴き砂の浜など、日々日本人の記憶の中から失われようとしている生活文化遺産に光を当て、甦らせてきた著者の30年の活動は敬服に値する。
所有者との交渉や資金集めから、行政・専門家との協力、市民へのアピールと八面六臂の活躍。もちろんそこには成功の喜びも有れば苦い思い出もつまっている。地域固有の自然や文化遺産といった宝の山を生かしていくのは、こうした人々の地道な活動の積み重ねの中から始まっていくのだろうと確信した。

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