モクチンメソッド

モクチン企画・連 勇太朗・川瀨英嗣 著

内容紹介

木造賃貸アパート(モクチン)は戦後大量に建てられたが、今老朽化と空き家化が著しい。建築系スタートアップ・モクチン企画はその再生をミッションに、シンプルな改修アイデア・モクチンレシピを家主や不動産業者に提供する。街から孤立した無数のモクチンを変えることで豊かな生活環境、都市と人のつながりをとり戻す試み

体 裁 A5・192頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2650-4
発行日 2017/07/20
装 丁 鈴木 哲生


内容紹介ムービー目次著者紹介まえがきあとがき書評

イントロダクション

PART 1 木賃アパートを通して見える社会

1. この社会がつくった建築、木賃アパート
2. 木賃アパートというリスク、そして可能性
モクチン採集に行こう!

PART 2 モクチンメソッド

1. アイディアを共有資源化する
2. アイディアを育てるコミュニティ
3. レシピのレシピ──アイディアがレシピ化されるフロー
4. メディアとしてのモクチンレシピ
5.「実装」のためのチームのかたち
6. アパート改修を社会投資へ
モクチンレシピによる改修事例

PART 3 木賃アパートをアップグレードする

CASE 1:部屋単位の改修
CASE 2:外構の改修
CASE 3:アパートまるまる一棟の改修
CASE 4:木造一戸建ての改修
モクチンレシピ式発想法

PART 4 つながりを育むまちへ

1. 住み続けられるまち ──地域善隣事業
2. まちのアクティビティと連動する場──kubomi
3. まちに新しい動線をつくる──カマタ_クーチ

PART 5 モクチンメソッドの射程:都市を編集する

1. つながりが生み出す都市の冗長性
2. タイポロジーの生態系

あとがき

著者

モクチン企画

戦後、大量に建てられた木造賃貸アパート(木賃)を重要な社会資源と捉え、再生のためのプロジェクトを実践しているNPOであり、建築系のソーシャルスタートアップ。2011年より「モクチンレシピ」という改修のためのアイディアをオープンソース化し、家主や不動産事業者をはじめとした様々な主体と協働してきた。「つながりを育むまち」を合言葉に、木賃アパート改修を通して豊かな都市と生活環境の実現を目指している。

連勇太朗(むらじ ゆうたろう)

1987年生まれ。現在、NPO法人モクチン企画代表理事、慶應義塾大学大学院特任助教、横浜国立大学大学院客員助教。2012年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了、2015年同大学大学院後期博士課程単位取得退学。2012年にモクチン企画を設立、代表理事に就任。Archi-Commons(アーキ・コモンズ)という建築デザインを共有資源化するための方法論を考案し、研究と実践をしている。

川瀨英嗣(かわせ えいじ)

1988年生まれ。現在、NPO法人モクチン企画副代表理事。2012年武蔵野美術大学造形学部空間演出デザイン学科卒業。2009年より木造賃貸アパート再生ワークショップ(現モクチン企画)に参加。デザイナー、宅地建物取引士、住宅診断士。

イラスト

荒牧悠(あらまき はるか)

1988年生まれ。2014年慶應義塾大学政策メディア研究科修了。Spiral Spectrum File04@青山スパイラルビル(2015年)、21_21DESIGN SIGHT「単位展」(2015年)、「デザインの解剖展」(2016年)参加作家。個展「食~物展」@HAGISO(2016年)。

モクチン企画は、木造賃貸アパート(木賃)を重要な社会資源と捉え、再生することをミッションに掲げた建築系のソーシャルスタートアップである。木賃アパートは、戦後の経済成長や人口増加を背景に大量に建設され、日本社会を支えてきた住まいのインフラであり、東京や大阪をはじめとした日本の都市部に数多く点在し建っている。ところが現在、こうしたアパートは老朽化、空き家化、災害時の脆弱性など様々なリスクを抱え、周辺環境に悪影響を与える空間装置へと変質してきている。家主や住人の高齢化、未接道による再建築不可、家賃の低さによる経営困難など様々な障害があり、正常な更新が妨げられているのだ。ガン細胞のように静かに負のサイクルが木賃アパート群に侵食し、地域空間を空洞化させている。

木賃アパートを20世紀の日本社会が残した「負の遺産」として捉えると、こうした状況は絶望的に映る。しかしながら、既にそこにある、大量に点在しているという条件に着目し、木賃アパートの状態を好転させることができれば、その数の多さを利用して、社会に対して何らかのインパクトを与えることができるかもしれない。こうしたことを企図し結成されたのがモクチン企画であり、そのために開発されたのが「モクチンレシピ」を中心とした一連の改修システム/サービスである。モクチンレシピは、木賃アパートを改修するための部分的かつ汎用性のあるアイディアをウェブ上で公開したオープンソースのデザインツールである。家主や不動産業者にアイディアを提供し、改修ノウハウを伝搬させていくことで木賃アパートが漸進的に更新されていく、そうした状況をつくることが目的だ。一つ一つの改修は小さな創意工夫に過ぎないが、それを大きなエネルギーに変え、新たな経済的循環を生み、まちの新陳代謝を促す。そうしたリズムは都市空間をダイナミックで豊かなものにしてくれる。法人化してから4年、これまでに50あまりの物件の改修を直接手がけ、レシピはそれ以上にたくさんの現場で使われ、実現されている。

モクチン企画のビジョンは「つながりを育むまち・社会」をつくることである。私たちは「つながり=関係性」こそが、21世紀の都市に求められる最も重要なインフラの一つになると確信している。そして、そのために木賃アパートを活用したいと考えている。

本書はそんなモクチン企画の考えてきたこと/やってきたことを「モクチンメソッド」というかたちでパッケージ化したものである。様々な領域の人に読まれ、多様な批評の場に晒されることを期待している。
モクチン企画の都市への挑戦は、4畳半の小さな部屋からはじまる。一緒にその可能性を覗いてみましょう。

連勇太朗+川瀨英嗣

「本を出しませんか?」と話をいただいたのが2015年の春。あれから2年があっという間に過ぎてしまいました。最初は今までやってきたことをまとめるだけなので、すぐに書けると簡単に考えていたのですが、その年の11月から本書でも触れたSUSANOOというプログラムに参加することになり、ゼロからモクチン企画の存在意義や目指すべき方向性を問い直す作業がはじまりました。やってきたことをまとめるつもりが、やってきたことを一から問い直すフェーズに入ってしまったのです。さらに、プログラムが終わってからは、モクチンレシピをはじめとしたすべての仕組みを刷新する決断をしました。リニューアル作業はこの「あとがき」を執筆中の今も進行中です(もうすぐリリースできるはず…)。そういう意味で、執筆作業は、活動モデルの刷新作業と合わせて行ったり来たりの繰り返しで、書いたものが次の日には賞味期限切れになるということの連続でした。ただ、別の観点からすると、自分たちのやるべきことが明確になっていくプロセスと合わせて、本書もかたちになっていったと言えるかもしれません。そしてこの通り、一冊の本としてようやくまとめることができました。こうした経緯があり、本書は今までのモクチン企画の「過去」をまとめたものであり、モクチン企画の次の展開を予感させる「未来」が同時につまったものになっています。

本書を執筆するにあたり本当に多くの方々にお世話になりました。まずはモクチン企画関係者の一人一人に感謝します。役員である大島芳彦さん、土谷貞雄さん、天野美紀さん、林賢司さん、メンバーである中村健太郎さん、山川陸さん、そして最も献身的にプロジェクトを支えてくれた副代表の川瀨英嗣さん。「木賃アパート再生ワークショップ」時代からの学生メンバーにも感謝です! ここに書かれた内容は、数多くの協働者やクライアントの方たちがあってこその成果です。素晴らしい機会を与えてくださったパートナーズの方々やお施主様に感謝します。特に本書でも触れた、加藤豊さん、池田峰さん、茨田禎之さんには様々なかたちで支えていただきました。

この活動は私が学部時代から始めたものです。そういう意味で恩師である小林博人先生に感謝の気持ちを送りたいと思います。また、支えてくださった他の数多くの先生方にも感謝いたします。
イラストを担当してくれた荒牧悠さん、装丁を担当してくれた鈴木哲生さんとの共同作業がなければこの本は完成しませんでした。イラストとデザインという枠を超えて、本の企画や内容にまで踏み込んで協働してくれた二人には感謝してもしきれません。また、執筆段階から本書に対して助言しフィードバックをくださった編集者の和田隆介さんの名前もここに記録しておきます。
いつもぎりぎりまで原稿を待ってくださり、本として素晴らしいかたちでまとめてくださった学芸出版社の井口夏実さん、最初に出版の話を持ってきてくれた山口祐加さんにも感謝の気持ちを捧げたいと思います。そして、私のこうした活動は尊敬する建築家である父の連健夫と、暖かく見守ってくれた母の存在なくしてありえません。ありがとう。また、土日を原稿執筆の時間にあてることを許してくれた妻の智香子にも感謝します。

いま私は、再び無力感を感じています。当たり前のことですが、そんなに簡単に都市や社会は変わるわけではなく、瞬時に成果が出るわけでもありません。そういう意味で、自分自身の無力さを感じる毎日です。しかし、こうして思考を本にまとめてみたことで、強く信じられるものがあり、たくさんの仲間が周りにいることを改めて強く感じました。そういう意味で、学生時代に感じた出口のない無力感とは違い、希望が混在した無力感です。恥じることなく「次の時代の建築を追求したい」とここに宣言します。そのためにこの希望と無力感が混ざった複雑な気持ちを大切にして、これからも一歩ずつ前に進んでいきたいと思います。最後に、そうした思いに共感してくれるであろう目の前の読者と未来の読者の皆様に感謝の意を示し、筆を置きたいと思います。

2017年6月15日   連勇太朗

評:川勝真一
(建築リサーチャー、RADディレクター)

都市をつくるシステムをサービスによって実装する、新しい建築家像

本書は、現代における建築からの都市デザインについて、理論的な枠組みとその実現に向けた手法を明確に示したものとして近年稀にみる成果だと言える。抽象的な机上の都市論でもなければ、建築家によるまちづくり体験談でもない。ある仮説に基づいた実践とその帰結と考察がここには存在している。あくまで「人」ではなく「建築」によって都市がどのように更新可能かが真正面から問われているのだ。

主人公として取り上げられるモクチン(木造賃貸アパート)は、戦後の高度経済成長を支えると同時に、都市計画史上の最重要課題として位置付けられてきた。耐震性や延焼の可能性が高いモクチンエリアを改良するための方法は様々に試みられてきたが、抜本的な解決策が見つからないまま、今でも東京都内に30万戸のモクチンが存在し続けている。

著者は、この都市史上の難問に「モクチンメレシピ」という武器を用いて果敢にも挑み、その解決の道筋を示す。モクチンレシピは、モクチンの改修方法をウェブ上で公開するというものだが、不動産事業者やオーナー、工務店などの多様な事業者とパートナーを組みモクチンレシピを運用することで、一室単位ではなく、外廊下や外構といった街と接する部分にまで適用範囲を拡張することを可能にしている。小規模な事業者の個別的な開発がモクチンによる都市をつくりだしたように、レシピの適応もまた個別的でありながらそれがネットワーク化されることで都市へと影響を持つ。

これまでも建築家はアーバンデザインに向けたシステムは提案してきたが、それを社会の中で運用する方法や仕組みには不思議なほどに関心を払ってこなかった。モクチンレシピは、様々な状況や事情に適応可能な柔らかなシステムとしてだけではなく、社会に組み込むためのサービスとしてもデザインされている。つまり、アーバンデザインを可能にするのは「システム+サービス」による社会への実装だということを示してくれるところに本書の現代性と革新性が存在している。