建築を、ひらく
内容紹介
対話で築きあげる設計手法で仕事の領域を広げるオンデザイン。ヨコハマアパートメントから地方のまちづくりまで、様々な展開をみせるプロジェクトや、パートナー制による設計体制、模型等のコミュニケーションツールを紹介しつつ、建築家だからこそつくることができる「パブリック」の新しいかたちを探る。はじめての単行本。
体 裁 A5・192頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2574-3
発行日 2014/06/15
装 丁 服部 一成
ツール編:建築のひらきかた 設計に向かう体制から変える
01 対話の設計 チームワークの再定義
02 身のまわりから考える 働く環境の改善
03 プロジェクトをはじめる ヒアリングという技術
04 建築をわかりやすくする 模型
05 ストーリーを伝える プレゼンテーションブック
06 立ち位置を共有する コミュニケーションブック
対話 クライアントと楽しむ家づくり ゲスト:「家と空き地」クライアント
07 いつでもプロジェクトをひらく WEB
08 もう一度、客観的になる 竣工アーカイブ
09 つかいはじめた声をあつめる 竣工後アンケート
対話 デザインからコミュニケーションへ ゲスト:茂木隆宏(NOGAN)
ワーク編:パブリックのつくりかた 「建てる」に限らない実践の記録
10 街にひらく ヨコハマアパートメント
11 趣味からひらく FIKA
12 設計に参加する 村、その地図の描き方
13 人を巻き込む しちがはまベースキャンプ
14 拠点をつくる 石巻2.0
15 街の声をひろう 浜松まちなかにぎわい協議会
16 浜の観光をひらく 牡鹿半島国立公園化プロジェクト
17 風景を育む SEA DAYS
18 垂直にあつまる コーポラティブガーデン
19 学ぶ単位をみなおす まちの学校―ある幼稚園の計画
20 島の未来を描く 島前の学び場プロジェクト
21 家を継ぐ ある伊勢の農家の話
対話 建築はアンカーだ ゲスト:古田秘馬(umari)
Afterword 個人からつくる主体的なパブリック
Afterword
個人からつくる主体的なパブリック
建築家の職能とは何か?
震災以降、建築家の職能とは何か? という問いに出くわす機会が増えた。とくに「街」に関わっていると言うとよく聞かれる。本の中で紹介している石巻のプロジェクトに僕らも会社を挙げて、かなり真剣に関わっている。ただ、きっかけは何かと思い返せば、あまり建築のスキルを生かそうというモチベーションではなく、同じ日本人として何かしたい、というくらいの些細な反応だったと思う。しかし行った先の土地には、被災前からの人の営みがあり、ここから自分たちで未来をつくっていこうという、小さいけどはっきりした思いが現れていた。その思いと対話し、動きはじめていくプロジェクトの機運は、言葉に代えがたいほど、凄いエネルギーだった。
まだ瓦礫が残る街の中で、震災前より楽しく誇れる街をつくっていこうと考えるスーパーポジティブな人々とはじまった対話は、少しずつ輪が大きくなり、時間と共に育ち、いまでは石巻という街を未来に牽引しているという実感さえある。建築家としての専門性をどう生かすかという考えでは、到底出会えなかったプロジェクトの数々は、これからの街に響く新しい公益性を持った言葉を発し、まちなかに人のあつまる環境を生み出しはじめている。来年、再来年どうなるかわからないからこそ、現在できることを信頼し、不確定な未来に加担することで人を巻き込んでしまう石巻に、跡取り不在な地域社会の持続可能性を感じる。
ここから派生する地域教育や地域文化や地域経済の未来には、関わった一人ひとりの実感がそのまま現れ、街の持続的な活力となるだろう。その過程を共に並走し、共に育てていくこと、そして場所やあつまりを定着させ広げていくことに僕たちは設計のダイナミズムを感じている。これから徐々に街の価値が再確認され、未来の街の住人がこの場所に自分の生活を重ね、生活の楽しさや日常の豊かさを実感できる時間と場所には、何が必要でどう受け継いでいくのか?
東日本大震災以降、本来、街における人のあつまる環境とは何かという大きな問いを持ちつつ、こうした街の実感をあつめることを実践している。設計とは「設え」「計る」と書くが、石巻ではこの語源を実感することが多い。
本書で紹介してきたように、住宅をベースにしたオンデザインの設計案件も最近ますます多様になっている。これらの仕事のクライアントはいくつかの専門業者や設計事務所、メーカーなどの話を聞いた上で、自分がシックリ感じる専門的解決を得られず、一緒に考えてもらえる相手を探してやってくる(もちろん僕らもはじめて触れることなので、そこからリサーチしたり、ヒアリングしたりして状況の整理と把握を行う)。
そこで共通していることは、相談時点で、クライアントは自身のイメージするつかわれ方や建物と地域との関係に不足を感じており、これまで通りにつくっても人のあつまる環境にならないという閉塞感を、計画を通して打破し、改善していきたい思いが強いということだ。その課題を共有し、プロセスを通して可能性を探る対話を試みている。
前向きな実現力
建築をつくる思いや街をつくる思いは、いつもポジティブだ。誰も不幸になりたいと思って、新しい取り組みをはじめないので、僕たちは常にポジティブな人たちに囲まれていることになる。その人たちが考える日常の豊かさや実現したい未来像について話をしていると、本当に「生きる」という価値は多様だと感じる。子どもが生まれ、子育てをし、子どもが学び、就職して働きはじめ、仕事をして、家族や家を持ち、趣味や友人との時間を持ち、老いてのんびり暮らし、介護をうけ、死んでいく。人生のライフステージごとに、どう生きたいか、どんな時間を持ちたいかは変わり、世代や環境によってもさまざまだ。
僕たち建築家は、プロジェクトの状況に応じて、この生きる豊かさを探求する前向きで実現力のある人たちと常に対話し、彼らと一緒に環境を創造していく役割だ。だからこそ僕たち自身が自分をひらき、プロジェクトを協働する実践者たちからドシドシ盗み、生きる力を上げたいと思っている。
建築は誰に対してもひらかれている。それは出来上がった建物だけではない。建築の楽しさを、考えたり設計したりすることの価値を、日常生活の豊かさを、一人ひとりが自分のこととして向き合う楽しさを、僕たちは、日々模索している。
謝辞
最後に、この本の出版にお力添えをいただいた関係各社の方にこの場を借りて御礼を申し上げたい。とくに本の出版のために10回を超える原稿のチェックバックに粘り強くお付き合いいただいた学芸出版社の中木保代さんや、装丁を担当してくださり無理な相談にもいろいろと親身になって応えて頂いた服部一成さんには言葉が尽きない。また、今回の本で伝えているオンデザインの日常を一緒に歩んでいただいているクライアントや協力者、関係者の方々に、心より感謝し、締めの言葉としたい。ありがとうございました。
西田 司
南後由和 (社会学者・明治大学専任講師)
オンデザインは、プロジェクトごとに、代表の西田司とスタッフがパートナー制をとることを特徴とする建築設計事務所だ。その事務所の運営スタイルが、初の単著である本書にも反映されており、西田以外に10人を超えるスタッフが執筆に参加している。建築家個人のなかに閉じられた知ではなく、西田とスタッフの間、さらにはオンデザインとクライアントの間でインタラクティブに生成される「関係知」が収録されている。
「対話が重要である」というフレーズだけであれば、よく耳にする紋切り型の物言いにすぎないが、本書にはオープンでフラットな対話型手法による、オンデザイン独自の具体的なツールが数多く披露されている。たとえば、点景や素材をつくり込んだ大きなスケールの模型、プレゼンテーションブック、コミュニケーションブック、竣工アーカイブ、竣工後アンケート。これらは、専門家にしかわからないツールではなく、専門家と素人が単なる情報の共有を超えて、リアリティを共有し、共感を生むツールとしてある。そこには、「対話」のプロセスも履歴として可視化されている。これらは建築と社会について研究している私のような社会学者にとっても貴重な研究材料となりうるものだ。
オープンでフラットな手法の対象は、スタッフやクライアントとの人間関係だけにとどまらない。オンデザインは、「建てる」ことにとどまらず、運営やまちづくりから集合住宅や個人住宅に至るまでをフラットに捉え、建築的思考の展開可能性を果敢に追求している。「設計中も竣工後もフラットに考える『建築のライフサイクル設計』」(p99)も、フラットな手法のひとつと言えよう。
本書の目次には、『建築を、ひらく』というタイトルがそうであるように、「人を巻き込む」「風景を育む」「垂直にあつまる」などの動詞が並んでいる。オンデザインは、建築を動詞にまで還元してから、組み立てようとする。「モノ」のデザインだけではなく、「コト」のデザインをしていると言い換えてもよい。なかでも興味深いのが、設計対象の「読み替え」によって、設計対象のスケールを拡張し、建築の新たなフィールドを開拓している点だ。たとえば、オンデザインは、保育所を「人を育む場」として、幼稚園を「まちの学校」として、観光地づくりを「関係値づくり」と読み替える。そのことにより、建物より広範なスケールを射程に入れ、新たな設計のフィールドを開拓し、「建物に関わる人の分母を圧倒的に増やすことができる」(p102)というわけだ。こうして共創されるパブリックは、「僕たち私たちのもの」(p81)という当事者意識を育む。抽象的な理念を振りかざし、自らの実感やリアリティが希薄なパブリック意識にもとづく建築を設計していたひと昔前の建築家像はすっかり塗り替えられている。
また、「建築を、ひらく」という発想は、「建築と社会をつなぐ」という発想とは似て非なるものである。なぜなら、「建築と」は、建築が自明の領域としてあり、それをいかに社会とつなぐかという考え方を前提にしている。それに対して、「建築を」は、建築という領域の輪郭を自明視することなく拡張していく考え方、そもそも建築と社会がバラバラに存在するのではなく、建築は社会を含み込んだものとしてあるという考え方と結びついているからだ。オンデザインには、「と」から「を」への発想の転換がある。
ここまで、オンデザインのオープンでフラットな手法に着目してきたが、必ずしもそれを建築その他すべてがフラットであるべきだという主張と見なさない方がよい。本書で、建築は「アンカー」であると指摘されている(オンデザインの事務所では、西田がアンカーである)ように、やはり建築が核となることで、人を巻き込み、拠点をつくり、風景を育み、持続性を持たせることができる。「複数の関係性を見える化し、場所を通じて結晶化してい」くこと、「おぼろげだったものに新しい関係性や構造を与えて定着させていくこと」(p119)。これらは建築の固有性と可能性であり、本書には、そのような建築だからこその固有性と可能性が満ちている。
担当編集者より
本をつくる相談をはじめてから、2年以上になる。 設計だけではない活動をされていることに興味を持ったので、作品集ではない本にしたかった。
まずは3回連続レクチャーを開催した。毎回ゲストを招いて、オンデザインってどんな事務所なのか、なぜ注目されるのか、何がおもしろいのか? を明らかにしようとした。
オンデザインは、代表の西田さんの(おそらく直感的な)マネジメントのもと、所員(メンバー)それぞれの個性が発揮されている。プロジェクトも多様だし、施主によってできあがるものも違ってくるから、「これがオンデザインです」というものがはっきりしない。そこが面白さでもあるのだが、なかなかまとまりにくく、10回以上にわたって原稿を少しずつ仕上げていただいた。
彼らが建築において取り組んでいるように、本づくりにおいても人を巻き込んで、対話を重ねることを大事にされていたのが印象的だ。そうやって少しずつ仕上げられた入魂の1冊、ぜひ読んでみてください。