地域産業のイノベーションシステム
内容紹介
企業・行政・研究機関が連携して特定の産業を育成し地域全体の発展を目指す産業クラスター論。その実例を分析した地域経済・政策の教科書。今や地域産業の発展には技術革新だけでなく、それを取り巻くネットワークの創造性が欠かせない。神戸・福島の医療機器、九州の半導体、各地の航空宇宙産業、福岡の創造都市戦略に迫る
体 裁 A5・224頁・定価 本体2500円+税
ISBN 978-4-7615-2696-2
発行日 2019/02/10
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史
はじめに
1章 地域経済創生の課題と戦略 山崎 朗
1 変化への対応と変化の創造
付加価値を生み出せない日本の研究開発投資
均質化・同質化から個性・多様性へ
働き方改革の本質/衰退の取引
東京はクリエイティブシティなのか
2 日米イノベーション政策の分岐点
バイ・ドール法の成立
テクノポリスの誕生
世界のイノベーションランキングと国内大学のランキング
3 技術立国と地域イノベーション
技術立国のパラドックス
日本とアメリカは違う
4 付加価値創出に向けての戦略
新しいイノベーションの地理
2章 イノベーションシステム論 ──国と地域、連携のシステム 戸田順一郎
1 イノベーションシステム論の検討
シュンペーター仮説からの脱却
イノベーションシステム論の登場と発展
技術的競争力分野の国際比較
2 国際特許からみる技術的競争力とイノベーションシステム
3 医薬品産業とイノベーションシステム
日本の医薬品産業の競争力
日本の医薬品産業のイノベーションシステムの特徴
イノベーションシステムの課題①:オープンイノベーションの必要性
イノベーションシステムの課題②:RISの構築と連携の必要性
3章 産業クラスター論 ──融合する技術 山崎 朗
1 横串型産業の時代
産業構造の高度化
製造装置の開発
2 システム思考の隆盛
部分最適と全体最適
6次産業化と産業クラスター論
農業と食品・医薬産業の新結合
3 開発における技術統合の必要性
複合化する技術
他の産業との連携
4 新結合
新結合を促進する新しい産業組織とSNS
リストラクチャリングとポジショニング
化学系企業の産業・技術越境
5 想定外の組み合わせをつくる
4章 産業クラスターの形成における地方メッセの役割 北嶋 守
1 「地方メッセ」のテンポラリークラスター機能
2 3つの「地方メッセ」の概要
メディカルクリエーションふくしま
諏訪圏工業メッセ
アジアメディカルショー
3 3つの「地方メッセ」の出展者・来場者の評価や目的
「メディカルクリエーションふくしま」の効果
「諏訪圏工業メッセ」のビジネス面以外の効果
「アジアメディカルショー」来場者の目的
同時開催される講演会・セミナー
4 知識創造からみた「地方メッセ」の可能性
知識創造のフォーカスと時間的範囲
バズとグローバルパイプライン
「地方メッセ」の強み
5 “地元力”による知識創造と知識ストック
5章 九州におけるクラウド時代のスマートシリコンクラスター 岡野秀之
1 成長する九州の半導体産業
新しい成長ステージに入った半導体産業
シリコンクラスターの誕生と発展
基盤産業としての半導体産業
2 エコシステムの構造変化
系列型垂直分業の時代
関連産業への展開と自立化の時代
特定半導体拠点化とグローバル結合の時代
3 クラスター政策の成果と課題
九州シリコンクラスター計画
クラスター政策によるインパクト
クラスター政策の課題~求められる政策の連結と継続性~
4 ポストクラスター政策の新たな動き
ポストクラスター政策のキーワード
SDGsを目指した事業形成と産業融合
デザインハウスの集積と三次元半導体の開発
有機EL材料革命とイノベーション
ミニマルファブというイノベーション
5 九州の半導体産業の可能性と今後の展望
6章 航空宇宙産業の地域戦略 山本匡毅
1 航空宇宙産業における日本のポジション
日本の航空機産業の危機
航空機部品産業の隘路と突破口
宇宙産業の新次元
2 民間航空機産業
民間航空機産業の産業組織
「航空機クラスター」の形成
3 変化への対応が迫られる日本の宇宙産業
変革期の日本の宇宙産業
ロケット発射場による地域創生
4 日本の航空宇宙産業の未来
7章 進化する神戸医療産業都市 ──医療産業クラスター飛躍の条件 加藤恵正
1 第2フェイズに入った神戸医療産業都市
ベンチャー支援のためのインキュベーション機能
神戸医療産業都市構想
2 震災復興と神戸医療産業都市構想
神戸医療産業都市の変遷
神戸医療産業都市の効果
3 第2フェイズに向かう神戸医療産業都市
クラスター進化の構図:都市イノベーション・システム構築に向けて
クラスターの新陳代謝を支えるインキュベータ施設群
クラスターの発展と立地政策
第2フェイズに向けたクラスター政策
4 神戸医療産業都市の深化に向けて
8章 クリエイティブ地方都市福岡のモデル確立に向けて 谷川 徹
1 クリエイティブ都市への挑戦
地方中枢都市からクリエイティブ都市へ
燃える街、福岡
2 福岡市のクリエイティブ都市ポテンシャル
福岡市の利点、地政学的メリット
スタートアップ都市実現に向けた福岡市のリーダーシップ
福岡市のリーダーシップ、創業支援策の評価
3 クリエイティブ都市福岡としての特色・強み
アート、エンターテイメントの系譜
クリエイティビティの源泉としての大学
高い生活の質、暮らしやすさ
4 福岡市の課題
人材面の課題
大学との連携・活用
全方位海外戦略の是非
5 福岡市はクリエイティブ地方都市のモデルになり得るか
イノベーション地方都市に向けて
多様でオープンな地域文化づくり
9章 福島の医療機器クラスター ──造る拠点から使う・学ぶ拠点へ 石橋 毅
1 国内初の医療機器クラスター
ふくしま次世代医療産業集積プロジェクトの発足
異業種企業の医療機器への参入支援
薬事許認可支援~薬事承認はゴールではなくスタートだ~
2 福島医療機器クラスターの新成長戦略
産業特性の理解と適切なアプローチ
部材供給・OEM生産から自社ブランド品の製造販売へ
医療機器産業のハブ拠点へ
3 東日本大震災・原発事故後、クラスターはどうなったか
医療機器企業を呼び込む~フクシマの求心力~
グローバルニッチトップへの挑戦
4 グローバルイノベーション拠点への飛躍に向けて
福島への求心力~新たな開発拠点誕生へ~
福島医療機器クラスターの行方
国内ニッチトップクラスター形成への挑戦
「造る拠点」から「使う・学ぶ拠点」へ
10章 東九州メディカルバレー構想 ──「医療機器」を核とした地域間連携クラスター政策 根岸裕孝
1 東九州メディカルバレー構想の誕生
東九州に集積する医療機器産業
2 血液・血管関連医療産業と地元の大学
血液・血管関連医療産業の集積
関係大学
3 東九州メディカルバレー構想の戦略と推進体制
アジアに貢献する4つの拠点形成
東九州メディカルバレー構想の推進体制
東九州メディカルバレー構想における事業の特徴
地域企業による医療機器生産への参入支援
4 東九州メディカルバレー構想の評価と課題
大分県・宮崎県による自己評価
旧計画から新計画への移行
5 評価の2つの側面~産業政策的側面と地域政策的側面~
6 東九州メディカルバレーの未来
11章 イノベーション・エコシステムとしての都市
辻田昌弘
1 オープンイノベーションへのシフト
苦戦する日本のオープンイノベーション
オープンイノベーションの定義
日本企業の強みが弱みへ
強い同質性
2 オープンイノベーションの孵卵器としての都市
イノベーションと都市
「新結合」の発生確率
多様性がもたらす「集積の外部効果」
3つのT
負のロックイン効果
3 オープンイノベーション・エコシステムの形成
周縁部で先行するスタートアップ企業の集積
大手企業のオープンイノベーションへの取り組み
4 プラットフォーマーとしての不動産デベロッパー
不動産デベロッパーが先導するエコシステム形成
鍵は「多様性」にあり
索引
あとがき
いつの時代においても、物理学、化学、生物学、経済学や国土計画・都市計画に限らず、どの学問分野・計画においても、部分(ミクロ)と全体(マクロ)の関係性は重要なテーマとなる。地域(リージョン)は、同一の言語(日本においては)・貨幣・教育・法制度で保護・規制・管理された国(ナショナル)の一部である。
地域問題は、地域の視点(虫の目)からだけでなく、国の視点(鳥の目)の両方から検討する必要がある。部分の問題は、部分の視点からだけでは解決できない。インバウンドで地域を創生しようとしても、CIQ、ビザ(査証)、空港の運用時間、空港整備、国際便の増便、ロシアと中国の航空機の離着陸規制、空港へのアクセス、出国税、民泊などは、国の許認可事項・政策課題である。
本書の特色の1つは、地域におけるイノベーションとクリエーションの課題を、ナショナルな視点にからめつつ検討した点にある。
新しい付加価値創出の基礎は、イノベーションとクリエーションにある。「変化への対応と変化の創造」と言い換えてもよい。日本の1人当たりGDP(PPP換算)は、2017年にIMF(国際通貨基金)の推計で世界30位にまで下落した。新しい付加価値創出は、地方の課題であると同時に東京の、そして日本の課題でもある。
地域は今、前方と後方の両面での対応が求められている。後方戦略は、人口減少、少子化、高齢化にともなう地域システムのリ・デザインである。人口減少時代においても地域内で多様なサービス業を維持するには、高度・傾斜度が高く、拠点都市から遠く、積雪量が多く、人口が極端に低密度な地域から撤退し、都市や街の中心に機能を集中させ、人口密度を高めるための都市や地域のコンパクト化、そのための公共施設の集約化や用途転換は避けられない。
しかし、後方戦略だけでは、無居住地区や低密度居住地区は拡大し続け、いずれは地域そのものが消滅する。子供を欲しい人たちが子供を産み、その子供たちに多様かつ高度な教育を受けさせ、次世代の人材として育て、国内外から優秀な人材を誘致するには、クリエイティブかつ高い所得を実現するための前方戦略が不可欠である。
前方戦略とは、農業・林業・水産業、伝統産業および新しい地域産業による付加価値の創出である。高い付加価値の実現には、新しい技術の導入や開発、伝統技術への回帰、国際展示会や国際品評会への参加・出品、海外市場の開拓、外国人観光客や外国人労働力の誘致、デザイナーやクリエイターとの連携による地場産品のブランド化やプレミアム化、異質な市場の発見を必要とする。
これまで多くの地方は、公共事業、農業保護、工場誘致、地方交付税といったナショナルシステムによって支えられてきた。それらの効果もあり、日本における1人当たり県民所得の地域間格差は、1960年代以降劇的に縮小し、日本は世界的にみても地域間格差の小さな国となった。
しかし、費用対効果の低い公共事業を実施できる時代は終了した。日本国内におけるダム、高速道路、新幹線、空港・港湾の整備はほぼ概成した。農業保護もTPPなどの自由貿易協定の締結によって、その効果は徐々に低下していく。国の財政状況からみて、地方交付税を増加させていくことは難しくなる。
1960年代以降、1人当たり県民所得のジニ係数や変動係数は劇的に低下した。にもかかわらず、地方にはなぜ閉塞感が渦巻いているのであろうか。なぜ有効求人倍率が2.0を超える県からも人口は流出し続けているのであろうか。それは、チャンス、夢、自己実現、自己決定、働き方、クリエイティブ、感動、共感といった数字化しにくい地域間格差が温存されたままだからである。
短期間で成果のみえる地産地消、B級グルメ、ゆるキャラ、イベント、6次産業化、ふるさと納税、プレミアム商品券、インバウンド、地域おこし協力隊、大学都心立地規制とは異なり、地域の持続的発展のために重要かつ困難で、時間を要するテーマは、地域におけるイノベーションとクリエーションである。しかし、地方には大企業のマザー工場、技術力の高い地場企業、世界大学ランキングに入る地方大学、美しい自然や景観が存在しており、決して不可能な挑戦ではない。
この重要なテーマをどのようにして1冊の著書にまとめ、どこの出版社から世に問うべきなのか、5年近く考えてきた。理論的なイノベーション研究や特定の企業や製品のイノベーション分析ではなく、地方の人たちのマインドセットを可能とするような論理とケースを含んだ著書を出版したいと考えてきた。
古い建物のリノベーション、コンバージョンや新しい公共空間の創出は、クリエイティブな活動である。生活者、クリエイターにとって魅力的な空間への再編は、クリエイティブなビジネスを創出するための「装置」、あるいは「舞台」として機能する。地域イノベーションは、土地、建物、街、という建築、土木、都市計画の課題に行き着く。本書のもう1つの特色は、「新結合」を求めて、建築、土木、都市計画、街づくりの分野に強い学芸出版社から出版した点にある。
イノベーションやクリエーションは、もはや大学、中央研究所、大企業、博士、大学教授、芸術家、クリエイターやデザイナーの独占物ではない。自分自身がイノベーターやクリエイターである必要もない。人材、知識、技術、情報、アイデアは、世界各地からネットやクラウドを活用して入手できる。
クリステンセンは、「天才でなくとも革新的アイデアは得られる」と述べている。ただし、『イノベーションのDNA』(翔泳社)のなかで、日本を名指しして、「個人よりも社会を、実力よりも年功を重視する国で育った人が、柔軟な発想で現状を打破してイノベーションを生み出す」ことは少ないとも指摘している。地方におけるイノベーションとクリエーションの阻害要因は、地理的・制度的障壁ではない。同質性、同調圧力、変化への恐れ、失敗の忌避にある。
本書で紹介しているように、新しい試みに楽しみつつチャレンジする動きは、全国各地で始まっている。そのための制度や環境条件もようやく整ってきた。編者が長年興味を抱いてきたケースについて、執筆陣に無理をお願いして短期間で執筆していただくことができた。執筆をご快諾いただいた執筆陣のみなさんにお礼を申し上げたい。最後に、学芸出版社の得意分野とは言えない、本書の出版をご快諾いただいた編集者の井口夏実氏にも心から感謝の意を表したい。
なお、編者の執筆した1章と3章は、「化学系企業における医療機器、医薬品事業部門の立地についての研究(科学研究費:16K03204)」を使用している。
執筆陣を代表して
山崎 朗
地方は、研究開発、イノベーション、ベンチャー企業とは無縁な地域なのか。このことを30年以上考えてきた。1980年に打ち出されたテクノポリス構想は、そのネーミングのカッコよさから、地方自治体の首長による通産省への激しい陳情があり、通産省は一時門を閉じたという。
テクノポリスは、世界的な注目を集めた。本家の日本は、科学技術都市の創出ではなく、工業生産のみをテクノポリス計画の成果指標とした。しかも1980年代から1990年代にかけて、脱工業化、工場の海外展開、工場内での機械化やロボットの導入、バブル崩壊によって、ほとんどの指定地域で出荷額、工場労働者などの生産指数は減少した。
テクノポリスに代わる地域振興モデルを求めて、シリコンバレー、スタンフォード大学、ルート128、北京中関村、深、シンガポール大学、ケンブリッジ大学サイエンスパーク、フランス・ニースのソフィアンティポリスなど、世界のハイテク地域を視察してきたものの、日本の地方振興に直接応用できるアイデアや視点はほとんど得られなかった。それは、NISに差異があったからである。地域という「部分」だけを切り取って移植(クローニング)しても意味はない。
大企業と中小企業の階層的格差(二重構造)、大企業のみを対象とした国の研究開発組合、ベンチャー企業ではなく、大企業の内部で実現されてきた日本の「産業構造転換」、東大・京大を頂点とした階層的な学術研究体制、本社都市東京と支店都市との階層的都市システム。これまでは、地方単独で頑張ってもどうしようもない「強固な岩盤」が存在していたのである。
本書の各章で論じられているように、その「強固な岩盤」は、外部からも内部からもゆるやかに崩れ始めている。本書が日本の新しいNIS、RISを考えるきっかけとなることを祈っている。
執筆者を代表して
山崎 朗