支援に役立つ!障害者施設の計画ガイドブック

支援に役立つ!障害者施設の計画ガイドブック 利用者目線の特性対応とコスト設計
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内容紹介

支援する事業者に役立つ、利用者目線の計画

障害特性に対応した施設をつくるにあたり、事業コストをどうコントロールすればよいか。利用者中心の心地よい住まいを無理なく実現するポイントから、支援する人の働きやすさを両立する工夫まで。新築と改築・改修による実例18件の居室プランや設備コスト検討資料などを公開し、支援する事業者に役立つ計画のアイデアを紹介


砂山 憲一 著   
著者紹介

体裁
B5変判・192頁
定価
本体3500円+税
発行日
2024-05-15
装丁
ym design(見増勇介・鈴木茉弓)
ISBN
9784761533021
GCODE
1092
目次著者紹介はじめにConclusionレクチャー動画関連イベント関連ニュース

はじめに
本書の構成

Introduction:施設をとりまく変化

1:施設から住まいへ
2:利用者の建築から利用者+介護者・支援員の建築へ
3:特性対応の多様化──幅広く行われる建築的工夫
4:サービス課題の変化
5:工事費の上昇──重要になる建築的工夫とコストの視点

Section 1:障害特性に対応する建築的工夫とコスト

1|利用者目線で建物を無理なくつくるために

1-1 提示された言葉を理解することがスタート
1-2 行動や支援方法による利用者の分類
1-3 建築的工夫に役立つ新しいグルーピング
1-4 「福祉から見た特性分け」と「建築から見た特性分け」
1-5 建築計画は利用者の特性の標準化から

2|建築コストのコントロールに必要な視点

2-1 建築仕様の適用範囲を検討する
2-2 設備機器の適用範囲を検討する
2-3 障害特性と生活様式に合わせたプランを選択する
2-4 心地よさの工夫にどこまで投資するか見極める

3|シミュレーションしよう──部屋ごとの特性分類別対応とコスト

3-1 居室――強度行動障害に対応する部屋は20%コストが高い
3-2 食堂──生活の仕方・支援の仕方が面積を大きく変える
3-3 日中活動室
3-4 トイレ――失便や洗体への対応によってコストを変える
3-5 浴室・脱衣室――機械浴・リフトの選択がコストを決める

4|モデルプランで比較しよう──グループホームの全体コスト

4-1 グループホームの特性対応とモデルプラン
4-2 モデルプランとコスト比較

5|計画を実現するコストマネジメント

5-1 設計段階で面積を抑えて機能の充足を目指す
5-2 増築・改修によるコスト圧縮と要望を実現

Section 2:事例でみる障害への対応とコストマネジメント

1|少人数に分ける

CASE 1 日中過ごす場所を特性で分ける
CASE 2 自力で暮らせる4人と介助の必要な4人が暮らす2つのグループホーム
CASE 3 18人を6グループに分けて少人数で住む

2|個人単位で支援する

CASE 4 建物が人に合わせる──自閉症の方のための入所施設
CASE 5 個人の心身の状況に合わせた居室・浴室計画

3|重度の障害を支える

CASE 6 重度身体障害者の利用者の増加に対応した改修
CASE 7 重症心身障害者を受け入れる通所施設・生活介護事業所
CASE 8 地域で暮らし続けるために──最重度の人に合わせた活動室の整備

4|高齢化に伴走する

CASE 9 高齢に特化したユニット
CASE 10 人とのつながり 分かちあえる役割のある生活
CASE 11 高齢化に合わせて食堂の運用を見直し日中の居場所を充実

5|障害に合った特性対応をほどこす

CASE 12 障害特性によってユニットを分離した改修
CASE 13 強度行動障害の方の住まいと通所施設を知的重度の方と分ける
CASE 14 特性に対応する居室をもつショートステイ
CASE 15 児童の居場所から就労の場まで幅広い支援を提供する通所施設

6|支援員に配慮する

CASE 16 支援員の働きやすさを重視した総合施設

7|既存建物を別の用途に変える

CASE 17 既存建物をグループホームと生活介護に改修
CASE 18 依存症の回復を支援する──生活訓練・自立訓練宿泊型施設の既存ビル改修

Conclusion:変化する障害者施設の設計

1|障害者施設の建築設計は変わっていく

2|施設側の建築への向き合い方の変化

3|私の障害者建築への向きあい方「建築は支援の1つ」

砂山 憲一(すなやま けんいち)

株式会社ゆう建築設計 代表取締役。1971 年京都大学工学部建築学科卒業。1971年京都大学工学研究科修士課程入学。1972-73 年Institut Superieur d’Architecture Saint-Luc de Tournai(ベルギー)留学。1974 年京都大学工学研究科修士課程修了。
1975-76 年国立明石工業高等専門学校助手。1977-79 年設計事務所勤務。1981 年株式会社ゆう建築設計事務所設立。主な著作に『高齢者の住まい事業 企画の手引き』(学芸出版社)、『高齢者住宅・施設の建築デザイン戦略』(日本医療企画)、『知的障害者施設 計画と改修の手引き』(学芸出版社)がある。

障害者施設との出会い

私たちは現在、主に医療・福祉関連の設計をしています。

私が障害者施設に出会ったのは、2007年のことでした。ある日、京都府福知山市にある社会福祉法人福知山学園の松本修理事長から「障害者施設のトイレの改修を行いたい」と電話をいただきました。すぐに現場で利用者の皆さんの使用方法の確認を行い、論文を調べるなどしてトイレの構造化を考えました。今思えば、求められていることに十分対応できていなかったかもしれません。

それ以降も多くの施設の新築、改修工事を担当し、その都度泊まり込んでどのような生活が行われているかを見ながら設計を進めましたが、当時は障害者施設の建築に関する十分な資料がありませんでした。例えば「破壊」への対応一つとっても、どのような壁であれば適応できるのかわからなかったため何種類もの実物の壁をつくり、実際に体当たりして壊れ具合を確かめながら、どの壁を採用するか松本理事長と共に検討しました。

その中で、障害者施設がより住みやすく、支援もしやすい建築になる助けになればと、現場で見聞きし、設計しながら考えたことを、セミナーや書籍の形で発信してきました。その後も多くの障害者施設の計画依頼をいただき、多様な障害者施設を設計してきました。施設ごとに利用者の特性、支援方法は異なりますので、皆違う考え方で設計しています。

“標準化”を考える時代へ

一方で、障害者施設の計画も変わってきていると感じ始めています。障害者個人ごとに異なる特性や個性にどのように対応し、その考え方で建築を標準化するにはどうすればよいか。異なる特性への建築的工夫を実現するためにはコストも関わってきます。予算が無尽蔵にあれば、考えられる最上位の建築対応を行い、標準化も最上位で行えばよいのですが、昨今の工事費上昇では対応できそうにありません。工事費の上昇がなくても適切な標準化をコストを加味しながら考えていくのは、当然のことだと思っています。

この本では、障害者施設の建築が利用者個人、その個人へ対応する支援方法、それらの標準化、さらに利用者を支える人たちの働きやすさへの建築の対応、併せてコストを考えることが必要だという私たちの建築設計方針をお伝えできればと思っています。

本書の構成

Section 1では建築的工夫のコストを具体的に説明し、それがトータルとして障害特性に合わせた建築にどの程度反映されるか示します。

Section 2では私たちの最近の設計事例を紹介しながら、知的障害、身体障害、精神障害の施設で建築的工夫がどのように行われているかを見ます。障害者の建築においては、それぞれの施設の考え方に合わせた対応が必要なことがよくわかります。

この本を出版するきっかけは、東京大学大学院工学系研究科松田雄二准教授の令和3・4年度 障害者政策総合研究事業「障害特性に対応した住居の構造等の類型化のための研究」に研究協力者として参加し、「障害者の住居に関わるコスト分析」を考えたことです。また研究で議論された「入所者属性による施設の類型化」「各類型の建築的工夫の特徴」「建築的工夫と職員のケアに対する負担感の関係」「建築的工夫と入所者の行動の関係」などのテーマは私の障害者施設への向き合い方を考えるうえで大変参考になりました。この研究で福祉施設もコストを考慮して取り組まなければいけないと強く感じました。

なおこの本でコストについて具体的な金額を各所で書いていますが、公的な資料に基づくのではなく、ここ数年の私たちでの入札等の資料から算出したものです。コストは年代によって、地域によって、また施工者の状況によって変わりますので、その点を留意してください。

2024年5月
砂山憲一

Conclusion 変化する障害者施設の設計

Section 1で障害特性への建築対応を建物使用者の特性に合わせて分類して説明しました。Section 2では、施設毎に建築対応が異なっていることを具体的に見ました。その説明で私は「個別対応」「(建築の)標準化」「コスト」といった言葉を使っています。今後の障害者施設の建築計画を行う上で重要なキーワードです。「個別対応」と「コスト」は内容を理解してもらいやすいですが、「標準化」は内容が幅広くなかなか理解しにくい項目です。しかし、これからの障害者施設の計画は支援員を含めた施設関係者と設計者が同じ視点で物事を決めていかなければ、利用者の求めるものにはならないと考えています。

1 - 1 利用者への理解が個人単位で

Section 2で説明したように、入居者全員の個人アセスメントを作成する施設も増えてきました。また事例で見たように、個人への対応を支援で行うのは当然ですが、建築も個人ごとに対応を変えて設計するケースが出てきています。

1 - 2 標準化の対象が広がっている──「落ち着ける」の標準化まで考える

利用者個人への建築対応が進んでいますが、新たに施設をつくる場合、入居予定者個人ごとの資料がない場合がほとんどです。利用者の特性の詳細がわからなくても、建築対応は行わなければいけません。 CASE 04 ゆめふる成田  は自閉症の方の住まいですが、各個室はそれぞれ個別に計画しています。今後入居予定者がわからない場合でも、自閉症の方の個室をいくつかに標準化し、数種類の個室パターンをつくっておくことになるでしょう。

ゆめふる成田では「落ち着いて暮らす」ことができる建築からの対応を考えました。この例でわかるように、障害特性への建築対応の標準化は、「破壊」「失便」などの項目から、「落ち着かない」「感情が不安定」などの特性に対しても建築ができること、行わなければいけないことがあるのではないかと考えるようになってきています。

1 - 3 施設計画でコストが大きな要素となっている

本書では障害者建築の障害特性への建築対応のコストについて、幅広く説明しました。今後はこのコストを参考にしつつ、建築計画を行うことになります。特性への建築対応の選択にはコストを考慮に入れて決めていくことになります。面積もコストに大きく関わりますから、建築計画の初期段階から特性対応のプランをどのようにつくるか考えなければいけません。

障害者施設の計画は事業を立ち上げた方の思いが強く反映されていました。様々な困難を乗り越えるためには、障害者の住まいをつくりあげるという強い思いが必要でした。その思いは各事例の事業者の思いの説明でよくわかります。

最近の打ち合わせを見ると、この熱い思いと共に、冷静に建築と支援の関係を模索し、住む場所の提供を検討する姿勢が多くなっています。

社会福祉法人ひがし福祉会の新しい計画「石けん工場計画」での担当の方とのやり取りで強くこの思いを持ちました。ひがし福祉会では、石けん工場の改修にあたり、私たちの「どのような工場にしたいのですか」という問いかけに、「地域の仕事を担い、仕事を通じて地域とつながる。仲間が自分の力を発揮し、意欲と責任をもって働ける工場を目指します。」と答えてくれました。石けん工場建設へのひがし福祉会会報から引用します*。記事は「仕事の構えが自分でできる環境づくり」についての文章から始まります。

新たなロッカールームをもうけ、仕事の身なりを整える。自分のロッカーで自分の荷物を自分で管理する。姿見鏡で、自分の身なりをチェクする。その部屋ごとで何をするかわかるように、環境や備品を整え、自分でできる仕掛けをつくり、自分でできたことで自信をもって、仕事に向かうことができる環境づくりを行います。

そして記事は、次の言葉で終わります。

環境が意識を変える。環境が意識をつくり新しい価値が生まれる。
仲間の持っている力、好きなことや、得意なこと、障害特性を考えながら、仲間が主人公の、仲間自ら、仲間同士助け合ってできるにはどういう工夫が必要か? わかりやすくするには、環境面でどんな仕掛けが必要か等、仲間のことを中心に置き、環境面と支援面を考える、ハード(環境)とソフト(支援)が行き来する。完成した後も、その環境を使い、実践し、新たな価値を生み出す。この『環境×仲間×支援』の相互の営みを大切にしていきたいと思います。

ここでは障害者の仕事をする場所を、どのような環境にすればよいのか、熱い思いと冷静な分析で検討されています。私たち設計者と支援員が、同じ目線で共同でつくり上げていきました。

事例で取り上げた多くの例もこのようにつくっていっています。

私は医療福祉分野の設計を多く行っていますが、障害者施設に対しては他の分野とは違う思いがあります。それは障害者にどのように向き合おうか考えるところから始まったからです。
最初は障害者施設のトイレの改修だったのですが、障害者の住まい方を終日見ていくうちに、社会生活のマナーはどうすればよいのだろうと考えました。ドアや壁を壊すことには壊れにくいものをつくればよいが、床に寝転ぶことへは、寝転ばないことを前提とするのか、寝転ぶことを前提として気持ちのよい床材を選ぶのか、どうすればよいのだろう。社員が見学したとあるフィンランドの施設には営繕部があり、壊れたところは補修していると知り、壊すことで落ち着くなら、壊れる壁でもよいのだろうかと悩みました。

またある施設の方から、建築内容はどのようなものになろうとも、支援できちんと対応できるから、あまり気にしなくても大丈夫だと言われた時には、建築の役割はどこにあるのだろうかとも考えました。10年くらい前の話です。

そのような試行錯誤を経て、障害者施設における建築からの工夫を整理し、内容を障害者施設の方たちに知ってもらい、障害者の住まいをより住みやすいものにしようと、毎年セミナーを開催してきました。2017年には整理したことをまとめた『知的障害者施設 計画と改修の手引き』(学芸出版社)を出版しました。

この辺りから、なにか欠けていると感じだしていました。特性への建築的工夫の整理は多く積み重ねていますが、「住み手の思いはどうくみ取ればよいか、その思いに応える障害者の住まいはどうすればよいか」が日々の計画で気になるようになりました。

20年以上前に特養の設計を行った時、「高齢で意思表示ができない方の個室をどうすればよいかわからない」という私の問いにその施設長は「砂山さん、その人の目を見なさい。じっと見ていればわかってきますよ。」と言ってくれました。住み手を見ることから始まるという私の思いはここからきています。

障害者の住まいを考えているときに、障害支援区分の認定調査項目に「4-10 落ち着きがない」という言葉があることに気が付きました。個人の住宅でも「落ち着ける住まいにしてください」という会話はごく普通にあります。ここでの落ち着くは「自分にとって安心する、心地よい」ということです。認定調査項目の「落ち着く」の意味は異なります。でも私は「そうだ、障害者の住まいもそれぞれの方が“落ち着ける”住まいにすればよいのだ」と思いました。

障害者の住まいの設計は「何度も何度も現場を見る。生活を見る」「支援員から考えを聞く」の2点に尽きます。施設の支援方法、支援員のそれぞれの思いを繰り返し聞きますが、建築のかたちにするのは私たち設計者しかできないのです。支援員の意見は支援する側の意見で、支援されるの側の意見でないから、私たちが住む人を見つめ建築をつくり出さないといけないと思ってきました。

しかし、この本でも触れていますが、多くの施設の方からも、建築の果たす役割を理解し、建築と支援を関連付けた具体的な提案が、計画当初から出てきています。
今は素直に障害者の住み方に向き合い、施設の方たちと議論しながら、住む人たち、支援する人が落ち着く、その方たちに合った建築をつくっていけばよいと感じています。
この本で繰り返し述べている、「個人への対応」「特性対応の標準化」「コストマネジメント」がこれからの障害者の建築のポイントとなります。「建築は支援の1つ」という思いでこれからも取り組んでいきます。

2024年5月
砂山憲一

* 『環境が意識を変える。環境が意識を創っていく。』第七期飛翔の里生活の家大規模改修 石けん工場改修工事 ひがし福祉会会報 No.123