建築環境工学
内容紹介
光、熱、空気、色彩、音から、環境心理まで
暮らしのなかで環境配慮が求められている現在、つくられた建築の安全性や健康性、住み心地の良さといったものをどう創造していくかは、大変重要な課題である。人間と環境との関わりから、光、熱、空気、音、都市環境、建築デザインとの接点、環境の心理まで、健康で快適な建築を設計するための理論とその手法を幅広く学ぶ。
体 裁 A4・128頁・定価 本体3000円+税
ISBN 978-4-7615-3174-4
発行日 2009-04-10
装 丁 上野 かおる
まえがき
1 自然環境と建築デザイン
1・1 気候風土と建築のデザイン
1・2 自然環境と人工環境の違いとは
1・3 自然条件としての気候・地形・植生を考える
1・4 建築デザインにおける環境調節の考え方 11
1・5 室内環境の実現目標を考える
2 人間と環境の関わり
2・1 温熱環境と人間
人間に影響する温熱環境要素とは/人体熱収支と体温調節のしくみ
/温熱環境指標とは
2・2 空気質と人間
人間に必要な空気の条件/空気汚染質とその人間への影響
/空気環境の守るべき基準/必要な換気量とは
2・3 視環境と人間
人間の眼の働き/測光量と視感度/見やすく快適な明るさ/まぶしさの防止
2・4 音環境と人間
人間の耳と音/人間の音の聞こえ/音の大きさの表し方/音のレベル表現
/騒音をどのように評価するか
2・5 環境要素の複合影響
複合要素の影響パターン/感覚・知覚に及ぼす複合影響
/環境の総合評価と定量化
3 光の調節と採光計画
3・1 太陽の運行と日照の状況
3・2 日照とそれによってできる建物の日影
3・3 建築への日照(日当たり)の調整方法
3・4 光源としての昼光
3・5 昼光照明と採光の手法
3・6 熱エネルギーとしての日射
4 熱・湿気の調節と室内気候計画
4・1 熱と湿気の移動メカニズム
熱伝導/対流熱伝達/熱放射/熱貫流/湿気の移動
4・2 建築の熱負荷
4・3 断熱の計画と冷暖房の軽減
4・4 省エネルギーの計画
エネルギー消費量の抑制/エネルギー使用効率の向上/新エネルギーの利用
4・5 建築物の熱容量と室温変動
熱容量/室温変動
4・6 暑さ寒さと室内気候計画
人間にとって快適な温熱条件は/熱の移動と快適/暖かさと快適/涼しさと快適
/環境の捉え方と快適
4・7 結露の実態とその防止計画
結露の発生メカニズム/結露防止対策
4・8 自然エネルギーを冷暖房に利用
太陽熱/風力/地中熱/水分蒸発
5 空気の制御と通風換気計画
5・1 空気の流れのメカニズム
5・2 温度差・風力を利用した自然換気とは
5・3 送風機などによる強制換気とは
5・4 建築の気密性と換気計画
5・5 通風を計画する
6 照明と色彩の視環境計画
6・1 人工光源の特性
6・2 人工照明を計画する
照明光源/人工照明の所用照度と諸要素の影響
6・3 色をどう表すか
マンセル表色系/CIE表色系
6・4 色彩調和の理論を考える
6・5 色彩の心理と色彩調節の方法
色彩の物理的感覚/色彩調節
7 環境の心理学
7・1 感覚量の定量化
7・2 物理量と感覚量の関係
ウェーバー・ヘヒナーの法則/スチーブンスの法則
7・3 視環境の心理
窓と開放感/まちなみの印象把握
7・4 温熱環境
温熱環境の快適性/快適さの尺度/多様な心理状態の表現
8 音の調節と室内音響計画
8・1 騒音の測定方法とその評価
8・2 騒音の防止を計画する
壁体の透過損失/屋外から室内への騒音伝搬/壁の遮音性能
8・3 振動の性質とその防止
振動の伝搬/振動の防止
8・4 音場と残響のメカニズム
残響時間/その他の指標
8・5 室内の音響環境を計画する
8・6 オーディトリアムのデザイン
9 建築環境の計画
9・1 建築平面と環境
平面図で考える「風の道」/断面図で考える「風の道」/植栽計画
/居心地のよい建築
9・2 建築環境と構法材料
日本の森林と木材/熱環境と材料/伝統的構法と建築環境
9・3 室内空間と環境
9・4 緩衝空間の計画
10 建築の外部環境計画
10・1 風環境を制御し計画する
10・2 建物緑化を進める方策
10・3 敷地と隣棟間隔を計画する
10・4 建物の色彩を計画する
10・5 街路の環境を考える
10・6 建築環境と景観
11 都市環境の計画
11・1 都市の気候を考える
都市のヒートアイランド/ヒートアイランドの緩和/大気汚染の防止
/都市の「風の道」をデザインする
11・2 都市の緑地が果たす役割
緑地の効果/緑地の気候緩和効果/都市における緑化のタイプとその機能
/緑と屋外空間
11・3 都市の中の風と日照
11・4 都市の水辺と親水性
11・5 都市の騒音・振動を防ぐ
11・6 都市と気候景観
12 人間のための建築・都市の環境デザイン
12・1 伝統建築から学ぶ
伝統的住宅の環境調整手法/伝統的住宅に見られる防寒手法
/民家の室内外気候/町家の室内外気候/ 伝統民家の開口部と気候
/伝統を現代につなげる
12・2 パッシブデザインの原理
パッシブデザインとアクティブデザイン/パッシブクーリング/パッシブヒーティング
/昼光利用/計画上の注意
12・3 自然の潜在力を使って建築をデザインする
身近な場所からの発想/自然の潜在力を活かした伝統的な技
12・4 生態的(エコロジー)建築と都市へのデザイン
12・5 高齢者や乳幼児への配慮
12・6 環境のバリアフリーとユニバーサルデザイン
バリアフリーとユニバーサルデザイン/バリアフリーと法令等
/熱環境とユニバーサルデザイン
索引
執筆者略歴
※本文中の図版・写真は、特記なきものは担当執筆者によるものです。
地球規模の温暖化や都市の暑熱化が顕在化してきたことが認識され、くらしの中での環境配慮が求められている現在である。建築環境工学の分野は、建築学が明治期の日本で進展していく頃には、つくられた建築の安全性や健康性ひいては住み心地の良さをどのように創造するかという点で建築設計の理論ともいうべきものを求めたものへの知識の集成であったと考えられる。それと同時に、医学・衛生学的な発想から、室内の汚れた空気が疾病の原因になることを回避し、清潔な働く場や住まいを実現することが求められ、これが造家衛生や市区改正へとつながった。ここにおいて森林太郎(鴎外)の果たした役割は大きい。ある意味で、当時の建築環境工学は衛生的環境の保持のための建築設計法と建築の衛生環境の維持改善法をめざしていた。大正期にはいると、建築家や建築学者が衛生学の知識に基づき、そして佐野利器がいう科学立国を国是としてゆくという風潮も手伝って、建築を科学的に設計する方策を求めた。昭和へと進展する中、衛生学は細菌学へと舵を切り、建築の衛生的科学的問題は建築家と建築学者の手にゆだねられた。建築環境工学は、建築設計の基本事項あるいは建築計画原論として建築計画学の中枢をなすものであった。当時、暖房や照明は、まだ機械工学、電気工学の花形であった。
第2次世界大戦後、建築環境工学は進展を続け、高度経済成長と共に環境調節装置としての建築設備の需要増と共に、機械や電気の分野での多角化や変化にともなって、室内環境の調節については総合的に取り扱うような傾向が出てきた。昭和38年には、日本建築学会で建築計画委員会が計画原論と設備を主体とする環境工学と建築各論を主体とする建築計画の2つの部門に分離した。前者の範囲はその後の進展にともなって室内と建築周辺の環境を調節する方法と設備についての分野として確立してきた。
しかし、建築環境工学の分野は、決して建築設計と分離したわけではなく、健康で快適な建築を設計するための理論とその手法を取り扱う分野である。そのアプローチとして物理的な事項と健康科学(衛生学)的な事項を主に取り扱う学問分野といって良いであろう。そのながれの中で、安全のもとで健康さや快適さは、人間自身を知ることが必要であり、どう人間が建築を感じているかが重要であることが認識されてきた。その意味で環境の生理や心理を扱いながら、建築の環境を設計することがひとつの役割でもある。さらに、近年は建築が集合した都市にも建築の取り扱う範囲が広がり、都市気候から緑や水辺そして風の道などを考える都市の環境学も重要な位置と占めるようになったと考えられる。
このような背景の中、本書は建築設計の基礎理論となるような基本的事項を取り扱い、環境要素である熱・音・光・空気・色・水などの物理的な側面が建築を創り維持していくために必要な知識を理解しやすいようにすると共に、そこで生活する人間が健康さや快適さを得られるようにする方策を学べるように配慮した。そこでは生理学的衛生学的な知識と共に、心理学的な事項も、建築設計へ向けたものとして説明するように心がけた。また本書の大きな特色として、建築環境デザインとしての要素を取り入れ、建築のみに限らず外部環境や都市の環境計画を積極的に取り扱っている。今後の建築分野だけでなく、都市や社会において、「環境」が益々必要になる時代を見据えて、読者の方々が新しい分野への展開をはかれる期待を込めている。
本書を執筆するについては、愛知産業大学の武田雄二教授のお薦めと励ましにより実現したものであり、実際の企画と執筆場面では、株式会社学芸出版社の吉田隆氏、知念靖広氏の両氏には、大変ご迷惑をおかけしつつも、ご助力と激励を頂き完成するに至りました。三氏をはじめ執筆に際しお手伝いいただいた方々皆様に、心より感謝申し上げる次第であり、記して深謝の意を表します。
最後に、本書は先行する研究、書物から様々な事柄について多く参考にさせていただきました。末筆ながら、ここに深謝の意を表します。
堀越哲美