インクルーシブ・コミュニティ
誰も取り残さない都市のかたち
気候変動、移民、観光など、多様な課題を抱える都市で、誰も取り残さない社会をどう築くか。欧州と日本の政策・実践を手がかりに、まちの制度や空間づくり、人と人の関係を編み直す視点から〈包容力ある都市〉を再構想する。
阿部大輔 編著/白石克孝・的場信敬・佐倉弘祐・大石尚子・上野貴彦・中森孝文 著
| 体裁 | A5判・288頁 |
|---|---|
| 定価 | 本体2700円+税 |
| 発行日 | 2026-03-15 |
| 装丁 | 丸山太央 |
| ISBN | 9784761529673 |
| GCODE | 5734 |
| 販売状況 | 予約受付中 (店頭発売:2026年3月13日頃) |
| ジャンル |
はじめに|都市の社会的包摂はなぜ目指されなければならないのか?
第I部 都市政策に何ができるか
1章|《社会的排除》を可視化する――欧州の地域・都市政策における指標と目標
2章|非営利非政府組織の役割を捉え直す――協働型アプローチによるパートナーシップの可能性
3章|誰も取り残さない気候変動対策へ――「公正な移行」概念の発展と政策実装
第II部 空間からアプローチする
4章|都市の周縁部にアプローチする――都市内格差の解消を図るバルセロナの界隈プラン
5章|都市の空地を農的に活用する――「緩やかな囲い」が育む閉鎖と開放のあいだ
第Ⅲ部 人の関係を編み直す
6章|移民問題に食農から取り組む――イタリア南部農村地域のソーシャル・イノベーション
7章|移民・マイノリティとの「共生」のレパートリーを増やす――スペイン都市の「反うわさ戦略」
8章|大学の役割を高める――イノベーション人材を育てる地域との協働
第Ⅳ部 観光を再設計する
9章|社会的弱者と観光の関係を再設計する――SDGsに貢献する包摂的観光モデルの実践
10章|訪問者と地域の分断を乗り越える――オーバーツーリズムから包摂的な観光へ
おわりに
はじめに ── 都市の社会的包摂はなぜ目指されなければならないのか?
近年、「社会的包摂(social inclusion)」という言葉は、行政文書、政策提言、研究論文、さらには企業の社会的責任(CSR)に至るまで、さまざまな場面で用いられるようになっている。しかし、その使用頻度の高さに反して、この概念が具体的に何を意味し、どのように実装されるべきかについては、必ずしも十分に共有されているわけではない。包摂とは、単に「弱者に配慮すること」なのか、「格差を是正すること」なのか、それとも「誰もが参加できる社会をつくること」なのか。あるいは、それらすべてを含む、より構造的な問いなのか。多くの場合、それは倫理的なスローガンとして受け止められることが多く、制度設計や政策形成の基盤となる考え方として明確に位置づけられる機会は限られてきたのではないだろうか。
本書は、社会的包摂を道徳的理念としてあらかじめ定義して整理するところから始めるのではなく、むしろ、実践的な政策の展開や地域・都市空間の具体的な問題に照らしながら、その使われ方や射程を確かめていくことを目的としている。
本書の執筆者の専門は、政治学、社会学、経営学、食農政策、建築・都市計画、観光政策とそれぞれに異なる。社会的包摂を正面から研究してきたわけではない。しかし、各分野からみえる喫緊の課題──すなわち少子高齢化や人口減少、地方都市の衰退、移民の増加、社会的弱者の孤立、住宅問題、気候変動、オーバーツーリズム──に注目し、調査・研究を重ねるなかで、多くの政策課題が特定の人々を排除してしまうという共通する構造の上に成立している現状がみえてきた。社会的包摂とは、こうした排除の「結果」に対処することだけではなく、排除を生み出す構造そのものを組み替える営みではないだろうか。これが本書の立脚点である。
日本において社会的包摂は、主として福祉政策や貧困対策の文脈で語られてきた。しかし、欧州、とりわけEU 諸国では、1990 年代以降、社会的排除(socialexclusion)への対抗概念として、社会的包摂が政策上の語彙として導入され、都市再生、雇用、教育、住宅、移民政策、環境政策など異なる政策領域を横断しつなぎ合わせる原理として位置づけられてきた。そこでは、社会的包摂は抽象的な理念にとどまらず、政策の方向性や成果を読み解く視点として機能し、都市や地域の持続可能性を評価するための指標としても位置づけられてきた。本書は、欧州の知見を参照しつつ、そうした構造が議論を通じてどのように生み出され、政策として実装されてきたのかを、具体的な事例をベースに描いていく。
誰もが排除されない、多様な人が共に暮らせるまち、は理想論に過ぎないのだろうか。たとえ理想論だとしても、私たちの誰もが人生のどこかの局面で困難を抱えうる以上、それが地域社会や共同体からの排除の理由にならないための方法は、常に模索し続けなければならないはずだ。年をとっても、立場が変わっても変わらず居場所があるかどうか──すなわち『インクルーシブ・コミュニティ』を培っていけるかどうか──は、その都市の持続可能性を根底から左右するのではないだろうか。本書の構成とアプローチ
本書は抽象的な理論から出発するのではなく、政策や実践の現場で生じている具体的な問題を手がかりに、社会的包摂という考え方の射程を探る。制度、空間、関係性、経済(観光)といった異なる次元でどのように議論が進行しているのかを検討するため、全体を4 部構成としている。
第Ⅰ部「都市政策に何ができるか」は、社会的包摂がどのように政策概念として形成され、制度化されてきたのかを追う。第Ⅰ部が提示するのは、社会的包摂が「後付けの配慮」ではなく、政策設計の出発点であるべきだという認識である。
第1 章「社会的排除を可視化する」は、EU における社会的排除の指標体系や政策目標の変遷を手がかりに、社会的包摂が理念を超えて、地域・都市の具体的な課題に対して介入可能な政策概念へと転換されてきた過程を明らかにする。ここでは、排除が多次元的現象として捉えられ、都市の持続可能性と不可分の問題として再定義されていることが示される。
第2 章「非営利非政府組織の役割を捉え直す」は、パートナーシップ型ガバナンスの視点から、社会的包摂がどのように政策実装の原理となりうるのかを論じる。ここでは、社会的包摂が単なる支援ではなく、社会的価値を共同で生み出すプロセスであること、そして行政・NPO・市民組織の実践を通じて、社会的包摂が人と人、あるいは人と制度の関わり方の設計と深く結びついていることが示される。
第3 章「誰も取り残さない気候変動対策へ」は、社会的包摂が環境政策として捉えられがちな気候変動対策においても中核的な概念となりつつあることを示す。本章が中心的に取り組む問いは、「なぜ脱炭素政策に包摂が必要なのか」である。公正な移行( Just Transition)の議論を通じて、気候変動対策が単なる技術的対応にとどまらず、雇用、生活、地域の再編を伴う政治的・社会的プロセスであることが論じられる。
第Ⅱ部は、都市空間に焦点を当て、社会的包摂が理念ではなく、日常的に経験される空間の質の問題であることを論じる。制度や理念がいかに整えられても、それが日常生活の場(物理的空間)に具体化されなければ、包摂は実感されない。都市内で周縁化されたエリアや空地・公共空間をめぐる事例を通して、その点を検討する。
第4 章「都市の周縁部にアプローチする」は、バルセロナの界隈プランを事例に、社会的包摂という政策課題がどのように空間政策として組み立てられているのかを分析する。教育、雇用、健康、ジェンダー平等、住民参加とエンパワーメントといった複数の分野を横断する取り組みを空間再編と結びつけ、排除の再生産を断ち切ろうとする実践の理路を追う。
第5 章「都市の空地を農的に活用する」は、「公共空間とは誰のものか」「排除と無秩序の二項対立をどう超えるか」を問いに、社会的包摂が必ずしも大規模な制度改革や公共投資から始まる必要はないことを示す。本章が扱うのは、都市に増加する空地をめぐる小規模で実験的な実践である。放置されていた空間が、地域コミュニティを徐々に巻き込みながら「みんなの居場所」とへ変わっていくプロセスは、まさに包摂的だ。「緩やかな囲い」という概念は、空間の設計そのものが人々の関わり方を生み出しうることを示している。
第Ⅲ部「人の関係を編み直す」は、社会的包摂は、誰が主体となり、どのような関係性が築かれるのかという問いと不可分であり、移民やマイノリティ、大学と地域社会の関係などから、社会的包摂が主体の形成や語りの変化と結びついていることを示す。
第6 章「移民問題に食農から取り組む」は、イタリア南部農村における移民問題を背景に、食農分野を媒介とした地域再生と社会的包摂の可能性を論じている。事例を通じて、移民が「支援の対象」ではなく、「地域を再生する主体」として位置づけられるプロセスを描く。農業は生産活動であると同時に、技能形成、社会参加、人々のコミュニケーションの再構築を可能にする包摂の装置として描かれる。
第7 章「移民・マイノリティとの『共生』のレパートリーを増やす」は、社会的包摂が生活を支える制度や環境の問題であると同時に、語り・表象・想像力の問題であることを示す。本章が問いかけるのは、「排除はどのように正当化され、どのように解除されうるのか」という論点である。反うわさ戦略は、差別を単なる誤解としてではなく、社会的に生産される構造として捉え、多様な主体を巻き込みながら、対抗実践の選択肢を増やす。
第8 章「大学の役割を高める」は、大学を地域社会の包摂力を高める拠点として捉え、その役割の変化・拡張を紹介する。高等教育機関が知識生産にとどまらず、都市再生や人材育成、社会課題解決に関与してきた経緯を整理したうえで、国内外の事例を通じて大学と地域の協働の可能性を描く。さらに、包摂社会を担う人材育成の可能性として、龍谷大学の取り組みを紹介し、大学院教育の意義を考察する。
第Ⅳ部「観光を再設計する」は、観光を手がかりに、社会的包摂が経済モデルの再設計と不可分であることを示す。観光は地域に利益をもたらす一方で、負荷や摩擦を生む側面も持つ。本書では、観光を社会的包摂の視点から捉え直すことで、これまでとは異なる論点を浮かび上がらせる。
第9 章「社会的弱者と観光の関係を再設計する」は、ポストコロナ期における観光政策の転換を、社会的包摂の視点から検討している。オーバーツーリズムやパンデミックを経て、観光は量的成長から質的充実へと方向転換を迫られている。とりわけ、障がい者や低所得層、先住民など、従来は観光から排除されがちだった人々を「支援の対象」ではなく主体として位置づけ、包摂的観光地などの取り組みを通じて、雇用創出や社会参加、偏見の緩和につながる可能性を描く。
第10 章「訪問者と地域の分断を乗り越える」は、オーバーツーリズムがもたらしてきた観光客と地域社会の分断に着目し、その構造と背景を整理する。混雑や観光客のマナー問題に加え、住宅の高騰や住民の追い出し、労働環境の悪化といった影響を整理したうえで、観光の利益を地域に還元する再生型観光の可能性を探る。欧州各都市の事例を通じて、観光を地域の生活と両立させるための制度設計と実践の方向性を示す。
本書に収められた各章は、扱う場所やテーマは異なるものの、社会的包摂という課題にそれぞれの専門的立場から向き合っている。そこに共通するのは、正解を1 つに定めることよりも、これまで見過ごされがちだった前提や視点を検討し直し、異なる選択肢を模索する姿勢である。社会的包摂とは、完成された状態として実現されるものというより、試行錯誤のなかで少しずつその輪郭が見えてくるものなのかもしれない。本書は、その過程をたどり、考えるための記録である。
社会的包摂という概念が必要とされてきた背景には、地域・都市が前提としてきた枠組みや考え方そのものが問われているという事情がある。本書は、その問いが生まれてきた現場と文脈を描いている。
2026 年3 月 阿部大輔
本書は、地域・都市における社会的包摂の政策的試みを、完成された理念として提示するのではなく、現実の中で立ち上がり、揺れ動き、ときに行き詰まりながら更新されていく市民社会の営みのプロセスとして捉えることを意識してきた。社会的包摂という言葉は、多様性や公平性とともに、しばしば明るく前向きな響きをもって用いられるが、その実態は必ずしも穏やかで調和的なものばかりではない。むしろそこには、利害の衝突や価値観のずれ、制度の限界、資源の不足といった、扱いにくい現実が折り重なっている。
近年、包摂や多様性をめぐる言葉そのものが、かつてのように自明の前提として共有されるものではなくなりつつある。都市や社会のあり方をめぐって、それらの語が何を含み、どこまでを射程とするのかが、あらためて問い返される場面も増えている。そうした状況のもとで、包摂の意味や実践を具体的な現場から捉え直すことの必要性は、むしろ高まっている。本書が取り上げてきた各地の実践は、そうした揺らぎのただ中で模索されてきた試みとして位置づけることができる。
本書は一つの明確な結論へと収束する構成にはなっていない。収められた各章もまた、地域・都市が抱える問題群に対する処方箋を提示するものではない。各章を読み通して浮かび上がってくるのは、社会や経済、制度の設計が多くの人にとっては特段の支障なく機能する一方で、不利な状況に置かれた人々が、その仕組みのなかで十分に拾い上げられてこなかったという経緯である。同時に、本書が描いたのは、各地域が直面する課題に対して、社会的包摂の視点から問題を捉え直し、行政、住民、NPO、研究者など多様なアクターの力を結集しながら、地域社会に生じつつあるほころびを予防したり、場合によっては繕ったりする時間をかけた営みの実態だ。関係者の試行錯誤や調整、時には後退を含みながら、少しずつ成果が生まれ、積み重ねられてきた。制度や空間を変えることは容易ではなく、その過程では摩擦や疲弊も生じる。しかし、そうした時間を引き受ける姿勢そのものが、社会的包摂を掲げる実践のなかで大きな意味を持っている。
地域・都市における制度は、自然発生的に形成されるわけではない。そこには常に、政策上の判断があり、優先順位がある。どの声を政策に反映させるのかを決定することは、政策を担う側の判断の積み重ねでもある。そうした判断の積み重ねが、ある人にとっては生きやすい環境を、別の人にとっては疎外感を生む環境を形づくっていく。
まちの包容力を高める都市政策とは、この判断の偏りを可視化し、問い直し、組み替える営みである。包容力とは、すべてを受け入れることではない。それは、衝突や違いを消し去る能力ではなく、それらを排除によって解決しない能力である。異なる価値観、異なる生活様式、異なる利害が共存する都市において、摩擦は避けられない。包容力のあるまちとは、摩擦が存在しないまちではなく、摩擦を対話や制度、空間の設計によって調整し続けるまちである。誰が声を持ち、誰が沈黙させられているのか。誰が中心に置かれ、誰が後景に退けられてきたのか。こうした問いは、現場での実践のなかではしばしば答えが出ないまま残り続けるが、それでもなお手放さないことが、包摂的であろうとする営みの出発点になる。
『インクルーシブ・コミュニティ』とは、日々の暮らしのなかで選びうる行動や生き方の幅を、そこに暮らす人々が少しずつ広げていくことに目を向けた場所である、という理解が、本書を通じて浮かび上がってきた。それは未来の完成形ではなく、現在の社会に投げかけられた問いである。私たちのまちは、誰にとって包容的なのか。誰にとって、まだ十分に開かれていないのか。その問いを持ち続けること自体が、即効性のある解決には結びつかないとしても、すでに一つの実践と言えそうだ。
本書の元になっているのは、龍谷大学国際社会文化研究所の指定研究「変動する国際社会と文化──包容力ある地域空間の形成に向けた日欧比較研究」(2020 ~ 2022 年度)の研究成果である。研究の実施期間がコロナ禍と重なり、当初予定していた研究グループ全体での調査は実現が叶わなかったことに加え、研究期間の延長を余儀なくされた。とはいえ、コロナ禍は社会政策や都市政策に根本的な変革を迫った面もあり、筆者たちが地域・都市と社会的包摂の関係に新たな可能性を見出せた時期だったようにも思われる。いずれにせよ、この研究助成により、執筆陣もそれぞれの専門性を超えた複眼的な視座で研究を進めることができた。記して感謝する。
また、本書がなんとか形になったのは、ひとえに学芸出版社の松本優真さんの我慢強く的確な編集のおかげである。ここに深く謝意を表する。
2026 年3 月
執筆陣を代表して
阿部大輔
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