空き家になる前の空き家対策
内容紹介
住宅所有者の行動変容を促す実践的ステップ
これからの空き家対策は、空き家になる前に動き出すことが欠かせない。岡山県を中心にその実践と検証を繰り返してきたプロジェクトチームによる、住宅所有者の行動変容を促すステップやノウハウを事細かに解説。空き家対応の成功・失敗事例や、全国の先進的取り組みもわかる。早め早めの行動が、街の空き家を一つずつ減らしていく。
氏原岳人・石田信治・織田恭平 著
著者紹介
体裁 | 四六判・160頁 |
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定価 | 本体2000円+税 |
発行日 | 2023-08-01 |
装丁 | 大塚誠也 |
ISBN | 9784761528638 |
GCODE | 2286 |
販売状況 | 在庫◎ |
ジャンル | 都市・中心市街地再生 |
1章 なぜ、空き家になる前の空き家対策か
先手の空き家対策がまちの命運を分ける
・空き家のないまち、あるまち
・所有者心理を理解する
・これからの空き家対策
実際にあった、空き家対応の失敗例と成功例
・手遅れで失敗した例
その1:生前に相続の意思を確認できていたなら・・
その2:住宅が周囲にもたらす影響が伝わっていたなら・・
その3:相続の相談先をもっと早く知ってくれていたら・・
その4:自宅のことを考えるきっかけがあれば・・
その5:住宅価格に詳しい専門家に相談できていたら・・
その6:古い住宅を放置するとどうなるか知っていたら・・
・先手を打って成功した例
その1:叔父が遺言を残してくれた
その2:住み替えとともにスマートに売却
その3:離れて暮らす兄弟同士が連携できた
その4:空き家1年後に売却を決心
その5:賃貸募集で早期の対策
・空き家にさせない3つのキホン
① 所有者が相続人を決めておくこと
② 不動産相続の共有はなるべく避けること
③ 早めに専門家や専門業者に相談をすること
空き家に関する主な専門家や専門業者
用語解説
2章 空き家になる前の空き家対策
空き家を生まないコミュニケーションアプローチ
・このアプローチの6つの特長
・本章の読み方
・フェーズ全体の流れ
・フェーズ1 チームをつくる
01 メンバーを集める
02 役割を決める
・フェーズ2 準備をする
01 対象地域を決める
02 プロセスを整理する
03 実施計画を立てる
04 地域と信頼関係を構築する
・フェーズ3 情報を提供する
01 タイミングを見定める
02 伝える形を決める
03 適切な言葉を選ぶ
04 デザインで伝える
・フェーズ4 話し合いを促す
01 促す形を決める
02 内容を決める
03 実践する
04 結果をまとめる
・フェーズ5 専門家に引き継ぐ
01 サポートする形を決める
02 体制を整える
03 内容を決める
04 実践する
05 次につなげる
・フェーズ6 評価・改善する
01 結果を分析する
02 地域にフィードバックする
03 改善点を探る
04 効果を高める
3章 全国の先進事例
全国各地の取り組み
・事例1:所有者に向けた意識啓発の手立てづくり
・事例2:将来の住宅活用に向け、所有者が事前に取り組む仕組みづくり
・事例3:所有者の早期決断を促すためのきっかけづくり
・事例4:住居にまつわる高齢者の心配事を一貫してサポートする、体制づくり
・事例5:空き家対策の担い手を育成する、意識啓発の場づくり
はじめに 氏原岳人
◯どのようにして、「空き家を生まないコミュニケーションアプローチ」が生まれたか?
これまでの私たちの取り組みの変遷を説明することで、読者の皆さまに「どのようにして、空き家を生まないコミュニケーションアプローチが生まれたか?」をご紹介します。2015年の空家対策特別措置法の施行をきっかけに、全国のさまざまな自治体では、空家等対策計画を策定することになりました。あわせて、空き家の実態把握のために、空き家の空間的な位置や質に関するデジタルデータも急速に整備されました。私たちの研究室でも、そのデータを活用し、空き家の空間分布を把握するとともに地域環境(立地条件、インフラ状況、世帯属性など)との関連性を定量的に明らかにすることで、まちづくり(具体的には住宅地の作り方)と空き家発生との関連を紐解こうとしました。少し専門的になりますが、空き家の発生確率(結果)と地域環境(原因)との関係性を数学的なモデルの構築によって明らかにする研究です。しかし、たくさんの時間や労力を費やしても、説明力の高いモデルは出来上がりません。それは、いま考えれば至極当然です。空き家の発生には、その地域の環境だけでなく、住宅所有者の意識や意向もずいぶんと関わっているからです。
それ以降、私たちは空き家所有者に焦点を当てた研究にシフトしていきます。まずは、空き家を所有する方々の実態を把握するためのアンケート調査を実施しました。そこから分かったことは、空き家所有者は「若くない」「近くにいない」「建物に関心がない」ということでした。私は、これを「空き家所有者の3つの”ない”」と呼んでいます。特に、そもそも「建物に関心がない」は、空き家問題の根本的な原因でもあります。たとえば、世の中に空き家があまり流通しないことも、老朽化した空き家が放置されたままであることも、この関心の低さが主因になっています。つまり、空き家を所有する方々の意識の低さこそが、さまざまな課題の本質だと感じました。
一方で、行政による空き家対策は、空き家活用や空き家バンクなどの空き家発生後の対策がほとんどで、それも空き家になった後ずいぶん経過したものを対象としています。また、空き家の発生抑制に関する対策に至っては、現場の蓄積がほとんどありません。空き家対策に関わった方はご存知の通り、空き家は時間が経てば経つほど、建物の老朽化、所有者自身の問題、権利関係など、その解決は困難になります。つまり、空き家対策は早ければ早いほどよいのですが、現状の空き家対策は、このような難易度の非常に高くなった建物を相手にしています。特定空家などの老朽空き家の対策も必要ですが、空き家の蛇口を閉めるような先手の空き家対策も考えなければなりません。
そこで、私たちは、「空き家になる前の早期の段階から、自宅の将来について考えてもらい、自発的に行動してもらう」ような「空き家になる前の空き家対策」ができないかと考えました。ちょうどそのころ私たちの研究室は、渋滞緩和のために、自家用車利用を抑制し、徒歩や自転車、公共交通などを利用していただくプロジェクトを民間企業や行政とともに実施していたので、その影響もありました。そこではモビリティ・マネジメント(MM)と呼ばれる手法を用いていました。MMとは、コミュニケーションによって直接的に人々に働きかけることで、自家用車だけでなく公共交通や徒歩、自転車を自発的に選択してもらうための行動変容の手法で、交通計画分野で多くの実践的な蓄積がありました。このMMの考え方を援用して、空き家になる前の(現在住んでいる)住宅所有者のための行動変容の手法を確立できないだろうかと考えました。そして気づくと、空き家などの膨大なデジタルデータをPC上で解析する研究は、空き家問題の所在を理解する過程で、まちづくりの現場に出かけて、1人ひとりを相手にするような行動変容研究に変わっていきました。
さっそく、このMMの考え方を用いて、2019年から試験的に、空き家になる前の住宅の所有者を対象にした、空き家の発生を未然に防ぐための手法づくりが始まりました。当時は、私と学生、岡山市役所の空き家担当者、そして空き家の共同研究をしていた建設コンサルタント(著者の織田氏)の4名というとても小さな体制でした。まずは、岡山市中区にある300世帯ほどの小さな団地を対象にしました。すべてが手探りでしたが、それまでのMMの取り組み実績が役立ち、初年度からある程度の成果を得ることができました。ただ、このメンバーだけでは対応できない課題もありました。
そこで私が所属していた「おかやま空家対策研究会」のメンバーの方々を中心に、私たちの取り組みに関心があり、そして参加したいと思う方を募りました。思いもよらず、建築士や弁護士、司法書士、地元工務店の方など、それぞれ日頃より岡山の空き家に専門的な立場から関わっているスペシャリストの方々が集まってくれました。そして、そのメンバーとともに2020年より「岡山・空き家を生まないプロジェクト」が始動しました。
◯空き家を生まないコミュニケーションアプローチとは?
「空き家を生まないコミュニケーションアプローチ」は、STEP1の「情報提供」と「機会提供」、STEP2の「専門家の支援」の2段階から構成されています。STEP1で、行動変容のための情報提供と話し合うためのきっかけをつくり、今暮らしている住宅の所有者に行動変容を促します。STEP1で具体的に自ら行動してもらえればよいですが、建物の権利関係や相続に関することなど、行動したくても行動できない方々もいます。その場合には、STEP2にて相談内容に応じて、適切な専門家がサポートする体制をつくりました。このプロセスの中では、住宅所有者やその関係者、そして地域の方々とのコミュニケーションによって行動変容を促していきます。これは決して、強要するものでも押しつけるものでもあってはなりません。話しにくい話題に対して第三者である私たちが住宅所有者や関係する方々の背中をそっと押して、きっかけを与え、その行動を近くから見守ることによって、空き家になることを未然に防ぐ取り組みです。
この取り組みは、2019年度以降、岡山市内のさまざまな住宅地を対象に規模を拡大しながら続けています。2020年度は岡山市南区にある約600世帯の住宅地を対象にしました。この経験を生かして、コミュニケーションの方法やタイミング、専門的なサポートの方法など、いくつかの改善も加え、2021年度には岡山市北区の約1200世帯を対象に実施しました。それぞれの年度で定量的なエビデンスを収集しながら、少しずつ軌道修正して、望ましい方向を模索してきました。その結果、STEP1の時点で、アンケートを回収できた方のうち8割程度は、自宅の将来について家族などと考え、さらに、1~2割程度には具体的な行動変容(遺言書やエンディングノートの作成、生前贈与の手続きなど)に移行してもらえました。この数値の良否を私たちが判断することは避けますが、空き家対策に深く関わっている方(空き家対策の難しさを理解されている方)にほど、評価をいただいています。
本書の著者は、それぞれに専門を持ちながらも、いずれもまちづくりの現場をもって活動しており、他業種の方々との連携実績も豊富にあります。そのような経験を生かし、本の構成や内容は、読者の方々がすぐにでもご活用していただけるように工夫しました。まず1章では、「なぜ、空き家になる前の対策が必要か」について、具体的なエビデンスや、著者らのこれまでの個別事例をもとに説明します。次に2章では、私たちがこれまでの現場の中で作り上げた「空き家を生まないコミュニケーションアプローチ」のノウハウを、他地域の実践の場でも適用できるように、私たちの取り組み事例の紹介もふまえて詳述します。最後に3章では、空き家の発生抑制に着目した数少ない先進事例をとりあげてご紹介することで、はじまったばかりの「空き家になる前の空き家対策」の新しいアイデアを生み出すヒントにしてほしいと考えています。
この本を通じて、空き家になる前の空き家対策の重要性が広く認知され、このコミュニケーションアプローチが全国各所で実践されるようになれば、著者一同、この上ない幸せです。
なし
メディア掲載情報
その他、各所でご紹介いただいています
・岩手県議会「議会図書室だより」令和5年度No.6(令和6年2月14日発行)
ほか