鷲尾和彦 著/アルスエレクトロニカ・博報堂 協力

内容紹介

人口20万人の町リンツは、市民を巻き込みながら最先端のメディアアート・フェスティバルや国際コンペを開催、教育拠点のミュージアムや産業創出拠点のラボを設立、衰退した工業都市を創造都市へ変貌させた。市民を主体に約40年をかけた町のイノベーションに、都市政策・ブランディングに必要なクリエイティブメソッドを学ぶ

体 裁 四六・256頁・定価 本体2000円+税
ISBN 978-4-7615-2641-2
発行日 2017/05/01
装 丁 藤田康平


目次著者紹介あとがき
Prologue:オーストリアの地方都市で出会ったアートフェスティバル

第1章 地方都市で生まれたメディアアートの祭典

①オーストリア第3の都市リンツ──陸路と水路の結節点にある工業都市
②再生──工業都市から文化芸術都市へ
③第1回アルスエレクトロニカ
・インタビュー
・エピソード

第2章 公営企業としてのアルスエレクトロニカ

①パブリック・カンパニー
②アルスエレクトロニカの新たな事業部門
・インタビュー
・エピソード

第3章 [挑戦1]フェスティバル 市民のためのクリエイティビティ

①市民一人ひとりをアクター(主役)に
②進化するフェスティバル
③社会的空間(ソーシャルスペース)としてのフェスティバル
・インタビュー
・エピソード

第4章 [挑戦2]コンペティション 国際的ネットワークの中心になる

①国際コンペティション部門の設立
②各部門の審査
③審査員──審査基準は「どれだけ社会を変える力を秘めているか」
・インタビュー
・エピソード

第5章 [挑戦3]ミュージアム 市民の創造性を育む場所

①アルスエレクトロニカ・センター
②センターの中をのぞいてみよう
③50人のインフォトレーナー
④「未来の美術館」から、「未来の教室」へ
・インタビュー
・エピソード

第6章 [挑戦4]フューチャーラボ クリエイティブ産業創出の拠点

①研究所から産業創出の拠点へ
②ラボメンバーのワークスタイル──シェアード・クリエイティビティ
③ダイムラー社・自動運転カーモデルの共同リサーチプロジェクト
・インタビュー
・エピソード

第7章 リンツ市とアルスエレクトロニカ 経済政策と文化政策の両立が社会の質を決める

①リンツ市の挑戦
②鉄鋼の街から、文化都市への転換
③市民にオープンであること
・インタビュー
・エピソード

Epilogue:変化にオープンでポジティブな都市

あとがき
写真クレジット

鷲尾和彦(わしお・かずひこ)

クリエイティブ・プロデューサー(株式会社博報堂)。
1991年早稲田大学教育学部社会科学専修卒業。
戦略プランニング、クリエイティブ・ディレクション、コミュニケーションデザイン、インタラクティブ・メディア・プロデュース、新規事業開発など、多様な領域における専門性と経験を活かして、これまでに数々の企業のイノベーションを支援。
2014年に、アルスエレクトロニカと博報堂との共同プロジェクトを立ち上げ、プロジェクトリーダーを務める。
プリ・アルスエレクトロニカ審査員(2014~2015年)も務め、アーティスト、イノベーター、研究機関との国際的なパートナーシップを広げている。
著書に「共感ブランディング」等。
また写真家としても、写真集『極東ホテル』『遠い水平線』『To the Sea』、作家・詩人の池澤夏樹氏とともに東日本大震災発生直後から被災地を取材したレポート『春を恨んだりはしない』等の著書がある。

初めて訪れた2006年のフェスティバルについて書いたレポートを、先日10年ぶりに読み返した。刺激を受けた作品、カンファレンスでの白熱した議論、ドナウ川沿いに詰めかけた人々の様子などを挙げながら、私はそこに「見えていることより、見ようとすること」「技術を生活者の視点から」、そして「これからの創造性は、多様な人々が協働しあう仕組みをつくること?」と記していた。しかし、そのレポートの評判はあまり良くなかった。普段の仕事とどう関係があるのか? そんな反応が多かった。当然と言えば当然だ。ソーシャルメディアの勃興期、社内はこうした変化を世の流れとして受け入れ、いかにビジネスチャンスを見つけるかに邁進していた。私のレポートには未来への問いかけはあっても、そこに答えがあるわけではないのだ。しかし当時所属していた研究所の中村博所長は、「一度行ったくらいでわかるはずがない。来年も行けばいい」と、翌年もリンツに送り出してくれた。以来、リサーチ目的に毎年リンツへ足を運ぶことができた。彼の存在がなければ、この10年はなかったと思う。

2013年、私は手探りでアルスエレクトロニカとの協働を始めた。その年のフェスティバルで、オンライン上のコミュニケーションに対し「ライブ体験」の価値を見直す「フューチャー・ロック・ショー」という公開討論会を共同企画し、世界中からアーティストを集めた。このトライアルを経て、半年後の2014年春に博報堂とアルスエレクトロニカは「フューチャー・カタリスト(Future Catalysts、未来のための触媒)」という名の共同プロジェクトを立ち上げた。

アーティストの創造性が社会で活かされるには、立場を超えて人々をつなぎ、対話を促す役割が要る。アルスエレクトロニカは、私たち博報堂という社会のマージナルな領域で働く存在にその機能を見出した。日本はアートと社会の触発を高い次元で実現できるという期待もあった。

一方、博報堂がアルスエレクトロニカとの協働を決断したのは、必ずしもアートへの理解があったからではない。むしろ私たちは「我々の仕事は決してアートになってはいけない」と教え込まれてきた。成果は「問い」ではなく「解決策(ソリューション)」に落とし込むように、と。しかし、技術革新とともに「生活者」を捉える発想も更新しようとする姿勢は、企業文化として残っていた。その態度はアート的な思考と根底でつながる。この文化がお互いの信頼関係をつくりだしたのだと思う。

3か年の期間限定で始まったこの取り組みでは、アート、テクノロジー、サイエンス、デザイン、コミュニケーション、それぞれの専門能力を活かし、新たな問いの提起と解決策を目指して、企業や地方自治体等とさまざまなプロジェクトに挑んだ。事業創造や地方都市の文化政策のために、問題提起型のアート的思考を、従来の課題解決型のデザイン思考と結びつける方法論を試した。企業や自治体の人たちからは「社内には答えを出す力はあるが、問いを立てる力が足りない」「技術の種はたくさんあるが、未来の生活シナリオに落とし込めず眠らせている」「さまざまな人や視点をつなぎ合わせ、コトを動かす人材の必要性を感じるが、どういう人に適性があり、どう育てれば良いのかわからない」等、さまざまな声を聞いてきた。

既存のルールがもはやあてにはならない時代、新しい価値創造の仕組みが必要だと感じ、人間や社会の本質を捉えようとするアート的思考(=「アートシンキング」)に関心をもつ人が徐々に広がっている。博報堂だけでもこの3年で、のべ100人近くがリンツを訪問した。アートは生活の選択肢を押し広げようとする行為だと体験的に気づいた仲間が増えている。アート的思考はプロモーションや賑わいのコンテンツとして消費するものではない。それでは今までと何も変わらない。

創造性(クリエイティビティ)という言葉には、二つの意味がある。一つは、自分自身の手で何かを生み出すこと。もう一つは、新しい世代をつくることだ。日本は人口減少社会という未知の領域に入ろうとしている。どうすれば変化を柔軟に受け止め、未来を不安ではなく希望として受け入れられるだろう。次世代が育つ土壌を育てること、それが今最も「創造的(クリエイティブ)」な仕事だと思う。

本書ではアルスエレクトロニカの現実や実践を、そこに関わるさまざまな立場の人たちが紡ぎだした物語として伝えたいと思った。欧州と日本の境界を乗り越え、学びあうための一助となれば幸いである。アルスエレクトロニカは、欧州におけるベストプラクティスの一つだが、世界や日本には、もっとさまざまなアプローチがあるはずだ。私自身その方法論を探求し、アートと社会をつなぐ役割をライフワークとして賭けてみたい。それが、この10年アルスエレクトロニカから学んだことへの恩返しになると思っている。

最後に、本書の執筆を粘り強く、そして的確にサポートしてくださった学芸出版社の井口夏実さんに心から御礼を申し上げます。

2017年3月 鷲尾和彦