これからの建築士

倉方俊輔・吉良森子・中村 勉 編著

内容紹介

建築への信頼が問われる今、必要なのは100万人の「建築士」のバージョンアップだ。専門性を活かしながら、新たな領域と関係性をつくり出して活動する17者の取り組みを、本人たちが書き下ろした方法論と、核心を引き出すインタビューによって紹介。日本全国の建築士が今できる取り組みを見つけ、仕事の幅を拡げられる1冊。

体 裁 A5・192頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2616-0
発行日 2016/03/01
装 丁 後藤哲也(OOO projects)


目次著者紹介はじめにおわりに編著者レビュー

はじめに  倉方俊輔、吉良森子、中村勉、佐々木龍郎

第1部 新たな関係をつくり、社会を動かす

設計も施工も住み手と一緒に行えば、失敗も思い出に変わる/HandiHouse project
──対話:コミュニケーションをとりながらつくる、新しい分業の世界
地域に働きかける〈小さな経済〉をデザインするアパート/仲俊治・宇野悠里 [食堂付きアパート]
──対話:小さな地域の仕事から始める静かな革命
多様なチームで「建築に何が可能か」を考える/SPEAC
──対話:ゆるやかな仕組みで、クライアントと並走する
「社会構築」と「空間構成」を連動させる/ツバメアーキテクツ
──対話:空間の使い方のダイアグラムが生む新しい建築のつくり方
川上から川下までのネットワークを構築し、都市木造を実現する  チーム・ティンバライズ
──対話:木造から都市のシステムを変えようとする、多分野の集まり

論考1_「2050年」から建築士を考える  中村勉

第2部 デザインの意味を拡げ、状況を変える

命を守る施設を地域住民自らが建築できる力を育む  遠藤幹子 [ザンビアのマタニティハウス]
──対話:母親として、建築を育てる土壌になる
材の輸入から施工まで責任を持つ、独自構法の家づくり  葛西潔 [木箱212構法]
──対話:住宅づくりのシステムから変え、職能を拡げるプロトタイプ
豊かな建築は、豊かな人間関係があって初めて成立する  岩崎駿介
──対話:落日荘までの40年
リスクを可視化し、合意形成のプラットフォームをつくる  日建設計ボランティア部 [逃げ地図]
──対話:住民が主体的に考え続けられる仕組みをデザインする
エコ改修を通じて、地域の人と技術を育む  善養寺幸子 [学校エコ改修事業]
──対話:身近な感性を出発点に、建築士が社会に働きかける場をつくる
領域を超えて建築の発意から運営までを総合的にプロデュース  斉藤博
──対話:事業の初期からジャッジし、デザインする職能

論考2_「これまで」の前提から「これから」の前提へ  吉良森子

第3部 地域に入り、環境を守る

地域の魅力を可視化し、発信のチャンネルを変える  文京建築会ユース
──対話:「文京区」のスケールを活かし、生態系をつなぐ
防災教育を通じて、地域と建築士を育てる「まち建築士」  防災教育ワーキンググループ
──対話:建築士として防災に貢献しながら、地域に入り込む
調査と提言を通して、歴史的建造物の価値を地域と共有する  復興小学校研究会
──対話:建築的価値を明らかにし、市民や所有者との共感を広げていく
震災、戦災で焼失したまちにアイデンティティを取り戻す  北斎通りまちづくりの会
──対話:景観と防災を軸に、住民側にまちづくりの主体をつくる
まち並みを継承し、建物や樹木を思いやる一連のプロジェクト  稲垣道子 [深沢住宅地計画]
──対話:土地の尊厳を守る一体的なコーディネートで景観を受け継ぐ
名作住宅を、多様な分野の連携で継承する  住宅遺産トラスト
──対話:住宅遺産を継承する仕組みをつくる

論考3_生きた市民としての建築士の可能性  倉方俊輔

◎おわりに ──「これからの建築士賞」立ち上げの現場から  佐々木龍郎

編著者

倉方俊輔(くらかた・しゅんすけ)

1971年生まれ。建築史家、大阪市立大学准教授。早稲田大学大学院博士課程満期退学。博士(工学)。西日本工業大学准教授を経て現職。著書に『吉阪隆正とル・コルビュジエ』(王国社)、『ドコノモン』(日経BP社)、共著に『東京建築 みる・あるく・かたる』(京阪神エルマガジン社)、『生きた建築 大阪』(140B)、監修に『伊東忠太建築資料集』(ゆまに書房)ほか。

吉良森子(きら・もりこ)

1965年生まれ。オランダ・アムステルダムでmoriko kira architect主宰。早稲田大学建築学科大学院卒業後、ベン・ファン・ベルケル建築事務所勤務。2004~2010年アムステルダム市美観委員会委員。神戸芸術工科大学客員教授。著書に『吉良森子 これまでとこれから―建築をさがして(現代建築家コンセプト・シリーズ)』(LIXIL出版)ほか。

中村勉(なかむら・べん)

1946年生まれ。東京建築士会会長。東京大学工学部建築学科卒業、槇総合計画事務所などを経て中村勉総合計画事務所設立。ものつくり大学名誉教授。著書に『「2050年」から環境をデザインする』(共著、彰国社)ほか。

協力

東京建築士会

編集協力

佐々木龍郎(ささき・たつろう)

「これからの建築士賞」ワーキンググループ/佐々木設計事務所

「建築士」は建築に関する総合的知見という個人の能力に与えられる国家資格であり、建築家のような自称とも、設計者のような職種を示す呼称とも異なるものである。
その国家資格の有無にかかわらず、建設に携わる専門家の信頼は、未だ記憶に新しい10年前の「姉歯事件」から、昨年の杭データ偽装事件にいたるまで、昨今、絶えず危機に直面し続けている。この危機を乗り越え、建築に関わる専門家の信頼を回復していくには、大きく二つの道筋があるだろう。
ひとつは、問題の根幹を適切に捉え、それが繰り返されないような対策を講じ続けることだ。日本の高度成長を下支えしてきた建築の安全性の持続に向けて、ネガティブな要素をひた向きに排除していく努力は、さまざまな立場で継続的に行われてきている。
もうひとつは、建築士という職能の、社会における新しい使用価値を見出し続けていくことだ。日本の社会自体がこれまでの新築至上型からストック活用型へと、その速度は別にしても転換していくことは明らかであり、その状況において、いかに社会貢献し続けていくことができるのかということも問われている。

この本はその後者の道筋を見える化し、共有するために編まれたものである。
ここで紹介するのは、2015年のはじめに東京建築士会が募集した「これからの建築士賞」に応募があった57の取り組みのうち、1次審査を通過した17 の取り組みだ。審査委員は建築士の中村勉、吉良森子、建築史家の倉方俊輔の3人が務めた。2次審査を経て最終的に六つの取り組みに賞を贈ることになったが、17の取り組みすべてに賞を出してはどうかという意見も出たほどに、未来につながる実践が並び、それを何らかのかたちで広く社会に紹介できないかと考え、3人の審査委員が編著者となり、この書籍化が実現した。
書籍化にあたり、17すべての取り組みについて、審査委員による当事者への取材を敢行した。さすがにアフリカには行けなかったが、茨城県石岡市には倉方、吉良が足を伸ばした。
現地に身を置き、当事者の話を聞くと、17のいずれの取り組みも単体の建築に留まらず、地域、社会に開かれている活動であることが改めて実感できる。不動産価値の再生、施設経営にまで踏み込んだストック活用、防災や安全な出産といった国内外の社会問題解決への参加など、建築士という職能がさまざまな拡がりを持ち、社会に貢献していることが見えてきた。
この本を一通り読み終えた後に、興味を覚えた取り組みについては、ぜひ現地に足を運び、建築士という職能の可能性を肌で感じていただきたい。

本書は、それぞれの取り組みを入賞者たち本人が書き下ろしで紹介するパートと、上記の現地取材をまとめたインタビュー(対話)のパートからなる。その合間に置かれた3名の審査委員による論考では、三者三様の視点から「これからの建築士」への考えを語っている。
これまで建築に携わってきた皆さんには改めて自分の職能の可能性を考えるための、これから建築士を目指す皆さんには進むべき未来を考えるための、ガイドブックとして本書を使い倒していただければ幸いである。

2016年1月

倉方俊輔、吉良森子、中村勉

佐々木龍郎(東京建築士会)

──「これからの建築士賞」立ち上げの現場から

賞の設計

「東京建築士会らしい新しい賞を立ち上げたい」。東京建築士会(以下、士会)の中村勉会長の一言から「これからの建築士賞」がはじまった。士会副会長の櫻井潔をリーダーにワーキンググループを構成し、士会理事会からの意見も踏まえて1年近くかけて賞の設計を行った。
まず、作品に対する賞なのか、人に対する賞なのか、という議論があった。士会が束ねる建築士は、建築に対する総合的知見を有するという個人の能力に対して国から資格を与えられているので、作品ではなく、人とその取り組みに対して賞を与えていくことが相応しいということになった。
次に、人の属性について、東京建築士会の会員か否かを問わないのはもちろんのこと、たとえば活動の当事者が建築士の資格を持っていなかったとしても、その活動が未来につながるものであれば見出していきたいと考え、グループに建築士がいればよいという基準を設けた。
賞の名称は、その設計の途中から「未来の種賞」という名前が有力であったが、知らない人がパッと見た時に何のことか分かりにくい、やはり「建築士」という言葉が入った方が良い、ということで「これからの建築士の仕事賞」に決まりかけた。もちろんボランティア的な活動を否定するつもりはないが、建築士としての自身の職能を貨幣価値に置き換えていく取り組みこそ、見出し紹介していきたいという思いを名称に込めようとしたのだが、一方で、そのような名称が偏りを招くのではないかという意見も出て、最終的に「これからの建築士賞」となった。
賞の骨組みが固まってくるに従い、審査委員の顔ぶれも決まってきた。インターナショナルな視野・経験を持つ審査委員として、オランダを中心に活躍する建築士の吉良森子さん。さまざまな地域や世代の建築に精通し、現在は関西に活動拠点を置いている建築史家の倉方俊輔さん。そして、この賞の言い出しっぺであり、戦後の日本の建築の良質な部分を同時代的に体感、実践してきた建築士として中村勉さんの3人を審査委員とした。

賞の審査

審査委員のラインナップも功を奏したのか、つかみどころがない賞なので応募数が伸びないのではないか、という士会側の懸念をよそに57もの応募があった。それぞれA4×4頁の応募書類に、虫眼鏡で見ないと読めないほどの密度でぎっしりと書き込まれたものが合計228頁、審査委員に送付された。
1次審査は57の応募案ひとつひとつについて3人の審査委員で討議していった。3人ともに事前に資料を読み込んでおり、応募案が次々に議論されていった結果、2人以上の審査委員が推薦した17の取り組みが2次審査に進むことになった。
2次審査はそれから2週間おいて、改めて17の取り組みについてひとつひとつ議論し、最終的に審査委員2人以上が推薦した六つの取り組みを第1回「これからの建築士賞」に決定した。この本では、あえてその紹介に賞としての序列をつけていない。インターネットで検索すればどれが賞を取り、どれが賞を逃したか知ることはできるが、その優劣をはっきりさせることよりも、未来の建築士の活動の可能性を、より多く、公平に紹介することを大切にした。

取り組みの四つの段階

私自身、インタビューのオブザーバーとして10の取り組みの現地に居合わせ、他の七つの取り組みについてもインタビュー記録を確認していく中で、取り組みには「エピソード」「ブランド化」「オープンソース化」「ネットワーク化」という四つの段階があることが分かってきた。
建築やまちづくりへの取り組みの始まりはすべて「エピソード」である。それが個人的な動機であれ、社会からの要請であれ、個々の物語からすべては始まっている。個々のエピソードが真摯であり、強烈であれば、エピソードで止まっていても、十分な価値を持ちうる。
そのエピソードを「ブランド化」していくか否かが次の段階である。ブランド化の意義は大きく二つある。ひとつはエピソードの精度を上げていくことで、これは建築士としてとても大切な側面だ。もうひとつはクライアントを「囲い込む」ことで、これも生業として食べていくためにはとても大切なことだ。そして、この二つの両立はもちろん可能で、現在日本で展覧会をしているフランク・ゲーリーをはじめとして建築の世界では見慣れた状況であり、まさにエピソードがブランド化された映画シリーズ「スター・ウォーズ」が2015年末を席巻している中で、この原稿を書いている。
しかし、建築はそこで「おしまい」になっていることが少なくない。ブランド化の過程でせっかく精度が高まった知見が、誰もが手に取り活用できるような「オープンソース」になかなかなっていかない。一方でエピソードだけが精度のないままにSNSなどでオープンソース「的」に扱われて劣化コピーが出回っていくことになるのだが、本当に世の中に出回るべきは劣化コピーではなくて、精度が高められたエピソードであってほしい。たとえばアーカイブ化もそのためのひとつの戦術で、文化庁の国立近現代建築資料館などでも積極的に著名な建築士が残したコンテンツが公開されているが、それがこれからの社会の豊かさに貢献していくのか、市井の建築士の糧になるのか否か、今はまだ見えていない。
これからの建築士の活動として「オープンソース化」に対する意識、その先にある「ネットワーク化」に対する意識を持っているかどうかが大切になってくることは、今回の取り組みを見ても分かる。そして、そのような意識に自分が興味がなかったり、できなくても、そのようなことが得意な人と組めばいいし、本来は、その会員として市井の建築士を多く抱える東京建築士会のような公的な組織が「オープンソース化」「ネットワーク化」のハブになるべきなのかもしれない。

「これまで」の蓄積の先にある「これから」

「建築士」が建築家や設計者と根本的に違うのは発注側にも所属していることである。さらには銀行などの資産評価を行う立場でも、確認申請をチェックする建築主事は一級建築士の資格が必要であり、それも含めて行政にも所属している。昨今の、建築を取り巻く諸問題のうち、発注などの精度の不足に端を発する問題も少なくないことを考えると、発注側、受注側、審査側、評価側など異なる立場に立つ建築士が、その建築に対する総合的知見を持って連携することにより、その状況は改善しうるに違いない。その意味で、第2回以降、さまざまな立ち位置からの応募を期待したい。
「これからの建築士」というタイトルを決める際に「これまでの建築士」の取り組みを過小評価することにならないようにしたい、というのがワーキンググループの危惧であった。今回、取り上げた17の取り組みを見ていただければ、いずれの取り組みも、これまでの建築士の知見を十分に尊重し、それを活かした取り組みになっていることが分かると思う。建築士としての活動期間やその内容の差はあるにせよ、「これまでの建築士」の活動の蓄積の先に「これからの建築士」の未来が開けている、ということを共有しておきたい。

最後に、賞の審査委員でもあり、この本の編著者にもなっていただいた倉方俊輔さん、吉良森子さん、中村勉さん、現地取材を快く受け入れてくださり活動報告の執筆もしていただいた17の取り組みの当事者の皆さん、出版にあたり尽力いただいた学芸出版社の神谷彬大さん、賞の実施を支えていただいた東京建築士会事務局の皆さんに、これからの建築士賞ワーキンググループの一員として、深く感謝します。

2016年1月

佐々木龍郎

『これからの建築士』編著者
倉方俊輔さん (建築史家)によるプレビュー

『これからの建築士』編著者の倉方俊輔さんが、ご自身のフェイスブックでインタビューの感想などを連続して投稿してくださいました。
ご本人の許可を得て、下記に転載いたします。(日付はフェイスブックへの投稿日)

1. HandiHouse project (2016年2月8日)

含羞が余計で、自分が書いた本はうまく宣伝できないのですが、これは他の方々の優れた仕事を紹介したもの。だから、思い切って宣伝できる、この気持ち良さといったら!
『これからの建築士』が2月25日に発売されます。
建物を設計するだけでない「建築士」の活躍を浮かび上がらせたいと、東京建築士会が昨年に始めた「これからの建築士賞」。その第1回の1次審査を通過した17者のバラエティを全体として伝えたいと思い、学芸出版社からの本になりました。
全体、というのは、リノベ系とかまちづくり系とかアーキテクト系とか保存系とか、ついクラスタ化して考えがちな現在の試みを、つなげて捉えられるようなものにしたかったのです。
そうしたことは、webより、記事より、本というオールドメディアの出番じゃないか。
そして、本が本らしくあるためには、ただ記事を寄稿してもらうだけではなく、17者すべてと対話して、話して分かったことをもとに寄稿文の内容にも細かく注文を出すべきだろう。それが敬意を表すべき、すべての応募案の活動に応えられる、唯一の方法ではないか。
そんなことで、吉良森子さん、中村勉さん、それに佐々木龍郎さん(は実質的に)が、お忙しい中、共編著されました。
17者の冒頭を飾る「HandiHouse project」のインタビューには、実は私、時間が合わずに参加していないのです。
でも、なんのかのより、この気持ちよさといったら! をベースに活動の場を広げている彼らに、2014年3月のリノベーションスクール北九州で会って話して、感銘を受けました。セルフリノベコースの参加者が、本当に生き生きとしていました。そこにはエンターテイナーとしての自覚と、なぜそうしているかという思想がある。
「これからの日本の建築は、より明るく文化的に、生活に根ざして広がっていくのではないだろうか」
とは、書き下ろしていただいた文章の一部。自分たちの取り組みと、それに対する反応が図版キャプションの一つ一つにまで、丁寧に綴られています。今回の本が、行動と思想とを垣間見せるものになって、良かった。

2. 仲俊治・宇野悠里 (2016年2月12日)

17者の2つ目は、仲俊治さん・宇野悠里さんによる「食堂付きアパート」です。
この本は、昨年から東京建築士会で始まった「これからの建築士賞」の選定作を編んだものなのですが、何が受賞対象かというと、「未来につながる社会貢献〈中略〉さらに、これからの建築士の仕事を開拓するような、従来の建築士の枠を拡げる活動」となっています(同賞の応募要項より)。
そこからすると、2014年に竣工した「食堂付きアパート」は、同賞の中で最も「これまで」の建築賞っぽいかもしれません。
もので言えば、単体の建築物だし、有名アトリエ事務所を出た建築家の「作品」とも位置付けられます。17者の中でも、実は例外的。
でも、そんなことはないのではないか、という議論の上で選定。
こうして本になって、違和感の無さに改めて驚きます。
「これから」らしさを広げてくれたのが、仲さん・宇野さんによる論考と対話です。
通常、メディアに載るのは、住民が入る前の竣工時の建物の姿。設計者が語る言葉も、そこに至るまでの話です。
あるいは近年は、建築というより、住まいの視点から、竣工後の姿がクローズアップされることもありますが、そちらは数十年経ったものが一般的。また今度は逆に、住み手が語る場合が圧倒的に多いです。
それに対して、今回は、珍しい「現在進行形」の記事になっています。
「食堂付きアパート」の運営上の話や竣工してからの出来事を中心に書き下ろしていただきました。計画やデザイン面については、すでに様々な建築雑誌などで発表されていますので。
SOHO住戸として想定した5戸は、蓋を開けてみたら、どう使われているのか? 立体路地の使われ方は? 食堂の運営方法は?
こうした話が魅力的なこと自体、「食堂付きアパート」の特徴をよく示しています。
「通常の建築士の仕事は建物が竣工したら終わりです。なぜ竣工した後もずっと関わっていきたいと考えられたのでしょうか。」という吉良森子さんの質問から、対話のパートは始まります。
施主や地域の方々とのヒューマンなつながりを述べた後に、山本理顕さん(仲さんは山本理顕設計工場のご出身)の「地域社会圏」との関係性、そして「小さな経済」の思想へと、ぐっと向かう感じは、ご一緒していて私もスリリングだった。これが建築。
実は、邑楽町役場の経験が効いているということは、私も初耳でした。さらに驚いたことには、担当編集者の実家が群馬県邑楽町だという。あのゴタゴタの時にはまだ中学生だったけど、大学で建築を勉強し始めてからずっと引っかかっているテーマだったとのこと。
どこで何がつながっているか分からない。人に歴史あり。
「作品」というだけでなく、そんな厚みも『これからの建築士』という本の全体に出ているといいなあと思います。

3. SPEAC (2016年2月15日)

収録されている17者のインタビューのうち、12者は参加しましたが、SPEACには、私は行かなかったのです。 活動の概要と意義は理解しているつもりだし、自己の表現もきちんとしているから、無理に大阪から訪れなくても大丈夫だろうと。
この本のもとになっているのは、東京建築士会が昨年スタートさせた「これからの建築士賞」です。
個人的な話ですが、最近、賞の選考をする機会が増えてきた。
その際、心がけていること。個人的に知っているか知らないか、好きか嫌いか、自分に利益があるかないかといったことを度外視するのは言うまでもないですが、すでに知っているつもりでいる対象の内容や意義も考慮しないようにしています。
応募書類に書かれている内容で判断するようになるべく努める。
賞は一つの、そして大事なゲーム。本質そのものを1回で決着付けるものでは当然、ないので、その存在意義を高めるようにプレイしたい。
だから、文字や図面や写真から読み取れる情報と可能性に賭けます。一般的に言って巧いか拙いかではなく、それが自己表現だし、意思だと思いますので。
「これからの建築士賞」の審査においても、すでに内容の長所は知っていても、推さなかったものもあります。
SPEACの場合は応募書類も、しっかりと誠実でした。
でもまあ、落とされたら悔しいもんだし、審査員に対して「こいつ」と思う気持ちは生まれるよね。人間だもの。
実は最近、そう思われている機会が増えているんだろうな・・・。
さて、2004年に創業されたSPEAC。ご寄稿いただいた文章から引用すれば、
「SPEACのコアメンバー3人は全員建築学科出身だが、林厚見は経営コンサル、吉里裕也は不動産デベロッパー、宮部浩幸は建築アトリエ・大学教員出身で得意分野が異なっています。林は経営コンサルタントとしてキャリアをスタートし、様々な事業の組み立てや再生を・・・」。
文章が惹き付けるので、どこまでも引用したくなってしまう。続きは、実際の書籍で(笑)。
SPEACらしいプロジェクトごとの連携の仕方、契約の仕組み、北九州・小倉に昨年誕生した「タンガテーブル」までの具体的事例が詰まっています。
もう1文だけ「僕たちは建築によって社会にコミットしたいと考えている。」とは、何という堂々とした「建築」の宣言か。
実務派も、理論派も、注目すべきはSPEACの活動なのです。
それにしても、SPEACをなぜ知っているのか?
リノベーションスクールなどで時々に会っていたりということもある。
でも、考えてみたら大きいのは、前々回の「第14回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展」の日本館コミッショナー指名コンペで一緒に知恵を出し合って、共同の名前で闘ったからでした。
いい案だと思うんだ。箸にも棒にもかからなかったけどね・・・なんて悪態をつく。やはり人間、落とされると理屈抜きに悔しいんだよ(笑)
って、下手すると、そうやって嫉妬で回転してしまいそうな社会は、我が身の中にもある。SPEACはそれを実践と理論で切り開こうとしています。他の「これからの建築士」も同じです。だから、応援しています。