内子座
内容紹介
大正時代に町民有志によって創立され、今なお現役の劇場として親しまれている芝居小屋・内子座。地域に支持され、継続できる公共劇場のあり方とはどのようなものなのか。戦前の隆盛、戦後の低迷と解体の危機を経て、町並み保存による再生と「まちづくりの拠点」としての展開を通じて、内子座のこれまでとこれからを描き出す。
体 裁 A5・224頁・定価 本体2300円+税
ISBN 978-4-7615-2615-3
発行日 2016/02/15
装 丁 森口 耕次
劇場の記憶
序章 町に内子座がある
第1章 人と土地が生んだ芝居小屋
第2章 変遷と衰退
第3章 再興、町並み保存とともに
第4章 よみがえる娯楽の殿堂
論考1 内子座の建築物としての文化財的価値 江面嗣人
第5章 ひらかれた舞台
論考2 公共劇場としての内子座 徳永高志
第6章 まちづくりのよりどころ
論考3 内子町のまちづくりと内子座 鈴木茂
終章 受け継がれる町の劇場
100年後の内子座を考える座談会
年表 内子座100年の歩み
あとがき
幕が開く
見通しの良い、しかしいささかぶっきらぼうなコンクリートむき出しの高架駅に降り立つと、この地が山々に囲まれた盆地であることがよく分かる。愛媛県内子町。道後温泉で知られる松山から特急宇和海に乗って二五分ほど南へ下ったところにある小さな田舎町である。町にはそれほど高い建物はなく、その先に竹林や段々畑が連なる丘陵、さらにその先に高い山々が峰を連ねている。同じ公演目当てだろうか、一緒に電車を降りた和服姿の女性二人が、楽しそうにおしゃべりをしながら、階段を降りていく。
駅構内の観光案内所で受け取った地図を片手に、引退した機関車が飾られている広場を横切ると、道路沿いに色とりどりの幟が並んでいるのが見える。どうやら劇場までの道を示してくれているらしい。それを頼りに歩いていくと、いつの間にかどこか懐かしい感じのする商店街に入った。商店街といっても、アーケードなどはなく、ただ数軒おきに飲食店や酒屋、床屋、工務店などがぽつぽつと並んでいるといった具合だ。人通りは決して多くはないが、不思議と寂れているという印象も受けない。むしろここには昔ながらの穏やかな暮らしがあるのだと感じる。途中すれ違った元気な子供たちと「こんにちは」と挨拶を交わす。
しばらく商店街を歩くと、石畳で舗装された小さな広場があり、そこにいくつかのテントが立てられている。テントには「ようおいでたな」の文字。近づくと、地元の女性グループだろうか、おそろいのはっぴを着てお菓子やおにぎりなどを並べている。隣のテントからは炭の熾るにおいが漂い、やがて恰幅のいい男性が網の上でソーセージを焼き始めた。ジュウジュウといい音を立てている。声をかけると、本場ドイツで数年間修行し、今は内子で地元の豚肉を使ってハムやソーセージを作っているとのこと。
開場までまだしばらく時間があるので、白壁の町並みで知られる八日市・護国地区あたりまで散策する。このあたりは江戸から明治にかけて木蝋の生産によって栄えた面影を残す美しい町家や屋敷が建ち並ぶ。軒先のよく手入れされた鉢植えや、涼しげな音を響かせるガラス風鈴から今もここで人々の暮らしが営まれていることが分かる。建物それぞれに施された華やかな装飾を見つけながら歩くのもまた楽しい。心地よい風を感じながらまるでタイムスリップしたような風景を歩いていると、いつの間にかずいぶんと時間が過ぎていた。少しばかり急ぎ足で、さっき来た道を逆戻りする。途中、屋敷を改装した蕎麦屋の店先に今日の公演のポスターと「観劇の後にいかがですか」とのメッセージプレートを見つけた。
テントが並ぶ広場のあたりまで戻ると、その先の小さな路地からたくさんの人が集まっているざわめきが聴こえる。あそこが会場なのだろうか。誘われるように角を曲がると、突然目の前に大きな木造二階建ての劇場が姿を現した。正面は唐破風付きの屋根、よく見るとお稲荷さんがちょこんと鎮座している。さらに見上げればその奥に入母屋造りの太鼓櫓。夏の日に照らされた漆喰壁と瓦のコントラストが目に眩しい。まさに「威風堂々」という言葉がよく似合う。整理券を持った人たちが番号順に並び始め、その列はあっと言う間にテント前を過ぎて商店街までの列になった。皆、公演のチラシを見ながら、今日の演目やひいきの役者について話をしている。
「大変お待たせしました」の声とともに開場、ゆっくりと列が動きだす。上り框で靴を脱ぐと、足の裏からひんやりとした、しかしやわらかい木のぬくもりを感じる。入り口でチケットを切ってもらうと、靴を入れたビニール袋と公演資料や半券で両手がふさがってしまった。地元の観客が、慌ただしく動くスタッフに「ご苦労様です」と優しく声をかけている。
場内に一歩足を踏み入れると、そこにはまさに別世界の劇場空間。まず目に飛び込んでくるのは舞台上に引かれた黒、萌葱、柿の定式幕。その手前には木の枠で長方形に仕切られた枡席が並ぶ。上を見上げると、一階客席を取り巻くように配された二階席、右横書きで記された地元商店の広告看板、二段階に折り上げられた格子天井、そしてその中央に懐かしい風情のシャンデリア。一瞬タイムスリップしたかのような感覚、そしてわれに返り自分の席を探す。あった。隣りの席の客に会釈しながら席に付くと、舞台正面の「遊於藝(芸に遊ぶ)」と書かれた扁額に気づいた。
おおよそ客が入りきり、今か今かと開演を待ちわびていると、舞台袖から今日の主催者と思しき男性が現われて、マイクを握る。「みなさん、本日はお暑い中ご来場いただきありがとうございます」 けっして饒舌とは言いがたく、しかし非常に熱のこもったその話しぶりから、彼が興行のプロではなく、一般の町民であることが分かる。挨拶に続き、演者と演目の紹介、この興行にかける想い、ちょっとした制作秘話なども披露され、客席からは時折温かい笑いがおこった。場内が不思議な親近感に包まれていく。
そしていよいよ、始まりを告げるお囃子が鳴り始める。観客の期待は最高潮に達し、そのタイミングを見計らったかのように三色の定式幕がゆっくりと開く。そしてその幕の隙間から、奥行きのある舞台と、その奥の大きな松の背景幕が姿を現した。
さあ、物語の始まりである。
竹下景子さん推薦!
市民の、市民による、市民のための「広場」内子座。
「これまでの100年」から「これからの100年」にむけて
今、新たなシーンの幕開きです。竹下景子(内子町まちづくり応援大使)