建築女子が聞く 住まいの金融と税制
内容紹介
ローンを借りて家を持つなんてやばくない⁉
家をつくる仕事に未来はあるの⁉
相続税対策、ホントに必要?
お金の基本、考え方と仕組みが分からないと、
これからの建築や不動産の仕事はできません。
建てる人、借りる人の一生を見すえて
対応できるようになるための、
基礎から学び、最先端を知る教科書
体 裁 A5・224頁・定価 本体2200円+税
ISBN 978-4-7615-2599-6
発行日 2015/07/25
装 丁 KOTO DESIGN Inc. 山本剛史
はじめに
第1部 住まいと金融
第1章 そもそも金融とは
第2章 金不足時代の住宅金融―割賦金融と住宅金融公庫
第3章 金余り時代の住宅金融―住宅ローンなんてどうでもいい時代があった
第4章 バブル経済と住宅金融専門会社―住宅バブルは必ずしも崩壊しなかった
第5章 銀行による住宅ローンの拡大―金利の自由化と、住宅金融公庫の疲弊
第6章 住宅ローンの証券化―ジニーメイのおじさんとNASA発の金融工学
第7章 高齢社会の住宅金融―リバース・モーゲージ、マイホーム借上げ制度
第8章 熟年世代向けの新しい住宅金融の可能性―マイホーム借上げ制度定額保証型
第9章 若年ファミリー向けの新しい住宅金融の可能性―マイホームリース
建築分野のみなさんへ
第2部 住まいと税制
第1章 そもそも税金とは、なんですか
第2章 住宅ローン、住宅投資と税金―家は人権の要
第3章 住宅取得手続きと税金―印紙税、登録税、不動産取得税は時代遅れ
第4章 住宅の保有と税金―課税ミスの多い固定資産税と本来は目的税の都市計画税
第5章 住宅の譲渡損益と税金―住宅の再取得を可能にするための優遇措置
第6章 住宅取得資金と贈与税―贈与と相続の時間差が問題
第7章 住宅と相続税―富の不公正さを是正するための手段
第8章 住宅と消費税―軽減税率は混乱の元
第9章 税金の未来―思い切って税を出して、公平な社会を実現する
建築分野のみなさんへ
おわりに
コラムA:「自動車ローン」は現在の自動車の代金を将来の消費に換える仕組み
コラムB:無尽業法とは
コラムC:「現代住宅双六」(1973年版)
コラムD:住宅価格のサラリーマン世帯の年収に対する倍率の推移
コラムE:不動産の評価方法
コラムF:債券価格の計算方法
コラムG:普通の債券とモーゲージバック債券の現在価値の決まり方
コラムH:JTIのマイホーム借上げ制度の仕組み
コラムI:超過累進税率と計算方法
コラムJ:居住用財産の買換え特例
コラムK:相続時精算課税制度とは
コラムL:路線価
コラムM:消費税の負担と納付の仕組み
この本を手にとっていただき、ありがとうございます。
本書は、園田と馬場という大学で建築学や住居学を学び、その後、建築に関する仕事をしている二人の女性(書名では、〝女子〟を名乗ってしまいましたが)が、「住まい」と「金融」や「税制」との関係について、斯界の専門家の、金融分野は大垣尚司先生(立命館大学教授)、税制分野は三木義一先生(青山学院大学教授)に、忌憚のない質問をぶつけ、それに応えてもらうという、丁々発止のやりとりを一冊の本にしたものです。
ですから、いわゆる、住宅金融や住宅税制に関するハウ・ツー本ではありません。私たちの社会の枠組みでもある〝金融〟や〝税〟のそもそもから説き起こし、「住まい」とそれらがどう関係しているかの現時点での到達点を確認しつつ、これからの「住まいや住環境」、ひいては、私たちの「社会」をどうすれば良いかを考えようという、かなり無謀ともいえる目論見の本です。つまり、未来志向の本です。
本書で想定している主な読者層は、建築や住宅、不動産に関心のある学生や社会人ですが、住まいに関心のある人なら誰でも、「住まいと金融」「住まいと税制」の根本から学べます。「何人にも分かりやすいこと」は、本書の制作に携わったメンバー全員が一番に心掛けたことです。〝金融〟や〝税〟というと、苦手意識を持つ人が案外多いと思いますが、これらに関するリテラシー(読み書き能力)が格段に向上することは請け合います。
本書の成り立ちや、聞き手・語り手、読み方等は次に述べますが、先を急ぐ方は、どうぞ本文に読み進めてください。面白い世界にお連れしましょう。
本書の成り立ち
この本が誕生したのは、住宅に関することならなんでも研究している住総研という財団の研究運営委員会で、「近頃、『持家をもったら、幸せに暮らせました…』と、大団円にならないのではないか」という話が交わされたことがきっかけです。現代の日本社会は、家も家族も20世紀の時代とは様変わりし、住み手がだんだん年老いていくのと同じく、家もくたびれてきているような状況です。
そこで、この問題の所在を解説し、どうしたら良いかを園田に語らせてみようということになりました。園田はその要請を受けたわけですが、こんな大きな問題を一人で引き受けることは、とても無理だと思いました。しかし、よくよく考えてみたら、強い味方がいることに気がついたのです。そこで、助っ人として登場したのが、大垣先生と三木先生です。
実は、大垣、三木、園田の3名は、2006年に創設された一般社団法人移住・住みかえ支援機構の役員です。機構の基本は、50歳以上のシニアから持家を借上げ、若い子育て層等に転貸する機能を提供することですが、組織名称から分かるように、「みんなもっと住みかえたりして、自分たちの持家資産を活用しようよ」ということを目指しています。ボスは大垣先生ですが、この8年間、2カ月に1度の割合で、役員会と称して、住まいに関するあれこれを語りあってきたというか、激論を交わしてきた仲です。この機構の役員は(退任者も含めて)、他に、元建設省住宅局長、元大手企業重役、元大手ハウスメーカートップ営業マン等で、共通点は、住まいについて驚くほどの熱い情熱を持ちながら、皆、唯我独尊だということです。一人ずつにそれぞれの主張と、自らの専門性への自負があります。園田は住総研からの要請を受けて、これらのメンバーで、取り交わしてきた議論のエッセンスとアイディアを本にして広く世に問いたいと思いました。
大垣先生は住宅金融のみならず金融そのもののスペシャリストで、「金融は住宅ローンに始まって、住宅ローンに終わる」と日頃から豪語されています。三木先生は、租税法の専門家で、民主党政権下の政府税制調査の専門委員を務められた方です。「家は人権の要」がモットーです。園田は、長年、高齢社会と住宅の関係について、建築学から切り込んできましたが、「福祉は住まいに始まり、住まいに終わる」という観点で仕事をしています。三者三様で、専門とする分野もまったく異なるのですが、奇しくも、三者の中心に「住宅」が〝要〟のように位置づいています。
そして、最後に登場したのが、馬場未織さんです。園田が最初に馬場さんの存在を知ったのは、〝ダイアモンド・オンライン〟で、です。『週末は田舎暮らし~ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記~』のタイトルで、「うまいこと言うじゃないですけどね」が口癖のセールストークがいかにも怪しい不動産屋さん等を相手にしながら、秦野だ、房総だと、家族を引き連れて、田舎暮らしの家を探し回るシーンを目にしました。園田は、震災後、田舎暮らしをかなり真剣に考え始めていたことと、大垣さんから、川崎の家を売って房総に住み替え、何千坪ものバラ園をつくって夢を叶えたシニアの話等を聞いていたので、何とまあ、若い人もそんなことを始めているのかと思ったことと、何よりも、日本女子大学住居学科の出身で、設計事務所に勤務していたという経歴に驚きました。なんと同業者だったからです。
この本をつくるにあたって、最も心配だったことは、大垣、三木、園田の3人だけでは、やや年を取りすぎているのでは、ということです。ヨボヨボだという意味ではなく、この三人の世代だと、20世紀の日本の経済的繁栄の恩恵をまだ受けており、就職氷河期だ、非正規だ、格差だという、今、現在の社会の実感がやや乏しいことを懸念しました。それと、これからの未来を考えると、高齢化への対処だけでなく、子育ても重要です。馬場さんは3人のお子さんのママでもあります。そこで、馬場さんに恐る恐るお声掛けをしたところ、「面白そうですね。やりましょう」と即答してもらいました。馬場さんには、ともすると暴走して、直ぐに専門用語で語り始める学者3人をなだめながら、「それは、どうしてですか?」あるいは「その意味が分かりません!」と鋭くつっこむ役割を担ってもらいました。
こんな経緯で、この本は生まれました。
聞き手・語り手と本書の構成
本書は、各章の最初に、問題提起が書いてあります。園田が担当しました。その後、質疑応答の形式で話が進んでいきますが、聞き手は、園田または馬場のいずれか、語り手は、第1部は大垣先生、第二部は三木先生です。各章の最後には、馬場さんの感想が述べられています。
この4人のパーソナリティと、本書の構成を説明するには、音楽のジャム・セッションに喩えると分かりやすいように思います。
聞き手と語り手を、ジャム・セッションのプログラム風に紹介すると、ドラム:園田眞理子(曲の始まりのきっかけと、リズム担当。しかし、時には、ドラムを打ち鳴らして走り出す)、ピアノ:馬場未織(優しく、美しいメロディを奏でて、曲調を整える)、サックス、トランペットあるいはリードギター:大垣尚司(常にアップテンポで音は高く、大きく。ドラムもピアノも追いつけないくらい、走る、走る)、ベース:三木義一(テンポを守り、低く穏やかな通奏低音を奏でる。しかし、ベースだって詠うことはある。一度詠いだせば低音ゆえに迫力満点)、といったところです。
第1部の「住まいと金融」は、大垣、園田、馬場のトリオが担当しています。第1章から第4章までは、日本における住宅金融の歴史的な変遷を追うことによって、金融に関する基本的な理解が進むと思います。ゆっくりと穏やかに話が進みますので、じっくりと読んでみてください。第5章と第6章では、その前とは一転して、金利の自由化や、証券化によって、住宅金融の世界がどういうふうになったのかを、かなり激しく語りあっています。とくに、大垣先生の説明は、非常に論理的で明瞭なのですが、かなりアップテンポで、情報量が多いので、心して読んでください。第7章から第9章は、日本の超高齢化と格差社会の到来のなかで、私たちの住まいと住まい方に関する新たな可能性を、大垣先生から住宅金融の視点で熱く語ってもらっています。トリオのリズムとメロディも揃ってきて、フィナーレにいたるといった趣です。
第2部の「住まいと税制」は、基本は、三木、園田、馬場のトリオの担当です。第1部に比べると、ベースを基調にした穏やかな展開ですが、ただし一章ずつの中身はかなり重いかもしれません。第1章は、「税金とは何か」のそもそも論です。第2章で住宅ローン減税に切り込んでいます。第3章は住宅取得に関係する税です。第4章の固定資産税と都市計画税に関しては、税法の専門家たる三木先生から、建築や都市分野に対して厳しい問いかけが込められています。ベースが詠っている部分です。第5章は譲渡損益、第6章は生前贈与、第7章は相続を扱っていますが、資産劣化、少子高齢化、格差問題等の現代の難題と、税や社会のあり方をトリオで熱く語りあっています。第8章と第9章ではこれからの税のあり方についての課題や展望を語り合っていますが、ここでは、文中に名前は出てきませんが、大垣先生も加わって、カルテットとして話し合いました。
以上が、本書の構成です。各部、各章で、それぞれ独立しながらも、全体として一つの大きな音楽のように皆さんに届き、皆さんの住まいと金融および税に関する理解と関心が高まればと思います。
昨年、園田さんより「住まいに関わる金融と税制についての本を、一緒につくりませんか?」とお声がけいただいたとき、自分が学びたいと思っていたことそのものだったので二つ返事でお受けしました。でも、実は同時に、そんな大役が務まるのだろうかと大きな不安につつまれました。普段は建築や地域づくりなどについての執筆仕事が多いのですが、なにしろ、住まいと金融と税制の関係についての知識はからっきしで、そのことにコンプレックスさえあるという情けない状態でしたから。そんな弱っちい表情が見え隠れしていたのか、園田さんから「今のご時勢、たとえば設計者であっても建築の専門知識を持っているだけではダメ。住まいに関わるお金まわりの素養をしっかり身につけないと、仕事なんか来なくなってしまう。その危機感と、社会や建築業界への違和感を持ち合わせていればいい。あとは一緒に学びましょう」と励まされ、背中を押されたのでした。そうか、お金には疎いけれど、社会や建築業界に対する違和感だけは以前からタップリ持ち合わせているぞと心を強くしました。
今から20年ほど前のことです。大学時代の建築設計課題の授業中に、講師で来ていた建築家からこんなことを言われたことがあります。「君たちは、世直し君じゃない。理屈ばっかり考えるのではなく、形を生みだしなさい」。建築家はクライアントに提示された土地と条件とお金の枠内で空間をつくるのが職能であるため、設計を学ぶ学生はその訓練に励みます。ただ、形を生みだすまでのプロセスでは、社会や人間にとって最善な空間とは何か? とウロウロ模索するわけです。それでは提出期限に間に合わないぞという叱咤激励だったのだと思いますが、その建築家の「世直し君じゃない」という物言いには「設計者はある程度のところで思考停止して職能の範囲内をマジメにやれ」と言われているようで強い抵抗を覚えました。
はじめて勤めた設計事務所では、何件か住宅の設計を担当しました。お施主さんはみなさん、いわゆる「担税力」のある方たちです。彼らの夢を具現化しつつ、美的に価値のある住宅を建てようと夜も昼もなく仕事に励みました。住宅のことは物件ではなく「作品」と呼ぶのが常でした。いい作品をつくりつづけることが、いい世の中をつくりだすことに繋がるのだ、という信念が、きつい仕事の支えにもなっていました。しかし一方で、設計事務所というのはじつに給料が安くて、どうやって貯金をして、どうやってローンを組めばいいのかなんて思いいたらないような暮らしをしていました。賃貸に住むのもやっと、という自分の状態はさておき、自分の実感とは切り離されたところにいるお金持ちの家を設計する仕事。建築家が作品のコンセプトにこだわるのは、お金持ちの家をつくる行為とその社会的意義をつなぐ回路を生みだしたい一心なのかもしれませんが、その時は脳味噌が都合よく分断していたので、そうは思いいたりませんでした。
そんな最中に子どもが生まれ、建築一辺倒だった生活ががらりと変わりました。息子が3歳くらいのときのことです。一緒に多摩川の川原を散歩していたら、ダンボールや青いビニールシートでできたホームレスの家を指差して「ママ、あれなに?」と聞かれました。「あれはね…ホームレスのおうちよ」と、ちょっと戸惑いつつも答えると、「ホームレスってなに? だれ?」と興味津々。「ええっとね…おうちのない人たちのことよ。おうちがないと寒いでしょ、だからこうやって、あったかい場所をつくって、暮らしているのよ」と、言葉を選びながら説明をすると、「おうち? ないの? そしたら、ママつくってあげて。ママ、おうちつくれるんでしょ? おうちない人に、おうちつくってあげて!」と言われました。いいコト思いついちゃったという、じつに屈託のない表情で。
その後、設計者から建築ライターに転向してからも、建築家の存在意義については折りに触れて考えていました。私たち建築関係者は、設計行為のなかでご大層な理念をたくさん思いつくわりに、実は『ホームレスにホームをつくる』ことはせずにいる…クライアントの予算で空間をつくるのが仕事だからと割り切るのがオトナなのだろうか。だって食っていけないからさ、そこは見て見ぬふりをするしかないじゃない…と自問自答を繰り返す日々。「建築」と「住まい」を同一視して語ることへの違和感は、こんなささいな経験の積み重ねによってもたらされたものですが、存外根深く、ずっと私に貼りついていました。
お二人の先生に導かれながら、住まいと金融と税制の関係性を紐解いていくプロセスは、衝撃に満ちていました。大垣先生へのインタビューで、今でも忘れられない言葉があります。「日本の住宅政策が迫っている問題というのは、100平米の家に住みたかったら、無理やり土地とセットで買わないといけないという選択肢しかないという〝買い方〟のソフトの問題。一級建築士がちゃんとした家をつくらないからだめ、という問題ではないですね。つまり、僕は今の住宅問題は、制度と金融を根本的に直すことでしか解決できないと思いますし、申し訳ないけれど建築屋さんが出る幕というのは二度と来ないんじゃないかと思います」。これを聞いて、背中に電気が走りました。ぼんやりと思ってはいたことですが、金融のプロに真正面からこう言われると、ぐうの音も出ません。家を持てない人が、家を持てるようにする、という仕組みにおいて、建築家には何ができるか? という問いに直面した瞬間です。また、三木先生からは、「家は人権の要である」という格言を何度も伺いました。家は人権の要=住むことは生きること、という実感が強いのは、担税力のある人よりむしろ日々をようやく生きている一般庶民だといっても過言ではありません。ネットカフェに寝泊りしたり、脱法シェアハウスに住んだりと、家さえ持てない人がいるという状況に建築家は本当に関わりようはないのかと、ここでもぐるぐると考えました。
しかし、新築住宅の設計の仕事は目減りする一方という今、必然に迫られるように中古物件のリノベーションやまちづくりに関わる仕事が注目を集めるようになってきました。先日、ある建築関係の本の出版記念イベントで、東京大学大学院の松村秀一教授が「昨今、社会的課題に直面する仕事を志す若者が増えているのは心強い。日本の未来は明るい気がする」と言っておられました。今はまさに、建築業界にパラダイムシフトが起こっている時期なのかもしれません。そして、この時期こそ、これまで手を付けかねていた「住まいの金融と税制」について学ぶタイミングなのだと言えるのではないでしょうか。
もう一つ、この本をつくるなかで真剣に考えたのは、私自身の将来の、現実的な住まい環境づくりについてでした。園田さんよりご紹介があったように、私は2007年より5人家族で「平日は東京、週末は南房総での田舎暮らし」という二地域居住をしています。自然のなかでの子育てをしたいと始めた暮らし方ですが、この生活が長く続くと直面するのは、子育てが過ぎた後のライフスタイルの変化です。3人の子どもたちが巣立ち、リタイア後に収入が激減したとき、晴れて移住!となる前に考えねばならないのが、東京の家をどうするかという問題です。現在は夫の実家で3世代同居生活をしていますが、たとえば20年後くらいを考えると、子世代がすぐに代替わりして住める状況になるとは限らないため、売り払ってしまうか、空き家のまま固定資産税を払い続けるか、あるいは南房総に住むのを諦めて、資産価値の高い都市の家を子世代に相続するまでそこに住み続けるか、とぼんやり悩んでいました。自分の親の代が苦労してようやくローンの支払が終わった家をさっさと売り払うのはあまりな話ですし、さて、現実的にどう立ち回ろうかと考えていた矢先に、一般社団法人移住・住みかえ支援機構の存在と「マイホーム借上げ制度」という仕組みを知りました。田舎暮らしをしながら家賃収入がある、という環境づくりが可能だと分かったのはたいへん大きな収穫で、さっそく人生設計に取り入れたいと真剣に考えています。また、このことで家の維持管理に積極的に取り組むモチベーションが生まれました。住みつなぐイメージが持てると漠然とした不安が払拭されるだけでなく、家への愛着も増すことに気づいたしだいです。
ちなみに、昨年発表された国土交通省の予測では、2030年には二地域居住を潜在的希望者も含め1千80万人が志向するようになるとのこと。この制度は、二地域居住者の未来に貢献するものとして、今後広く利用されることになる可能性が高いのではないかと睨んでいます。
最後になりましたが、大垣先生、三木先生、園田さんという畏れ多いメンバーの白熱議論のなかに若輩ながら加わらせていただき、本当にありがとうございました。自分の脳味噌のCPUの足らなさをもどかしく思うことが何度もありましたが、それだけ濃厚な学びのチャンスをいただけたことが何より嬉しかったです。建築家は世直し君ではない、と授業で釘を刺され脱力したあのことばが今、逆向きに自分を刺しています。これまでの漠然とした危機感に代わり、世の中の仕組みや歪みを見つめて現実と理想をつなぐ道を見出す力を持とうという責任感が、立ち現れてきました。
また、園田さんの書かれた「はじめに」にあるように、この本全体は4人セッションのような形がとられていますが、実は、住総研のご担当者である道江さん、上林さん、岡崎さん、そして学芸出版社の前田さんという強力なバックコーラスによって支えられています。難解な本にならないようにと悩みながら進む執筆者一同を長期にわたり励ましていただき、心より感謝申し上げます。関係者がそれぞれの立場を越え、熱い思いを寄せて奏でたこの演奏が、読者のみなさまの心に届くことを願ってやみません。
評:田村 誠邦
(明治大学理工学部特任教授)
〝リテラシー〟向上のために
住まいは生活の基盤であると同時に社会的な存在であり、社会や経済と密接な関係を持っている。とりわけ、住まいを手に入れたいと思っている人にとっては、住宅ローンや住まいを取り巻く税制は、きわめて身近な問題である。
その一方で、住まいの設計や施工に携わる建築系の人間の多くは、この身近であるはずの住まいの金融や税制について、十分に理解しているとは言い難い。というのは、建築系の大学等のカリキュラムには、住まいの金融や税制について教える科目もプログラムもないからである。そして、設計や施工などの実務に携わってからも、住まいの金融や税制について、基礎からしっかりと学ぶ機会はほとんどない。このため、建築系の人間の大半は、住まいを手に入れたいと思っているクライアントから住宅ローンや税金に関する質問をされても、どう答えていいかわからず困ってしまうのである。
本書は、こうした建築系の人間が、住まいの金融や税金について基礎から分かりやすく学べる貴重な機会を提供してくれる。とはいえ、本書は、住宅ローンの有利な借り方とか、節税方法などを説く、いわゆるハウツー本ではない。「建築女子が聞く」という甘いフレーズに騙されてはいけない。私たちの社会の重要な枠組みである「金融」や「税」のそもそもから説き起こし、それらが「住まい」とどう係っているのかという仕組みを明らかにし、さらに、これからの「住まいと住環境」や私たちの「社会」をどうすればいいかを考えるという結構、硬派の本なのである。だからこそ、「住まいと金融」、「住まいと税制」について根本から学びたいと思っている方には、ぜひお薦めしたい本である。本書を読めば、「金融」や「税制」という身近にありながら、これまで難しいと敬遠していた分野に関する「リテラシー」が格段に向上すること請け合いであるからだ。