まとまりの景観デザイン

小浦久子 著

内容紹介

ふつうのまちの景観はどうすればよくなるか

生活と器となる建築が変わり続けるなかで、どうすれば景観は良くなるのか。いま必要なのは、変化を無理強いすることでも抑えることでもなく、地域の生活文化の表出である景観を、ゆっくりと創出するしくみだ。形の規制誘導だけでなく、周辺との関係を意識した景観づくりへと導く計画、協議のしくみ、景観法の活かし方を説く。

体 裁 A5・240頁・定価 本体2600円+税
ISBN 978-4-7615-2440-1
発行日 2008/09/10
装 丁 上野かおる


目次著者紹介まえがきあとがき
はじめに

Ⅰ章 景観と地域環境

1 地域環境をつくる景観への取り組み

歴史的「町並み」から「景観」まちづくりへ
景観へ関心の変化
歴史的町並み保存から ──1960年代
町並みの都市性と歴史性 ──1970年前後
まもる・つくる・そだてる ──1970年代
「まち」づくりと「景観」がつながる ──1980年代
景観まちづくりへ ──1990年代
景観は地域環境の現れ

2 景観の地域性

地域性を表現する
内の目と外の目
共感できる地域環境へ

Ⅱ章 景観をとらえる環境のまとまり

1 まち──都市の喪失とまちの景観

都市の姿と空間的まとまり
都市の領域
都市の喪失と「まち」の発生
「まち」景観

2 道──まちを見る場所

道空間の見かた
道のかたちの持続力
道のかたちとまち景観
環境単位としての道空間

3 空地──空地がつなぐ場所の景観

空地と建物との関係
土地をつくる道
街区のまとまり・空地のまとまり
空地がつなぐ景観

4 場所 ──景観の認識による場所のまとまり

「まち」をどのように見ているのか
2つのまとまりタイプ ──場所型とシーン型
場所のまとまり
まち景観と場所型まとまり

5 シーン── 切り取られた風景と広がりのある眺望

まちのシーン
眺望の広域性
眺望とシーンの見立て
見ることによる景観の環境単位

Ⅲ章 関係性をデザインする

1 関係性をデザインする

要素からは全体が見えない
敷地とまちをつなぐ

2 地形と呼応する──地域環境

地形や風土がまちを特徴づける
阪神間の山
地域性をデザインする

3 建ち並びをつなぐ──スカイライン

町並みの高さとスカイライン
御堂筋のスカイラインと都市美
経済的成長と都市の文化性が高さをめぐってせめぎ合う
都市の高さの混乱
高さのルール
建ち並びをつなぐ

4 地を描く──セットバック

建物をつなぐ「地」のデザイン
敷地際のセットバックとは何か
公開空地の社会性と町並み
空地がつくる景観

5 開発と保全の折り合い ──ファサードライン

道を浸食する壁面
船場建築線とファサード
居留地の建ち並びの歴史性
建て替えと歴史性保全の折り合い方

6 都市空間のフレームを共有する ──ボリューム

都市空間が見えない都市計画
計画はまちのフレームの共有化
空間フレームとデザイン
景観は都市空間のかたち

Ⅳ章 変化をつなぐ

1 変化する都市における景観の持続可能性

変化を前提とする景観まちづくり
景観像が見えにくい
地域環境の持続のための折り合い方

2 住まい──生活環境の持続

大規模は激変要因
町を解体するマンション
景観の変化は生活環境の変化

3 緑──住まいをつくる作法

山と庭がつくる緑豊かな住宅地
住まいのかたちと緑のデザイン
緑のイメージとデザイン
住まいの緑と都市の緑

4 イメージ力──建築物のイメージ力

まちの「らしさ」とイメージ
イメージの継承で変化をつなぐ
京都都心の町家
町家はイメージ資源
建築のイメージ力とまちのテーマ

5 時間をつなぐ──コンバージョン

近代建築の歴史がまちをつなぐ
ストックを使うことからのまちの再生
コンテクストをつなぐ

6 土地利用──変化の積層

計画的市街地の空間基盤
都市活動が土地利用を変える
土地利用が景観を変える
空間の規模とデザイン

Ⅴ章 地域らしさのしくみ

1 人──担い手を育てる

担い手が消えたまち
土塀のなかのまちの変化と歴史性
住み続けるための町並みづくり
仕事づくりが景観づくりの担い手を育てる

2 まち──地域でマネジメントする

密集市街地の景観
家をつくる作法
作法を地域でマネジメントする
路地ごとの景観まちづくり

3 しくみ──協議を活かす

基準と協議
マンション立地の抑制と規制強化
何を協議してきたか
景観形成の協議をしくむ

Ⅵ章 地域環境の価値を発信する

1 景観法のコンセプト

「良好な景観」に見る景観概念
地域の独自性を活かす
定性基準の運用
総合的土地利用への可能性
連携する

2 景観計画と地域ルール

景観課題と景観計画
景観計画とまちの変化への対応
活動支援のための地域制度の必要

3 まちを伝える協議の役割

景観形成における基準の総合化
協議を活かす
基準の意味を伝える認定

4 地域環境の価値を発信する

景観形成基準は規制か?
景観価値とは
地域固有の価値を発信する

5 ふつうのまちの景観づくり

小浦久子〔こうら ひさこ〕

大阪大学大学院工学研究科准教授、工学博士・技術士(都市および地方計画)。専門は、都市計画・環境デザイン。民間建設コンサルタント会社等において、大阪および関西の開発プロジェクトや都市計画に携わり、1992年より大阪大学工学部助手、1997年より現職。
景観を都市空間の文化ととらえ、土地利用や都市計画の観点から調査研究を進めるとともに、自治体の景観への取り組み等を支援することにより景観・都市計画分野での実践的な取り組みを行っている。
共著に『職住共存の都心再生』(学芸出版社、2002)、『まちづくり教科書第8巻 景観まちづくり』(丸善、2005)、『景観法活用ガイド-市民と自治体による実践的景観づくりのために』(ぎょうせい、2008)他。

景観はまちの姿である。そのまちが生まれ育ってきた時間とそこでの人の営みの積み重ねが、まちの佇まいとなって現れている。歴史的町並みやテーマをもって開発された地区のように、建築物の様式や材料の色合い、道のかたち、スカイラインや通りの建ち並びの特徴からその姿を説明しやすいところもあれば、私たちが毎日暮らしているふつうのまちのように、見た目の特徴をうまく説明できないところもある。たとえ景観には見えにくくても、どこのまちでも、そのかたちが現れてきた背景には、まちの成り立ちと歴史、暮らしの変化がある。

明治以降の近代都市への過程において、まちの姿は大きく変化した。多くの場合、道路や公園などの都市施設の配置計画と市街地開発事業によって整備された公共空間と、個々の建築物に対する規制や基準によって、まちはつくられてきた。しかし、ふつうのまちでは、この2つの相互の関係が意識されることはほとんどなかった。公共空間は建築物の建て方とは関係なく整備され、建築物は敷地ごとの基準とニーズを実現するように建てられてきた。

こうしてつくられてきたふつうのまちの姿は、混沌としており、あまり美しくない。その一方で、明文化された計画も規制もなくても、山裾の集落や古い町並みは魅力的と感じる。これらの集落や町には、地形風土の制約のなかでの安全の選択、地域に限定された材料、生業のために必要な場所、集まって暮らすときの相互の配慮など、その場所で持続的に暮らすための必要が生み出してきた空間の秩序がある。魅力的な景観は、何らかの秩序や意味のある空間の現れではないだろうか。

景観を都市空間のかたちとしてとらえてみたい。景観を考えることは、都市を考えることでもある。

日本の都市は常に変化してきた。古都京都であっても現在の大都市である。都市であれ、集落であれ、変化の過程では、新しい空間を生み出す一方で、それまであった空間を失う。伝統的建造物群保存地区とは、変化が遅いところや変化の初期段階で、古い空間の秩序の魅力を発見し、その秩序を維持することを決めたところである。

ところが、多くの都市では、戦後の急激な変化の繰り返しのなかで、今、新しい空間のかたちやその秩序を見失っている。それが、景観が魅力的ではないと感じることにつながっているのではないだろうか。景観の変化には、空間の秩序を考える手がかりがある。見慣れた通りに、空き地が増える、突出した規模や高さの建物が建つ、派手な店ができるといったできごとは、通りの景観の変化となって現れてくる。この景観の変化が意識されるには、地になっている通りの景観があるはずであり、その通りが景観をとらえるときの空間のまとまりである。

このように、景観の変化は、ひとまとまりの景観の対象となっている通りや地区を意識させる。都市はこうした空間のまとまりの集合体である。

しかし変化がなくても、私たちは都市内のひとまとまりの空間ごとに、その視覚的特徴をとらえている。「この辺りは庭や玄関先の草花がきれいな住宅地」「看板や店先の彩りが賑やかな通り」「中小のビルが並ぶ界隈」「海への見通しのある場所」など、そうしたまとまりの景観を多様に表現する。景観を計画することの基本に、こうしたひとまとまりの景観をとらえ、その空間の特徴と成り立ちを示すことがあると考えた。
そこでまず、都市の成り立ちと道や建物など物的な構成要素の特徴からとらえる視点と、私たちがどのようにまちを見ているのかといった場所の認識からとらえる視点から、景観のまとまりのとらえ方を考えてみた。そして、まち、道、空地、場所、シーンといった5つの空間的まとまりとその景観の現れ方を考えた。

次に、これらの景観の特徴をどのように表現するかである。景観はどのような建物がどのように建ち並んでいるのか、という空間の全体像である。空と建ち並びの関係を表現するスカイライン、通りからの姿を特徴づけるファサードライン、通りと建物の配置・建物と建物の関係など歩行者の目線レベルでの建ち並び、道路幅員と建物高さの関係がつくる道空間のスケール感と低層部のデザインなどは、ひとまとまりの景観を建物群としてとらえている。スカイラインが揃っているとか、リズムがあるとか、建物に囲まれた道、空が広いなどはその空間のかたちをとらえている。

建築物や道などの公共空間、空や水辺や山などは、都市空間の構成要素である。空間のかたちは、これら構成要素の相互の関係から説明される。景観の計画は構成要素とその関係性のデザインである。

この関係性には、都市の成り立ちや地形との呼応といった空間のコンテクストだけでなく、経済活動や暮らしの文化が反映される。景観はかたちだけではとらえられないところがある。景観の変化は、空間構成要素の相互関係が変化することであるが、その背景には都市が生き続けるための経済的、文化的選択がある。現在、突出した分譲マンションが建つのも、大規模な再開発も市場の選択と説明されてしまう。それでよいのだろうか。
京阪神の景観は、古代から現在までの時代の先端をいく技術、歴史の時間を超える町割の持続、地形風土と共生する生活文化および経済活動が、常に拮抗することによって変化し、空間秩序の解体と再構築を繰り返してきたところに特徴がある。御堂筋のスカイライン、船場建築線、神戸旧居留地のファサードラインと高さ、京都のマンション問題と歴史的町並みなどは、個々の建て替えによる関係性の変化に対して、空間秩序の歴史性、その秩序を生み出した要因とその変化、それによる喪失と新たな空間秩序の生成への取り組みについて、考えさせられる。

現在のまちで発生している建て替えや開発は、空間を構成する要素相互の関係性を崩すものが多い。経済的、文化的選択が、空間のコンテクストを継承しないのである。市場に翻弄され、予測できない変化が発生し続けている現状に対し、様々な変化を内包するまちのかたちの地域らしさと心地良さを実現するには、個々の変化とまちをつないでいくことが必要である。景観を計画することは、まちを特徴づける資源や環境の成り立ちにもとづく空間のコンテクストを共有するための情報発信であり、景観を手がかりにまちのかたちの変化を調整することでもある。

このとき、景観を計画することは、景観のまとまりごとにその空間のかたちを示すことになる。しかし、景観法といえども、現行制度の枠組のなかで棲み分けている。そのため景観計画でも景観地区でも、敷地単位の建築行為に対する基準にするしかなく、建築相互の関係性や公共空間との関係性、敷地ごとの地形の読み方などは基準から抜け落ちていく。私たちは、景観を構成要素に分解し、例えば、建築物の壁面の色や素材、屋根のかたちなど、要素ごとに基準を示しても、それらが集まったときに必ずしも心地よいものとならないことを経験的に知っている。

景観を計画することでまちを考える。それぞれの計画づくりを通して地域の景観価値を地域で共有するとともに、景観計画に書かれる方針と景観形成基準によって地域外に対して景観価値を発信する。そうすることにより、変化と地域らしさをつなぐ。景観法はこれを法的に支援することが期待されるが、今のところは、それぞれの自治体の工夫に頼っているのが実態である。

今、拡大成長をめざす開発から持続可能な地域環境づくりへと、私たちは自らの営みのあり方と都市のかたちを変更していく必要にせまられている。地域の地形風土の読み方と土地利用、産業や農業などの営みの再編、環境負荷の小さい居住空間の実現などについて、場所性を平準化する技術的な解決に頼るのではなく、生態学的、文化的な取り組みによる解決を探るならば、空間の秩序の再編となって景観に現れるはずである。景観をとらえることは、まちのあり方や地域環境の特徴をとらえることであり、その計画は都市を構成する様々な計画に対して持続可能な地域環境のあり方を示す可能性を持つ。そこにふつうのまちの景観まちづくりの意味がある。
景観のまとまりから、まちの空間構成を理解し、景観を計画することにより、地域の環境資源や空間コンテクストにもとづき空間を構成する道や建築物の関係性をデザインする。そこにふつうのまちの変化を前提とした景観まちづくりをつなぐ計画の可能性がある。

まちの風景が変わったというときには、これまでとは異質な新しい開発による変化をとらえていることが多い。たいていは、新しいビルや通りの賑わいをつくりだしている開発、周辺から突出した建物や工作物などが語られ、それを変化だと言うときに、地になっている景観が語られることは少ない。地の景観とは、どのようなものなのだろうか。多くの人は個別の開発や建築を語ることができても、まちの景観を語る術を意外と持っていないのである。

特にふつうのまちの景観は語りにくい。どこも同じように見える。景観をどのようにとらえればよいのかわからない。まちの景観をどのように語ればよいのか。それを考えてみたのである。

景観は建物ではない。道でもない。山でもない。それらが相互に関係し合ってできている地域の空間や環境の現れである。景観が美しいとか、ごちゃごちゃしているとかいうときには、何らかのひとまとまりの空間や場所の現れをとらえているはずである。それが景観であるならば、ひとつの景観と認識される空間や環境のまとまりがあると考えた。景観のまとまりを知ることは、景観を計画するときの空間単位をどのように設定するかということに通じる。景観を空間のかたちとしてとらえたい。これが出発点だった。

では、景観を計画するとは、空間や環境のまとまりにどのような特徴を持たせればよいのか、何をデザインすればよいのか。これ考えるために京阪神の様々な景観の変化と持続を事例として、スカイラインやファサードラインなど、空間のかたちを語る言葉の意味を探るとともに、その空間のかたちの特徴を建物と建物、建物と道など、空間を構成する要素の関係性からとらえてみた。それは視覚的にとらえたまちの空間の秩序を、デザインの言語やイメージで表現することである。

こうしたまちには、景観としては見えにくくなっているものの、船場の近世の町割や京都のお町内、旧居留地の洋風建築の空間性、芦屋の庭の緑などの空間秩序の基本となるしくみが残っていることがわかった。地域コミュニティのしくみや空間の成り立ち、空間のボリュームと配置を特徴づける地域資源もまた、景観のまとまりや空間の秩序を見いだすための手がかりになる。

ふつうのまちの景観をとらえるときも同じである。今、見えているまちの姿を語れるようになることが最初の一歩であり、次に、まちの歴史や成り立ち、経済活動や暮らしの文化がどのように空間に現れてきているのかを知ることである。地図の道のかたちにまちの成り立ちが現れているのを知ることも、大事な場所や風景を知ることも、まちの景観をとらえることにつながる。そうしてまちの空間のコンテクストを見いだしていくことが、敷地単位の変化とまちをつなぐよりどころとなる。

これまで景観の保全や形成というと、規制と考えられがちであった。そうではなく、まちが生き続けるためのダイナミズムは、まちの構成要素が変化することを前提としているのであり、そのときにどうやって敷地単位の変化をまちとつないでいくのかが、景観を計画することであろう。この発想は、まだまだ現在の制度では難しいところがある。しかし、基準に頼るのではなく、地域の技術やつくり手を育てること、地域でまちのできごとをマネジメントすること、変化を受け入れながら長く使いこなせる空間をつくること、地域のコンテクストや特徴によって変化をつなぎデザインを協議することなど、既に、地域ごとに試みられている。

キッチュな歴史的様式の建物や変につくり込まれた道や橋、意味のない緑化やセットバックよりも、最低基準にしかならないような規制よりも、山や空を美しいと思うこと、そのまちに住むための作法を知ること、まちの歴史文化や産業に誇りを持つことのほうが、景観を豊かにする。景観のまとまりは、こうした景観を豊かにする感性を空間のかたちとして表現するものでありたい。景観を構成要素に分解してとらえるのではなく、ひとまとまりの景観の空間のかたちを計画することを考えたい。そうすることで、敷地をつなぎ、まちの変化をつなぎ、山と田園と都市をつなぐ計画になるだろう。

本書をまとめるにあたっては、学芸出版社の前田さんの辛抱強さに支えられてきました。最後になりましたが、心からの感謝の意を表したいと思います。

小浦久子