まち座寄稿|公共施設が使えない今こそ考えたい公共施設の”しまいかた”/堤洋樹
建物だけでなく「ひと」や「とき」、つまり生活拠点である建物を大切に使う人を増やし、長寿命化を推進する。自分でもなかなか簡潔に説明することができない研究内容ですが、前橋工科大学堤研究室では基本的に建物の長寿命化を目指し、ハードからソフト、ミクロからマクロまで幅広い研究を行っています 1)。研究のポイントは地域の持続可能性を実現するために、建物の劣化診断からまちづくりまで様々な視点から公共施設のあり方を検討している点です。2016年からは全国10自治体との共同研究プロジェクトにおいて、住民協働による新しい公共施設マネジメントのすがたを模索してきました。2019年11月にはこうした活動をまとめた『公共施設のしまいかた』を出版しました。
堤研究室が行ってきた研究活動事例(前橋市、2017)2)
さて昨今の情勢は、皆さんだけでなく私にとっても想像もしていなかった状況であり、まさに想定外の出来事に、ただただ驚いています。特に感染拡大を防ぐために、施設の状態や管理が悪いわけでもないのに長期的に使えない、入れないという状況は、これまでの経験や情報が乏しく、今後どのように現場で研究活動を進めていけば良いのか、不安や分からないことだらけです。
このような情勢は、おそらく建築・建設業界にとっても想定外であり、極端な言い方をすれば、建設することが前提だった建築・建設業界が、「本当に施設(の建設)が必要なのか?」という「問い」に直面することになりました。もちろん個々の施設で提供されている機能やサービスは必要だ(だから非常事態宣言下でも外出しようとする)と思います。
しかしWEB上で遠隔会議や手続き、買い物などが完結してしまうようになれば、多くの施設は必要なくなるでしょう。では、なぜこれまで施設を整備してきたのか、今後どのように施設を利用すべきなのか、そして今ある施設が使えない場合はどうするのか、これまで考える必要もないと思われていた新しい「問い」への対応が求められています。
なお2011年の東日本大震災で建築・建設業界に投げかけられた「問い」は、非常時に施設を早急に復旧し事業を継続させる計画策定(BCP:Business Continuity Planning)だと認識していますが、今回は施設を使わずに事業を復旧させる手法が求められています。
平常時の私は、全国の地方自治体とともに、ニーズが拡大しつづける公共事業(サービス)を継続させるために、公共施設の整備費用を削減させる手法を検討・実践しています。整備費用を削減するためには公共施設を使わずに公共事業を提供・享受する仕組みが不可欠…そうなのです。今回の非常時で突き付けられた「問い」は、これまで多くの自治体や人々が薄々感じていたものの、見ないふりをしてきた課題と同様だと言えるでしょう。
しかし地方自治体にとって、公共施設で公共事業を行うという既存の仕組みや概念を覆すことは容易ではありません。さらに私一人では、この「問い」やその「答え」を出すことはできません。
なぜなら、これらの課題を解決するためには幅広い分野の専門家や技術者に加え、その地域に住む・施設を使う多くの人々と協力し、その地域に根付いた本質的な「問い」と最善の「答え」を探し出す必要があるからです。そして多くの人々が一丸となって、「答え」を実現する方法を検討・提案し行動しなければ、いつまで経っても「答え」にはたどり着きません。どうすれば意見が違う人と協働し、どうやって正解がない方向性を統一し、どのように障壁を乗り越えるのか、この「問い」に対する「答え」を実現するまでの一連の作業が、私の主な研究対象です。
正直言って、これらの作業が円滑に進むことはあまりありません。私自身が関わった自治体でも、理屈ではなく政治的な理由で何回も実現直前に中止になりました(『公共施設のしまいかた』を読んでいただければ共感していただけると思います)。でも専門家や技術者だけではなく誰もが考えるべき「問い」であり、一方で「答え」を実現することが困難だからこそ研究する意義があると考えています。
例えば新しいまちづくりの手法として、BID(Business Improvement District)制度が注目されています。対象となる地域の事業者や住民などから地方自治体が負担金(税金)を徴収し、その地域の特徴や要望を踏まえて活動するエリアマネジメント団体に交付する取り組みです。国や地方自治体におんぶにだっこではなく、「自分たちの地域は自分たち(の負担)で変える」という強い意識がなければ実現しないことから、日本的な感覚ではハードルは高いものの、公共施設や公共事業だけに頼らず民間主導でまちづくりを行うためには不可欠な概念だと考えています。
なお既に海外では同様の制度が約2,000地域で運用されていると言われていますが、日本では日本版BID制度と呼ばれる地域再生エリアマネジメント負担金制度(以下の内閣府資料参照)が2018(平成)年に施行されたものの、まだこの制度を運用している地域はありません。堤研究室では、この日本版BID制度の運用が公共施設への「問い」に対する一つの「答え」になると考え、前橋市(広瀬川)での実現に向けて現在準備を進めています。
日本版BID(地域再生エリアマネジメント負担金制度)の概要 3)(内閣府資料)
初めてのことだらけでも、施設が使えない状況がいつまで続いても、施設に対する「問い」がなくなるわけではありません。またその「答え」が自然に湧いて出てくるまで、いつまでも待つわけにはいきません。
だから私は研究を休止できませんし、皆さんにも一緒に考えていただくことが必要なのです。施設が長期間使えない状況でしか、公共施設が使えないときこそ、腰を据えて施設に対する「問い」や「答え」を考える、「公共施設のしまいかた」の戦略を練る絶好の機会と言えるのではないでしょうか。
ぜひ皆さんもこの機会に、目の前にある「問い」の「答え」を見出し、自ら行動して実現させるための準備を行いましょう。そしてもし私と一緒に活動できそうであれば、声をかけてください。
参考文献
1) 堤研究室WEBサイト http://rdm-lab.net/lab/
2) 広瀬川通信Vol.3(広瀬川「タチヨル」プロジェクト) http://rdm-lab.net/i-gene/blog/2018/03/02/広瀬川通信vol-3/
3) 地域再生エリアマネジメント負担金制度について https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/about/areamanagement/h300601_setsumei.pdf
筆者略歴
堤洋樹 Hiroki Tsutsumi
前橋工科大学工学部建築学科准教授。博士(工学)。早稲田大学助手などを経て現在に至る。専門は建築経済、建築生産、建築構法。建物の長寿命化の実現に向け、ソフト・ハードの両面から研究を行う。複数自治体のアドバイザー、日本建築学会建築ストックマネジメント小委員会幹事などを兼任。また「地域を持続可能にする公共資産経営の支援体制の構築(RISTEX、代表)」「公共施設における協働的ダウンサイジング手法の研究開発(科研・基盤(C)、代表)」など公共施設管理に関する研究活動多数。著書に『公共施設のしまいかた』(編著、学芸出版社、2019年)、『実践!公共施設マネジメント』(共著、学陽書房、2019年)、『公共施設マネジメントのススメ』(共著、建築資料研究社、2017年)など。