はじめに


  「川づくりっていうものが最近盛んだけれど、それってまちづくりとどこがちがうの?」。
  「その手の本を読むと、近自然工法<きんしぜんこうほう>とか多自然型<たしぜんがた>河川とか技術的な話が中心になっているようだね」。
  「住民参加を取り入れているものも出てきているらしい」。
  「川って、国や県が管理しているものがほとんどでしょう。普段住民と接することのない国や県の役所の人に、住民参加って本当にできるの?」。
  「まちづくりは市民が手弁当でやるけど、川づくりっていうのは結局役所の予算でやるんだろ。なんかうさんくさいな」。
  本書の初めての企画会議は、土木技術的なこと、川の治水・利水といったことにはあまり縁のない、まちづくりや環境関係の専門家が数人集まって、こんな話をゴチャゴチャするところから始まった。
  いろいろ調べてみると、住民参加の川づくりということで住民を集めて簡単なワークショップのようなものを数回やりはしたが、基本的に役所が書いたシナリオどおりに川をいじっただけという事例や、流行の近自然工法をやみくもに持ち込み、魚や虫は増えたかもしれないが地域の活性化やコミュニティの強化にはほとんどつながっていない事例が多数見受けられる一方で、川づくりが地域住民を巻き込んだまちづくりに発展している事例、逆にまちづくりのアクションが川に及んでいる事例などもあることがわかった。
  そこで、1年がかりで北は北海道から南は九州まで各地のおもしろい事例を手分けして訪ねてみることにした。その結果わかったのは、川というものが実におもしろいまちづくりの舞台となりうること、そしてそれには様々なアプローチの仕方があり、現在も各地で多くの実験が試みられているということである。
  どうすれば川づくりがまちづくりになるのか? 本書では、そのヒントをたくさんの事例に求め、我われが理解できた範囲で整理を試みた。本書の構成は以下のとおりである。
  まず1章では、これまでの川づくりの変遷や行政の役割の変化などに触れながら、単に川を物理的にいじるだけの川づくりをするのではなく、まちづくりという広い視点でみたときに、これからの川づくりにどのような可能性があるかについて考察している。
  2章から13章では、我われが訪れた全国の興味深い事例を一つずつ紹介している。
  前半の五つは、市民によるまちづくりのアクションが川を舞台に繰り広げられている事例である。
  まず2章では愛知県豊田市の児ノ口<ちごのくち>公園を取り上げた。失われた川を蘇らせた公園で、地域の住民の皆さんが楽しみながら自分たちの遊び場づくりを進めている。
  3章ではホタル護岸で知られる山口の一の坂川<いちのさかがわ>を紹介している。目立たない小河川であるが、地域の人びとと行政が一緒になって昔から受け継がれてきたホタルの川を地域のシンボルとして大切に守っている。
  4章では、福岡市の中心部を流れる博多川<はかたがわ>で、地元の有志たちが灯明<とうみょう>を川面に浮かべるイベントを通じて衰退した都心部の活性化に取り組んでいる話を紹介している。
  5章は福岡市南区を流れる樋井川<ひいがわ>を取り上げた。日本の都市部ではどこでも目にするコンクリートの護岸ブロックで固められた川である。平成14年に心ない洗剤の大量投棄によってそれまで地域住民が育ててきた魚たちが全滅してしまったが、今も辛抱強く住民の力でコミュニティのシンボルとして川を美しくしていこうという努力が続けられている。
  6章では、松本市の繁華街ナワテ通りと女鳥羽川<めとばがわ>について紹介している。課題をはらみつつも互いに連携しながら進められた歴史ある露店街の町並み整備とその脇を流れる川の河川改修の顛末である。
  後半の六つは、行政と市民が一緒になって地域にとっての川の価値を再発見した事例だ。
  7章では、鳥取県の型破りの土木職員が「全住民参加」という理念をかかげて県内各地で川づくりを軸にしたまちづくりに取り組んだ物語を紹介している。市町村職員に比べて市民と接する機会の少ない県の職員であっても、やり方次第でここまでできるというお手本のような話だ。
  8章では、「野草、とんぼ、さかな、野鳥など、普段は小さくて気づかない生きものや身近な自然が見えるようになる『メガネ』を関係者全員(設計者、施工者、住民)にかける」努力を通じて、女性技術者たちが川の原風景を取り戻した佐賀県の城原川<じょうばるがわ>の話を紹介している。
  9章では、札幌市の市街地を流れる精進川<しょうじんがわ>を取り上げた。所管の違う北海道の河川行政と市の公園行政が行政の垣根を取り払うことにより、どこにでもある住宅地の中に美しい河畔公園を作り出している。
  次の10章も、同じく北海道の川である。恵庭市を流れる茂漁川<もいざりがわ>だ。この川の主役は「この川を、このまちをよくしていきたい」という思いを強く持った市の担当者たちとそれにこたえた住民たちだ。「小川のせせらぎが聞こえ、木もれ日が降り注ぎ、土の匂いが立ちのぼる、思い出の地」を蘇らせた。
  11章では、「撥川<ばちがわ>ルネッサンス計画」と名付けられた北九州市の撥川再生事業を紹介している。打ち捨てられた地域の川を市民参加のかたちで蘇らせようと始められたこの事業は、今では単なる河川改修事業を越えて地域のまちづくり事業となっている。
  12章では、先進的な川づくりで知られる横浜市の梅田川<うめだがわ>を取り上げた。住民参加型川づくりが試行的段階から成熟段階に移行している状況を紹介している。
  そして13章では、広大な筑後川流域の各地で進められている様々な川づくり、まちづくりの取り組みをネットワークする活動を続けている筑後川<ちくごがわ>流域連携倶楽部を12番目の事例として取り上げ、流域連携がまちづくり的川づくりにはたす役割について検証している。
  以上の12の事例には、川を舞台としたまちづくりの様々な可能性と興味深いたくさんのノウハウが詰まっている。14章では、そうしたまちづくり的川づくりのヒントを整理するとともに、今後の川づくりのあり方についての提言を行なっている。
  また15章では、本書の執筆に参加したメンバーの紹介を兼ねて、事例調査のあとで行なった川づくりをめぐる座談会での議論を掲載している。

樋口明彦